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slowly slowly slowly− 唯サイド −






『理子ちゃんの可愛いオヨメサンになる。』

あの頃の俺は、本当にそう思っていた。
「理子はね、唯をオヨメサンにもらうの!唯がオヨメサンになってくれるように、理子はお仕事いっぱいして、唯に可愛いお洋服買ってあげるね!」
3つ年上のこの少女の、屈託ない笑顔が、俺の中で一番大切なモノになるなんて、彼女は想っていなかっただろう。
理子が言った一言は、俺の小さな胸の導火線に、それと知らず火を点けていた。
「うん!唯、理子ちゃんのオヨメサンになる!」
3歳の俺は「オヨメサン」がなんなのかよくわからなくて、でも、それがずっと大好きな理子と一緒に居れることらしいということは、何となく感じていた。
優しくて、可愛い、いつだって俺を守ってくれる大好きな理子。
あの日からずっと「理子の可愛いオヨメサン」になるんだと・・・決めてたんだ・・・。



* * * * *


まるで電源を落としたPCのように、瞳を閉じた理子は深い眠りに落ちて行った。
さっきキスをして、26歳とは思えないくらい可愛く動揺してた彼女に「今日はもう寝たら?」と声をかけると、忘れていた眠気に飲み込まれるように、「うーん」と小さく伸びをして、理子はもぞもぞとベッドに潜り込んだ。
「理子?・・・・おやすみ、パソコン保存して消すよ?」
静かになった理子に声を掛けると、がばっと一度起き上がり、きょろきょろと辺りを見回し、俺を見つけるとほっとしたように笑った。
「唯も適当にシャワー浴びて、寝てね。忙しかったんでしょ?呼び出してごめんね?」
「はいはい。てきとーにやるから。疲れてるのは理子のほうでしょう?俺のことはいいから。」
「うん、寝る。おやすみ、唯。」

いくつになっても、理子のこの笑顔には敵わない。
昔と変わらず、俺の胸にダイレクトに愛しさを伝える笑顔。これは凶器でしょ?

ぽすん、と、枕に倒れると、理子はそのまま静かに寝息をたてはじめた。
相変わらず、寝つきがよい。
俺はベッドの中の理子の頬をつつくと、溜め息が出た。

キスしても、やっぱりまだまだ・・・このポジション?
こんな無防備に眠って・・・。
警戒されたって困るんだけどね。

「オトコだって・・・いつになったら意識してくれるんだろ?」

理子のプロポーズ(?)を受けて、俺が「オヨメサン」になれないと知ったのは、それから2年後だった。
オヨメサンは女の子しかなれないのだと、幼稚園の先生に笑われた。
どんなにショックだったか、理子にはわかんないよね?
「いっつもオヨメサンなんて、ヤダ!僕、ダンナサンがいい!」
悩んだ末に出した答えは、理子にオヨメサンになってもらう!というまっとうな答えだったんだけど。
理子にとったら、「唯」は可愛い妹=オンナノコで。
「なんで、唯ちゃん?理子じゃ、イヤ?理子じゃ結婚してくれないの?唯ちゃんみたいな可愛い子居ないのに?」
なんて、言われたものだから、もう何も言えなくなってしまったんだ。
このまま、大好きな理子ちゃんと一緒に居れるなら・・・・。
それが今まで、自分への戒めとなっていたんだけど。

エクセルを保存して、パソコンの電源を落とす。
俺はネクタイを外してキッチンの椅子の背もたれに掛けた。
理子は基本的に、仕事中心の生活だ。
経済新聞が置かれたテーブルには、ビールの空き缶が一つ。色気も何もない。
ホストという仕事柄、「女」を見せつけられている所為か、ここの空気が「女」していないことが落ち着く。
なのに、俺は誰よりもその理子に女を感じるんだから・・・。

しっかりしてそうなのに、どこか危なげなところも。
「恋」を面倒だと言って、踏み出せないことも。
たまらなく魅力的。

冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターの瓶が2本入っていた。
仕事でアルコールをイヤって程浴びてくる俺に、理子は俺の好きなメーカーを買い置きしてくれてる。
そんな、理子にとっては"当たり前"のことが、嬉しい。

恋愛音痴の理子は、まるで妹に恋の愚痴を零すように、俺に連絡してくる。

理子は、見た目と違って「恋愛」体質じゃない。
・・・いや、ただ自分に正直なだけ。

不意に、先ほどのキスを思い出して胸が苦しくなる。

ミネラルウォーターに伸ばしかけた手を引っ込めて、冷蔵庫の扉を閉めた。
まだ、理子の唇の感触を消したくなかった。
指先でそっと触れた唇が、ジンと痺れているような感じがして、また胸を締め付けた。

あのキスは・・・・・・・ずるかった?
震える理子の唇は、ビールの味がした。
少し深めたキスは、なのに、俺の頭の中を溶かすように甘く変えた。
理子が拒絶しなかったことに、ほっとした。

−・・・俺は特別だって、そういうことだよね?

『私、初めてキスした・・・』
キスの後呟いた理子に、胸の中で「ごめんね」と呟いた。
少女のように頬を染めて、はにかむ理子がめちゃくちゃ愛しかった。

「初めてじゃないよ、理子。」
眠る理子を見下ろして、同じように眠る小さな理子を思い出す。

でも、それは俺だけの秘密。
あのキスは、クリームの味がしたっけ。

くすっと笑って、ゆっくりベッドに歩み寄る。
理子がこんな性格だから。
「長い間、待ってたんだ。・・・・・・・今更、誰かに理子を譲る気はないからね?」
ベッドの中で幸せそうに眠る理子にそっと呟く。

幼かった最初の10年間はともかく、思春期を過ぎて美しい女性になっていく理子を、どんな気持ちで見つめていたか・・・。
溜め息と同時に笑いも込み上げた。

理子の周りは、本人が気づかないだけで、いつだって飢えた狼がウロウロしていたんだから。
洋服を買ってあげるとか、新しい映画が面白いから観に行こうとか、理子はいつだって俺を連れ出していたけど。
それがいいオトコ避けにはなっていたんだけど。
それはあくまで「妹」として。

誰にも向けないあどけない笑顔を見せるのも、誰にも言えない弱音を俺には話すのも、何よりも嬉しくて何よりも悲しかった。
それが「オトコ」としてじゃない寂しさが込み上げた。
自分ではどうにもできないこの関係に、苦しくて、距離をとって。
理子に知られたくないような荒れた生活もした。
だけど、そんな全て、理子はお構いなしに俺の中に入り込んでくる。
そうして、いちいち気づかせるんだ。


理子が好き、理子が好き、理子が好き。


「・・・・知ってる?理子。」

理子の「恋」は、もう始まってる。
俺のことを、本当は好き。
後は自分で気がつくだけ。
そう思わなきゃ、我慢できないよ。

寝返りを打つ理子の枕元に膝まずいて、その穢れない寝顔の隣に頭を置いた。
「・・・理子を待てるのは、俺だけなんだから」

20年待ったんだ。
あと数年くらい・・・。

理子を見つめて、知らず顔が熱くなって頭を起こした。
唇に吸い寄せられるように、顔を近づかせている自分に驚いた。

ダメ・・・かも。

今までとは違う、ただ待つだけなんて、もうできない。
「せめて、早くオトコとして意識して」

可愛いオヨメサンにはなってやれないけど。

背を向けてベッドに寄りかかる。
「唯・・・」
呟いたその声が可愛くて憎らしい。
寝言でまで俺を誘惑してくるのに。理子、ずるいよ。
「−・・・ダンナさん、いっそ押し倒してくれない?」
思わず言って、俺は苦笑した。

こうやって。
蓄積していく愛しさが、胸いっぱいになって、もっと理子を好きになるんだ。




おわり


2006,2,11




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