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星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  3







お盆を過ぎると、秋がすぐそこにやってくる。
空が急に高くなり、吹く風が冷たくなってくる。
昼間はそうでなくても、太陽が傾き風に乗って林の中で鳴くヒグラシの声が届くと、夏が急速に終わっていくような寂しさを感じた。

だからかな。
夏が終わる今頃になって、一年前の夏の始まりを思い出す。

ただ苦しかっただけの、夏。




「あっつーーーーーーい!」
中学の普通教室のある南校舎から避難するように、あたしたちは体育館のひんやりとした床に寝転んだ。

「死ぬかと思った・・・ぜってえ山口の陰謀だ・・・」
「1も2もとっくに帰ってんじゃねーか!くそー!!」
「まあ、今日で数学終わったし、やっとホントに夏休みだな!」
「誰か飲み物買ってきてくれよー」
「アイスでもいいー」
「あたしもー」

夏休みとは名ばかりで、あまりに"受験"に対して意識がなさすぎる!と学年主任が言い出したことから、あたしたちは中学最後の貴重な夏休みの最初の2週間を受験の為の補習に強制参加させられていた。
部活もようやく引退し、やっと夏休みを満喫できる!と思っていた3年生107名は、習熟度によってクラス分けされたグループ表に泣きたくなった。
あたしは圧倒的に男子の多い3グループに名前があり、有菜やクラスの女子とは違うグループだった。
男子は直人や関君や修君というもともと理数系が得意なメンバーが揃っていた。あとは土屋君とか山崎君。他のクラスだと生徒会長の大井くんとか。
女子は直美ちゃんとよねちゃん、そしてあたしの3人だけ。
よねちゃんは・・・直人のことが好きだから、昔からあたしに対してよい感情は持っていない。
だからいつも微妙な視線を向けられている。
それも慣れっこになってしまっているあたしは、やっぱり酷いヤツだと思う。

午前中だけで終わる予定だった補習授業は、何故かいつも3グループだけ午後にずれ込み、窓を開けても風の入らない蒸し風呂からようやく解放されても、あたしたちは炎天下に出ていく気力もなく、毎度、休憩中でどこの部活も使っていない体育館へ流れていた。
直美ちゃんは、夏前に告白されて付き合いだした後輩の学くんが部活終わりに待っていて、仲良く帰っていた。
その姿が微笑ましくて、思わず窓から見送ってしまう。
よねちゃんと大井君は補習の後、塾の時間だとかで。
よねちゃんは「なんでいっつも遅くなるの!」と綺麗な顔を曇らせて、バックに教科書を詰め込む。
そして、必ず、深呼吸をひとつして直人の方を向く。
綺麗な長い髪が、さらさらと音をたてて跳ねて、「じゃあね」と整った顔を緊張で強張らせて。
直人は「ああ」と素っ気なく答える、それだけでも凄く凄く嬉しそうな顔をして、よねちゃんは頬を染めていた。





「それじゃあ、この夏誰が一番先に進めるか、賭けようぜ!」

山崎君の声に、よねちゃんの可愛らしく頬を染めた顔を思い浮かべていたあたしは、見つめていた天井から、体育館で寝そべる男子に視線を戻した。
さっきまで「やっぱ、よねは美人だよな」とか、直美ちゃんのこと話題にしてたのに。
いつの間にそんな話題になってたんだろう?

「まずは山崎の場合キスする相手じゃん!」

修君が余裕の笑みで体を起して、山崎君に投げキッスして見せる。
それを片手で払い除けるようにして、山崎君は「うるせえよ!修だって、まだ、だろ!」と噛みつく。

「でも、修の彼女って胸ねーよな」
「やっぱ、斎藤くらいないとさー」
「わ、ひで!大きさ関係ねーじゃん!」
「有菜ちゃんくらいがいいー!」
「俺も〜。」

涼しい顔で廊下を歩いてきた佐々木君が「しっかしなんで3グループはなげぇんだ?」とブツブツ言いながら直人の隣に向かう。

「あ?陽太?お前今までどこにいたんだよ?」
「職員室。山口に『今のまんまじゃ、どこも受からない』って呼び出されてた。」
「げ」

シリアスな顔していたと思ったら「そんなことより、何楽しそうな話してるんだよ」と直人にのしかかる。
「あっちいから、やめろ!陽太!」
佐々木君は両手で押し退けられながら「胸の大きさでいったら、やっぱ3組の委員長じゃねえ?」と笑う。
直人は呆れながら「"そんなこと"じゃねーだろ!お前は」と突っ込む。

「さっちゃんな!」
「2組の葉月とかいいよな!」
「俺はそんなおっきくなくていいぞ、有菜ちゃんと・・・って考えただけで、ぐわーーーー!」

佐々木君が叫ぶと、直人と関君がため息をついた。
まあ、いつものことと言えばそれまでなんだけど、何となくちらちらと視線を感じ始めてたあたしは、段々いたたまれなくなってきた。

「あのー・・・あたしもいるんですが・・・」

あたしが言うと、佐々木君はにやりと笑って立ち上がり「知ってるよ。」と笑う。
「女子ですよー」
「どこ?どこ?」
「マジかよ!」
あたしが言うと、みんなはあたりを見回した。
「とーこってオンナノコだったの?」と、関君もわざと驚いた声で言う。だけど目は"困ったやつらだよな"と言ってるから、あたしは元気づけられて笑った。
「えーえーこんなでも、オンナノコなんですけど、ね」
「生物学的には?」
直人がくすくすと笑って付け加えた。

「で、何賭ける?」
「あーとりあえずアイス?」
「アイスかよ!!」
「やっすい賭けだな!おい!」
「じゃー俺の独り勝ちだな!とっくにキスしてるっての!」

修君はふふんと得意げに笑って見せる。

「俺だってそれくらい経験済みだって!キスくらいなら、クラスの女子だってしてくれるって!」

2組の江藤君が言うと、武笠君も「そうそう」と頷いてる。
「今日から何人とキスするか、ってことにしようぜ!」
そんな提案を嬉しそうにしてるから、あたしは「まったく・・・」と膝を抱えて壁に寄り掛かった。
キスに夢見てるあたしみたいなオンナノコもいるんだけど、と言ったところで、また笑われるだけだろう。

「直人はいいよな、いつでも誰でもOKなんじゃね?」
「あ、とーことかナシな。賭けだって知ってんだから」
「何、ソレ。あたしも一応オンナノコなんだけど、そういう乙女の気持ち踏みにじるような賭けなんか聞かせないでよ」
「乙女ってどこどこ?」

繰り返されるやりとりに「はいはい、あたしは乙女じゃないよねー」と呟く。
「じゃー試してみる?」と、いつの間にかあたしの隣に移動してきた武笠君が、やけに楽しそうにあたしの腕を掴んだ。

「まずは一人〜♪」
「あのねッ・・・!」

あたしに近づいてきた武笠君の顔をぐいっと押し返すと、彼はちょっと悔しそうに「ちぇーっ」と言って笑った。
「ちぇーじゃないよ!ふざけすぎ!」
あたしも笑った。笑ったけど。
ふざけてるだけってわかってても、やっぱり心臓には悪い。

「とーこは対象外。俺、そんな賭け参加しねーもん。」

小さく息を整えていたあたしは、思わず息を止めた。
クリアに響いたその声に、あたしは身体を強張らせた。
ズキン、と、胸が痛む。

「お前らも、とーこは禁止な。」

直人は冷めた口調で言いながら、武笠君の腕を掴んであたしから引き剥がした。

「それに・・・そんなの、ホントに好きなコとしかしたくないしな」

それは多分、直人がそう思う相手がたった一人だから・・・。
あたしがその対象になることはない。
そのことが、泣きたくなるくらい辛かった。
だから、あたしは、やっぱり笑った。

「まああたりまえだね。賭けにされたんじゃたまんないよ。」

「はいはい、そういうのはモテルやつがいうことなの。」
「わかってるって、とーこに手は出さないから。」

立ち上がった江藤君が、直人の肩をぽんぽんと叩いて、意味深な視線であたしをちらりと見た。
普段そんなに接点のない彼は、あたしと直人を交互に見て、最後には口端を微かに上げて首を傾げた。

なんだろう?
あたしはわけがわからず、同じように首を傾げた。

「あーじゃあさ、悲しいかな、ここに居る奴って、とりあえずキス以外は"まだ"なわけね?直人は除外しとくとして」
「まだ続けるのかよ!」
「まあ、そう・・・だな」
「そんじゃーこの夏誰が一番に卒業するか?で、賭けよう。」
「おおおおおお!?」
「いいねえ」
「何賭けるわけ?」

あたしがため息をつくと、関君が肩を叩いて立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか」
関君が指さした先、体育館の重い扉の前で、すでに直人が不機嫌そうに立っていた。
あたしは「そうだね」って笑って、バックを拾い上げ、関君と一緒に直人の方に向かった。
風が吹き抜けていく廊下には、体育館で盛り上がる声が響いていた。




ほんの一年前のことだ。
ううん、あの頃と変わったのは・・・つい最近で。
だから、卒業してから久しぶりに会った江藤君と武笠君は知らないんだ。

それに、そう思われていたとしても、仕方ないのかもしれない。
そう思われてるって知ってて、それでもあの頃は傍に居たんだから。




午前中はチアの練習、午後はオリエンテーションだったあたしは、冷房の利いた電車に乗ると、すぐにウトウトとして眠ってしまった。
気がついたのは二駅前で、がらんとした電車の中、いやにあたしの周りだけが窮屈に感じて目覚めたのだ。

「あ、起きた」
「羽鳥!久し振り!」
「え・・・?」

あたしはどういう状況なのかが咄嗟に理解できなくて、懐かしい顔が二つ並んであたしを覗き込んでいたことに、思わず悲鳴をあげかけて、自分の口を自分で押え悲鳴を飲み込んだ。

「羽鳥!おーホントに敬稜なんだな〜!制服、いいじゃん。」
「ちょっと痩せたんじゃない?・・・・なんか可愛くなった?」
「江藤・・・君と、武笠君?え?え?」

あたしの両隣りに陣取った二人は、無遠慮に制服をまじまじと見て、嬉しそうに笑って頷いた。
江藤君と武笠君も泉峯だ。二人ともサッカー部に入ったって聞いてる。
彼らも部活帰りなようで、大きなバックを椅子に置き直人や関君と同じ制服とは思えないくらい着崩して、ネクタイは最初から存在していないかのように、締められていなかった。

「会わないもんだな〜。同じ路線だってのに。まあ俺ら、自転車で通ってたりするしな」
「今日は練習試合あってさ。珍しく電車つかったんだ」
「やっぱチャリより電車の方が、出会いはあるなあ。」
「明日から電車にするか!?」

駅に着くまでの10分弱、中学に居た頃よりずっと親しげに話しかけられて、あたしは内心驚いていた。
話術に磨きがかかったというか、オンナノコの扱い方がやけに慣れたものに感じられた。
ああでも、二人とも、去年もクラスの女子何人かとキスしたとか・・・経験したとか・・・夏が終わる頃言ってたっけ。
ってことは、そうだ、彼らが賭けの勝者だったんじゃなかった?

あたしは二人に挟まれて、懐かしさよりもちょっと警戒心を抱いてしまっている自分に、なんとなく苦笑した。


改札を通り、古ぼけた駅舎に入ると江藤君は「じゃぁな〜!」と片手をひらひらさせて一足先に駅から出た。
「またね」
「明日な!」
そう言って見送りながら、武笠君があたしの前で立ち止まった。
「武笠君?」
訊ねたあたしに、武笠君はにっこり笑って向き合った。

「羽鳥、俺と、どう?」

突然言われて、あたしは「どう?って?」と首を傾げた。
武笠君はやけに楽しそうに笑っていて、あたしは一年前に同じ表情を見た気がして、思わず後ずさった。

「俺と、仲良くしよ?寂しいでしょ?」
「仲良くしてるでしょ?それに寂しくなんて・・・」
「そうじゃなくて。」

武笠君はあたしが後ろに下がった分、前にでてきて笑いかける。

「なんで?興味ない?つか、俺がめちゃくちゃ興味あるんだけど。」
「興味って・・・」

じりじりと距離を縮められる。
備え付けのベンチにぶつかり、あたしは逃げ場を失ってそのまま座り込んだ。

「とーこの噂が本当かどうか。」
「・・・噂?」
「そー。直人が羽鳥とのカンケイ切って、中谷選んだって話」
「武笠君・・・」
「どう?俺とカンケイ持つってのは?すげぇいいらしいじゃん?」

その言葉に、あたしは唇を噛んだ。

その噂の内容を・・・あたしは知っていた。
つい最近も、佐々木君に聞かれたばかりだった。

半分あっていて、半分は違う。
あたしと直人の間には、何もなかった。

からかうように細められていた瞳が、一瞬怯んだ。
笑い飛ばそうと思っていたのに、失敗したことに気づき、あたしは慌てて目を逸らした。

「あれ、違うの?」

武笠君は驚いた様子であたしを覗き込んだ。
あたしは息を吸い込んで「違うよ」と呟く。

「噂みたいなこと、ないよ」
「うっそだろ!?中学の頃からすげえ噂になってたけど?だから、去年の賭けの時だって俺・・・それに、高校入ってからはあいつ中谷と付き合って・・・」

あたしは静かに首を横に振って笑顔を作った。


知っていた。
噂の内容も・・・発信源も。
――直人はそれを知らなかったことも。

あの賭けの後、あたしは江藤君に聞かれたんだもの。
よねちゃんたちが、そう言ってるって・・・。
”とーこと直人って、ただの幼馴染みじゃなかったんだ?”って。

積極的に否定しなかったのは、あたし自身だ。
いつの間にか、噂はあたしの想像していた範疇を超えて。


"直人とあたしのカンケイ"でなく、あたしがそういう"カンケイに都合のいいオンナ"、という噂に変わっていってた。


佐々木君に言われた。
『あんまいい噂じゃねーな。有菜ちゃんには聞かせらんねぇ』って。
あの時は笑い飛ばせたのに。


「だから、ごめん・・・あたし、期待には応えられないや」

ぎこちなく笑って答えて、武笠君と別れた。

笑い飛ばしてしまえばいい。
本当のことじゃないんだから。
これはあたし自身の責任だもの。

直人と居れるなら、よかった。
ずるかったあたしの。
それでも、傍にいたかったあたしの。


歪なココロ・・・


こんなずるいあたしを・・・直人はきっと知らない。


そう思うと、涙が出そうだった。








2008,10,5up





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