第38章 天皇陛下とは? 階段は何処にある?
ボサツマンは ず〜と前から 疑問でした
天皇陛下の陛下へいか の文字は 階段の階に似てるが 陛へい の字の真の意味は?
天皇は尊上される立場の人だから 下の字よりも上の字を用いたほうが適切と思う。
つまり 天皇は位が最上なのだから 尊敬の意を表わして 天皇陛上てんのうへいじょう と書く方が適格と思う。
だが 実際は 下という文字を用いて 陛下へいか となっています。
ですから 当然ながら 下とは、何が下なのか?何の下(した)なのか?という疑問が生じるのです。
こんななどなどの疑問が なぞなぞ になってしまうのです。
そこで 天皇という文字を分解してみると……天・白い・王・となる。
天は天界のことでしょうが 白いとは何なのか?どういう意味なのか?
白い→光→輝く光 う〜んやはり 白く光輝くもの、と考えられる。 王は統治する者であろう。
すると 天皇とはー天にいて白い光を放ち輝く王ーという意味になる。
でもこれって ー天にいる白い光を放ち輝く王ーとは 『神』のことでしょう。
そうなのか ー天にいて白い光を放ち輝いている王さまーとは、神様のことだよね やっぱり。
このような理論展開には 反論と怒りの声が 聞こえてきます
「するとなにかい ボサツマンよ お前さんは 天皇が神というのかい 冗談じゃない ふざけた事を言うな。
天皇は人間だぜ 天皇が現人神 あらひとがみ だった戦前の時代じゃね〜んだ今は 時代錯誤じだいさくごの妄想野郎が!
この平成の時代に 天皇=神とは お前は狂っている。 こんなバカげた話は もう終わりにしろ サイトもやめろ」と。
ちょっと 待ってください!「天皇=神」とは断定していません。
天皇陛下は あくまでも 天皇なのです。 もう少し オイラの話も聞いてくださいよ。
「フム あ・そう じゃ もう少しだけだぜ」。 ハイ お願いします‥‥‥ボサツマン
(1) 世間の一般的な見解を 整理しましょう
@ 陛下・閣下・殿下などの表現は 宮殿などの建物の下に住まわれている人の意味に使用される。
陛下とは 天皇・太皇太后・皇太后・皇后のみに 使われる言葉です。 ふむ で だから なんなの…
A 第1の重要点
自分より身分の高い人に、お会いする時は 宮殿の階段の下で 声をかけることが決まっていた。
故に へりくだった自分を意味する”下”を付けて 私は ここにおりますという慣習と考えられる。
階段の上に居る高い身分の人に 低い身分の人が面会する時は その階段の下で会ったらしい。
ということは つまり 「下」は「階段の下に居る自分」を指す言葉、と考えられるのです。
例として 手紙などの場合 「机下・座下」などという 表現が見られる。
つまり 推測できることは 「陛」きざはし とは、天上界にある宮殿へつづく階段だろうと思う。
B 第2の重要点
天皇は階段の下にいる 司祭者(月神の使者)であるという意見。 陛下とは その階段の下にいる者らしい
C 第3の重要点
自分より高い身分の人には、直接会えないので、まづ、取りつぎ役の人にお願いすることになる。
その取りつぎ役の人を指し示した言葉が、尊称語に変化した。 陛下に仕える取りつぎ役の尊称らしい
(2) まだ ボサツマンには スッキリしないことがある
それは 須佐の男の神は 天から地上へは どうやって降りたのかです。
神だから出来たのだ という理由ではスッキリしません。
第20章で
生まれたばかりの邇邇芸ににぎ の命は お衾おふすま (ふとん)に包まれて降臨しました。
先導役は、天の忍日の命 あめのおしひのみこと 天津久米の命 あまつくめのみこと でした。
降臨の途中 天の八衢やちまた で 一団の前に ひとりの国津神 くにつかみ が 待っていたのでした。
国津神の名は ”猿田彦 さるたひこ の神”でした。
古事記には ひとつの重要な文節がある
「日子番能邇邇芸の命 天降りまさむとする時に 天の八衢に居て 上は高天原を照らし下は葦原中国を照らす神ここにあり」と
この意味は 猿田彦さるたひこ の神が 空中にたったまま 邇邇芸の命を迎えた、という内容です。
ここなんです 空中にたったまま という描写が スッキリしません。
ボサツマンは 天と地の間に 何かが存在していた と思っていました。
○ 旧約聖書の中に 階段が!ヤッパリありました
聖書の訳では 「ヤコブの階段 または 「ヤコブの梯子はしご 」といわれている。
「彼は夢を見た。先端が天まで達した階段が 地上に向かって降りており 天使たちが
神の御使いたちが その階段を 登ったり・降りたりして、天と地を行き来していた」 「創世記」
「アブラハム・イサク・ヤコブ」のヤコブ「第36章」が 布教の旅の途中で見た夢のことです。
○ ヤッパリ 日本にもありました、それを示す文章が!
日本三景のひとつに、天の橋立(別名・天の浮橋)があります。 「天の浮橋でデート」
伊邪那岐いざなぎ/伊邪那美いざなみが 恋人時代にデートしていたあの「天の浮橋」あめのうきはし です。
丹後地方に伝わる、丹後風土記には
「神世のころ、伊邪那岐の命は 天の浮橋を渡って 高天の原と地上を行き来していた。
ところが 強風によって 天の浮橋(梯子)がぐらぐらと揺れて 地上に倒れた」と、書いてあるのです。
◎ ボサツマンは 以上のことから ひとつの答えを考えました。
天皇陛下とはー天に居る白い光に輝く王【神】のもとに架かる橋の下に住み 神に御遣いする者ーと。
そして 天と地を結ぶ階段(梯子)の名は
日本では 天の浮橋と呼び キリスト教では ヤコブの階段と呼ぶ。
日本人が 天の浮橋を登っていくと 高天の原 たかあまのはら に辿り着くのです。
そこには日本人が信仰する 天御中主神や天照大御神がおられるのです。
キリスト教では ヤコブの階段を登っていくと 御父・御子・聖霊のキリストの神々世界に辿り着くのです。
つまり どちらも 神の世界へたどり着くのです。
読者の皆さんは どう思われるでしょうか? 行ってみりゃ分かる‥‥そりゃそうだ‥‥ボサツマン
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