2003(平成15)年8月の日記


8月31日(日)

 昨日の就寝が遅かったので、若干の寝不足で砧のNHK技研へ。NHK-CTI「大学生のための夏のセミナー アナウンストレーニング」に参加。5〜7月の「人前で話す基本」講座が終わって1ヶ月半が過ぎ、おさらいがしてみたかった。1日で終わるし、7時間の講座で6000円はお値打ちに思えた。……「人前で話す基本」は2時間×10回で入会金込み58000円だったから、ほぼ2時間分の料金で7時間である。

 当たり前だけど、この時期のこういう講座はアナウンサー志望者ばかりで、就職活動終了から4ヶ月ほどが過ぎてもうほとんどそんな気など失せた僕にはちょっと場違いだったかなぁとも思えてしまった(私服で来ている男性は僕一人だったし)が、来年の秋頃には車掌さんなのだからアナウンスは重要なスキルである。と、言い聞かせる。

 午前中は自己紹介と「関心ある社会的事柄」について1分半でスピーチ、を各人がやって講師の先生が講評して終了。「関心ある〜」は前から1分程度で話せるよう準備しておくように予告されていたのだが、すっかりなまけて準備を始めたのは教室に入ってから。他の学生が壮大なテーマについて延々と語る中、「大江戸打ち水大作戦」について話す。事前の予告では1分だったのでかなり時間を残して終わってしまい、「テーマが限定されていて分かりやすい」などと評される。

 昼食休憩40分をはさんで、午後はニュース原稿読み、そして、午前中の講評をもとに修正したスピーチをビデオに収録して再講評。こういう場所でのニュース原稿読みは初めての経験(あとは渋谷のスタジオパークでお遊びでやっただけ)で、「読み方が平板ですね。もっと意味をとらえて話さないと。今回はほんの少ししか読みを扱う時間が取れなかったので仕方ありませんけど」と言われる。……これではたとえば「車内での携帯電話のご使用は……」などとアナウンス(=車掌は原稿を読んでいる)したところで、お客には聞き流されてしまうではないか。うーむ。。。。。。ちなみにニュース原稿は、智恵文のヒマワリ畑の話題。実際にあの場所を知っている僕にはうれしく、原稿が配られて「あ、智恵文のヒマワリかぁ」などと口走ってしまった。

 ビデオ収録を終え、再講評。「大変わかりやすい話し方ですが、何かやったのですか?」と聞かれ、「人前で話す基本」を受けたことを言うと「きちんと身についていますね」と言ってもらえた。ただ、「もっとゆっくり話して、もっと間を取るくらいでちょうどよい」とも言われた。これは「人前で〜」の10回でずいぶん直したつもりだったが、たった1ヵ月半で元に戻ってしまったらしい。

 17時半過ぎに終わり、帰り際に講師の方から「NHKの日本語センターはJR東日本での研修もしているんですよ」と言われた。先月末に指令室を見学した際に、朝のNHKで流れる運行情報を読む指令員はNHK-CTIの講師から指導を受けると聞いていたのでそのことかと思ったら、違うらしい。この先生も、白河の中央研修センターへ行く機会があるそうで、入社後数週間の新入社員研修でもこのテの講習を受ける機会があるのかもしれない。

 さすがに7時間の座学は想像以上に疲れた。きっと入社後の研修もこんな感じなんだろうな―と思いつつ、渋谷駅行きのバスに乗る。渋谷からは山手線に乗り、恵比寿駅構内の「めりけんや」で讃岐うどんを食べて帰る。「めりけんや」はざるうどんの大盛り(480円)にかき揚げ(120円)をトッピングして600円もした。大盛りと言ったってほんの少しで(普通盛りはもっと少ない)、値段相応にそこらへんの立ち食いスタンドなんか比べ物にならないくらいおいしいのはよいのだが、讃岐うどんと言えば安くておいしいというイメージがあるから、かなり残念。


8月30日(土)

 夕方くらいまでだらだら過ごしていた。今晩も都市対抗野球でJR東日本が出る試合がある。今日は内々定者のうち2人が参加表明をしていたのでいっしょに応援席へ行こうと思う。連絡を取ると、17時半に黄色いビル前で待ち合わせることにしているとか。水曜日の人手を見るとそれでは遅すぎる。……K君は飯田橋にある某大学にすでにいるというので、今すぐ行って並んでてよ、と言いたいところなのだが応援にアツいのは僕だけだろうし、なるべく早く来てね、というにとどめる。

 15時をいくらかまわったあたりに家を出て、水道橋へ。東口を出たところの「神戸らんぷ亭」の牛丼並(280円)で腹ごしらえ。まずい。

 東京ドームに着いたのは16時半ごろ。水曜日の18時ごろには長蛇の列だった受付もスムーズで、チケットとパンフレットを受け取る。入場待ちの行列はその先にあり、結構長い。僕が並んだのは、後楽園駅やラクーア、ラクーアの向こうにある文京区役所が一望できる場所で、目の前をジェットコースターが駆け抜けていてずっと立って並んでいても飽きることはなさそう。

 列はどんどん延びてゆき、「最後尾」のプラカードを持った人はあっという間に見えなくなった。17時過ぎにK君とO君がやってきて合流。前の試合が終わり、場内を一旦整備してから、入場。神宮のようにあらかじめ入場させておいて横にスライドするという形式ではない。早慶戦以外の大学野球に比べると格段に人が多いのだ。

 JR東日本×三菱ふそう川崎は18時過ぎに試合開始。試合開始前に社歌斉唱、エール交換などは大学野球と同じ。バックネット裏から見ていたら「ダッシュケイオウ」(慶応義塾の応援曲)でずいぶん盛り上がっているように見えた応援席だが、実際にいると立っている人なんかいないし、曲にあわせたコールもオリジナルとはだいぶ違う。「コンバットマーチ」(早稲田の応援曲)に至っては、こんなのコンバットじゃなぁーいと言いたくなるほどの代物で、がっかり。

 それより、応援団(特にリーダー)の手際の悪さが目立つ。まず攻撃が始まると同時にチャンスパターン(応援曲)が始まっても観客を立たせに来ない。それでいて、掛け声を示したプラカードを掲げる人だけは最前部に何人も突っ立っていて、明らかに余剰人員である。実際の職場でもこんな非効率な人員配置になっているのではないかと思ってしまう。大学野球なら、指揮台の両側に3年部員が1人ずつ立って、この2人が基本的にプラカードを掲げたり掛け声の指示などを全部やる。残りのリーダーは観客席に散ってそれぞれがこの3年部員や指揮台付近の幹部の指示に基づいて観客をリードする。それがないから、観客席も今ひとつ盛り上がらないのだ。初回から大声で叫んでいる私は完全に浮いている。(K君とO君はさぞかし恥ずかしかったと思う……)

 次に、応援曲にあわせたコール。「ダッシュケイオウ」などはオリジナルに近かったほうだと思うが、コンバットマーチも、「狙い撃ち」も「アトム」もすべて、神宮で使われているものから「○○倒せ」が省略されている。その部分が妙に間抜けに感じられるばかりか、そんなのでは応援席の観客の闘志も沸かないのではないかと思う。……まぁ、相手方の観客も試合が終わったら水道橋からJRの電車に乗って帰るわけで、そういう意味ではお客さまだから、たとえばこの試合なら「三菱倒せ」とは言わないのかもしれないけれど。。。

 7回には社の応援歌斉唱(=起立・脱帽)があり、そのままCPに入ればよいのに、リーダーが指揮台に上がるのに何やら儀式のような仕草があるらしく、モタモタしているうちに観客が全て座ってしまったのには、何をかいわんやである。何のための応援団かと言いたくなる。観客席を一つにまとめて盛り上げて声援を選手に届けるのが応援団の役割ではないのか。そんな妙な仕草のおかげで観客席が静かになってしまうのでは本末転倒である。見ていると気合だけは入っているようだが、空回りしている。……この会社の応援団は大学の応援団などを助っ人に呼ぶのではなく、チアなども含めて全て社員だと言う話を聞いて、入社したらこれやるのもいいなぁなんて思っていたが、こんな応援団なら願い下げである。

 全体として高校野球の応援をお手本にしたような印象を受けた。この推測が正しければ、高校野球の応援は大学野球の応援を元にしているのだし、コピーのコピーとなればこうなるのもむべなるかなである。社員が7万人もいれば中には大学(特に東京六大学)で応援団を経験した人が絶対いるはずで、そういう人に指導させるべきではないかと思う。

 ……試合のほうは、6-0で惨敗。2人は純粋に試合に負けたことを残念がっているふうだったが、僕一人、応援団に不満たらたらで帰途につく。不満たらたらっていっても、ただの東京六大学原理主義でしかないのだが。


8月29日(金)

 目覚ましがなる前に目を覚ます。日記をつけ、ダラダラ過ごしそうな気分を振り切り、6時半にはご飯を食べて7時半ごろでかける準備。7:48の武蔵野線に乗り、西船橋で乗り換えて幕張本郷へ。

 Suicaのチャージがなくなり、追加しようと券売機にSuicaを入れてひとまず履歴印字をしたらSuicaが出てこなくなってしまった。先週あたり、Suicaの表面がはがれているのに気づき、少しはがしてしまったのがいけなかったようだ(当たり前)。駅員に「このままでも使えますが、お時間のあるときに窓口で発行替えもします」と言われ、そのままみどりの窓口へ。即再発行ではなく、一日かかるとのこと。それじゃまたここに取りに来なきゃいけないのかなと思ったら、Suicaを扱う窓口ならどこでも新しいSuicaを受け取れるそう。その間有効の「定期券代用乗車証」をくれた。手書きで、こんなのがあったとは知らなかった。珍しい。

 幕張本郷に来たのは、朝のバス通勤輸送を見るため。幕張新都心の最寄は京葉線の海浜幕張駅だが、総武線・京成線のこの駅からバスを利用する通勤客も多い。その数が半端ではないうえ、免許センターへ行く非通勤者(=慣れていない、現金で運賃を支払うなど遅れの原因)と通勤者が混在して収拾がつかなくなってきたとかで、数年前から一般道主体の路線バスでは初の連接バスを導入してさらに急行運転を始めて通勤客と免許センター利用者の分離を図っているのである。

 駅前に出ると案内役のおばさんがマイクで「免許センターへお越しの方は0番のりば、急行バスご利用の方は1番のりば…」と連呼している。のりばは長蛇の列。急行バスに至ってはざっと見た感じでも2列に並んだ行列が60メートル以上はある。そこへ、ロータリーへ次々とバスが入ってきては人を乗せて発車してゆく。連接バスはすべて急行だが、急行の全てが連接バスというわけではない。急行は全てのドアから乗車させていて、運賃は行列の途中にあるゲートで係員2人がさばいている。均一運賃210円。0番のりばのバスも行列は長いが、運賃は車内で授受。

 乗客を乗せているバスの後ろに次の連接バスが待機しているのを見て行列に加わり、乗る。Web上で公開されている時刻表(たとえばこれ)を見ると3台同時発車なんてのをやっていて、おまけにどのバスも大混雑となればもうこれはバスじゃなくて軌道系交通機関の領域ではないのかという気もする。実際、幕張本郷〜海浜幕張の新交通システム構想が一時期あったし(でも立ち消えになった)、実現の見込みはほとんどないものの現在でもいちおう有効の「モノレールマスタープラン」にもこの区間が盛り込まれている。

 連接バスといっても珍しいのは日本だけだし(西欧だとごく普通に走っている)乗ってしまえばただのバス。途中で停車中の普通バスを右側から追い抜いたりするのが、バスならではだなと思う。路面電車で待避設備を作るのは容易ではないはずで、かといって急行運転をやめれば通勤客と免許センター利用者の分離が難しい。最初の停留所の富士通でかなり降り、NTTでもっと降り、テクノガーデンでガラガラになって海浜幕張に着く頃には乗客はまばらになった。

 回送表示を出して幕張本郷へ戻ってゆくバスを見送り、ちょうど9時になって局活動。海浜幕張駅周辺の3局のうち1局はすでに行った記憶があり、残り2局を訪れたのだが、後で調べたらうち1局はすでに履修済みと判明。

 もっとバスの写真を撮っておきたかったが、暑いのと、デジカメが電池切れになってしまったのとで、京葉線に乗って帰る。久々にこの近辺でキップを買って電車に乗る。海浜幕張〜新浦安は290円。安くはない。軌道系うんぬんの話だけど、もしかしたら乗客数がすごいのは朝だけで昼はたいして乗っていないのかもしれない。また閑散時間帯に乗りに来る必要がありそう。

 帰宅後、奈良の部分を途中まで書いて止まっていた写真日記を書き足したりして昼まで過ごす。昼食はいただきものの北海道ラーメン。台所をリニューアルした際に父が趣味(そば打ち)のために火力の強いコンロを入れたので、ラーメンもおいしく茹で上がる。

 午後は、やることがいくつかあるのにダラダラ過ごしてしまう。一昨日は約束をすっぽかしてしまったし、ちょっと最近どうかしているこの悪循環をくいとめたいのだが……。


8月28日(木)

 朝5時の目覚ましでひとまず目を覚ます。ひどい二日酔い。昨晩、酔った勢いでその場にいたインターンの学生に、明日いっしょに切り抜きやろう、なんて口走ってしまったけど、とてもそれどころではない。……3度くらいトイレで吐きながら、13時半くらいまで寝ていた。

 何とか楽になり、16時にはお風呂に入って、昨日行くつもりだったいちかわエフエムへ。忙しい中、上川さんと宇佐美さんに時間を作っていただいて、ようやく4月に深町さんから「会社入ったらこんなところでやってないで勉強しなきゃダメ」と言われた(参照)のが分かった気がした。2人には醜態を晒してしまったけれど……。

 本当に僕は変わっていないのだなと思う。昨年末から今までという短期で見ても、小学生のころからという長期で見ても。


8月27日(水)

 5時に目覚ましがなったものの、5時半まで布団の中。こうして徐々に起きる時間が遅くなるのだろうか?

 外は雨で、幕張のバスを見に行こうと思っていたのだけど、結局行かずじまい。今週末に受けるNHK-CTI講座のアンケートがあったなと封筒から取り出すと「26日(火)必着でご返送ください。講師が事前に目を通します。間に合わない場合は、受講当日に持参し、教室で担当講師にお渡しください」とある。やってしまった。。。

 よく見ると、受講料の支払期日も22日(金)と書いてあって、「支払日までに振込みができず、参加意思のある方は、事務局までご連絡ください」とも書いてある。昨日になって振込みをした(14時以降だったので、今日付けで振り込まれることになる)ので、連絡をしないといけないのだろう。きっと。……しかし、案内をよく見てみるとどうやら就職試験向けの講座らしい(どうりでアンケートの内容がエントリーシートとよく似ていると思った)。申し込むんじゃなかったかなと少し後悔。

 午後になって連絡を入れると、アンケートのほうは今からでも送ってほしいと言われる。

 何をするでもなく呆けていると、実は今日の昼に人と会う約束をしていたのをすっかり忘れていて、「ずっと待っていたのですが」というメールが舞い込む。

 まいったなと思いつつ、夕方になって家を出、東京ドームへ。都市対抗野球JR東日本×昭和コンクリートを観戦。はじめ、JR東日本側受付の長蛇の列に並んでいたが、これだけいれば元バイト先の社員の方もいらっしゃるだろうかと電話をかけたら、22番ゲートにいるよと言われて行ってみたらバックネット裏で見ることができた。昼に会うはずだった方もそこにいて、恐縮。

 試合は3-1でJR東日本の勝利。終了後は社員の方と飲んで、0時ごろ帰宅。


8月26日(火)

 5時ごろ起きて、眠い頭で修論指導のレジメをつくる。朝食を済ませて40分ほど寝て9時半ごろ家を出て研究室へ。11時からのはずの指導は12時をだいぶ過ぎてから始まり、30分ほどで終了。

 徒歩で西早稲田へ向かい、「フクちゃん」のポテトコロッケで昼食。550円。比較的安価なうえに冷奴がついてきて健康的。

 ガイド室に立ち寄って15時前に帰途につく。みずほ銀行の窓口で振込みをする。「午後2時以降の窓口での振込みは翌営業日扱いです」という旨の掲示があり、だいたいどの銀行も15時に店を閉めてしまう(事務処理はその後もあるのだろうけど)なんてのが通用する時点でどうかと思うのに、14時以降は次の日に来たのと同じ扱いなんていったいどういう仕掛けなのだろうか。……細谷さんがりそな銀行を「普通の会社にする」と言っているのに期待するしかないのか。

 もう一件東京三菱銀行あての振込みがあるのだが、クイックコーナー(ATMコーナー)では現金での振込みができない。帰宅後に確認すると、現金での振込みは支店窓口か支店併設のATMのみで扱うとのこと。東京三菱の支店なんて減る一方で、今日立ち寄った3箇所のクイックコーナーのうち2箇所(西早稲田と新浦安駅前)は支店跡だから、口座を持っていないと不便になる一方なのだ。

 帰宅後、ずいぶん前に口座を作ったまま放ってあったイーバンク銀行を使ってみようか、と思ったら、他行宛て振込み手数料は250円。千葉銀行のキャッシュカード利用振込みなら210円で済むのに、何のためのネット専業銀行かと思う。しかしどちらにしろ通信販売の代金680円+送料160円(合計840円)を振り込むのに手数料を210円だとか250円も取られたのではばかばかしい。しかしわざわざ東京三菱の支店まで行く手間を考えたら、105円との差額の105円とか145円は許容範囲のような気もする……そうやって徐々にお金を吸い上げられていく仕組みになっているのだろう。


8月25日(月)

 きちんと「乗換案内」で電車の時間を調べ、新浦安11:10の快速電車に乗る。新木場でりんかい線に乗り換え、東京テレポートから都バス台場01系統の無料循環バスで大江戸温泉物語へ。すっかり晴れており、打ち水日和。

 12時からの「大江戸打ち水大作戦」に今日も飛び入り参加。13時までおよそ1時間水(というか、お湯)をまく。取材は数社がきており、びっくりしたのは、文化放送の録音機材がMDウオークマンだったこと。MDウオークマンなんか使うのはコミュニティ局くらいだと思っていたのに……。

 参加者のうち最後までやっていた数名とスタッフが、大江戸温泉物語のご好意で無料で温泉に浸かれた。この温泉施設で充実しているのはお風呂ではなく、江戸の街並みを再現したエリア。お風呂そのものはスーパー銭湯とほぼ同等。温泉が使われているのは中央にある浴槽一つだけで、あとは全部フツーのお湯。

 18時半から打ち上げやりますから時間があれば、ということだったので、せっかくだから行くことに。後片付けや事務処理があるスタッフがタクシーで麹町の事務所へ行くのを見送り、いったん家へ帰る。メールチェックなどを済ませ、浴衣から普段着に着替えて再び電車に。八丁堀・茅場町・九段下で乗り換えて半蔵門で降りる。世界水フォーラム事務局の番地は分かっていたのだけど、このあたりは建物に番地が書いてないので目当てのビルを探すのに少し苦労した。行ってみると、ちょうど電話調査の最中。23区内の電話番号を無作為抽出して……って、「社会調査法」では電話番号は確か取り上げなかったと思った(あるいは寝ていたか休んだか)けど、電話番号はどうやって無作為抽出したのだろう。笑えたのは、企業につながった際に「こちら大江戸打ち水大作戦本部と申します」「お世話になっております。担当に替わります」というやり取りがあったという話。打ち水の担当者を置いているのかその会社……。(先方の勘違いだったらしい)

 19時から事務局が入居しているビルの向かい側にある「やくしま」にて、スタッフ、飛び入り参加者、その他で22時ごろまで。早稲田の環境ロドリゲスの人や、玉社の後輩に当たる人などといろいろ話す。こういう雰囲気の飲み会はたぶん3年前の「早稲田祭シンポジウム」後の飲み会以来ではないか。他の人とも話してみたかったのだが、時間切れ。一言二言交わしただけの人が多かったけど、交通工学や都市工学をやっている学生がちらほらいた。時間切れがなおのこと惜しい。

 半蔵門から大手町・東京乗換えで帰宅。0時ごろ就寝。


8月24日(日)

 クーラーをタイマーをかけずにつけたまま寝てしまい、明け方に父に怒鳴られて消したのは記憶にあるが、暑苦しくなって起きたのは9時半。……両親が乗った新幹線は東京駅6:04発だから怒鳴られたのは5時ごろのはずで、寝たのが3時すぎだから2時間のタイマーをつけても怒鳴られた時点ではつけっぱなしになっていたことになるのだけど。

 昼ごろまでゴロゴロしながら過ごし、怒鳴られながら頼まれた洗濯物を干す。浴槽に余っている湯は洗濯機に汲み、さらに残ったのはバケツに汲んで家の前に撒く。炎天下で撒くと確かに辺りが少し涼しくなる。そんなうちに防災無線が鳴って光化学スモッグ注意報の発令を知る。クルマでの外出はできない。浴槽を洗ってぬるま湯をはって入る。

 昼ごはん何にしようかなぁと冷蔵庫を開け、たまには自分で作ることにする。ナスを使ったドライカレー。

 アタック25を見終わり、後片付けをしたあとはダラダラ過ごす。15時半ごろから20時ごろまで部屋でゴロゴロしながら寝ていた。その間に、ふと目を覚ましては洗濯物を取り込み、雨戸を閉める。21時になって風呂を追い炊きして両親の帰りを待つ。


8月23日(土)

 7時ごろゆっくり起きる。午前中は洗濯をするなど旅行の後片付け。午後は甲子園の決勝を流すテレビをつけながら、にっきをつけたり。

 常総学院の優勝が15時過ぎに決まったあたりから出かける準備をする。さてそろそろ出かけるかと15:50ごろに時刻表を見たら武蔵野線の西船橋方面行きは15:56発。間に合わない。次は16:24。

 本八幡へは西船橋方面行きに乗ってしまえば20分ほどで着くのだが、16:45頃集合で16:24発では少し遅い。インフォシークの乗換案内で検索すると、16:05の海浜幕張行き各駅停車を南船橋で乗り継げば16:40に着くとある。16:24を待つのとものの5分も違わないが、早く着く5分が重要なのだとそれで行くことにする。

 浴衣姿に草履でなければ間に合っただろう15:56の電車が駅に入ってゆくのを見ながら新浦安駅に着くと、次の電車は16:02の蘇我行き快速電車。南船橋で乗り継ぐ西船橋方面行きは3分後の各駅停車に乗るのと変わらないだろうけど、もしかしたらあるかも、と、やってきた103系の快速電車に乗ってみる。……すると、南船橋へついたと同時に反対側のホームからオレンジ色の電車が発車していってしまった。近くでは「あれー、走れば間に合うんじゃなかったのかよー」と言っている2人組がおり、電光表示を見るとこの快速電車は南船橋16:10発なのに時計は16:12。快速が時間どおりに走っていれば間に合っていたことになる(あとで時刻表を確認したらこの西船橋方面行きは16:11発だった)。

 南船橋からの電車が16:25ごろに西船橋に着けば、総武線は16:24に行ったばかり。次は16:30で、本八幡までの所要は5〜6分だから、待っている間に着いてしまうことになる。もとはといえば、前もって時刻表を見ておいて新浦安15:56のに乗っていれば16:15頃には本八幡に着いていたのだから人のせいにするものではないはずなのだけど、東京駅から20分圏内の場所でどうして30分に1本しか電車が来ないのか毎度腹が立つのである。

 で、いちかわエフエムの局舎に集合して、17時から本八幡駅南口にある「アンシャンテ」でいちかわエフエムの納涼会。今回の幹事の方がキリンビールに「ビア・セミナー」なる簡単な講習会を依頼して、ビールとワインはキリンビール提供で無料。会費の3000円はすべて料理で、諸事情(このあと番組があるとか運転して帰るとか)でソフトドリンクの人は別料金という趣向。18時から30分ほどのセミナーでは、ビールの歴史、製造法、健康への影響、そのほか三度注ぎのやり方などを教えてもらい、参加者一同「へぇ」の連続。そのほか「ビールのきき比べ」というのをやった。3つのコップに注がれたビールがそれぞれ「一番搾り」「ハートランド」「クラシックラガー」のどれか当てるというもので、「一番搾り」はすぐに分かったものの、「ハートランド」と「クラシックラガー」を間違えてしまう。……この日飲み放題だったビールは「ハートランド」だったので、飲んでいたビールの味も当てられなかったのかとショック。

 20時半ごろには1次会が終了し、2次会も23時前には終了。数人でいったん局へ顔を出してから帰途に。(酒気帯びで局舎に入るのは本当はいけない)

 西船橋0:02の電車で南船橋へ出て東京行き終電、というコースだったのだが、南船橋に着いてから東京行きまで10分ほどあったのでベンチに座ってウトウトしていたら、気がついたのは終電発車の2分後。「上り電車は終了しました」の電光掲示を見ながら改札口を出、歩いて帰ることにする。南船橋へは一度母親に迎えに来てもらったことがあるけど、両親は明日の早朝から旅行なので起こして迎えに来させるなど親不孝以外の何物でもない。電車なら160円のところでタクシーに数千円も払うのもバカバカしい。駅ネをすると明日一日がほぼつぶれてしまう。やっぱり徒歩だ。

 携帯ラジオでいちかわエフエム夜もラジオぼーや「でぶ大好きデラックス」や「土曜深夜の喫茶店」、NHK「ラジオ深夜便」を聴きながら歩くこと約2時間半、2:45に帰宅。……電車ならたった10分の距離なのに。。。

 つくづく、数分の時間差に泣かされた日だった。


8月22日(金)

 朝にK田の目覚ましが鳴っていったん起きたのだが、何時かは分からない。PHSは充電中。K田は再び寝て、僕もしばらく横になっていることにする。思いついてラジオをつけたら9時のニュースをやっていた。……また眠くなってきたのでもう一度寝て、起きて今度はPHSを手元にたぐり寄せて時間を見たら10時半だった。最初の予定では名古屋10:50の電車に乗って夕方には家に着く予定だったのだが。

 さすがにK田が起きるのを待っていたら帰れなくなってしまうので、勝手に起きだしてゴソゴソやっていたらK田が起きた。簡単な朝食を済ませてK田のおばあさんが「なんのおかまいもできなくて済みませんねぇ」と言うのに見送られて、K田と名古屋駅へ向かう。K内は名古屋駅近くのホテルに泊まったはずで、6000円くらいかかったには違いないが気を遣わなくてよいのは楽でいいなと思う。こちらは宿代はタダで済んだ(飲み代もご馳走していただいた)が、たとえば早朝に起きて活動をしたり、ということはできない。ホテル代とまた名古屋にやってくる足代と機会費用をてんびんにかけると、微妙なラインではある。

 改札口でK田と別れて、東海道線ホームのきしめん屋で「冷やしかき揚げおろし入りきしめん」(550円)。かき揚げはしっかりしており、160円増しも納得。12:35の快速電車でまずは豊橋へ。この電車も313系。4両編成の車内はいつも混んでいる。たとえば8両にして全員着席のサービスを提供したところでこのご時世では乗客が増えるわけでもなく、民営化会社としては合理的ではあるのだが……。

 豊橋で乗り換えた電車を新所原で降り、天竜浜名湖鉄道(天浜線)に乗ってみることにする。この路線は戦前の軍部が、浜名湖にかかる東海道線の鉄橋を敵に破壊されたときの備えに、浜名湖の北側を迂回する路線を建設させたのが由来(のはず)。国鉄再建・国鉄改革の流れで廃止されたのを第三セクターで引き継いだもので、いまは国鉄線当時の「二俣線」より「天竜浜名湖線」を略した「天浜線」で通っていて、JRの企画きっぷのポスターなどにも「天浜線」とある。東海道線が普通列車でも時速110キロで疾走していくのに対し、こちらは単線非電化のローカル線でしかも遠回りだから、こちらを迂回するだけで東京に着くのが2時間遅くなる。

 掛川まで切符を買うと1200円。運賃表には1280円とあるのだけど、渡された切符には「天浜線みちくさきっぷ」とある。乗り通すだけでも得してしまう企画きっぷがあったのか。それにしても、こちらは何も知らなかったのだから1280円のキップを売ってもその時点ではなんとも思わなかったはずなのに、良心的である。……たしかに、あとになってそんなきっぷがあったと知れば、あのやろー一言教えてくれればよかったのに、というふうに考えて天浜線なんか二度と乗るかなどと思ってしまうだろう。

 第三セクターにしては珍しく新車。新潟鉄工製の標準型とでもいった感じの、JRをはじめ各地のローカル線で使用されているタイプのディーゼルカーである。……が、JRの新系列でもバス部品を多用しているのが一般的なのに、よく見るとこの車両はエアコンの吹き出し口に電車と同じラインデリアを採用。儲かってるのかなーと思いきや、後で調べたら2001年度の収支では8600万円の赤字。

 西から東へむかう列車なので右側から日がさしてくるはずなのに、発車してしばらくすると左側から日がさしてきて、向かい側に座っていたおばさんがブラインドを下ろしてしまった。しばらくして空いてきたのを機に席を移り、寝る。浜松からの遠州鉄道と連絡する西鹿島で気がつく。意外に大きな規模の天竜二俣、宮脇俊三の紀行に出てきた遠江一宮(漢字だとどうということはないがローマ字で書くと17文字になる)などなど、ぼけーっとしながら駅は過ぎる。ローカル線のディーゼルカーなんぞクルマに太刀打ちできないくらい遅いイメージがあるけど、国道40号を走るクルマとはいい勝負をしている。車内はそれなりに乗っており、もうひとふんばりで黒字化も夢ではないように見える。単線非電化とはいっても北海道には航空機にも対抗できる路線があるし、ディーゼルカーの性能が電車並みになってきた今日ではやりようによってはちっともハンデではないが、高速化の資金調達がネックだろう。掛川に15:55着で新所原からちょうど2時間。(ちなみに東海道線なら50分)

 掛川では30分ほどあり、駅前のモス掛川駅前店で早めの夕食。今日から発売開始のジャンバラヤチキンバーガーを賞味。店長と思しき人に「これが18きっぷですか、5回しか乗れないなんて意外と不便ですね」と言われる。そういう見方もあるか。

 新所原もそうだったけど掛川もJRと天浜線の駅舎が別。これは全国的な傾向で、もともと同じ国鉄(or JR)の路線だったのに第三セクターで独立すると駅舎を分けてしまうのはいかがかと思う。一説にはJRへの駅事務の委託費がべらぼーに高いのが原因だとか。それに、こちらは掛川が始発だからいいけど、新所原側は2駅くらいJRに乗り入れて豊橋まで行けば沿線の人にも便利なのに、これもJRとレールを繋いでおくとそれだけでも保守やら何やらでずいぶんな代金を請求されるのでどこの三セクも早々にレールを切ってしまうとか。

 IGRいわて銀河鉄道の好摩〜盛岡にJR花輪線のディーゼルカーが乗り入れるケースではIGR側がディーゼルカーと乗務員(乗務員は交代しない)の貸し出し料をJRに払っているとか、鹿島臨海鉄道の列車が鹿島サッカースタジアム〜鹿島神宮でJR鹿島線にディーゼルカーと乗務員ごと乗り入れるケースでは逆にJRに乗り入れ料を払っているとかいう話を聞くと、民間会社どうしのビジネス上の取り決めだからとやかく言うことではないにせよ、外野から見るとJRがゴーマンに見えなくもない。

 掛川から東海道線に乗ってしまえば、あとは沼津で乗り換えるだけで東京。天浜線に乗らなければ、名古屋から電車に乗って豊橋と沼津で乗り換えるだけで東京に着く。昼間の東海道線をひたすら移動するなんて苦行以外の何物でもないように見えるけど、乗る列車を選んで適当な本でも持っていればなんでもないのに気付く。そんなことを考えながら、富士川駅で特急「東海」東京行きの通過待ちをしたり、たまに併走する新幹線がまさに“猛スピード”というべき速さで東京へ向かって走り去っていくのを見る。

 沼津で乗り換えたあともInterLinkを広げたり本を読んだり録りためたNHKのラジオ講座を聴いたりしていれば、中京や関西地区の新快速に比べると時間が気になったものの、気づいてみれば東京で、20:28に到着。そのまま京葉線に乗り換えて21時には新浦安。

 先週あたり少々ゴタゴタしていた我が家だけど、旅行中に若干の動きがあったもよう。そんな話を母から聞いて、0時過ぎに寝る。


8月21日(木)

 寝るのは遅かったが、比較的早く目が覚めて5時半には部屋を抜け出し、15分ほどWeb上の定期巡回先を見たり。6時ごろから荷物をまとめて7時にはYHをあとにして昨日と同じ育英学園バス停7:07のバスでJR奈良駅へ。

 駅前のコンビニで朝食を調達してから、スターバックスJR奈良駅前店へ。7時からだと思っていたら7時半からで、5分ほど早く店に入ろうとしてしまったものの店先で掃除をしていた店員がどうぞと言ってくれる。

 当初の計画では8:50の電車に乗ろうとしていたのを、この時間に駅前にいるのだから早めようかと時刻表を見たら7:50のに乗らないと加茂から先が同じになってしまう。今日は18きっぷではなく普通乗車券で行くことにしていて、それも買わないといけないし、駅前の写真も撮りたい。店を早くでるのが最善の方法だが、あいにくスターバックスラテのホットを頼んでしまい、ネコ舌の僕にはあと10分足らずでこれを飲み干すことなどできない。……もう少し店にいるなら、コンビニで朝刊でも買っておくんだったと気づく。ノートを広げて修論指導のレジメに何を書くか少し考える。こんなこと少なくとも旅先では忘れていたかったのだが。。。

 駅のみどりの窓口で学割証に「奈良から枇杷島ゆき 関西線経由」と書いて出すと、駅員は「『ひわじま』ですか?」などとのたまう。マルスに「ひ」と入力しても、「ひ」で始まる駅名が並ぶ中に「枇杷島」が出てこないからだ。枇杷島は名古屋のひとつ先の駅で、名古屋までは奈良から急行「かすが」が走ってもいるのだし、そのくらいの駅名の読み方くらい知っていてくれないと困る。

 8:50発の加茂行きは221系。加茂で乗り継ぐ亀山行きはキハ120。亀山行きには途中から特別改札の車掌が乗ってきて、五位堂信号場での停車中に車内改札。信号場の近辺には保線の係員がいて、直立不動の姿勢で列車を見送るのに感心する。

 伊賀上野で下り急行「かすが」と行き違い。JR西日本管内では私鉄の独壇場だった区間でJR線の復権が目立つ(大阪〜宝塚とか、京都〜奈良とか)けど、奈良〜名古屋は相変わらず近鉄特急を利用するかJRでもいったん京都に出たほうが速いのは、亀山から先がJR東海だからか。「かすが」のキハ75は名古屋から伊勢・鳥羽方面の快速「みえ」と同形式で、3扉デッキなし転換クロスシート、指定席車には便所に面した座席もあって「シルバーシート」になっているのは二重のジョークなのかなんなのか。

 亀山では名古屋行きを一本見送って、モス亀山店で昼食。約1時間後の電車で名古屋入り。

 地下鉄駅構内のコインロッカーに大きな荷物をおさめ、「ユリカ」にするか迷った末に740円の一日乗車券を買って改札を抜ける。財布の中身は3000円を切っており、旅行先でこれは心もとない。ナゴヤドーム近くの郵便局で引き出そうかと地図を見ても駅から少し遠回りになる。郵便局なら栄周辺にいくらでもあるし、一日乗車券を買ったのだから、と、桜通線の久屋大通で改札を抜け、NHK放送センタービル内の郵便局を履修。このビルは渋谷のとは大違いでまるでテナントビルか何かのような様相。資産を遊ばせておくよりいいよなとは思うけど、NHK民営化の議論がどこかから出てきそうだ。……ついでなので、前からNHKでもらおうと思っていた配布物をNHKの受付でもらう。中身を見たら放送センター以外にも営業センターで配っていると書いてあり、営業センターなら名古屋駅前にもあったしそこでもらってもよかったんだなと思う。

 久屋大通駅から名城線でナゴヤドーム前矢田へ。ドーム前に着くとK内のほか慶大鉄研の方がすでに来ていたものの、人は少ない。ガイドで愛知稲門会のF田くんに電話したら「まだ小学生とかしか並んでいませんよ!?」と言われる。K内情報をもとに、2人で近くのモスを履修。戻ってくると逆にすでに行列ができており、六旗会の方々に合流。

 16時を過ぎてK田などもやってきて、16時半に開場。記念品のストラップのほか応援グッズなどを受け取り、応援席へ。内野・外野共通券が2000円なのでバックネット裏から埋まってゆき、開場時点の応援席は席が選び放題の状態。O山くんなどを発見。来る人は来ているらしい。

 18時半から始まった「オール早慶野球戦」は、慶應のワンサイドゲームに終わる。久々に見た早稲田の負け試合だが、がっかり。この試合には応援部(慶應は応援指導部)も来ていたのだが、吹奏楽団は“現地調達”で、F田くん情報によれば慶應が東邦高校、早稲田が東海工業高校。東邦高校は甲子園出場回数が多いからか応援慣れしている感じに見えたうえ、なんと試合終了後に「丘の上」(早稲田での「早稲田の栄光」にあたる)までやっていて完全に応援指導部と同化していたのに対し、こちらは応援部の吹奏楽団とは少々勝手が違ったのが残念。

 ふだんの大学野球なら2時間少しで終わるのに、3時間半以上の長試合で、終わったのは22時過ぎ。球場を出たときには22時半をまわっており、六旗会の人達はとても普段のように打ち上げへ向かうという雰囲気ではなく、名古屋駅へ向かいながらそれぞれの宿泊場所ごとに流れ解散。

 名古屋駅ではロッカーの営業終了時間ぎりぎりに荷物を引き出して地下鉄で2駅、K田の家にいったん荷物を置いてとにかく体じゅうベタベタなのでシャワーを浴びる。僕はさっさと寝ようと思ったのだけど、K田は飲みに行く気まんまんなので、0時半ごろに徒歩で中村公園へ向かい、ドイツ料理の店で2時間ほど過ごす。落ち着いた雰囲気(暗いともいう)の店じたいは悪くなく、ビールもおいしかったが、さすがに眠くて2時半ごろに僕が半分寝ながら意味不明の言葉を口走ったりしたのを機に再び徒歩で帰る。3時過ぎに就寝。……試合さえ早く終わっていればよかったのにとつくづく思う。


8月20日(水)

 特に目覚ましも何もかけなかったのだけど5時ごろ目を覚ます。しかし、こんな時間からゴソゴソやっていたのでは迷惑この上ないわけで、また1時間ほどまどろむ。

 6時も過ぎたし、いいか、と思ってベッドのカーテンを開けて起きると、同室のはずの外国人の荷物はもうなかった。ほんの少し寝ぐせがついており、日よけも兼ねて帽子もってくるんだったなと思う。昨日買ったポケッタブルバッグをとりだして仕度をし、7時にはYHを出発。昨日降りた育英学園バス停からバスで近鉄奈良駅へ。YHにバスの時刻表がなかったので不安だったが通勤時間帯だからか頻繁運行で、すぐきた。

 近鉄奈良駅構内のスターバックスに入り、今日の大まかな予定を練る。窓口でJスルーカード(と、硬券入場券)を購入して、去年の7月に大阪に来たときに180円分だけ使い残したスルッとKANSAIのカードで改札を入る。

 難波行き快速急行を西大寺で降りて、京都行き各駅停車に乗り換え。不思議なのが、この各駅停車が西大寺に停まっている間に後続の急行が西大寺にやってきて、そして各駅停車が先発……次の急行停車駅には各駅停車が先着するので、急行の乗客は各駅停車に乗り換えたほうが早く着くこと。その急行停車駅の高の原駅で降りて、2枚対応を示す赤い自動改札にスルッとKANSAIのカードと新しいJスルーカードを入れると、きちんと新しいJスルーカードから不足額が差し引かれて出てきた。当たり前といえばそうかもしれないけれど、関東在住の身には恐ろしく機能的だと感心してしまう。

 硬券入場券を購入してから駅前に出て、降りる駅をひとつ間違えたのに気づく。スターバックスで考えていた予定では、次の山田川駅で降りるはずだったのだ。

 我ながらバカだなぁと思いつつ、履修しようと思っていた郵便局は山田川駅に比較的近いだけで、高の原駅からでも歩いて行けない距離ではないのでここから歩いて行くことにする。駅前は平城高校の生徒にセンター模試のチラシを配る予備校関係者ふうの人が多数いて、模試といえば、代ゼミの営業マンがセンタープレを受けて欲しいと玉社にやってきたときに進路担当の先生が「タダなら受けてもいい」と言ったら本当にタダになった(売上を伸ばすよりも、母集団を増やしてそれを一般への営業の売りにするほうが主眼だったらしい)といったことがかつてあって、予備校にわざわざお金を払うことが非常にバカバカしく思えてしまうのである。

 最近できたニュータウンなのか、歩行者専用道が整備された地域を歩き、開発地域の外へ出て田園地帯を歩くことおよそ30分、山城木津郵便局に到着。9時10分ほど前。開局と同時に貯金&風景印を履修。かつての早大鉄研会報『Switcher』でよく見られた表現を使えば、「ビジョンである」。

 山田川駅までコンビニに立ち寄ったりして行き、近くの山田荘郵便局も。駅は京成大和田駅のようなこじんまりとした駅なのに、駅前のバスロータリーは広い。やってくるのは木津町循環バスが目立つ。時刻表を見ると、各方面へ1時間に1〜2本の運行。

 今日の目玉は、「D-BUS」。けいはんな学研都市を中心に運行実験が行われているフルデマンドバスである。駅前にある「アルプラザ木津」がその停留所になっているのでさっそく予約センターへ電話してバスを予約。乗るバス停と降りるバス停、それと名前と電話番号を告げるといつバスが来るか教えてくれる。電話をしたのは9:55なのに「10:16にお迎えにあがります」……はぁ!? 20分も待たされるの!? とさっそく拍子抜けする。

 アルプラザ木津は平和堂というスーパーが入居したショッピングセンターで、せっかくだから中をのぞく。ここは京都府だけど、滋賀県が隣だからか、「びわ湖石けん」が洗濯・台所用洗剤コーナーに置いてあり、その他の石けん製品も関東のスーパーに比べて充実している印象を持った。なかでもびっくりしたのは、小林製薬の台所用液体石けんが置いてあったこと。そんな製品も製造しているのかあの会社は、と、意外。

 本当に10:16にやってきたバスには乗客が一人乗っていて、入れ違いに降りてゆく。運転手さんは親切かつ熱心な人で、通りかかった主婦が「デマンドバス」という行き先表示を出して停まっているバスをいぶかしげに見ているのを見つけると、運転席から声をかけて運行実験のチラシを手渡したりしている。

 僕一人を乗せたバスは、どこにも寄らず、まっすぐ「けいはんなプラザ」へ。運賃250円は乗るときに支払う。バスカードが使えるが、昼間専用の「ひまわりカード」(割引率が高い)は使えない。ちなみに奈良交通はスルッとKANSAIに参加していない。

 けいはんなプラザ郵便局を履修して、郵便局が入居している建物の裏に出ると、さっき乗ったバスともう一台が駐車場に停まっている。D-BUSは2台で運行しているから、この2台がすべてだ。ちょうどバスが見える位置にD-BUSのバス停があり、ここで電話すればすぐ来るなと思って10:50に電話をしてみる。するとなんと30分以上あとの11:28ですと案内されてびっくり。きっと2台ともその間に別なお客さんを運びに行くのだろう、と、バス停の位置からずっと見ていることにする。

 11:12に片方のバスが動き出し、走り去って行く。ああなるほどあれが巡回して戻ってきて僕が乗るのだな、と思っていたらとんでもない話で、11:27になってもう片方のバスが出発して案内された時間通りにバス停にやってきた。30分以上もバスを待機場に置いておいて目の前に客がいるのに待たせておくのだから、他の乗客との兼ねあいだろうと思っていたら、目的地の参天製薬バス停まで僕一人を乗せて直行。いったいどういうプログラムが組んであるのか知らないが、それなら先に僕を乗せて、参天製薬の広い敷地に停めて、あるいはどこか適当に走りながら30分待っていればいいじゃないかと思う。どちらにしろ僕を降ろしたあとのバスの行動に影響はないはずだ。

 参天製薬・NEC・先端科学技術大学院大学はこの人里離れた山の中にあるのだが、D-BUSはその途中にある鷹ノ台というニュータウンの入り口にバス停を設けていない。地図を見ると、国道に戻らなくても山をひとつ越えれば鷹ノ台に出られると分かったのでそこを歩いていく。

 鷹ノ台郵便局を履修して、さて登美ヶ丘まで歩いて行くしかないのかなと思っていたら、登美ヶ丘を経由して近鉄学園前駅まで行く通常の路線バスが10分おきに運行していたので、それを利用。さっきD-BUSで通った国道を横切り、D-BUSの停留所もある北登美ヶ丘一丁目を通り、登美ヶ丘三丁目で下車。目の前にあった登美ヶ丘郵便局を履修。

 登美ヶ丘西郵便局へはバス路線がないようで、歩いて往復。次はモスバーガー平城ニュータウン店である。この店の近くにD-BUSのバス停「押熊北口」があり、登美ヶ丘三丁目はD-BUSのバス停はないが、運行ルート上にある。呼べば来るのではないかと思って電話をしてみたが、ダメとのこと。登美ヶ丘三丁目から北登美ヶ丘一丁目までは一般の路線バスが頻繁に走っているのだからそれとの乗り継ぎを案内されるかとも思ったのだが、そういう案内はしていない由。

 登美ヶ丘三丁目から押熊北口までは路線バスもあるが、1時間に1本しかなく、ちょうど12:49発が10分ほど前に行ったばかりだ。D-BUSが停まる北登美ヶ丘一丁目へわざわざ歩くとかバスを乗り継ぐくらいなら、と、しかたなく30分ほど歩いて行く。

 モスでは50分ほど過ごしたのちに、押熊北口から乗るバスの予約を試みてみる。「10分くらいでバス停行けますか? ちょっと見てみますんで……あぁ、ダメでした、15:01発でよろしいですか?」ついでに、そのバスで兜台三丁目へ行って局を履修したあとの予約もしてみる。だいたい30分くらいあとに来るやつを、と言ったら「15:54はどうでしょう?」などと言う。少し早くてもいいから、と言うと15:27に来るのを案内された。

 兜台三丁目バス停で降りて、兜台郵便局を履修。「浦安というと、さいたまからですか、遠いですねー」と局員の弁。浦和と勘違いしている。

 15:27のバスを待っていたら、これまでは時間ぴったりにやってきていたバスが5分ほど早くやってきた。兜台三丁目バス停は一般路線バスのバス停に併設で、よく見てみたら28分発の高の原駅行きがあった。D-BUSは高の原中央病院で降りて、右京郵便局。貯金取扱用紙に記入していたら、となりでコミックマーケット事務局宛ての封筒に切手を貼っている人がいた。冬コミの申し込みは今日まで。

 次のバスは高の原駅16:18で、50分くらいあるので、駅近くのショッピングセンターを物色。100円ショップがあり、コンセントのタップ口を購入。

 今日5回目になるD-BUSは、1回をのぞいて全部同じ運転手さんで、すっかり顔を覚えてもらってしまった。「分かる範囲でお答えしますよ」と言ってくれたのだけど、運転中に話しかけるのもどうかと思い、あまり聞かなかった……のだが、あとで後悔することになる。

 運転手さんの弁では、D-BUSを運行している奈良交通平城営業所では、奈良そごうの跡に入ったイトーヨーカドーの送迎バスを請け負って走らせていて、その車両が珍しい旧式の車両とあって、それを見にやってくるバスマニアは多いが、こちらはあまり来ないとか。

 再び学研けいはんなプラザへ来て、運転手さんに聞いて運行管理センターにお邪魔する。特にアポもとらずに来てしまったので、残念ながら詳しい話を知っている人がおらず、そういうときに代わりに話をしているという自動改札機や体温計などで有名な某O社の人が応対してくれたのだが、二言目には「対外的な話は関西文化学術研究都市推進機構の人がすることになってますので」などなど、話にならなかった。教授の紹介状でも書いてもらってアポ取ってくるんだったかな、とも思ったけど、別にデマンドバスの論文を書くわけでもないし、次回でいいや、と思う。果たして次回があるのかは定かではないが。

 O社の人の話だと、1日の利用者が80人で、1日20便運行していて、平均4人の乗車がある、と言うのだが、僕がここからの帰りを入れれば今日6回(=約3分の1の回数に乗ったことになる)乗ったのに、他の利用者を見たのは最初のアルプラザ木津でいれ違いに降りた1人だけ(帰りのバスも結局1人だった)だし、バス2台体制で8:30〜20:00で20便しか走らないなんてありえるのだろうか。それに、1日80人なんて、本庄市の循環バス(1日2往復×4路線=16便で約140人)より少ないではないか。「1便あたり30分見てますので」って、この人に話したってしょうがないやとは思ったので結局聞かなかったが昼前に30分以上の待ちぼうけを食らったのは、そのせいか。どうりで時間通りぴったりに来ますね、と言ったら、「迎えに行く時間だけは保証しますが、その先は知りません」。

 せっかく運行管理センターで話を聞いたので、帰りのバスは電話ではなくオペレータのおじさんに頼んで直接予約。一部始終を見せてもらえた。帰りのバスも例の運転手さんで、「バス停の位置関係が分かっている人がオペレータをやると、配車がうまい」「朝の通勤時間帯は目的地が駅など一定しているが、昼になって買い物や習い事などの利用が増えるとばらけてきて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりする」「乗るときは8組くらいが乗り合わせて、運行を指示する機械に次から次へと表示が出ることがある。だいたい10時から11時くらいだけど、ここ何日かそういうことはない」「国道163号線が不意に混んだり、数組の予約が入っているときにお客さんがバス停に時間通りに来ていなかった場合は遅れることがある(前もって渋滞が分かっていると迂回したり、お客さんが来ていなくても置いていかずに確認作業をする)」「先日CATVが取材に来て、そのVTRがこんどNHKの『おはよう関西』(午前7時半からのローカルニュース)で流れる」「あとどこかの衛星テレビが取材に来たのでチェックしてはどうか」等々、O社の人なんかよりずっと事情を知っていそうだ。バスに乗っている間しか話を聞けない制約はあったもののどんどん聞いておくんだった。

 木津川台一丁目で降り、木津川台駅から近鉄電車。すでに18:30を過ぎていて、モス1箇所で夕食を食べて終わることにする。YHの門限は22:30だけどお風呂が21時までだから、お風呂道具を持ってきて銭湯で済ませるなどさえすれば、モス2箇所、スタバ1箇所をさらにまわれたのになぁと思う。

 西大寺で乗り換えた電車を新大宮で降りて、モス奈良ラウンドワン店。コンビニで産経新聞の夕刊(関西では夕刊を発行している)を買い、バスロケが壊れているバス停を横目にふたたび新大宮駅へ戻って電車で近鉄奈良へ。モスへ向かう道はムク鳥が大量発生していておびたたしい鳴き声。たまにカラスの鳴き声と「ギャーギャー」という悲鳴(カラスに食われるムク鳥の声??)が聞こえるのだが、これはスピーカーから流れるムク鳥対策の音。しかしちっとも効果がない。駅で電車を待っていると、ムク鳥の声は聞こえないのにスピーカーからの音ははるか遠く駅まで届いており、ムク鳥に効かないのは微妙な波長やら何やらが本物のカラスと違うからではないかという気がする。

 近鉄奈良駅からバスに乗り、昨日と同じように育英学園バス停から歩いてYHへ。入浴後、食堂兼談話室でお茶を飲みながら「トレビアの泉」を初めて見る。本当に「へぇ〜」と思えるものがあった反面、こんなの前から知ってますが何か、と言いたくなるようなものまでさまざま。自動起床装置に続いてまたJR西日本がライオンの糞で登場しており、きっと先週までのアルバイト先では明日話題になるのだろう。この手の番組は民放ならではだけど、NHK的要素も強いよなぁと思っていたら、資料映像にNHKのニュース映像が使われていたり。……ちなみにこの番組、収録はフジテレビではなく、テレビ東京の天王洲スタジオで行われている。

 昨日とはうってかわって、日記などをつけながら23時過ぎまで起きていた。


8月19日(火)

 1時半の目覚ましで起き、準備にとりかかる。こんな時間に起きるなんて、なんだか就活中のエントリーシートを書いていたころを思い出す。

 いちかわエフエム夜もラジオぼーや「まったりマンデー」が2時過ぎに終了し、NHK-FMラジオ深夜便にチューニングを変える。AMで慣れてしまうとFMのクリアな音質での「深夜便」に違和感を感じる向きも多いようだけど、コミュニティ局の番組に親しんでいるとそれほどでもない。2時台のロマンチックコンサートが終わったあたりでお風呂に入る。

 お風呂からあがって「にっぽんの歌こころの歌」「こころの時代」を聴きながら、5時前にはあらかたの準備が終了。

 7時半前に朝食を食べ、8時前には家を出発する。新浦安8:11発の各駅停車。ラッシュ時だけど4番線発なので空いている……のは確かなのだが、なぜか新浦安で待避をしないで発車。謎。新浦安で買った日経MJに目を通しながら東京駅へ。

 ポケッタブルのバッグを2年前にヨーロッパへ行ったときに東急ハンズで買ったはずなのだけど家で見つからなかったので、東京駅構内の無印良品で購入。1995円(ユニクロに似たような商品があったと思ったのだが、扱っていなかった)。丸の内北口のQBハウスで髪を切り(今日の店員は愛想と態度が悪くて、ハズレ)、9時ごろには用が済む。9:33の熱海行きに乗るつもりだったのだけど、早めて9:18の快速アクティーに乗る。オールロングシートの211系が来てしまい、便所の前の申し訳程度のクロス席におさまる。車内では眠ることにし、平塚でガラガラになったときなどに気がついた程度。

 熱海で浜松行きに乗り継ぎ。時刻表上では、浜松で米原行きが連絡しており、乗り換え2回で米原まで行けるとはありがたい。その浜松行き4両編成は大混雑。なんとかボックス席の片隅に空席を見つけて座り、始めは持ってきた本を読んだりしていたけど、そのうち文字通り爆睡。……浜松についたとき、ボックスにいた4人のうち僕を含めて3人は熱海から顔ぶれがかわっておらず、あたりを見まわしても大きなバッグを持った人が目立つ。昼間の東海道線を西下する人がこんなにいるとは予想外で、9375M全車指定席化の余波だろうか。

 浜松で次の米原行き新快速を待ちながらホームを物色していて偶然、玉社の同級生で内々定仲間でもあるK眼をみつけ、声をかける。これから京都へ行くとのことで、京都までの行程が同じだ。東海道線をひたすら西へ向かうのはヒマだろう、と、少々重い本を1冊持ってきたのだけど、無用の長物と化してしまった。

 米原で播州赤穂行きの新快速に乗り継ぎ、京都に17:15着。豊橋から快速運転に入ればもうあっという間で、東日本管内でも似たような電車が走っていれば、こうした旅行もずいぶん快適なものになりそうだ。

 予定より1本早い乗り継ぎでやってきたので1時間ほど時間があり、K眼と地下街「ポルタ」にあった「杵屋」で夕食(ミニ天丼セット880円+税。うどん1玉分増量無料)。ポルタにはスターバックスもあるのだけど、履修は見合わせ。Suicaと同じ形をしたIcocaのタッチ部分がついた改札口でK眼とは別れ、奈良線ホームへ。18:18発奈良行き快速。奈良線はおそらく高1の修学旅行(と、高2の春休みか何かに京都〜稲荷を往復しただけ)以来で、あのときの快速電車は117系だったのだけど、新快速に130キロ運転対応の223-1000系の投入が続くにつれ、115系や117系の領域だった部分にも221系が流れてくるようになったようだ。117系なんて、支線筋ではまだまだ活躍できる車両のはずなのだが……。

 奈良に19:04着。駅前に出るとダイエーもスターバックスもある。延長コードを持ってくるのを忘れたけど、どうしても困ればこの辺で買えばいいなと、バスのりばを探しているうちに目当ての19:10発のバスが出て行ってしまった。次は別な系統ので13分後。ベンチにこしかけて携帯ラジオを「ならシティエフエム」に合わせるものの、聞こえてくるのは音楽だけ。しかし、この時間で放送終了と断じるには早計で、午前2〜3時まで生放送しているいちかわエフエムでもこの時間は音楽の日が多かったりする。

 ベンチから眺めていると、たいして広くないバス乗り場へ次から次へとバスがやってきては出てゆく。後部ドアが後ろについているもの、中ほどについているものなどさまざま。そして運転はどのバスも豪快に見える。やってきた12番系統に乗って育英学園バス停で降りる。3000円のバスカードを購入。

 チェックインした奈良県青年会館ユースホステルは2泊で5300円(素泊まり)という破格値。大阪の服部緑地YHと違って部屋には弱いながらもエアコンが動いており、ロビーには30分200円で使えるPCもある。受付のおじさんはどこかをリタイヤしたふうに見える感じのいい人なのだが、驚くべきことに外国人客に英語で応対している。

 部屋にはベッドが6つあるのにコンセント口が3つしかなく、携帯電話全盛の世の中でこれらが争奪戦になるのは必至。PHSは2〜3日充電しなくても動くし、心配なのはInterLinkとデジカメだけど、明日、100円ショップかどこかでタップでも買ってくればよいだろう。シーツを敷いてベッドにゴロンと寝転がって、そういえば懐中電灯(あるいはペンライト)忘れたなと気づく。相部屋形式で消灯時間が決まっているYHに特に必要なものを2つ忘れていた。

 本当はお風呂は21時までなのだけど、小学生の団体がいたこともあって21時半ごろまでOKと言われていたので、21時ごろになってお風呂に入り、今日は散々くたびれたので談話コーナーで談笑している輪には入らずに21時半ごろ寝る。


8月18日(月)

 バイトはもうないのだけど、ちゃんと5時前に起きる。少々のんびりとお風呂に入り、6時前からNHKを見ながら1時間ほどかけて新聞に目を通す。バイト先ほどではないけれど、我が家も一般紙2紙と産業紙1紙を購読している(父が読む用の読売と日経産業、僕が外出先へ持っていく用の東京)。

 8時前に朝食。10時ごろまで主にネット上にて明日からの旅行の情報収集。その後1時間ほどあちこちにメールを打って、出かける。ダイエーで飲み物、3階のチケットショップで図書カード(図書券は売り切れ)、有隣堂で奈良県の地図(図書カード使用)、ユニクロで化繊混紡のシャツを購入。家電売り場がしばらくなかったダイエー3階にベスト電器が進出したのを確認。……以前は浦安にはジョーシンとサトームセンしかなかったのが、行徳のDマートがヤマダ電機に衣替えして、浦安にケーズデンキが進出し、さらにベスト電器も来たとなると、ジョーシンは防戦一方だろう(サトームセンは撤退した)。昨日、父がジョーシンで買い物をしたとき、こんど浦安店独自にセールをやると店員が言っていたとか。

 12時半ごろ帰宅。午後は特に何を準備するわけでもなく、Web上の定期巡回先を回ったり、9月上旬の旅行のことをあれこれ考えたり、K田に触発されて冬コミか何かに向けて冊子でも作ろうかととりあえず書き始める。……カバンにはまだ何一つつめていないというのに。

 夕食は親子丼。昼食の焼きそば同様、山盛りにして食べる……のだが、父から運動もしないのにそんなに食べるものじゃない、と忠告を受ける。12月で25歳だし、食べれば食べるほどよい時期はもう過ぎたのだろうか。

 まだ明日の準備が何もできていないというのに、余計な用事ばかり思い出してしまう。いっそのこと面倒な旅行なんぞキャンセルしてその間家にいられたらどんなに楽だろうかと思うのは、毎度のこと。それが旅気分でもある。

 とにかく、21時ごろにはひとまず寝ることにする。部屋でフトンをしいて横になっては起きるのが明日の朝になりかねないので、まず父の机がある部屋のソファのリクライニングを倒して……1時間ほどしても眠れないので、留守にしている弟のベッドへ、、、それでも眠れず2時間が過ぎ、結局部屋でフトンを敷かずに横になる。


8月17日(日)

 外は曇。天気予報によれば雨まじりの一日。コミケへ行く前に昨日使い残した土休券で人形町でも…と思ったのだが、「大江戸打ち水大作戦」のWebサイトを見るとプレイベント決行とある。

 10時に大江戸温泉物語集合と書いてあったのだけど、朝食後、せっかく買ったのだし浴衣を着て行くか、と、着替えていろいろやっているうちに家を出たのは9時半。新木場駅で乗りかえたりんかい線は9:57発。東京テレポート駅からのシャトルバス(無料)は毎時0分、20分、40分発なので、このまま東京テレポートまで乗っても20分発になる。コミケ組みにまじって国際展示場で降り、ゆりかもめに。10:15ごろ着いたけど、有明〜テレコムセンターの運賃は240円。新木場から500円(新木場〜国際展示場=260円)かけている計算になり、タクシーに乗ったり自家用車で来て高速代や駐車料金を払うのに比べれば安いものだけど、JRだって新浦安から新宿まで450円で行ける(地下鉄なら浦安から270円)のに……と思ってしまうのは毎度のこと。

 行ってみれば人影はまばらで、浴衣姿のスタッフに聞くと10時30分か40分ごろ始める由。Webサイトの告知を見て来たのはほとんどいないようで、急ぐこともなかったか、とベンチに腰掛けて持ってきた携帯ラジオを江東レインボータウンエフエム(参考)に合わせてみるのだが、何も聞こえない。激しい雑音の向こうに数局が混信しているような感じで、臨海副都心でハッキリ受信できなくてどうするのだろう。

 いつとはなしに打ち水が始まった様子で、10人少々のスタッフに混じってやってみる。話し掛けたり話し掛けられたりしているうちに手伝うことになり、「打ち水PRカード」を大江戸温泉物語のお客さんに配ったり、撤収の手伝いまでやったり。取材に来ていたのはTOKYO-FMとJ-WAVEという、報道から一番縁遠いように見える在京FM2社。どういうわけかJ-WAVEの人は大きなカメラで写真を撮っている。TOKYO-FMの人はどこかで見た顔だなぁと思ってあとで調べたら、今年のエフエム東京採用Webサイトの社員紹介に出ていた人(この方)だった。それにしても地元のレインボータウンエフエムが来ていないのはどういうことかと思う。コミュニティ局は、人手の制約などから、放送局として協賛をしていないイベントでもなければ取材に来ないものではあるけれど。

 大江戸温泉を撤収して次は台場駅近くのペデストリアンデッキ。スタッフの移動用の車に乗せてもらう。話をうかがうと、今回のスタッフは主に「世界水フォーラム」(というイベントが大阪であった……日本工業新聞が盛んに書いていたのでバイト先で目にしていたけど)の運営スタッフが主体らしい。

 台場に着く頃にはだいぶ雨が降っていて、あたりには傘をさして歩く人も。そんななかで、打ち水で気温を下げま〜すとやるのは少々つらいものがあり、1時間ほどで終了。ここで初めて知ったのだけど、今回まいた水は大江戸温泉物語の温泉水と、下水再処理水(いわゆる“中水”―上水と下水の間の意―)で、手桶から手で撒いたのが温泉水、柄杓で撒いたのが再処理水。再処理水は手で撒いてはいけないと何かで決まっているらしい。こちらには下水道新聞という専門紙の取材。昨日だったら、打ち水をするサクラが30人ほど確保できていて、各メディアの取材も予定されていたのだそう。

 そんななか、スタッフの方2人から「攻玉社の出身ですよね?」と話し掛けられる。何で知ってるの?? と思ったら、彼らが3つ下の後輩に当たることが判明。以前も高田馬場駅前のロータリーで突然話し掛けられた(というか、からまれた)ことがあった(参照)が、部活か何かでつながりでもない限り先輩の顔を一人一人覚えているはずもなく、そんなに玉社の中で目立っていたのだろうか。……どちらにしろ、こういうイベントに玉社出身者が偶然にも顔を合わせていたと前の校長が聞いたら喜ぶだろうと思う。

 そのほか、カーシェアリングMLでよく名前を見る方とも会うことができ、面白半分で来ただけなのに別な面でも収穫は多かったと思う。

 スタッフの方に大江戸温泉物語へ送っていただき、荷物を持ってゆりかもめに乗り、いざコミケへ。時計はすでに13時半をまわっている。……にしても、送っていただいたときに通った道路は大渋滞で、これは駐車場待ちの行列(駐車場につながらない道はガラガラ)。これだけ公共輸送機関が発達した街へクルマで来るなんて、今回のスタッフのように何か大きな荷物でもあるとか同乗者に何らかの障がいがあるならともかく、損な話。

 国際展示場正門で降り、目当ては2つしかなく、まず片方へ。いちかわエフエム本は売り切れの由。楽しみだったのだが。で、K田の「山本正之研究会」へ。1時間くらいまったりして、K田と西ホールへ。某ゲーム関連はあまりめぼしいと思えるものがなく(というより、自分自身の熱が冷めたともいえる)1冊だけ購入。あとK田に勧められるままに別なジャンルの本を1冊購入。

 これだけ人だらけだとあまり動きたいとも思わず、交通関連は昨日だったみたいだし、別な即売会のほうがいいなぁと思う。規模の小さな即売会はコミケと違ってパンフレット強制購入のケースがほとんどだけど。

 16時に拍手とともに終了し、K田、U田、M野さんとりんかい線で新木場へ出て、別れる。K田は明日官庁訪問のため、今日中の新幹線で実家へ帰る由。21日にもどうせ飲むのだし、僕もまっすぐ帰る。地下鉄の土休券はK田にあげた。


8月16日(土)

 4時ごろには眠りに落ちて、5時ごろの目覚ましにいったん起こされたのち8時過ぎに目を覚ます。お風呂に入って、朝食。昨日の残りで、テレビでやっていたとかいう「ナスの太っちょ揚げ」。ごはんが進むものの、昨日の昼に炊いた残りしかなく、残念。

 外は雨で、「大江戸打ち水大作戦」のプレイベントも中止。何時に出かけるかなぁともう一度モスのWebサイトを見ると、月島店は新商品の「匠味」扱い店で14時〜17時の販売とあり、先週聴きそびれたいちかわエフエムの「Music Dipper」を聴いたあとで出ればいいかと決める。

 NHKの甲子園中継で木更津総合が負けたのを見届け、12時前に昼食。スパゲティにレトルトのカルボナーラをかけて食べる。新聞のラテ欄を見るとNHK-FMで「東西四大学グリークラブ合同演奏会」が12:15から放送されると番組紹介のところに書いてあり、冒頭を聴く。

 部屋に戻って「Music Dipper」を聴きながらだらだら過ごし、14時になる。準備して、家を出て、忘れ物に気づいて2回くらい家にもどったりして新浦安駅へ行くと次の各駅停車は10分後。別に急いでいるわけでもなく、イライラすることもなく快速電車を見送る。各駅停車は14:48発。

 特に時間的な予定は何も決めずに電車に乗るのは久しぶりで、いつも乗っている電車なのに楽しい。各駅停車を越中島で降り、月島まで歩いていったん地下鉄駅で人形町までの運賃を確かめてからモスバーガー月島店へ。さぁ新商品だとレジで「まだ匠味ありますか?」と聞くと「たった今終わっちゃったんですよ〜」という返事。残念。プレーンドッグを注文。……ま、店舗限定、1日10個限定の商品だけど、これから長いモス生活の中でいつか食べるときはあるだろう。

 ドッグのパンも胚芽入りだったっけ、と思いつつ(恵比寿東店で食べたときは特に気づかなかった)プレーンドッグをほおばっていたら、レジで僕の前にいた2人組が隣の席で件の「匠味」を食べており、本当に「たった今」だったらしい。

 16時前に店を出て、八丁堀まで歩くことにする。営団地下鉄(有楽町・日比谷のりかえ)で人形町へ出ても160円区間なのだけど、最近はやりの都心超高層マンション街がどんなものか見たかった。

 来るときに渡った「相生橋」の手前を左へ曲がるまで下町の風景が展開していたのが、途端に浦安の「潮音の街」などを思わせる街へ劇的に変化する。あまりの急激さに、少々の抵抗すら感じるが、3年前に訪れたシンガポールを思い出す。鉄筋コンクリートの高層マンションとタイル張りの歩道、広めの車道には佃・月島という地名からは程遠いイメージのメルセデスが行き交い、従来からの地域に根差していた風土やらコミュニティはどこへ行ったのかと思うものの、歩いている人は多く、賑わいがある。従来からあると思われる小学校・中学校などの公共施設もあり、歩いているうちに、ハイパーミニ(日産の2人乗り電気自動車)の充電ステーションを備えたオリックスレンタカーの営業所も見つけ、その先で隅田川を渡る中央大橋の向こうに都心を望んでこれは徒歩・自転車通勤も夢じゃないなと思うと、実は思いきり住みやすい場所じゃないか、と、街を通りすぎるころにはすっかり洗脳されていた。月島駅には有楽町線と大江戸線が通じ、銀座・池袋・新宿・六本木等々へは乗り換えなしである。やろうと思えば東京駅へタクシーで乗りつけられる距離でもある。しかし、同じように考える人は多いはずで、公団とはいっても家賃は相当高そうだ。

 その中央大橋で工員ふうの人が作業着姿のまま自転車で走ってくるのとすれ違い、低所得でも住める家は残されているのだろうかとふと思い直す。都市は様々な人が集い、住める環境でなくてはならないはずだ。あるいは大資本によって社宅が提供されるのだろうか。……こうした観点から見ると、比較的高所得と言える大卒(or院卒)で大きな企業に幹部採用された人が社宅やら会社の福利厚生を当てにするのは少し筋が違うような気がする……とはいってもいまや大卒や院卒なんて大量生産されているから、それこそ社宅でもあてにしない限りちょっとやそっとじゃこんなところには住めなさそうだ。

 で、橋を渡った先は虫食い的にペンシルビルが立ち並ぶ街が展開し、むしろ再開発が必要なのはこういう地区ではないかと思う。防災上の観点からは、木造住宅が狭い路地沿いに密集する佃・月島地区より、不ぞろいとはいえコンクリートの建物にほぼ置き換わっているこの地区は再開発の優先度が低いのかもしれないけれど。

 ようやく八丁堀駅に着き、さて地下鉄だという段になって、財布の中に入っているはずの土休券がないのに気づく。しまった。あと何枚残っているか確かめたまま机に置いてきてしまったのだ。まったくバカである。回数券は明日まで使えるから、明日の午前中にでも来るとしようか。ちょうど外では17時の鐘がなったところで、今から人形町へ行ったのでは帰るのも遅くなりそうだったし。

 JRの改札を抜けると17:12の各駅停車が電光掲示に出ており、時計は17:11。あわてて階段を駆け下りていったものの、地下1階から地下4階までさすがに1分では無理で、もう少しのところでドアが閉まっていってしまう。車掌の顔がうらめしい。最近になって土休日も快速が停まるようになって待つのは6分で済んだけど、各駅停車はガラガラだったのに、快速は立ち席もあるほど。2つほど車両を移って空席を見つけて座る。

 20時近くになって食べ始めた夕食で少しお酒を飲んだら、21時〜2時過ぎまで部屋のじゅうたんの上でぐーぐー寝てしまった。家での夕飯でお酒を飲むとなぜかすぐ眠くなる。


8月15日(金)

 朝のバイトは今日でひとまず最後。少し早めの4:40に目が覚める。早く起きると却ってのんびりしてしまうのだけど、なんとか6:34の各駅停車に乗ってゆく。

 最後の日だというのに特にこれといった記事もなく、8:50ごろにほぼ終了。NHKではアメリカ・カナダで大停電が発生していると報じているけど、朝刊には一行も載っていない。それでもこまごま仕事を見つけて9:15ごろまでいた。

 昨日以来ずっと雨で、涼しい。こういう陽気は北海道の道北に似ていて好きだ。どこかに出かけたくなる……ものの、実はかなり降っているようで伊東線などが止まっている。おととい千葉へ行くのをやめたので今日行こうかとも思ったけど、おとなしく家に帰る。

 帰宅後、両親にお供してケーヨーデイツーへ台所に置く、こまごました収納用品を買いに行く。1時間半以上店にいて、戻ったのは13時ごろ。レトルトカレーで昼食。

 有効期限が明後日までの土休日回数券が2枚あって、どこへ行こうかなと思う。以前、いちかわエフエムの藤崎さんに教えてもらった、谷中の「とりそば」を食べに行くのもいいなぁ、といったん考えたものの、結局モスバーガーのWebサイトを見て、月島と人形町へ行くことにする。

 日記もずいぶんかかないでたまっていたし、いちかわエフエム金曜班の番組を聴きながら深夜まで起きてやってようかなと思ったのに、本を読みながら23:30ごろに、あと15分でN天・0時からラジオぼーやだなぁと考えつつウトウトしたのが運のつき。電気がつけっぱなしだったので「何してんだ」と父に起こされたのが2時。何をするでもなくラジオぼーや金曜日「よろず音楽堂」が3時に終わるまで聴いて、それからフトンを敷く。

 田村明『都市ヨコハマをつくる』(中公新書)読了。目標よりずいぶん時間がかかったけど、同じ著者の『まちづくりの発想』(岩波新書)に3ヶ月かかったのを思えば購入から2週間足らずは格段の早さ、と思っておくことにする。


8月10日(日)

 5時には目が覚める。昨日みたいにならないように、さっさとフトンをしまい、着替える。風呂に入って、朝食はパンとアイスコーヒー。コーヒーはお中元でもらったとかいうドトールの紙パックに入ったものなのだけど、いつも新宿駅のドトールで買うのよりもさらにおいしくない。「甘さひかえめ」とあるけど僕にとっては「甘さ中途半端」。……でも、糖尿病予備軍なんだからガマンしなくては。

 朝のうちは涼しかったが、だんだん暑くなってきて、だれる。昼食前に両親が出かけるキップを駅へ買いに行ったり、郵便局でお金をおろそうと思っていたのだけど、午後になる。

 母がフーデックスで買ってきたお惣菜とチンした冷凍ごはんで昼食を取り、14時ごろ家を出て新浦安駅へ。みどりの窓口は行列になっていて、50分近く待たされる。駅構内は冷房がなく、暑い。申し訳程度に小さな家庭用扇風機が回っているのだが、改札窓口で涼しそうに座ってこちらを見ている係員がうらめしい。後ろにいたおじさんが「民営化されたってちっとも変わりやしないじゃないか。旅行センター(=びゅうプラザ)なんかなぜ閉めておくんだ。あの(遅々と列が進まない窓口の)駅員とここの駅長はバカだ」とぼやくのを聞きながら、来年から苦言を呈される側……というか、悪弊を改善する側になるんだよなと思う。はたしてどれだけ腕を振るわせてもらえることやら。

 その後100円ショップで頼まれた買い物を済ませ、郵便局で貯金をおろして帰宅した頃には15時を回っていた。涼みに行くなら泳ぎに行くのが一番だよな、とは思ったものの、部屋に戻ってPCの電源を入れたが最後、気づいてみれば17時。日曜日は18時で閉館なので、今から行っても……という時間。

 部屋の温度計は34度。さきほどベランダに風呂の残り湯をいくらか撒いてみたりしたのだが、まかなければもっと暑くなっていたのだろうか。16時も過ぎたことだし、ようやくエアコンを入れる。

 夕飯は両親と僕の3人なのだが、外食だとか店屋物だとかあれこれもめた挙げ句、実はたいして食欲がないということで夕飯はなし。なんでも好きなものを食べていい状況にあって特にないのは飽食これ極まれりであろう。

 部屋に戻ってじゅうたんにゴロゴロしながら新書を読み進めるうちにだらだらと寝てしまう。

 平日のバイトがある朝はほんの10分足らずでも本なんかずいぶん読み進められるので、バイトがなければさぞかし、と思っていたのだが、日が昇るにしたがって暑くなってくるとそうでもなかった。いつも録音しているNHKのラジオ講座も録音し忘れたし、よかったのは朝だけだった。


8月9日(土)

 6時半ごろ起きたろうか。風呂に入って、朝食は昨日両親が外食したときの残りを折り詰めにしてもらったとかいうビビンバ。土曜日だけど台所工事の方は今日もやってくる。今日はリビングに冷房が入れてあり、涼しい。

 8時15分からのドラマを見終わったら早々に部屋に戻って、敷きっぱなしのフトンにゴロンとなって、月曜日に録画したままになっていた「英語でしゃべらナイト」を見ていたら途中で眠くなり、そのまま昼まで寝てしまった。昼食は冷凍食品のライスバーガー。いつの間にやら外は強い雨と風。図書館でも行こうかと思っていたのだが、台風の日は引きこもるに限る。

 「英語で〜」を見終わって14時ごろ、PCをつける。そういえば土曜日は「Music Dipper」(以前は水曜夜にやってたはず)があるんだっけ、といちかわエフエムの番組表を見たら14時で終わっていた。しばらくして、また横になって新書を読む。また眠くなってまどろむ。よく寝る日。

 夕方また起きて、PCに向かってだらだら過ごす。台所工事の人はまだ帰らない。20時近くなり、「夕飯どうする? 食べに行こうか?」と母が言っていたが、冷凍食品の焼きそばをチンして食べる。父は工事にかかりっきりで、まるで現場監督の様相。

 いちかわエフエム21時からの「温故知新」を聴きながら横になっていたらまた寝てしまい、22時に次の番組になったところで気がついて電気を消す。昼間あれだけ寝たのだから夜は眠れないかと思っていたら、とんでもなかった。


8月8日(金)

 バイトが終わったら、大隈会館へ。暑いので高田馬場から地下鉄使うかと時差回数券が使える10時になるまで新大久保のコンビニで15分くらい時間をつぶす。

 11時から新人ガイドの最終チェックを担当。暑さ対策は万全、と思いきや台風接近のせいなのかそれほど暑くない。13時半過ぎに終わり、15時ごろまでガイド室にいた。「高橋さん最近丸くなりましたね」と言われる。それだけ社会復帰が近いということなのだろうけど、学内を渡り歩くのには丸くなりすぎたと思う。

 生協で注文しておいたCDを受け取り、書籍コーナーを物色。東京駅構内の書店でこれ読もうかと思った本があったのだけど、いくら探してもない。東京駅では「今月の新刊」の帯がついていた文庫だし、著者は早稲田出身なので、当然すぐ見つかるだろうと思っていたのだが……。でもこうしているとあれこれ読みたいと思う本が出てくる。片っ端から買って帰りたいところだけど、家にもまだ読まずに積んである本が何冊もあるので見合わせ。

 ガーデンハウスに立ち寄り、今日こそ学割証を取得。キャリアセンターは16時で終わっており、次に開くのはロックアウト明けの18日。

 ワセ弁の「塩焼チキン」(350円)でかなり遅めの昼食を買い、久々に鉄研の部室へ。鉄本を漁ってヨーロッパのゴムタイヤトラムについての話を探す。が、なかなかない。鉄道雑誌が海外の鉄道について特集を組むことはまずないし、記事があっても鉄のレールの話題が多い。

 A川と、珍しく部室にやってきた某君と、夏目坂の「つぼ八」へ。生ビール半額セールだったのに、飲み代は1人3100円。さすが鉄研。その後、だらだらと馬場歩きをして、途中で最近できたつけ麺屋(名称失念)で食べて(650円)帰る。


8月7日(木)

 それでも5時半には起き、あんまり飲んだつもりはないのにボーっとした頭で朝ご飯を食べて家を出る。新宿駅のキヨスクでポカリスエットの500mlPETを購入。350ml缶で充分なのだけど、駅売店はもとより市中のコンビニでも缶コーヒー以外の缶飲料はほとんど見かけなくなった。

 9時過ぎには仕事が終わり、課長にリクルーターの方って何時ごろいらしてますかね〜、とうかがうと「あいつに用あるの? いいよ、呼んでやる」と電話。社員7万人の大所帯の会社なのだけど、リクルーターの方の新入社員研修時の講師が課長だったとか、課長の採用時の採用担当が部長だったとか、課長と次長は3回同じ職場で仕事をされていたとか、意外と狭いコミュニティらしい。リクルーターの方にお渡しするものをお渡ししたあと、課長が「四方山話でもしていけ」と場所を用意してくださったのだけど、こちらがニ日酔い気味+寝不足のためかテンションが低くて話も盛り上がらず、大変申し訳なし。。。

 まっすぐ新浦安に戻って、ユニクロでお買い物。スソ上げをお願いして、またあとで取りに来ればいいかといったん家に帰ろうとしたのだけど引き換えの伝票を見ると出来上がりは15分後。そんなに早くできるなら、と、有隣堂の店内をぶらぶらしながら待つ。鈴木健二の『ありがとう物語』などが積んであって、ご自身は普段は寡黙な人なのだというくだりに目を通して、なるほどなーと思う。

 で、出来上がった商品を引き取って家に帰り、昼食。台所の工事はまだまだで、ソバでも食べに行こうかとか両親が言っていたのだけどソバ屋は休みだとかで結局お好み焼きをチンして食べる。暑いけど風はあるし、畳の部屋なら過ごしやすく、軽く昼寝をしていたら「工事の人はちゃんと働いてるんだからこんなところで寝てるんじゃないの!」と母に言われて2階へ移動。畳の部屋でまた寝る。

 ちょっと手伝って、と起こされたのが16時半。寝不足だったとはいえよく寝たもんだと思うものの、盛大に昼寝したあとのボーっとした感じはしない。台所から取り外した古い戸棚を物置に持っていく。僕の部屋にある本棚は前の家で使っていた食器棚だけど、システムキッチンなんて解体したら捨てるしかないと思っていたのに、父が家のあちこちで寸法を測ったらしくパズルのようにはめてゆく。

 父は工事の様子を見ており、日曜大工など器用にやるのは我が家を工事するときによく見ていたからだとか言っていたのを思い出す。自営業のなせるわざとも言える。僕の部屋のじゅうたん敷きを模様替えしたいなら自分でやれ、と言われていたのを思い出し、ちょうどいい機会だし見ておこうかと思ったら、もうとっくに床は張り替えたあとだった。

 さてよく寝たし、本でも読もうかとその前にPCを起動すると飲みの誘いが2件舞い込んでいた。うち一件に行こうかと連絡をとる。出かけるにしろその前に日記でも、と日記をつけていたら18時半。結局、先方も面子が集まらず明日に延期になった模様。夕飯は外食にすると両親が言っていたのだが、出かけたのは20時。弟はバイト(何を考えたか山崎製パンへ行き始めたらしい)、妹はなぜか行かないと言い出して、3人。台湾料理の「龍園」へ。最近できたらしく建物や内装も新しいのだが、ディズニーリゾート帰りの観光バスが立ち寄るなど、評判の店らしい。団体客はフロアが違うようで騒がしくもなく、悪くなかった。

 1時間くらいまったりして、帰ったらさっさと寝る。


8月6日(水)

 バイト終了後、さてどうしようか新宿駅周辺をさまよいながら中央線ホームと西口を行ったり来たりしたあと、ヨドバシへ行って、5mのLANケーブルなどを購入して帰宅。

 昼食をはさんで、父の机にあるノートPCを無線LANではなく買ってきたケーブルで接続。1階のお茶の間にある無線LANのアクセスポイントが長らく使えなかったので、設定しなおす。(設定するには有線で接続したPCからのほうが便利)

 先日作った職場見学会のWebページをCD-Rにやきつけ、久々に泳ぎに行く。再び家に帰って19時半ごろ父や母と家を出て、父の診療所の納涼会へ。どんな格好で行けばよいのか父に聞くと「納涼会にネクタイ締めて行くバカいるか」なんて言われたのに、すでに来ている製薬会社の方は全員背広。パート職員の方などは浴衣を着ていたりするのだけど、男性でカジュアルな格好なのは父と冠婚葬祭屋さんと僕の3人だけで、なんだか居心地が悪い。(飲み始めればすぐに気にならなくなったけど)

 2次会では、接待カラオケの何たるやをじっくり見ることにする。中年以上の方などは自分でも楽しんでいるように見える(見えるだけなのかもしれない……それならなおさら接待カラオケのプロと言わねばならぬ)し、若手の方などはジェネレーションギャップを感じているのか何を歌ったらよいものか困っているようで曲集をめくってはいるものの入れない。こういうときに東雲師匠のような持ち歌がある人は強かろう。……にしても、最後のほうではパートのおばちゃんと踊らされたりして気の毒といえば気の毒。ご愁傷様、、、というか、明日はわが身であろう。。。内々定先ではどんな人たちを接待するのかあまり想像つかないけれど。

 0時半ごろに終わり、2時前に就寝。


8月5日(火)

 5時前に起床。なんだかんだとテキパキ動けて、6:20には家を出られた。京葉線の電車の中でNHKの語学講座を聴いていたら、月・火は同じ内容のはずなのに、昨日のとは違うのが聞こえてくる。あれ、、、と、しばらく考えて、いつも8月は4〜7月分の総集編なのを思い出す。(まだ今月はテキストを買ってない)

 バイトが終わり、西早稲田へ。山手線の車内で新宿TSUTAYAでCDを返してくるのを忘れたのを思い出すが、この時点ではまた明日来ればいいやと思った。しかし、高田馬場駅を降りたところで図書券も買い忘れたのを思い出し、引き返す。せっかく引き返すのなら、あとで新大久保で降りて東京グローブ座を見に行こう。

 新宿駅西口のチケットショップで図書券を買い、ついでにバス共通カードも購入。東口のTSUTAYAでCDを返し、新しく2枚借りる。「何日ご利用ですか?」と聞かれ、いつもは7泊8日にしているのだけどシングル(3泊4日まで)が混じっていたこともあり、当日にしてみる。明日の10時まで(=開店前)に返せばよく、バイト後に来れば余裕のはず。

 山手線に乗ったところで、学生証を家に忘れたのに気づく。本当は学生証を携行しないと通学定期券も使えないのだが、それはともかく図書館に入れない。貸し出し期限が今日までの本を持ってきており、反則点数1点くらいいいかなという気もするけど、期限がすぎてから来る催促メールもしゃくだし、それ以上に、ハードカバーの本をまた家にもって帰って明日持ってくるのはもっと面倒だ。戸山図書館も入口にカードリーダーがあるし、、、と思いあぐねて結局理工学図書館(@大久保)で返すことにする。あそこは入口がフリーパスだし、そもそも入口にあるカウンターで返せる。「5館どこでも返却」が2年前からスタートしていて助かった。

 新大久保で降りて、東京グローブ座へ。山手線の外側の道をほぼ線路に沿って歩く。実はこの道を歩いたのは大久保にある大学に通って6年目で初めて。東京グローブ座は「西戸山タワーホウムズ」というちょっとした再開発地区の敷地内にあって、去年の7月に一度休館。ジャニーズ事務所が買収していた(昨年の11月にジャニーズのもとで運営会社が設立されて引き継がれた……はず)。先日、演劇博物館のガイドの方がずいぶん心配されていたのだけど、外観を見る限りは名称もそのままだし、ジャニーズ関連のもので飾られているわけでもない。東京グローブ座の事務所もちゃんと開いていたので話をききに行ってもよかったけど、アポをとってきたわけじゃないし、またの機会に。

 山手線のガードをくぐって、そういえばバイト代をまだ受け取りに行っていない海城高校前を通り過ぎて大久保キャンパスへ。一度研究室に立ち寄って私物の本を1冊持ち帰り、理工学図書館で件の本を返し、理工バスは運休中なので徒歩で西早稲田キャンパスへ。

 西早稲田の生協で、早稲田グッズの便箋と、NHKのテキストなどを購入。CDも注文。父が調べ物をするたびに付き合わされてはたまらないので、なにかインターネットのハウツー本でも、とPC関連の本を物色すると、OSやワープロソフトその他の解説本はあっても、インターネットについての本は1冊もなし。普通の本屋ならいくらでも売っていそうだが、Webブラウザの使い方くらいは入学してすぐのアカウント発行時の講習でやるから生協が扱っても売れないのだろうか。

 時計は11時半。なに食べようかなぁと思う。キッチンミキは夏休み中にもかかわらず営業中。ここで食べるか、と一旦思ったけど、明日のツアー研修後に新人つれて来るかと思い直して、結局ワセ弁でナスカラ(330円)。それで、ガイド室に寄って研修日程を確認すると、明日の研修はなしになった由。

 ガーデンハウスのキャリアセンター(旧就職課)は今日だけなぜか閉室。学割証発行機は部屋の外にあるけど、学生証を忘れたので意味なし。東西線に乗って帰途につく。本当は多慶屋にも行くつもりだったけど、暑い(今朝の天気予報では予想最高気温が32℃)中を新宿・新大久保〜西早稲田と歩いて、明日に先送り。家から持ってきた烏龍茶のPETボトルはもとより、バイト先の売店で買ったポカリスエットも飲み干してしまった。御徒町へ行ったら少なくとも片道は秋葉原まで歩くのだ。

 そんなわけで新浦安に14時ごろ着。ユニクロをのぞき、有隣堂でインターネットの入門書(これ)と『ビッグコミックオリジナル』を購入。いつも本を買っていた原勝書店が“休業”してしまったので、父が新浦安駅周辺の大手書店へ行ったら、月に300万円以上の取引がないと外商には応じないと追い返されたそう。本代に年額3600万円以上なんて、少なくとも個人事業主じゃ相手にしてもらえないわけで、「構造改革」で変わりつつある世の中とはこういうことを言うのだろうか。


8月4日(月)

 5時ごろ起床。お風呂に入るのだけど、普段どおりの湯温では出かけるまでに汗がひかないので体を洗った後は水でうめてつかる。後で入った母から「水風呂だった」と言われたくらいに。

 久々にたきたてのごはんで朝食。おかずは鮭によく似ているけど鱒だとか。お中元にもらったらしい。おいしい。

 バイト終了後、帰宅。明日から工事に入る台所の写真を撮る。デジカメなら現像も写真の置き場所も気にしなくていいから楽(HDDの容量は恐ろしく多く食うけど)。ついでに庭のテラスに出て、ほおづきやトマトの写真もおさめる。

 部屋に戻って、朝はあわただしくてできなかった定期巡回先のチェック。東雲師匠の国内旅行至上主義が更新されていて、読んでいたら昼。昼食後はまた部屋に戻って、13時半ごろから軽く昼寝……のつもりが15時くらいまで寝る。半分ボ〜っとした頭で、昨日の写真の整理の続き。夕方からは最近の写真を写真日記にまとめる。その合間に、父が部屋に入ってきてWebを使った調べものに付き合う羽目に。いいかげん、インターネットでの調べものくらいは自分で……と思う。もう10年以上前にワープロを買ったときに教室へ通ってキーボードの打ち方だけは身に付けているはずなので、パソコンだってそんなに苦労しないと思うのだが、指南役だった妹の教え方に問題があったのだろう。父が使わなくなったノートパソコンは妹がまんまと自分専用にしてしまったのだが、いまは妹が自分で新機種を買ってきて、ノートパソコンは父の机の上に鎮座して弟が使っている。

 夕飯後は写真日記をUPしたり。北海道で撮った写真を見て、せっかく1ヶ月以上北海道で牧場に居候をしたのだし、何かにまとめるかなぁと思う。時間がかかりそうだけど、せっかくの夏休みだしバチは当たるまい。


8月3日(日)

 4時ごろ目を覚ます。つけっぱなしにしてあるラジオからは雑音ばかり。「でぶ大好きデラックス」も「土曜深夜の喫茶店」も気づかなかったのはよいとして、この時間はいつも落ち着いた音楽が流れているはずなのに……。定期点検だろうか。

 もう一度寝て7時ごろ起き、朝食にパンを食べて、さてスーパー銭湯の常盤殿でも行こうかと思う。一昨日バイトから帰宅して以降家から一歩も出ていないのはよくない。せっかくの学生生活最後の夏休みに何をしているのかと思う。7月の始めに「青春18きっぷ」を買わなきゃ……と思って以来、まだ買っていないまま8月になってしまったではないか。手元にありさえすれば、ふと思い立って出かけることだってできるのに。

 出かける準備をするところで、いろいろ雑事を思い出してそれを片付けて出る時間はどんどん遅くなる。でも、それでいい。出かけようと思わなければ、そういうことを思い出しもしなかっただろうし、ただゴロゴロしているだけだったろうから。

 クルマで行こうと思っていたのだが、玄関のドアを開けると外はもうすっかり暑くなっている。この暑いのに温暖化ガスを撒き散らして5人乗りのクルマに1人で乗って移動するのは犯罪的行為だよなと思い、電車にする。ブックオフの船橋市場店へ足を伸ばすのでなければ、クルマはいらない。で、新浦安9:19発の快速電車。湾岸道路も流れてはいたけど、こちらは信号待ちも何もなくノンストップで南船橋駅へ。クルマというプライベート空間で移動するのと電車に乗るのとではやっぱり違って少しはしゃきっとしなくちゃ、と、寝グセくらいは直して家を出てきた。先日「おさんぽバス」に乗ったとき子連れの客がいっぱいいたのだけど、どの子も行儀がよく、「子供が騒ぐから……」といってクルマでばかり移動している家の子ではなかなかああいうふうにはできまいと思った。

 常盤殿は久しぶりで、このとき以来。1ヶ月以上前とは季節がすっかり変わって露天風呂は涼しくなく、かといって水風呂は苦手なので困る。だいたい外気温と同じ程度の浴槽がほしいと思うのは僕だけだろうか。

 常盤殿を後にして、ららぽーとの100円ショップやユニクロ、無印良品で買い物。いつのまにかユニクロがオープンしていたとは知らなかった。無印ではセゾンカード勧誘のおねーちゃんに話し掛けられる。その語り口に思わず笑ってしまったものの、丁重にお断り申し上げる。その後、ららぽーと送迎バスの写真でも、と思って船橋競馬場行きのシャトルバスを写真に収め、いったん船橋競馬場駅へ。駅前のブックオフをのぞき、新書を1冊購入。またららぽーとへ戻って南船橋駅行きに乗り換え。土日のみの運行になっていた南船橋行きはどうやら毎日運行に戻ったらしい。

 家に戻ると13時半で、「アタック25」を見ながら昼食。まだ残っていた菓子パンとコーヒーとヨーグルト。今日の「アタック25」の問題は比較的易しく、僕にも分かる問題が多かった。

 今期初めて本格的に除湿を入れた部屋に戻り、部屋の整理。去年の夏の北海道での写真を、現像から10ヶ月以上たって整理。町民大運動会での仁宇布の子たちの写真がいっぱい写っているのに、焼き増しもせずに放ったらかしになっていた。。。

 夕飯はお好み焼き。明後日から台所を工事するので火を使う料理ができず、余計に焼いて冷凍しておけばチンして食べられる。22時までには就寝。


8月2日(土)

 1時半ごろ目を覚ます。ちゃんと布団を敷いて寝なおしてもよいのだけど、つけっぱなしになっているPCにまた向かう。

 「よろず音楽堂」も終わり、布団を敷いて横になる。今夜のNHKラジオ深夜便3時台「にっぽんの歌こころの歌」は「“真夜中の夢の競演” 植木等 VS 渥美清」。後半はもうほとんど寝ていた。しかし、NHKのアンカーがきちんと解説をして流すとちっとも変じゃないのがうらやましい。僕が番組を持っていたころもよく植木等は流していたが……。

 7時ごろ起き、あ、しまった、とNHKラジオ第二をつけると、意に反して韓国語講座が流れてくる。そうか、今日は土曜日か。

 朝ご飯を食べ、昼前には家を出て大学へ行こうかと思ったのだけど、長期休業期間中の土曜日は大学の窓口が休みなのを思い出してやめる。

 午前中に梅雨明け宣言(厳密には「梅雨明けしたと見られる」というだけだが)が出て、気温はぐんぐん上昇。部屋の温度計が36℃をさす(でも、日に当たっていたから正しくない値と思われる)。しかし、風はあるので部屋の窓を開けて、穴があいて家だけで着る用にしてあるポロシャツと半ズボンで過ごすものの、押入れを開けて古い時刻表を探していたらすっかり汗だく。押入れの中は恐ろしく暑くなっている。

 結局、家から一歩も出ることなく一日が終わり、結局何もしなかった気がする。夕飯後4チャンネルを見たかったのだが、父が「釣りバカ日誌」を見るので20時まで仕方なくそれを見て、その後部屋で日本テレビの「日本テレビ開局50年特別番組…バラエティ50年史!! シャボン玉ホリデーからガキの使いまで TVの裏側50年分 汐留に引越したから…全部見せちゃいます 50年史」(長すぎ)を見る。後半だからもう最近の番組ばかりで、唯一「全員出席 笑うんだってば」が見られたのはよかった。“馬鹿テレビ”をやるのは民放の強みだよなぁと思う。(馬鹿しかやってないけど)

 見終わったらお風呂に入って、21時からのいちかわエフエム「温故知新」を聴いて、「LIVE CLIP」が流れている途中で布団を敷いて寝る。久々に、寝る時間だけは健康的。


8月1日(金)

 よほどショックだったのか、蒸し暑いからなのか、眠れない。

 0時過ぎには床についたように覚えているのだが、1時半には目を覚ましていて、それでも横になりつづけて1時間以上が経過する。さっきの「♪ぎょぴちゃんが踊る〜」のメロディをはじめ様々な想いがリフレインして悶々として眠れず、ラジオをつける。NHKラジオ深夜便は2時台の「ロマンチックコンサート」が終わると、3時台は「にっぽんの歌こころの歌」。今夜は「なつかしの洋楽ポップ集」。“洋楽”といいつつ、「にっぽんの歌」と銘打つだけあって昭和30年代に日本人がカバーした曲が流れる。雪村いづみとか、浜村美智子とか、井田誠一(作詞家)とか、ダニー飯田とパラダイスキングとか、高校生の頃に聞いたような名前がいくつか出てきて、ついにはフランク永井の「16トン」がかかる。これは歌そのものを知っていた。こんな歌を高校生の頃から知るような好奇心と雑学が活きる仕事ってなんだろうなぁ、とかまた考え込んで眠れないという悪循環。

 そろそろ起きることを考えないといけない4時ごろにようやく眠くなってくる。「こころの時代」は聴かなかった。で、6:00近くに目を覚まして「寝坊した!」とヤケになってしまうという妙な夢(しかし、現実感あふれる夢であった)を見て4:50の目覚ましで起きる。

 行き帰りの電車ではよく寝る。帰りの中央線で偶然ご一緒した課長(←取材立会いに向かわれるところ)から「帰ったら寝るの?」と聞かれ「それはしません」とは言ったものの、それは普段の話で、さすがに今日は13時くらいまでお茶の間で寝る。

 午後は洗濯機をまわし、日記をつけたり、昨日の写真を内々定者仲間に見せる用に「写真日記」のフォーマットでまとめたり。昨日のは職場見学会だから一般の人がなかなか入れない場所の写真も撮っているわけで、当たり前だが「ネット上に流さないように」とクギをさされていたものの、容量は7メガになり、メール添付は適さない。どうやって配ったものか。

 夕食を終え、またPCに向かって過ごし、20時半にふと床に横になればいつものパターンで夢の中へ。


2002(平成15)年7月の日記


高橋秀暢/hidenobu@toki.waseda.jp