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ドイツの救急医療制度


木下研一

はじめに


 このレポートはドイツの救急医療制度を紹介したものであり、綿密な制度の下で能率良く行われている救急医療の存在を知って頂くのが目的である。そこでは正しく24時間・365日の救急医療が展開されている。

 日本でも昼夜を問わずに救急車が走っているし、夜間診療所もあちこちで開いている。だから、急病の時にはどこかの医療機関を受診できるだろうという漠然とした気持ちを抱いている人が多い。実際にそれに近い体制を維持している地域もあるが、必ずしもそうとは言えない。そのことはメディアの伝えるごとくである。

 この両国間の著しい相違点を三つ挙げると、第一にドイツでは24時間・365日の救急医療が全地域で格差のない形で実行されていることである。
 第二には、救急制度の中に司令部が組み込まれていることである。この司令部は文字通り司令に関する権限と責任を担っており、救急車に出動を命じ、患者を収容した救急車から情報を得て搬入先の病院を選定し、そこに直行させる。
 三番目は全ての開業医が参加する外来(診療所)救急業務が、規則によって明確に裏打ちされているところである。この3点については特に、後の章の具体例で注目してほしい。

※ 参考資料については各節および各項の後に♯番号で示した。

1章 制度の理解のために必要な予備知識


 ドイツの救急医療を理解するためには、彼の地の基本的な医療制度と幾ばくかの行政制度について予備知識が必要である。しかしそういうことが面倒な方は先ず医療制度の実際の部(第2章 組織化された医療制度)に飛んでいただいて、必要と思われた時にここに戻られれば良いと思う。



1節 救急という言葉について


 救急という言葉を聞いたら先ず何を思い浮かべるだろうか。一般的には救急車がサイレンを鳴らして走る光景だろう。これは間違いなく「救急」である。しかし夜間・休日に風邪や頭痛で受診する診療所もまた、救急当番などと呼ばれる。この様に救急という言葉はいろいろな程度の「救急状態」に使用されるが、その場その場で適切に理解されている。

 ドイツにおいても事情は同様で、重症の場合には Not-Fall が、軽症の場合には Not-Dienst という言葉が多く出てくる。いずれの場合にも救急を意味する "Not-" がついているが、ドイツ国内の会話の中では支障がない。

 しかしながら他国の制度について説明しようという時に、言葉が曖昧のままでは正確な意味が伝わらない。そこで、ここでは重症の状態には「緊急」、軽症の状態には「救急」を用いて峻別した。


2節 州制度を基本とする行政機構  ♯22


 救急事業は一定の区域・地域を単位として構成される。その基本的な単位は郡や市である。しかし必ずしも行政区に拘っている訳ではない。人口密度や地形などを考慮して、郡・市の境や、場合によっては県境を超えて能率的な区域設定が行われている。この様な事情を理解するためにはドイツの行政区を知っておく必要がある。

 ドイツ連邦共和国は16の州が連合しいるという意味である。州はいくつかの県に分かれ、そこに多数の郡と市が所属する。しかし県という行政機構を省いて、州がいきなり郡や市を直接管轄することが多い。郡の下には最小の行政区(日本でいえば町村)がある。

 ここで注意をしなければならないのは、日本語の「市」にあたる"Stadt"である。市といえば日本では人口が50万~数百万の政令指定都市や人口10~50万の一般的な市である。その点はドイツでも同様で、人口340万を有し、「市」そのものが一つの州であるベルリン市から、観光などで有名な人口10~100万の一般的な市がある。やっかいなのはもっと小さい「市」が多数あること(最少では人口297人)で、更にこの(小)「市」は郡に所属するという関係である。

 それに加えて、ある県の中に行政的地位が対等である同名の郡と市が依存したり(ウンター・フランケン県内のヴェルツブルグ市)ある群の中に同名の市が所属する例(トラオンシュタイン郡内トラオンシュタイン市)も併せて記しておく。

 以上の様な事情から救急医療の単位を形成する市や郡等の行政機構は、名称によってその規模を推定することはできない。そこで、これらの行政区の名称の後には人口を記して規模の把握に供した。



3節 医療機関の機能と財政


 ドイツの医療機関は、大まかに云うと、大病院と診療所(ベットはない)の2種類であり、中小病院は少ない。

1項 病院

 病院の任務は重症患者の入院治療であり、通院治療は開業医が診療所で担当する。その区別は明確で、病院の外来診療は特殊分野の定期的な観察程度に限られている。そもそも、病院を受診するためには専門医または一般医(家庭医とも呼ばれる)の紹介状が必要である。患者自身の判断で直接病院を訪れることはできない。

 病院は疾病金庫団体(日本の健康保険組合にあたる)と診療報酬について予算みたいな感覚で一応の契約を結ぶ。しかし必要な治療は自由に行う。その結果予算に過不足が生じるが、最終的に両者間で調整する。両者の利害は対立していると思われるが、医療全体の見地から協調の関係にもあるという。

 勤務医自身は保険とは直接の関係がないから保険医にはならない。

2項 診療所(開業)  ♯28

 第4節で詳述する様に、開業しようとする医師は(州)保険医協会(後に詳述)の認可を受けて契約医とならなければならない。この際、地域ごとに(更に診療科別に)定員が設定されているから、空席ができないと認可は受けられず、開業することはできない。

 診療所の開業はビル等の一角を借り、診療科によって差が大きいが、平均4千万円程度を投資して整備するのが一般的である。日本の様にベットを持った中小病院や診療所を建設して開業し、後に子に継承させることは以上の事情からしても困難である。

 契約医の診療報酬は州の保険医協会に請求する。保険医協会は請求の適否を審査した上で疾病金庫(健康保険組合)に送る。ここで再度審査が行われた後、疾病金庫から総額が州の保険医協会に一括して支払われる。そして最終的に州保険医協会から各診療所に分配される。



4節 医療関係団体


1項 医師会(州医師会と連邦医師会) ♯23,24,25

 医師が自己運営する最上位組織は連邦医師会(正式にはドイツという名は付かない)であるが、私的な団体で法的権限はない。その任務は例えば、「職業規則」の作成にあたっては全国の州医師会代議員会の決議を経た後に、更に監督官庁の承認が必要であるが、基本形を示すのが連邦医師会の役目である。

 この点では、県医師会を傘下に納め、事実上の上下関係にある日本医師会とは異質である。
15の各州に1つと、ある州に2つの州医師会があり、実質的な活動を司るのはこれらの州医師会である。全ての医師は己の所属する州の医師会に参加する義務がある(日本医師会は任意参加)。そう言う意味では間違いなく診療に携わる医師の全体を代表する団体である。

 州医師会は行政から医師の監督権を移管されている。このために州医師会は、医師の職業上の利益を守ると同時に国家的な立場で規則を作って医師会々員を監督しなければならない。州医師会の事業の中には専門医教育とその認定試験や卆業後の生涯教育の他、医療紛争に関する調停委員会など、医療に関するほぼ全ての事業を委託され、あるいは自主運営している。なお医療紛争ついては90%が調停委員会で解決され、訴訟になった残りの10%についても裁判所はそのまた90%にこの調停委員会の結論を認めるという。

2項 保険医協会(州保険医協会と連邦保険医協会) ♯26,27

 医師会と同様に17の州保険医協会があり、連邦保険医協会に加盟している。専門医が保険医(正式名は契約医)として開業するためには保険医協会の認可が必要であり、従ってこの協会の会員は全て(開業した)保険医である。そういう意味では州保険医協会は連邦医師会の一部の様にも感じるが、(州)医師会と同じく独立した公法の団体である。また、役員の構成や活動の面から見ると、日本医師会はこれに近いと云える。

 診療所の項で述べた如く、州保険医協会は契約医(保険医とも呼ばれる)が提出した診療報酬を審査した上で取り纏めて疾病金庫と協議を行う。その結果、州保険医協会が一括して診療報酬額を受け取り、これを個々の契約医に分配する。

 上記の実務で分かる様に、州保険医協会は契約医の権利の代理を行うと同時に、契約医の義務についての監督も行う。救急医療業務で議論される外来救急医療の保証もまた州保険医協会の重要な任務である。

3項 病院協会 ♯29

 ドイツ病院協会は、病院を運営する12の主要な連盟と16の州の病院連盟から成る。

 協会の主な任務は病院制度の分野に関して、法的に依頼された任務を履行する際に会員を支援することにある。その際、単に個々の開設者や個々の連盟員に関する問題は扱わず、特に基本的な問題の面倒を見る。
 救急業務を含む医療業務と直接の関係はない。


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