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雪に捨てたバレンタイン









「お前が俺以外を好きになるなんて、思ってなかった。」
そんな言葉であたしを揺する。
・・・だって、あなたはあたしを好きになったりしないでしょう?




初恋はあまりに身近であまりに当たり前で。
息をするより簡単だった。
でも、どんなに好きでもあなたは振り向いてはくれなかった。
あたしの気持ちを知っていて、貴方はあたしを傍に置く。
――・・・幼馴染なんて。




雪の降り積もるバレンタイン。
あなたはあたしの目の前で、たくさんのチョコやプレゼントを雪原に捨てた。
「好きなやつから以外はいらない。」
勿体ない!と叫ぶ友人たちにあなたはそう言った。

あたしは知ってる。
あなたは・・・ずっと・・・一人のオンナノコに片思いをしてた。
塾の帰り、二人で缶コーヒーを飲みながらあなたはいつも彼女の話をする。
あたしの気持ちを知っていながら、あなたはあたしに話すのよ。
だから。
あたしは本当のことを黙っていた。あなたの想う相手が・・・私の友達が、あなたを好きだということを。
あなたは彼女のことをはにかみながら話す。
あたしは、笑ったり頷いたり励ましたりして過ごす。
胸の中はいつも痛みが走ってたけど・・・。
それでも、あたしには。
この時間が・・・かけがえのない大切な時間だった。
どうしても、失いたくない、そんな時間だった・・・。


雪原に捨てられた可愛らしい包みを見て、ぎゅっと心臓がキツクしめつけられる。
あれは、さっき、あの子があげたものだ。
そう、確かずっと・・・休み時間に編んでたマフラー。

「酷いヤツ・・・。」

捨てられたチョコたちの前で立ち止まり、呟いて目を伏せた。



「行ってきます」
玄関のドアを閉めると、目の前にあなたが居た。
いつもの笑顔であたしに手をあげた。

「遅かったな、寒いよ、いつまで待たせるんだよ。」
「夕飯遅くなったの。・・・先に行けばよかったのに。」
「いいから、行こうぜ。早くあったまりたい」

白い息を吐いて、赤くかじかんだ手に息を吹きかけた。
「・・・まだ手袋買わないの?」
あたしはわざと目を合わせないように、自分のつま先を見つめて、先に歩き出した。
「ばーさんが買ってくれないんだよ」
「嘘ばっか」
「えっ?」
あたしに並んで、あなたは覗き込むように訊ねる。
「今、なんて言った?」
「なんでもない。」

あたしは知ってる。あなたは貸したのよ。先週。見てたもの。
だから、返してもらえるまでそうやってるんだわ。

塾までの道のりは、ほとんど外灯もない。
夜空を映す雪原は仄かに蒼白くて、外灯がなくてもあたりは明るかった。
雪はすべてを覆い隠す。・・・あたしの心の中まで、隠してくれたらいいのに。

「・・・なんで受け取ったりしたの?」
「え?」
不意に零れた言葉に、あたしが一番驚いた。
そんなつもりなかったのに。わかってる、いつもそうだもの。

でも、口をついて出た言葉は、あたしの中で堰止めていた感情を溢れ出させるには充分だった。
「あんな酷い捨て方しなくても、いいんじゃない?捨てるんなら、受け取らなきゃいいのに!」
「見てたのか?」
悪びれもせず、あなたはまっすぐ前を見た。

「いっつもそうなんだから。あれ、もしもあげた子が見つけたら、どれだけ傷付くか・・・!」
「でも、お前がちゃんと埋めてくれたんだろ?雪の中に、見つからないように」
くすっと笑いながら言って、あなたは立ち止まってあたしを見下ろした。

何もかも、見透かしたようなその瞳が、ちらりと揺れた。
かあっと頬が熱くなるのがわかった。
悔しくて、悲しくて、なんだか惨めな気持ちになって涙が込み上げた。

「悪かったな、嫌なことさせて。」
どこまでも優しい笑顔なんて、もう信じてやらない。
「・・・知ってたはずだよ!? すごく・・・一生懸命マフラー編んでたこと! ・・・他の子も、みんな真剣な気持ちで告白してるって! 今日、何人の女子を泣かせる気!?」
わかってる。
彼女たちのことを言いながら、あたしは自分のことを言ってるんだ・・・!
バックの紐ををぎゅうっと握り締め、あたしは、静かに息を吐いた。

「お前もカウントするの?」
急に冷たい風が遮られて、あたしはあなたに抱きすくめられていた。
「ああ、でも、今年はまだもらってない。」
ささやきながら、あなたはあたしの心の中に入り込む。
「・・・今年はくれないの?義理チョコ。」
ぽんぽん、と背中を叩かれて、さっきよりもっと苦しくなって涙が出た。
「・・・お前のチョコは、俺、毎年ちゃんと食べてるよ?知ってるだろ?ちゃんと、お前の目の前で食べてるだろ?」
肩を掴まれて顔を覗き込まれたあたしは、逃げ場所のない想いに押し潰されてしまいそうだった。

義理チョコと偽って、渡していたチョコレート。
それに毎年、どれほどの気持ちを込めてきただろう?
あなたは、それが「本命」であると知っている。
知ってて受け取る。
他のオンナノコとは違うのだと、あたしに思い知らす。
あたしのバックの中に、今年も寝ずに作ったチョコが待っている。
それでも、あなたの気持ちはあたしにはない。

こんな、辛い恋、もうイヤだ。

気づいたら、いつも一緒だった。
だけど、もう、もう・・・・。


「とーこ?」
「今年は、ないよ。あんたみたいな、酷いヤツにチョコなんてあげない。」
「なんで?」
「・・・なんでも!あんたが好きなコのチョコしか受け取らないように、あたしもホントに好きな人にしかチョコあげないことにしたの!」

そう言い切って、あたしはカバンの中のチョコに「ごめんね」と手を合わせた。
いつも、ちゃんと食べてもらってたのに、今年のあたしの気持ち、ごめんね。

「・・・だから、俺にチョコ渡さなきゃダメだろ?」
おまえが好きなのは、俺なんだから。
「嫌いだよ!直人なんて、嫌いだ!」

あたしの言葉に、あなたは次の言葉が出てこなくなって、驚いていた。
「嫌い。直人になんて、あげない。」

見上げた先には酷く傷付いた顔のあなた。
心臓が抉られるような、そんな気持ちになる。
どれだけあなたがショックを受けたのか、わかる。
・・・あなたは、あたしの気持ちが他所に行くなんて考えてもみなかったでしょう?

「・・・誰か好きなヤツでも・・・?」
振り絞るように呟いたあなたの声は、震えていた。
あたしは、まっすぐ見つめて頷いた。
「そうだよ。好きな人が居るの。」

あなたが好き。

そう言えないことが、こんなにも悲しい。

肩に置かれた大きな手から、すっと力が抜けて、下に落ちた。
あたしはバックから紙袋を取り出して、直人に差し出した。
これで、終わりだ。

「これ・・・・あんたの手袋が入ってる。今日、預かったのよ。そして、これもね。」
ブルーのリボンがかかった包みを載せて、あんたが恐る恐る伸ばした掌に渡して、あたしは一歩退いた。
「よかったね、直人。」
笑顔を作り損ねて、あたしは顔を逸らした。
嬉しそうなあなたの顔を見つめていることは、できそうになかった。

「・・・あんたと一緒。あんたのことが好きだって。・・・・よかったじゃない!直人の長かった片思いも、今日で終わりだ!」
なるべく、明るい声で言って、あたしは歩き出した。
「とーこ!」
呼び止められたけど、そのままあたしは歩いた。

あたしは、もう、相談役にもなれない。想いは通じ合ったんだから。
ううん、あたしが、邪魔してたようなもの。
お互いの気持ちを知っていながら、あたしは何もしてあげなかったんだ。
雪が舞い降りてきていた。
頬に落ちると、涙で溶けた。

「とーこ!」
言って、腕を掴まれた。
あたしは、もう何も言えずに乱暴に涙を拭った。
直人は、片手に紙袋と包みをしっかり握り締めていた。
それは・・・絶対に捨てられることがないモノ。
なのに、ずるいあなたは、そっと、苦しそうに呟いた。

「お前が俺以外を好きになるなんて、思ってなかった。」
そんな言葉であたしを揺する。
・・・だって、あなたはあたしを好きになったりしないでしょう?

あたしはにっこりと笑うと、バックから・・・ラッピングされたチョコを取り出した。
「あたしの好きな人は、あたしを好きじゃないの。その人は好きなコ以外からは、受け取ってくれないの・・・これは、あの子たちと同じ・・・・だから、雪に捨てるわ!」
思い切り放り投げたそれは、蒼白く輝く雪の中に吸い込まれるように消えた。
「とーこ・・・・!」
「義理チョコなんて、一生あげない!」

あたしは、その日、初恋を雪に捨てた。





2006,2,12





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