第28章 高倉下 夢の太刀
伊波礼毘古 いわれびこ (神武天皇)は、 ミタマフリの儀式を行い気合いを注入し 軍団を纏まと め直した。
「ミタマフリ」とはー御霊奮いーで 気合いを入れ 御霊みたま を活性化させる儀式。
御霊奮い ミタマフリ は 「
神武天皇は 死んだ兄・五瀬の命 いつせのみこと の遺言通り 今度は 南の海から日(太陽)を背にして
熊野の村(和歌山県)へ 進み入っていきました。
村に入ると 大きな熊が イキナリ 幻のようにあらわれ ふっと消えた。
そのとたん 急に神武天皇の意識が飛び倒れこんでしまった。軍団の全員も、バタバタと倒れ伏した。
毒気に当てられたのです
その時です、熊野に住む高倉下たかくらじ という男が 太刀たち を たづさえて 現われたのです。
高倉下はすぐに、失神しっしん したままの神武天皇を起こし 咒文を唱えはじめました。
そして、太刀に気合いをこめ、ヤア!と大きく一振りすると 天皇以下全員、たちまち正気をとりもどした。
我に返った神武天皇は、高倉下に向い
ー何やら 長いこと眠っていたものだ。 うむ 高倉下 ごくろうであったーと言い その太刀たち を受け取りました。
毒気に当たって気を失っていた軍隊も 皆正気に戻り まもなく、戦闘態勢に戻ることができました。
その後、天皇の軍隊は この太刀の霊力れいりょく を用いて、熊野の敵をことごとく 打ち破っていきました。
戦いに勝利した伊波礼毘古の命(神武天皇)は、高倉下が太刀をもってきた理由を 聞きました。
高倉下たかくらじ が答えるには ー夢の中の出来ごとなのですがーと、前置きして語り始めた。
ー夢の中で 天照大御神と高御産巣日たかむすひ の神が 「建御雷の神」たけみかずちのかみ に申しているのです。
葦原の中津国は お前・建御雷の神が平定した国である。 だが 今 わが御子はたいへん 苦戦している。
よって これからただちに 葦原の中津国で戦っている御子を助けに参れーと。
すると 建御雷 たけみかずち の神は こう答えたのです。
ー私が 地上に降りていくまでもありません。 地の国を平定した時の”太刀”を 今晩 高倉下の倉に 置いておきます。
明日 高倉下から 御子に太刀を届けさせますーと。
さらに 夢の中で 今度は 天つ神が この私に命じられたのです。
高倉下よ 朝 目が覚めたら 倉にある太刀を見つけ ただちに 天つ御子に 届けよと。
朝 倉に行ってみると 夢の中の出来事通り 太刀がありましたので 即 太刀を届けに参ったのです。
この太刀の名は、甕布都の神みかふつのかみ と呼ばれ 「石上神宮」いそのかみじんぐう に祀られている。
神倭伊波礼毘古かむやまといわれびこの 命(神武天皇)は 命を救ってくれたこの太刀に感謝をこめて
水で洗い清め腰に収めた時 天つ神の声が ハッキリと聞こえてきました。
ー天つ神の御子よ これからは 無防備に この奥に入っていくのは たいそう 危険である。
荒ぶる国つ神どもが 大勢 待ち構えて居る。 よって今 高天の原より ”八咫烏 ヤアタカラス ”を 差し向けるぞよ。
この八咫烏を先導にして 進むが良い。 けっして 忘れることなく実行せよー
次の瞬間 八咫烏 ヤアタカラス が 大きな羽根を羽ばたかせ 舞降りてきました。
良かった・良かった!今後は 八咫烏 が先導するので 神武天皇は安全に進むことができます。
神武天皇 那智の大滝を発見! 「那智の牟須美神」:「那智の大滝」
神武天皇が 熊野灘から那智のにしきうら海岸に上陸したとき 那智の山に光が輝くのを見て
この那智の大滝をさぐり当てられ、神としておまつりになられました。
八咫烏 ヤアタカラス とは 三本の足がある大きい烏で 日本サッカー協会のシンボルマーク。
シンボルマークは 「熊野那智大社」くまのなちたいしゃ の八咫烏をデザインし 1931年に採用されたものです。
所以ゆえん は 日本に初めて近代サッカーを紹介した中村覚之助が、この地の出身という理由。
ヤアタカラスの 「タ」 は 古代の長さの単位 あた(咫・尺)です。
親指と中指を広げた長さ、つまり、手のひらの長さで、長いことを表わしています。
よって 神武天皇の道案内をする八咫烏は 大きなカラスという意味。
親指と中指を広げた長さが 長いことを意味するとは あまりピンとこないです……ボサツマン
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