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君に繋がる空

  
2.冷たい夜空





「直人、今日は帰ったら何して遊ぶ?」
上履きから長靴に履き替えて、つま先をとんとんと鳴らしながら、とーこが手袋をした手を差し出した。
それはいつもどうりの仕草で、ボクも手を伸ばした。
だけど、ボクはとーこの手をじっと見て、それからすっと立ち上がって、手をとらずに隣を通り過ぎた。
「?」
とーこは少し首を傾げたけど、さして気にしなかったように追いかけてきて、並んで歩き出した。


お母さんが、あんまりよくない状態だって、またばーちゃんは朝から病院だった。
だから、今日もとーこの家で待ってるように言われていた。
ここのところ、病院に呼び出されることが本当に多い。
週末に父さんと会いに行っても、ほんの少ししか話ができない。
それでも、ボクが病室を訪ねると、体を起こして笑顔で出迎える。
でも、抱きしめてくれる腕がまた細くなって、ボクは泣きたくなってしまう。
泣いたらお母さんが悲しそうに笑うから、泣かない。


「なんだよ、今日は手繋いで帰らないの?」

2階の3年生の教室から、聞きなれた声が響いた。
ボクらの2コ上のシンちゃんだ。
保育園の頃は、一緒に遊んでたのに、小学校に入ってからはあんまり遊ばなくなった。
ボクは知らん顔で、そのまま3年生の教室の真下を通り過ぎる。
「エンリョすんなよ〜!いっつも手繋いでんだからさ。二人はデキテルんだもんな!」
シンちゃんが言うと、同じ教室から顔を出していた奴らが「ひゅーひゅー」「つ・な・げ♪つ・な・げ♪」と手を叩いてはやし立てる。

そんないつも手を繋いでるわけじゃなかった。
さっきみたいに、立ち上がるときにちょっと掴んで、そのまま繋いでいたり、学校の校庭で遊んでて帰りが遅くなった時に慌てて帰るときとか。
星を見るときは・・・いつの間にか繋いでるかもしれないけど。
後は、多分、ボクが不安になってるとき。
お母さんのことでボクの様子がおかしいときに、とーこは手を差し出すんだ。
それくらいだ。

頭の上の大合唱に、それでも立ち止まらずに歩いていたら、頭に雪玉が当てられた。
「いっ!?」
振り向くと、ベランダに積もった雪を丸めてシンちゃんがもう一つ投げてくる。
「とーこのこと大好きなんだもんな!直人って、毎日毎日とーこん家に行くんだぜ、な?」
「シンちゃん!それは直人の・・・」
とーこが目をむいて、2階を見上げた。
「いいなあ〜手繋いで、毎日デートだ」
「とーこと直人はらぶらぶ〜」
また一つ、雪玉が飛んでくる。

ボク、知ってるんだ。
シンちゃん、とーこのことが好きなんだ。
だからヤキモチ妬いてるんだって。
本当は、とーこと一緒に遊びたいんだ。
シンちゃんが、手を繋ぎたいんだ。

「らぶらぶ、だよ。悪い?」

ちょっとイライラしてた。
とーこと手を繋ぐこと、クラスの女子もキャーキャー騒ぐ。
男子も冷やかす。
悪いことしてるわけじゃないのに、凄く気持ちが悪い。

わざと言ってシンちゃんを睨んだ。
シンちゃんはちょっと赤くなって、ベランダの手すりにしがみついて乗り出した。

「女とばっか遊んで、直人、ままごとしかできねーんだろ?今日はまた変な絵本見るのか?」

ケラケラと笑う声に、さすがに頭にきて、ランドセルの脇をぎゅっと握り締めた。
とーこの家には、つぐみおばさんから送られてくる英語の本が多かった。読めないよって言うと、とーこは「絵だけで想像しなさいって言われたの」と困ったような顔してた。
シンちゃんは多分、そのことを言ってるんだ。

「ああ、それとも病院ごっこか?この間も救急車来てたよな、お前ん家!」
「!!」

ずくん、と胸が大きくなって痛んだ。

何か言い返そうとしたのに、声がでなかった。
目を大きく見開いてシンちゃんを見てたのに、一瞬明かりが消された時の様に何も見えなくなった。

「シンちゃん!言っていいことと、悪いことあるでしょ!」

え?と思ってとーこに視線を移すと、ランドセルをおもむろにボクに渡し、両手を広げて校庭に積もった雪を一抱え掴んだ。
驚いてるボクを置いて、とーこは玄関に向かった。

「え?わ、とーこ!」

慌てて後を追いかける。
抱えきれなかった雪が、点々と落ちていく。
ぼとり、と大きな雪の塊が落ちた。
上履きに履き替えもしないで、とーこは長靴のまま階段を一段飛ばししで上ってく。

「とーこ、ちょっと、待て、待てって、待てーーーーーー!」

6時限目のチャイムが鳴りだした階段を上り、階段脇の3−1の教室(運悪く?ドアが開けっ放し!)に駆け込む。
「ほら〜席に着け〜」とすでに教室に居た先生の脇をすり抜け、とーこはベランダから引き上げてくる一行の中、シンちゃんめがけて雪をぶつけた。

「うわっ」
「ひえええ」
「な、なんだ!?」
「後ろから雪玉投げつけるなんて、卑怯だ!」
「・・・あちゃぁ・・・」

何が起きたんだと目をぱちくりする先生や上級生たちには目もくれず、頭から雪の襲撃を受けその場に座り込んでびっくりしているシンちゃんをひたと見据え、とーこは肩で息をしていた。

「わかってて言ってるシンちゃん、最低だよ!」

とーこは唇をかみ締めた。
下校途中だった同級生が何事かと集まってくる。
雄介と修が目を丸くしてるのが、視界の端っこに見えた。



とーこと俺はそのまま職員室に連れてかれて、教頭先生から怒られたり笑われたり、あったかいお茶をもらったりした。
職員室でいろんな先生たちに、とーこは怒られて褒められてた。
その間も、とーこはずっと泣き出しそうな顔してた。
泣かないのが不思議な顔だった。
長靴で校内を走らない、雪を持ち込まない、授業中に乗り込まないなんて約束をして、家に帰された。

「ごめんね」
とーこはぽつりとつぶやいて、とぼとぼと歩いた。
「なんでとーこが謝るの?」
こんな時は、いつもはにこって笑って手を繋ぐのに、ボクらの手は離れたまま寂しそうにフラフラしてた。
今日はボクから手を差し出す日なんじゃないか、と思った。
「とーこ、手・・・・」
手を繋ごう?って手を伸ばしかけた。
「直人!」
後ろからシンちゃんの声がした。
ボクは慌てて手を引っ込めた。
「今日は悪かった、な。」
シンちゃんは大声でそう言って、わざと遠回りする道へ走って行った。
ボクの手は、力なくぶら下がった。
「シンちゃん、悪い奴じゃないのに・・・。なんであんなこと言うんだろう?直人のお母さんのこと、知ってるのに。」
「・・・うん」

コートのポケットに両手を突っ込んで呟いた。
手を繋いでいないだけで凄く不安になる。
初めて星空を見上げたあの日から、ボクたちは手を繋いでいたのに。

授業や体育で手を繋ぐのも、恥ずかしいってみんな騒ぐ。
雄介が「恥ずかしくないの?」って聞いてた。
・・・ボクも、とーこ以外の女子と繋ぐときは、そりゃ恥ずかしい。
正直に「女子と手を繋ぐのは恥ずかしいかも」と言ったボクに「え、じゃあ、とーこは直人にとって女子じゃないの?」と笑われた。
そうなのかな?とーこと手を繋ぐことは、もう昔からだったから。
よくわからない。

「男子と女子が手を繋ぐって、"恥ずかしい"ことなのかな・・・。」
まるで、ボクが考えていたことがわかったみたいに、とーこが俯いたまま言う。
「直人恥ずかしい?」
「・・・とーこは?」

ボクが答えずに訊ねたから、とーこも黙ってしまった。
それから困ったような顔をして、いつものようににこっと笑った。

「直人、泣きそうな顔してる!」

とーこはそう言うと、手袋をした手で、でこぴんした。
「イタっ」
両手でおでこを押さえたボクを見て、とーこはますます笑った。
だけど、ちょっとその顔は寂しそうだった。





「直人、星、見に行こ?今きれいな星でてる!今日こそ、流れ星見つけるんだ!」

ボクととーこはコートを着て急速に冷え込む雪の原に行った。
雪は真っ暗な空に、淡い光を立ち上らせているみたいだった。
夜でも明るい。
空の星が、雪に反射してるみたいだ。

「とーこ、今日はなんでそんなはりきってるの?」
マフラーを巻きつけて、体を揺すりながら見上げる。
「流れ星に、お願いするの。」
「何を」
「言っちゃいけないんでしょ?」
ホントは聞かなくてもわかってた。

とーこの願い事は、いつも同じだったから。

――"ずっと一緒に笑っていられますように"

とーこの家族と、ボクの家族が、みんな笑っていられるように。

凄く寒い夜だった。
こんな時は、手を繋ぐと凄く温かなんだけど。


だけど、その日を境に、ボクたちは、なんとなく手を繋げなくなった。





――冷たい夜空

2007,11,9up





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