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星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  4







気にする方がおかしいのかもしれない。
拘るのが変なのかも。
なのに、あたしは馬鹿みたいに傷ついてた。
自分の所為だってわかっているのに。
何故こんなにぐじぐじしているのか、自分でもわからない。


駅からの帰り道、あたしは直人が指先にキスした場所で立ち止まった。
そっと同じ場所に自分の唇を重ねる。

『ここを通るたびに、とーこのこと考えてた・・・』

直人がくれた言葉を何度も胸の中で繰り返す。
嬉しいのに、なんで悲しくなるのだろう。
怖くて、苦しくなるんだろう。

「あたし・・・」

言葉は風がさらっていった。

あんな噂を直人が聞いたらどう想うんだろう?
有菜なら、絶対にそんな噂は流れない。

どんどん、胸に溜まっていく何か。
何故"好き"だけで満たされないんだろう。
あたしは、いつからこんな風になっちゃったんだろう・・・?




帰宅してすぐ、まるで待ち構えていたかのような有菜からの電話に思わず苦笑した。

『佐々木君が、花火大会しようって。"夏の終わりにどどーん!と花火!"ってメールがきたの』
「そのメール・・・佐々木君らしいね」

あたしが笑いながら呟くと、受話器の向こうで有菜は少し黙りこんだ。

「有菜?」
『とーこちゃん疲れてる?元気ないよ?』

有菜の言葉に、あたしは溜め息を零す。
時々、有菜はとても鋭くなる。
もともと有菜のお願いには弱いし、妙に鋭い時の有菜には気休めは通じなくなる。
だから本当のことを伝える。

「今帰ってきたばっかり。うん、疲れたよー。」

カラダもココロも。
違うかな。
疲弊しているのは、主にココロだ。

『来れない?無理そう?』

子機を片手にソファーに沈み込み「うーん」と唸る。
"今日は、誰とも会いたくない"
・・・なんて言ったら、佐々木君の誘い蹴って、家に来るだろう。真相を聞き出しに。

『佐々木君"とーこは有菜が誘うこと!"って指定してきたの〜。責任重大!』
「え〜!?」

佐々木君てば、なんでそんな役目を?と疑問符を浮かべる。
だけどすぐに「ああそうか」と呟いた。

そうだよね、佐々木君は心配してるんだ。
あたしと有菜がぎくしゃくしてるんじゃないかって。
・・・有菜がツライ思いしてるんじゃないかって。
そして、あの噂のこと、あたしに切り出したこと後悔してるんだ。

その気持ちには応えなくちゃいけないような気がするから・・・あたしの思考回路にも困ったものだ。
佐々木君の有菜を想う気持ちには、前からブレがない。
だからこそ、佐々木君があたしに向ける言葉には・・・多少棘や毒が潜んでいるんだけど、もう慣れっこになってしまった。
あまつさえ、今回のような戦法に出られると、佐々木君に協力してやりたくなってしまうから性質が悪い。

『とーこちゃん?・・・やっぱり無理?』

有菜のお願いボイスにあたしが敵うはずない。
それに、今日顔を合わせる人の中で、わざわざあのことを言う人は居ないだろう。
例え、みんな知っていても。

「行くよ。どこに集合?」

あたしの言葉に、有菜がほっとした声で『よかったあ〜!』と呟いた。
『なんかね、とーこちゃん誘えなかったら罰ゲームとかってあったんだよ〜。セーフ!』

どんな罰ゲームを考えていたの?と後でこっそり聞いてみたい気がする。

『あ、場所はね川原だよ?花火大会だもん。とーこちゃんは直人君と来てね?』
「え?」
『多分、もう直人君が迎えに行くと思うよ。』
「え?え?」

あたしが二度も聞き返している間に、玄関先から「こんばんは」と声が響いた。直人だ。
ちょっと待って、あたしまだ着替えてもいない。

『それじゃ、向こうでね?』
「有菜?」

あたしの言葉を待たず、有菜は通話を終わらせた。
あたしの脇をすり抜けるようにして玄関に向かったお母さんが「とーこ、直人君よ」と告げる。
言われなくてもわかってる。
受話器を置いて、バックを掴んで立ち上がり、あたしはリビングから玄関へ顔を出す。
どうか、どうか、不自然に顔が歪みませんように・・・。

「ちょっと待ってて?今帰ってきたトコなの。」
「うん」

直人はあたしに柔らかな笑顔を向けて頷いた。
どきんと胸が跳ねる。
まだ・・・まだ慣れない。
直人があたしに向ける眼差しの優しさに、あたしはどうしても戸惑ってしまう。
あたしは慌てて視線を逸らし、階段を上った。

"夏の終わりにどどーん!と花火"大会の説明は、直人がしてくれるだろう。
とりあえず着替えなくちゃ。

カーテンを閉めて制服を脱ぐと、一日の疲れがまたどっと押し寄せてきた。
留学前にある文化祭でチア部は演技を披露するとかで、日に日に練習はきつくなってきていた。
一度意識してしまうと、体は急激に重くなる。
下着姿のまま、動きが止まってしまった。
部活が終わった後、シャワーを浴びたけれど。
「やっぱりお風呂に入りたかった・・・」
溜め息交じりに呟いて、なんとなく自分の体を見下ろした。
キワドイ噂が流れてるのが恥ずかしくなるくらい、情けないのに。
もう一度溜め息。
と、同時にドアがコンとノックされた。

「とーこ?」
「ひゃああああ!」

呼びかけられた声に心臓が飛び出しそうなほど驚いて、思わず両手で胸元を覆ってしゃがみこんだ。
あたしの反応に、扉の向こうは沈黙した。

「ご、ごめん、着替えてたからびっくりして」

扉が開けられたわけでもないのに、あたしったら過剰反応だ。
悲鳴なんてあげて馬鹿みたい。

「・・・メシまだなんだろ?その、着替えもゆっくりでいいから・・・。俺、外で待ってるし。焦んなくていいからな?」

直人はそう言って、もう一度「驚かせてごめん」と呟くと、階段を下りて行った。
あたしは深呼吸して立ち上がり、自分の腕の中でどきどきと激しく脈打つ胸を見下ろした。

過敏になってる。
そうわかっているのに、あたしはしばらくそのまま動けなかった。

今更、あんなこと言われたって、どうってことないハズなのに。

ドキドキがズキズキに変わるのはあっという間だった。
あたしは唇を噛みしめて、黒いTシャツに乱暴に腕を通し、ジーンズを穿いて部屋を出た。





ほんの1時間前までは静かな夜だったのに、風が吹き始めたな、と思った時にはそれは見えない悪魔に姿を変えていた。
先ほどまで囲んでいた焚き火には、直人がいち早く水をかけて消していた。
ジュッと音を立てて消えた炎は、細く白い煙を天に向かって立ち上らせ、風に大きく流されていくのが暗闇でも見えた。

「あーさすがに、これはやばいね」
「か、かえろ?有菜怖い。」
「花火なんて絶対無理だし」

こんな風の中、火がつくわけない。
いくら民家のない川原だからって、危険だ。
伸びた夏草やぽつんぽつんと寂しそうに立つ背の低い木々が大きく揺さぶられて、あたしは得体の知れない恐怖が足元から這い上がってくるような感覚にぎゅっと手を握りしめた。

それなのに、佐々木君はセットした打ち上げ花火の導火線に火を点けようと、風が吹く方向に背を向けた。
「せめてこれだけ、一個くらいはやっとかないと」
そんなことを言う佐々木君の手の中で一瞬小さな火が点り、すぐに消えた。

「やめとけって。」
「こんなことなら、もっと早く花火やっちゃえばよかったねえ〜」
「陽太が出し惜しみしてるから」

直人がため息交じりに呟くと、有菜が残念そうに花火の束を抱えあげた。
修君に背中を押されて前のめりになった佐々木君は、だけど片手をついて転ぶのを防ぐとそのまま反動をつけて勢いよく立ちあがった。
その勢いのまま、佐々木君は大きな声を上げた。

「最後にさ、どかーんとやろうって思ったんだよ!夏も終わりじゃん。」
「とりあえず、今日はやめとこ。また今度にしよう?」
「さー片付けよ。雨の匂いがする。上(上流)は降ってるかも」

まだ悔しそうな佐々木君を横目に、あたしたちはてきぱきと荷物をまとめ始めた。
関君が「いいから手伝えよ!」と佐々木君の背中を叩いている。
直人が呟いた言葉に、あたしは大きく息を吸い込んだ。
強くなっていく風に、雨の匂いが混じっている。

「うん、降りそうだね。」

しばし休めていた手を再び動かし畳んでいたシートをバックに入れながら呟くと、隣で空を見上げた有菜が首を傾げた。

「・・・?雨の匂いって、有菜わかなんないなぁ。どんな匂いなの?」

有菜があたしと直人を交互に見つめた。
あたしたちはなんとなくお互いを見て「うーん」と同時に唸った。
説明と言われると難しい。
あたしは感覚で雨の匂いを嗅ぎとっているようなもので、どんな匂い?と問われると「〜のような」、という引用が咄嗟には思い浮かばなかった。

「空気の中に感じない?雨の匂い・・・気配っていうか・・・肌に纏わりついてくる感じっていうか・・・」
「なんだろうな、"雨の匂い"はそれでしか認識してないから、他の言葉で伝えるのは難しいな。」

直人の言葉に有菜はますます疑問符を浮かべて「それって二人にしかわかんないってこと?」と呟く。
「なんだかそれってズルイ〜」
有菜はぷうっと頬を膨らませた。
関君が笑って「俺だってわかるけど?」と言うと、有菜が「ずるい!ずるい!ずるい〜!」と飛び跳ねた。
そんな姿に、直人がくすくすと笑っているのがわかる。
あたしも思わず笑ってしまう。

その時、暗闇を一瞬白く浮かび上がらせるような稲光が走り、有菜が「ひゃっ!」とあたしの腕にしがみついた。

闇夜を引き裂くような振動が空を走り、光の筋が地上に落ちる。

「カミナリ・・・」
「カミナリ怖い〜」

耳を塞ぐ有菜を抱きしめて、あたしは直人を見上げた。
有菜はカミナリが苦手だ。
そんなところも、有菜のかわいいところだと思う。

「帰ろう」
「陽太、もう行くぞ!」
「わあったよ!」

震えている有菜の肩を抱いて、あたしたちは土手に上がった。
土手からは風景が一望できる。
といっても、今は夜だし、暗く重い雲が空を覆ってきてるから、昼間見える景色はすべて暗闇だ。
それでも暗闇に慣れていたあたしたちの目は、眼下で草や稲が荒れ狂う海のように激しく波打っているのを感じていた。
微かに灯る街灯や家々の明かりが、まるで海に漂う小舟のようだった。

家々を取り囲むように木が植えられているのは、ダシの風を避ける為にあると、おばあちゃんから聞いたことがある。
このあたりでは、台風が近づく時よりも、この東の風の方が強い。

風が大地に吹き下ろすごうごうと唸るような音と、大木の枝を大きく揺すり葉や木々をしならせる音とが一緒になって大音響を轟かせる。天に向かって真っすぐ伸びていた草花や稲をなぎ倒していく。

それに呼応するように、また空が光る。
光の筋は、まるで龍が地上へ還って行く姿に見えた。
白色の中に紫が混じる。

有菜が「きゃっ」と体を強張らせ、多分無意識に、隣にいた直人の腕を掴んだ。

「イヤだ〜」

そして地下に力づくで入っていくような衝撃音が響く。
ぶるぶると空気が震える。

「大丈夫、まだ遠いよ」

宥めるように直人が言うと、有菜が「う、うん」と健気に頷いた。
佐々木君がそんな二人の間に入り込み「怖かったらぎゅって掴んでいいからね」と自分の腕を差し出した。

「とーこ?」

修君に名前を呼ばれ、あたしは自分が立ち止ってしまっていることに気がついた。

「とーこカミナリとか、怖い方じゃなかったよな?"きれ〜"って悲鳴ひとつあげないで、授業中窓の外見てた気がするんだけど・・・」
なのにどうした?って言われて、あたしは「なんでもないよ?」と歩きだした。

前を歩いていた直人が振り返って、あたしはなんとなく視線を逸らしてしまった。

「とーこには怖いものなんてないよな」
佐々木君の言葉に「それって誉めてるの?」と笑う。

怖いよ。
怖いものが、たくさんある。

だけど、あたしはそれを言葉にせずに飲み込んだ。
飲み込んだ、のに。

「!」

直人があたしの手を握った。
そして笑いながら言った。

「とーこは、カミナリは平気だけど、風の音が怖いんだよ」
「えー!?」
「風?」
「こんな感じの、東の風とか、台風とか。」

あたしの手をぎゅっと握って、直人は小さな声で耳打ちした。
「・・・でも、今は俺を怖がってる・・・?」
その声が、酷く寂しそうで、あたしは慌てて顔をあげた。

「な・・・」
「とーこちゃん風が怖いの!?」

有菜が振り向いて駆け寄る。
一瞬手を引きかけて、直人にますます強く掴まれた。

雷よりも風の音が怖いと言ったら、有菜に驚かれ、佐々木君たちには笑われた。

「雷のあの閃光とドドーン!って音に比べたら、東の風なんてたいしたことないよう!」
有菜は大きな目を見開いて。
「ここで生まれ育って、今更!」
関君には苦笑されて。
「とーこにも怖いものがあったんだ!」
って、佐々木君は指さして笑った。

再び稲妻が走る。

有菜は「怖い〜」と佐々木君にしがみついていた。そんな有菜とは対照的に、にやける佐々木君を関君と修君が小突く。
「喜んでじゃねーよ!」
そんな風にされても、佐々木君の足取りは誰より軽やかだった。


あたしたちは途中で別れて家路についた。
風が勢いを増していた。


いつもは穏やかに揺れる並木。
黒い影となる木の枝が、まるで魔物の腕のように大きく揺れている。
電線が風を切る細く長い不気味な音が、魔物の鳴き声のようだった。
いつ終わるともわからず続くその声は、断末魔とも嘆きの歌とも思えて、知らず知らずに身が竦む。

小さな頃はそれが恐ろしくて、耳を塞いでみたり両親の寝室に逃げ込んだりもした。
年を重ねるごとに、少しずつ恐怖を和らげる術を身につけていった。
こんな大風の日には、懐かしい絵本や物語を開き、BGMの代わりにすることもできるようになっていた。

今では昔ほど怖いと感じているわけではなかった。
怖いと感じているのは、あたしの心がぐしゃぐしゃになっているから。
飛ばされて引き離されて・・・二度と戻ってこれない気持ちになる。
朝になれば幾分風は弱くなる。
そうわかっているのに、あたしの心は小さな頃と変わらずに怯えている。

ぽつり、と雨が落ちてきた。
あれから黙り込んだままの直人が「走るよ」と手を引いた。
あたしは「うん」と答えて、直人の手を握り返した。

雨はすぐに、あたしたちを叩く大降りになった。







2008,10,5up





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