第66章 履中天皇記(2)
大和に逃げ延びた履中天皇の心中は 猜疑心 さいぎしん で いっぱいになっています。
信頼している 実の弟 墨江の中津王に 殺されそうになったのですから 無理もありません。
この事件後 天皇は他の兄弟にも 疑念ぎねん を強く抱きはじめました。 天皇の心中は理解できます……ボサツマン
ここで 仁徳天皇と 皇后・石之日売 いわのひめ の命の子供たち 四兄弟を もう一度見てみましょう。
17代/履中天皇 りちゅうてんのう に即位した 伊邪本和気の命 いざほわけのみこと 。 「仁徳天皇の子」
兄・履中天皇に 謀反を企てた 墨江の中津王 すみのえのなかつみこ 。
18代/反正天皇 はんぜいてんのう に即位した 水歯別の命 みずはわけのみこと 。
19代/允恭天皇 いんぎょうてんのう に即位した 男浅津間若子の命 おあさつまわくこのみこと 。
履中天皇は 三番目の弟・水歯別の命 みずはわけのみこと を 大和へ呼びつけて詰問 きつもん しました。
「のう!水歯別みずはわけ よ お前も 俺を殺害しようとした中津王なかつみこ の仲間なのだろう。俺は疑っているぞ」
弟・水歯別の命 みずはわけのみこと は 「それは違います。私は兄である天皇に 反逆心はありません。 信じてください」。
兄・履中天皇は 「ならば 墨江の中津王を殺して お前の無実を証明してみせよ」。
あやや!大変な事態に発展です。 天皇は実の弟に 兄弟の殺害を命じたのでした。
天皇は 無実の弟に謀反人・墨江の中津王の抹殺を実行させ その弟の白黒を見極めるつもりです。
ボサツマンは この事件のとき 宮中にいましたので 天皇に申し上げました
「天皇 反逆者は 弟の墨江の中津王なのです。その成敗せいばい を また 別の実の弟にさせることは 賛成できません。
天皇への反逆者は 天皇の軍隊が 大義たいぎ をもって 討つのが筋というものです。 どうぞ お考え直しくださいませ。
無実の別の弟に 反逆の弟を討たせることは 疑心暗鬼 ぎしんあんき の心が さらに伝染して広がっていきます」。
ボサツマンは 切腹の腹を決めて 天皇に進言 しんげん したが 天皇の考えは変わりませんでした。
罪の上塗りは 絶対に犯しては なりません。 なんとか オイラも 切腹だけは免れた えがった!……ボサツマン
兄・天皇から 反逆者の弟を殺して忠誠心を示せ と命じられた水歯別の命は 悩み苦しみました。
反逆者・墨江の中津王は 自分の兄です。 同じ母をもつ 仲良く育った兄弟です。
その兄・墨江の中津王は 今や 天皇殺害を企てた反逆者に 成り下がってしまいました。
確かに 悪いのは墨江の中津王だが 自分の手で兄である・墨江の中津王を 殺すことはできません。
いろいろ悩み苦しんだ水歯別の命は ある覚悟を決め 難波へ戻ってきた。
さっそく 水歯別の命は 墨江の中津王の直じき の部下・曽婆加理 そばかり を呼びだし命じた。
「お前の主君 中王の命は 難波の宮に火を付け天皇殺害を謀った反逆者である。
天皇は 今どこでどうなっているのか 皆目 解らないままである。あるいは もう死んでいるのかもしれない。
もし そうであれば 次の天皇はこの私が成る番である。その時は お前を 大臣 おおおみ に召し抱えよう。
その条件とは 反逆の罪人であるお前の主君を お前が殺すことだ」。
エグイなあ!悪く言えばエグイ 良く言えば頭はキレル 水歯別の命 ‥‥‥‥ボサツマン
出世話を鼻先に突きつけられ 主君の殺害を迫られた曽婆加理 そばかり の心は 揺れ動いた。
イエスかノーか 決めなければならない。決断に迷う曽婆加理。
心の動揺を見抜いた水歯別の命は 曽婆加理を呼び出し「褒美の金品」を ど〜んと並べて見せた。
宝の山を前にして 曽婆加理は簡単におちた。ー御意ぎょいのままに従いますー
所詮 人間 金と欲には弱いもんです‥‥‥‥‥ ボサツマンもかなり弱いです
しかし 水歯別の命の頭の中には 曽婆加理を騙す嘘のシナリオが 綿密な悪知恵がありました。
現在 大和の国・石上神宮 いそのかみじんぐう に 元気で滞在している履中天皇の腹は
この事件を 弟・水歯別の命に解決させて すっきりして 難波の宮に戻るつもりです。
ですから 水歯別の命が天皇になることも 曽婆加理が大臣に成ることも 絶対にあり得ません。
出世と金品に目が眩くら んだ 墨江の中津王の部下・曽婆加理 そばかり は
自分の主君・中津王が 廁 かわや で用をたしている無防備な状態を狙い 矛ほこ で一刺にして殺しました。
こうして 弟・水歯別の命は 巧妙な作戦で反逆者・兄 墨江の中津王を 葬り去りました。
これで 弟・水歯別の命は 兄・履中天皇に自分の身の潔白を証明して ”信”を確保したのでした。
さて もうひとつ山を越えねばなりません。これからが問題です。
主君を成敗 せいばい した曽婆加理は 自分が大臣に本当に成れると思いこんでいます。
ここで 水歯別の命は 大義たいぎ の御旗みはた を 振り掲げることにしました。
つまり 主君殺しはいかなる理由あれども大罪である という大義たいぎ の御旗みはた 立てたのでした。
水歯別の命が描くシナリオはこうです。
見せかけだけの偽にせ の儀式 水歯別の命の天皇即位式を開催し その場で 曽婆加理を大臣に任命した。
当然 曽婆加理に百官 ひゃっかん を賜わる(宝ものを与える)儀式も 偽にせ ながら行いました。
曽婆加理は 百官ひゃっかん の賜わりものに 大満足の様子です。
つまり 約束の実行を仮の形で行っただけでした。これは 仮の儀式(嘘) 皆芝居なのでした。
みんな演技かいな!役者ぞろいやのう‥‥‥‥ボサツマン
さて 儀式が順調に進み 次は 大盃を交わす儀式の番です。 まづ 水歯別の命が酒を飲み干します。
つづいて 曽婆加理が飲み干す番です。酒が盃に溢れんばかりに ナミナミと 注がれました。
主君殺しの曽婆加理が 盃の酒を勢いよく飲み干した時 その時
水歯別の命が 大きな声で「主君殺しで天誅をくだす」と叫び 曽婆加理の首を 切り落とした。
明りの酒宴の席での帯刀は 基本的にはご法度ですが 水歯別の命は隠し持っていました。
なぜ?御法度なのか 勿論 祝いの席だからです。 酒の力を借りて 争いを好む男も多いからでしょう。
出雲建を討伐した倭建 やまとたける も そうでしたが
謀り事 はかりごと を用いて相手を倒すことは 古代では常套手段のひとつでした。
翌日 水歯別の命は 大和・「石上神宮」いそのかみじんぐう へ赴おもむ き 天皇へ奏上しました。
「仰せの件 すべて平定し終えたことを申しあげに 只今 参上いたしました」
「うむ 御苦労であった 休むが良いぞ」と 天皇も安心し 功績を称え水歯別の命に 褒美をとらせた。
この夜 履中天皇と水歯別の命は 久しぶりに兄弟の関係に戻り 朝まで酒を酌み交わしました。
そういえば 今回の一番の功労者・阿知の直 あちのあたい は どうなったのでしょう。
彼は 事件の大功労者として蔵官 くらのつかさ (朝廷の財務管理の長官)に出世し 私有の田地も与えられました。
火の中から天皇を助け出した 阿知の直 あちのあたい は 大出世を遂げたのでした。
崩御: 履中天皇は 432年 64歳にて崩御されました。御墓は 毛受 もず (堺市)にある。 合掌
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