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星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  7








「とーこって、アクティブだよな〜」

夏休み最終日。

昼時に人ん家に上がりこみ、当たり前のようにダイニングの椅子に座り陽太が呟いた。
その大きな背中で、エアコンから出されているはずの冷気をすべてブロックしてる。

なんでだろう?
今年はやけに昼時の来客が多い気がするんだけど。

腑に落ちない顔で菜箸を握りしめていた俺とは対照的に、ばあちゃんはニコニコ笑いながら冷蔵庫から麦茶を出してコップに注いでる。
「ばあちゃん!ありがとー!」
陽太は嬉しそうに大きな手でコップを受け取って一気にそれを飲み干した。

「陽太君はまた大きくなったんじゃないのかい?」
「そうなんすよー。だからすぐに腹すいちゃうんですよね」
「だからって、昼時に来るなよ!腹空いてるんなら、部活帰りにわざわざ反対方向に来ないで、真っ直ぐ家に帰れ!」
「馬鹿じゃん!だから来たんだろ!俺ん家誰も居ねえもん。」
「いいじゃないの。どうせこれから作るんだし、陽太君の分も作ってあげたら。」
「ばあちゃん!嘘だから、陽太の家兄ちゃんの嫁さんがいるから!」
「ああそうだったねえ。赤ちゃんは大きくなったかい?」

にこにこにこにこ。
空になったグラスに再び麦茶を注ぎながら、ばあちゃんはどこまでもにこにこして言った。

「やっとハイハイできるようになりましたよ。あ〜それにしても直人の料理、久々だなあ」
「直人、ばあちゃん手伝おうか?」
「・・・いいから。ソファーに座ってなって。」
「そうだよ、ばあちゃん。直人にやらせとけばいいんだから。」
「お前が言うなよ!」

くすくすと笑いながらばあちゃんは「それじゃあ頼むよ」とソファーに移動して、脇に重ねてあるストローバスケットの蓋を開けた。
また何か編むのだろう。老眼鏡をかけてゆったりと座る。
もう指先を思うように動かせなくなったから、と、編み物を始める季節が秋から夏へと早まった。

「あーあー。夏休み終わりだよ。俺課題終ってねえのにさ〜。修はバイクの免許取りに行くって部活サボルし。去年みたいに直人の写すってのも無理だしな〜。」

陽太の夏休み最後の嘆きは毎年のこと。必ず最終日には「夏休み帳写させて〜」とやって来ていた。同じクラスになった年の小学3年はまだだったけど、その後4年からは、ずっと。
それでも、今年は学校が違って出される課題も違うだろうから、来なくなると思っていた。
こいつにとっては、恒例となってるのかもしれない。

「有菜ちゃん一日部活とか言ってたし、なんか結局全然遊べなかったな〜」

陽太は盛大に嘆くとテーブルに突っ伏した。
一番堪えてんのは、それだろう。

一人分多く(1.5人分だな)作ることになってしまったから、俺は再びパスタポットにお湯を沸かした。
とーこが2年前に誕生日プレゼントにくれたパスタポットだ。
内側にメッシュの湯きり鍋がついていて、蕎麦とかそうめんとか麺類を茹でる時には、特に重宝している。
中2の男子にキッチンツールを(しかも鍋だし)プレゼントに選んだとーこに、あの時は爆笑した。いや、確かに「あったら便利だよなー」って言ったのは俺なんだけど。


「微妙ー」って眉を顰めて受け取った。
ああ、とーこだよな、って思いながら。
胸がざわついて、何か大きな感情が競り上がってくるのをちゃんと感じてたのに、俺はそれに気付かないふりをした。
何度そんなことを繰り返しただろう?
「なんで鍋?」ってからかうように聞いた俺に、とーこはちょっと息を詰めて「・・・負担ないでしょ」と呟いた。
その言葉の意味を、重さを、今はあの時以上に感じてる。


「あっという間に夏は終わっちまった」

陽太の声に、俺は使い込まれたパスタポットから視線を逸らした。
トマトも増やさなくちゃいけないじゃないか、と毒づきながら冷蔵庫に近づく。
トマトの冷製パスタ・・・簡単なやつでいいなと思っていたのに、とんだ二度手間だ。
野菜室からとーこの家のばあちゃんからお裾わけしてもらったトマトを二つ取り出し、すでに刻んであったトマトの入ったボールを見て、嫌な予感にもう一度野菜室のトマトを数えた。

・・・・・・なんか・・・あと二人分くらい追加しておいたほうがよくないか?

頭に浮かんだ幼馴染二人の顔に、思わず眉を顰める。
今日はミニバスのコーチはない。
だから、二人が来る確率は低い。
だけど、嫌な予感がする。

結局もらったトマトを全部取り出しシンクのボールに入れて、つまみ用に残しておこうと思っていた生ハムも全部取り出した。
俺が冷蔵庫を覗き込んで思案している間、陽太は恨めしそうに俺を見上げて「腹減った〜」とぶつぶつ零している。
まったく、なんだってこんな気を使わなくちゃいけないんだよ、とぼやく俺の声にはまったく無反応だ。
俺は溜め息を吐きながら、にんにくの芽を取り除き、みじん切りしながら「それで?」と訊ねた。
陽太が入ってきていきなり発した言葉への問いだけど、きっとこいつは覚えてない。

「え?何が?」
「『とーこってアクティブだよな』」
やっぱり、と思いつつ陽太の言葉を繰り返し「それで?」と再び訊ねる。
「なんで入ってくるなり、とーこのこと?」
前振りも何もない。
「おじゃましまーすっ!」と玄関先で喚いた後、ずかずかと入り込んで来て「あー暑かった!いやあ、とーこって、アクティブだよな〜」と、どかっと椅子に座ったのだ、こいつは。
アクティブの意味、わかってんか?という突っ込みはこのさい置いておこう。


あの日、東風の吹き荒れた夜から、俺たちは顔を合わせてない。

休み明けすぐの日曜に附属大学との合同発表会があり、その後は文化祭で披露するとかで、とーこは部活漬けだったし、俺は俺で後半空いていた夏期講座に申し込んでいたから午前中はそっちに出て、午後は相変わらずミニバスの練習に参加していた。
なんだかんだと忙しくて・・・電話も・・・この距離でするのもどうなんだ?逢いに行った方が早いんじゃないか?と考えると、できなくて。

たった3日。

焦れた心は警鐘を鳴らして"早く!早く!"と急かしたてるけれど、何を早くしなくちゃいけないのかわからない。
どうしたらいい?
とーこは何を望んでる?


「とーこと会ったのか?」
「あ?ああ!そうそう!とーこ、な。そうなんだよ。俺、見ちゃったんだよねえ、昨日。」
「昨日?」

沸騰した鍋に塩を入れて、パスタ3.5人分を束にして捩じり、鍋の真ん中でさっと離した。中心からぐにゃりと曲がっていく麺を菜箸で一回転させると全部がお湯に浸かった。

「ふっふっふっ。俺ら昨日練習試合だったんだよね〜どこだと思う?」
「その話の流れだと、敬稜か。」
「うわっ、かわいいくねえ!すぐ当てんなよ!」
「ちょっと考えたらわかるだろ。それで?」
「あ、なんだよ反応うっすー!」
「可愛い子でもいたのか?女子が多いとかお前言ってたよな?」
「そうなんだよ!・・・・って、そうじゃなくて、いや、可愛い子はいっぱいいたんだけど・・・・ってそうじゃなくて!直人、とーこの部活知ってるよな?」

麺が湯きり鍋にくっつかないように何度かかき混ぜ、それから、朝刻んで冷蔵庫で冷やしておいたトマトの入ったボールを取り出して、新たに刻んだトマトとにんにく、そしてオリーブオイルと塩、黒コショウを足す。味見をして、ちょっと薄いかな、と塩をひとつまみ足し「チア、だろ?」と答える。

最初に聞いた時には驚いたけれど、なんというか、やけにしっくりきて、とーこらしい気がして笑ってしまった。
やっているところは、一度も見たことないけど。

陽太は身を乗り出し「見ちゃったんだよな〜」と口元を押さえている。なんなんだ?
「ふーん」と返すがいつまでも反応がなく、俺は陽太に視線を向ける。するとニヤリと口端を上げて、陽太は少し立ち上がり「とーこの超ミニ、初めて見た」と小声で言った。
一瞬ぴくりと反応して、再びボールを冷蔵庫に戻す手が止まってしまう。
たいした内容じゃない、けれど、陽太の表情が癪に障る。
ニヤニヤと気味が悪いくらい笑って、俺をじっと見ている。

そんな・・・超ミニくらいで動揺するか!・・・・くそっ。

話を元に戻そう。

「超ミニが、アクティブ?」

背を向けて作業を再開させると、陽太がつまらなそうに「ちっとは反応しろよな〜」と呟いている。
小さく深呼吸したことはバレてない。

反応してるけど、誰が悟らせるか!
こういう時は無関心を装うのが一番だってわかっている。
じゃないと、話が逸れてくのが経験上目に見えるから。
俺がユニフォームには反応しないとわかると、陽太はあきらめたように頬杖をついて話し出した。

「アレってさ、めちゃくちゃハードな。アクロバティックってーか、バスケなんかよりずっと危ねえよ。練習見てて、思わず口あんぐりだったぜ」

TVで観たことしかないけど、確かにハードだと思う。
一緒に観てたシンが「中国雑技団!」と叫んでた。拓に「それ違い過ぎ」って突っ込まれてたけど。

「まあさ、とーこって昔っから俺らと遊んでても先頭切ってる感じあったしな。何やってもおかしくねぇんだけど。中学入って吹奏楽やってからちょっと大人しくなったのかと思ったら、やっぱ違うな。あー受験の時とか、イギリス留学とか、なんかやることがすげえ。やっぱ、とーこだよ。」

今度こそ、動きが止まってしまった。

本当のとーこは、意外と臆病だ。
失敗を恐れたりはしないけれど、最初の一歩を踏み出す時には、誰より緊張していたりする。
意地っ張りだから、俺にだってそんな姿はあんまり見せない。
みんなの前じゃ、尚更だ。
特に、有菜の前では、いつでも前に出て安心させようとしてた。

「だいたい、なんか面白そうなことする時とか、肝試しとか、提案するのって、とーこだもんな。なんか"やってみようよ!"って好奇心いっぱいってーかさ。無茶なこともけっこうしたよな。」

陽太の笑い声が、パスタポットの中で弾ける気泡の音に重なる。

「"ほら、直人行くよ!"って、直人のこと引き連れてるって感じだったよな、小学生の頃なんてさ。姐御って感じ?」

本当は怖くても。
気がつけば傍に居て。
悲しみに埋め尽くされそうになるボクを。
いつも笑顔で引き上げてくれていた。

"楽しいこと"も"嬉しいこと"も、こんなにたくさんあるんだよ!と、体全部、心全部で伝えようとしてくれてた。
――俺に。

「ホント男みてえ。ずっとあんな感じだったよな。とーこって。・・・だから・・・つい、言い過ぎちゃうんだよな。聞かせなくていいことまで。」

ふっと途切れた言葉に、珍しく後悔の色が滲む。
「?」
首を傾げると、リビングの扉が開いた。

「あー腹空いた!とりあえずメシ!」
「今日はパスタか。」
シンと拓がずかずかと上がり込む。
「ばあちゃん、お邪魔しますー」
「してます、だろ。」
「おや。シンちゃんたーくん、いらっしゃい」
ばあちゃんの前を通り過ぎて、シンと拓は陽太の隣と向かい側の椅子に座る。

「とりあえずメシ、ってなんだよ!?」

ばあちゃんは眼鏡をずらして二人を眺めて、また嬉しそうにニコニコ笑ってる。
今日は千客万来?

「ここ、メシ屋じゃねーんだけど」
「知ってる。料理は得意なのに・・・」
「意外と不器用な直人くんの家!」
「・・・何気に、ムカつく・・・この人たち・・・」

呟きながら、人数分のパスタの入った湯きり鍋を引き上げた。

予感的中。
茹でておいてよかった。

湯気があがるパスタを見ながら、思わず自分を褒めてしまった。
湯を切る為に持ち手を掴んで軽く上下に振る。

「それで、陽太は何を"言い過ぎ"たわけ?」

拓の言葉に、俺はぐるりと体を反転させた。同時に陽太はぎくりとした表情を浮かべ固まった。
まるで型どおりのような笑顔を浮かべて目を細めている拓を見ないように、ぎこちなく俺に視線を向ける。
陽太はシンと拓がとーこを妹のように可愛がってたことを知ってる。
知ってて狼狽してるってことは、いい話じゃないってことだ。
目で助けを求められても、俺もどうしようもないんだけど。

「・・・や、あの〜・・・とーこの噂について・・・を・・・ほら、直人ととーこの・・・・」

答えにくそうに言葉を濁す陽太の声は、段々小さくなっていく。
ピキッと、空気が音をたてた気がする。
俺だけがそうしたわけじゃない。
シンと拓の表情も同じだったから。

「・・・陽太?」
「・・・噂自体はずっとあったじゃん!とーこ本人だって、中学ん時から否定してこなかったし・・・や、その、俺は俺らはそんなん嘘だって知ってたけども!高校なってからのヤツは・・・いや、有菜ちゃんのこともあったし・・・」

と言うことは、やっぱりあの噂だ。

「いくら言いやすいっつったって、言っていいことと、悪いことくらいわかんだろうよっ!」

しどろもどろになる陽太に、シンが立ち上がって手を伸ばす。
「やめろって。」
拓が苦笑しながらシンの腕を掴んだ。
「ばーちゃん、いるんだぞ?」
そう声を落として囁くと、シンはずるずると椅子に収まった。
ばあちゃんはまるで何も聞こえなかったように編み棒を動かしていたけれど、俺たちが無言になってしまうと「ああ、忘れてたよ」と立ち上がって玄関先に向かった。
郵便受けを確認に行ったんだろう。
そろそろ配達の時間だ。

ばあちゃんがリビングから離れたのを確認して、シンが焦れたように声を張り上げる。
「直人、てめー何黙ってんだよ!」

黙っていたいわけじゃない。
言葉が喉に張り付いて声が出せなかった。

とーこは知っていた?

「・・・・中学の時から?」

ようやく絞り出すようにして出た言葉。

あの話をとーこは、ずっと知ってたの?

陽太は大きな体を小さくさせながらバツが悪そうに頷いた。
「ああ。知ってた。つーか、他の奴らがからかい半分でよくとーこに言ってからな。"とーこは直人の都合のいいオンナ"って。・・・・だけど、最近のは・・・もっと性質悪ぃってぇか・・・」
陽太の言葉に胸の奥がざらついていく。

「・・・どんな・・・?」
「"都合よくやらせてくれるオンナ"」
「っ!」
「それで?」

拓の声のトーンが低くなる。怒ってる時の声だ。
「それで陽太は、そのままとーこに訊ねたの?"やらせてくれる?"って?」

陽太は慌てて両手を交差させて「まさか!違いますって!」と叫んだ。

「"今流れてる噂知ってるか?"って・・・・有菜ちゃん、直人にフラれて、大好きなとーこがそんな噂流れてて・・・そんなん聞いたら、有菜ちゃん可哀想で・・・"とーこはマジで誰とでもセックスすんのか?"って・・・」
「もう言うな・・・!」

俺の声も、知らず低くなっていた。
まるで声そのものに錘がつけられたように、重く低い唸り声のようだった。
陽太は慌てて口を噤み、すまなそうに俺を見た。
ぎゅっとシンクを握りしめ、張り倒したい衝動に耐えた。

違う。
張り倒されなくちゃいけないのは、俺だ。

「・・・それって、最近ってこと?」

何かが引っ掛かった。

「ああ。花火やろうって言った日の2日前だったと思う。・・・休み入る前に聞いたんだよ、俺も。」

だからか。
俺に誘いに行けって言ったの。

だからなんだ。
あの日、とーこの瞳の奥が揺れていたのは。
暴かれたくない想いを抱えていたからだったのか。
有菜への罪悪感の上に、そんな感情まで抱えて。

「とーこは大笑いして・・・それで"有菜が聞いたらびっくりしちゃうよね"って。さすがに、俺も馬鹿なこと聞いたなって反省した・・・」

そんな風に言われて、傷つかない女がいるんだろうか?
例え、とーこがその話を笑い飛ばしていたとしても。
それが真実じゃないこと、俺が誰より知っている。

「そんなのウソ」と笑えても、「そう思われた」という事実は確実に心に突き刺さるだろう。

「ホント、馬鹿だよな〜」
不意に肩に腕が回された。

「いいオンナってんだよ。とーこみたいのは。」
「あーでも、そこで怒鳴らなきゃ駄目だよな。とーこも。」
「あーでも、そういう性格、作り上げたのは直人だしな。」

シンと拓の声が、怒りの沸点に達していた俺の心を宥めるように紡がれる。
そして、耳元で、小さく呟かれる言葉。

「それでも、お前の傍にいたかったんだ?」
「意地っ張りもここまでくると泣ける。」
「つーか、ホントのとーこは、泣き虫だけどな?」

くすっと笑みが零れた言葉に、小さな頃のとーこの泣き顔が浮かんだ。

「・・・苛めて泣かせてたのは、シンちゃんだった。」

ぼそりと零すと「そうだっけ?」とおどけた声が返ってくる。

「とーこを悲しませることできたのは、いつだって直人だけだったけど?」

いつだって優先されてきたのは、俺の感情。

「ホントの笑顔にできるのも、お前だけだったけどな。」

肩に回された手が、励ますようにぎゅっと掴まれた。
顔をあげると、昔からかわらない悪戯っぽい笑顔。
コントロールしきれない負の感情が、和らいでいく。

目を閉じ息をゆっくりと吐いた。
その様子を見ていた悪戯な笑顔は、陽太に向けられた。
「陽太はそんなんだから、女できねーんだよ!」
言いながら、俺の肩から腕が外される。

「えーなんすか!それ!」
思わず叫んだ陽太に、拓が「難しいよな、陽太には?」と慰めるように続けた。
「先輩〜?」
「まあまあ、佐々木陽太君は中谷のことしか見えてないんだから仕方ない、と。」

結論付けたシンに、陽太が真っ赤になって「悪かった、と、思ってます」と俯いた。



ずっと、何を言われても、とーこは傍に居てくれたんだな。
・・・それなのに、俺は傷つけることばかりして。

ぎゅっと胸が鷲掴みされたように気がした。

苦しいほどに。
どうしようもなく。

とーこ
とーこ

溢れる感情が、泣きたくなるくらいに俺をいっぱいにする。

・・・多分、俺はこれから。
こうやって、何度も何度も。
とーこの俺への気持ちを知って、思い知らされて、ますますとーこへの想いを強くする。

それは確信だった。

離れられない。



「とーこにも謝れよ?」
拓が陽太の肩をポンポンと叩いて呟く。
「じゃないと、直人に一生睨まれることになるぜ?」

「・・・ホント、いい幼馴染だな」
溜め息交じりに呟けば、シンも拓もしれっとした顔で「ありがたいだろ」と笑った。
この二人には敵わない。
俺にとっても、とーこにとっても、最強で最愛の幼馴染だ。

その後、まるで何もなかったかのように「早く食わせろ!」「腹減った!」とシンと陽太は喚き立てた。
ばあちゃんがリビングを出る前と同じ空気になったところで、ダイレクトメールとハガキを持ったばあちゃんが戻った。

「そろそろお昼にしようかねぇ」
「ああ。」
にこにこと笑うばあちゃんに、俺も苦笑して冷蔵庫を開けた。
ちっとも"冷製"じゃないパスタで、とっても不本意ではあったけれど、とーこのばあちゃんが作ったトマトは味が濃くて美味しかった。
5人で食卓を囲みながら、夏休み最後はやけに賑やかなランチになった。





冷房なんてものがない駅舎は、だけど吹き抜けていく風だけで心地よさを感じられた。
電車が駅に入ってくる度、俺の心臓はどきどきと高鳴った。
馬鹿みたいに。
冷静さを装って、背中を壁から僅かに浮かせる。
そしてとーこが居ないとわかって落胆して壁にもたれる。

誰かが見ていたら手を叩いて笑うだろう。

もっと大人だったなら、こんなことで悩んだりしないのかもしれない。
噂話や焦燥感に振り回されることなんてないのかもしれない。

だけど、俺はこれが精一杯で。

そんなことを繰り返しているうちに、ただ伝えようという気持ちになっていた。

ありのまま。
今、こうしてとーこを待ちながら、想ったことすべて。

今度こそ、とーこが本当に笑えるように。

とーこ全部が、大好きだって。







2008,12,20up





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