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星空の下で、さよなら &君に繋がる空 続編




binary star ― 連星 ―  8








『夏の大三角の星の名前は?』
『こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ』
『正〜解!』
『それじゃあ、はくちょう座のデネブを含んだ五つの星は?』
『北十字星!』
『どれかわかる?』
『わかるよ。ほら、今ちょうどあたしたちの上にある。天の川のとこ。デネブ、サドル・・・デルタでしょ・・・ギェナー・・・・・・・で、アルビレオ』

白く煙る天の川に目を凝らし、あたしは一つ一つ指さしながら、十字架を描くように星を辿る。
間違いないでしょ?と隣に視線を向けると、同じように見上げていた直人もあたしを見て『あたり』と笑った。
あたしは嬉しくなって夏草の上に寝転んで、星空に視線を戻した。

『アルビレオって、二重星なんだ。』
『二重星?』
『連星だよ。銀河鉄道の夜に出てくるだろ。"北天の宝石"。』
『サファイアとトパーズってやつ?』

あたしは昨日まで読んでいた宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を思い浮かべた。
星を旅する物語り。ジョバンニとカンパネルラの、それは別れの旅路。
その中で出てくる、トパーズの周りをぐるぐる回るサファイア。
そうか、あたしてっきりサファイアはトパーズの衛星なのかと思っていたけれど、違うんだ?

『こうやって見てもわかんないけど、望遠鏡だとはっきりわかるんだ。拓ん家で見せてもらった。』
『へー。そっか、たっくんのお兄ちゃん、望遠鏡持ってるって言ってたもんね。あたしも見たいな。』
『トパーズ・・・明るい方の星が主星、サファイアは伴星ってことかな。シリウスも連星だよな。』

はくちょう座を辿っていく。だけど、今はシリウスは見えなかった。
あたしの視界いっぱいに広がる星空。

『二つの星は隣り合ってるように見えるんだけど、実はすっごく離れてる。それでもお互いに引き合ってる。共通の重心で回ってるんだ。』
『それじゃあ・・・・』
『うん?』

言いかけて、私は言葉を噤んだ。
"直人が主星で、あたしは伴星だね。"
星と違って、あたしたちはこれ以上ないくらい近くに居る。
だけど、心はあの星たちと一緒。遠く離れて・・・それでも直人という星の重力に束縛されているんだ。
周囲から見たら、まるで1つだと思われているみたいに。

『やっぱり見てみたいな。たっくんに頼んでみようかな。』

あたしが言うと、直人は手にしていたガムランボールを小さく揺らした。
そっと目を閉じて、あたしは星の音を聞いていた――。
まだ、隣で上手に笑えていた頃。
中学1年の夏。





「おかえり、とーこ。」
「直人?」

動きを止めてしまったあたしに、直人は困ったような笑顔を浮かべて近づいた。
あたしの3歩手前で、直人は立ち止った。
手を伸ばせば届く距離で。

「・・・」
「・・・」

あたしたちは互いに言葉もなく、ただじっと見つめ合っていた。
直人の表情には、何故か安堵の色が浮かんでいた。

じわりと胸に湧き上がる気持ちをそのまま受け止めて、ゆっくりと咀嚼して。
自分では答えの出せない問題をそれでもなんとか噛み砕いて。
そうして出した答えは、ありのままをぶつけるということで。
あたしがそう考えていたように、直人も同じ答えを見つけたような、そんな気がした。

言葉を探しているのかもしれない、そう思うと、あたしの中の強張っていた心がふっと和らぐ。

「待ってたの?」
思いのほか明るい声が出せた。それがあたしの背中を押す。
あたしは直人に一歩近づいた。
直人は「ああ」と呟いて、自分の声が掠れていることに驚き、咳払いをしてからあたしを見た。

「・・・待ってた。とーこのこと。」
言って、だけど真っ赤になるから、あたしはそんな直人に驚いてしまった。

見る見る内に茹でダコのようになった直人は、流石に自分でもその状態に気づいたのか片手で顔を覆って俯いた。
「ちょ、まってっっ!」
あたしと目が合うと言葉に詰まり、ついにはくるりと背中を向けてしまう。

こんな直人は・・・二度目。
有菜を好きかも、とあたしに告げた夜に見たきりだ。

「・・・顔、赤いよ?」
「っ!!」

あたしは言って、直人を覗き込む。そんなあたしの言動に直人は信じられないという顔をして、また身体を反転させた。
背を向けても、これ以上は無理だと思える程、更に赤く染まる。耳も、腕も、首筋も。
触れたらじゅっと火傷しそうなほどだ。

あたしはあの日と同じ、好奇心でムズムズしていた。
再び直人の前に回りこんで右手で顔を隠し目を閉じている直人の腕に触れようと手を伸ばす。

あの時は、後悔したの。
直人のあんな表情をみてしまったこと。
でも、今は・・・きっと。

直人の腕に、あたしはそっと触れてみた。
ピクリと、直人の腕が強張る。
それでも、もう直人は背を向けようとはしなかった。あたしは少しだけ力を籠めて腕を掴んだ。
あたしの力に逆らうことはせずに、直人は覆い隠していた手を退けた。
そして、バツが悪そうな拗ねたような眼で、あたしを見つめた。真っ赤になったまま。
どくんと、あの日と同じ、心臓が跳ねる。

「・・・俺・・・」

恥ずかしそうに一度唇を噛みしめて、それから意を決したように開かれた唇から、直人の気持ちが零れだす。
飾り気のない、まっすぐな言葉で。

「こんな・・・なるくらい・・・・とーこのこと、好きだ。」
「ひゃっ!」

直人は言いながら、あたしが直人の腕を掴んでいた右手を、自由になっていた左手で掴んだ。
直人の言葉と行動に、今度はあたしが真っ赤になってしまう。

「駅でとーこのこと待ちながら、電車入ってくる度ドキドキしてた。ソワソワして何度も中腰になったりして。もう帰ってこなかったらどうしようなんて、すっげーダサいことまで考えて。」
「なお、」
「好きすぎて、めちゃくちゃにしそうだ。」

苦しそうに吐き出す言葉に、あたしも息が苦しくなる。
経験したことのないざわめきが胸の中で生まれる。
それと同時に、ずっと抱えている痛みも。

「・・・・・・・・あたしは、ホントはすっごくズルイんだよ?直人が知らないズルイ気持ち、いっぱいあるんだ、よ」

声が震えた。
真っ直ぐに見つめる直人の瞳に、あたしの顔が映っていた。
怯えているような、懇願するような瞳が。

「狡くても、なんでも、とーこがいい。とーこは全然狡くない。」
直人ははっきり言い切って、少しだけ俯いた。
「それに・・・狡いのは俺。とーこがずっと・・・苦しかったの、知ってたのに。心の中でとーこを求めてたから、どんなつらい思いさせてても、手放せなかった。」

直人は目を閉じて、大きく息を吐くとあたしの腕をぎゅっと掴んでいた手から、力を抜いた。
すり抜けるように落ちた腕。あたしは力なく落ちた自分の腕を見つめていた。
胸が、まるで警鐘のように早く打ち付ける。

「でたらめの噂で、とーこ傷つけて・・・俺と居ると・・・とーこは・・・ツライ思いばかりして・・・だからホントは、」
「ちがっ・・・・!」

直人は、あの話を聞いたんだ。
あたしが、黙認してしまった噂を。

慌てて直人を見上げれば、思いつめた表情であたしを見ていた。
まるで「さよなら」と言おうとしているみたい――?。

イヤダ!

あたしの中で、何かが弾けた。
苦しかった正体不明の気持ちも、歪になってしまったあたしのココロも、もう関係ないくらいそれは激しく爆発した。
圧倒的な感情。
今まで全部あたしの内側に潜んでいたものが、溢れだす。

そんなのイヤ!
もう知ってしまったのに。
直人の優しい瞳が、あたしを見てくれる心地よさも、落ち着かなくなってしまう不思議な感覚も。
それなのに、さよならなんて。

「イヤ・・・」

あたしは直人の手を握ろうとした。
それより早く、直人があたしの手を掴んだ。
あたしたちは、お互いに手を伸ばして握りあった。

「もう、我慢するなんて、イヤ!」

自分が発した言葉に、あたしは自分で驚いていた。
慌てて顔を背けようとして、あたしはそのまま直人に抱きしめられていた。
「ごめん、泣かせるつもりじゃなくて・・・!」
直人に言われて、あたしは涙が頬を伝っていたことに気づく。
気がついても、あたしは涙を止めることができなかった。
そう、この夏は、涙腺が壊れてしまっているから、一度泣きだしたら止まらない。
今まで溜め込んでいた分、全部、溢れてしまう。

「・・・・っ、直人なんて、直人なんて!そうやってっ・・・・!あたしのこと、手放すのなんて、簡単っ・・・・!」
「何言ってんだよ!」
「だけど、あたし・・・っ、トパーズの周り、ぐるぐるまわって、」
「トパーズって・・・それって、」
「だけど、あたしの心はっ、は、離れられなくて、苦しくて・・・・・・好き、なのに!か、勝手に、幼馴染みに戻してしまうなっ・・・!」

もう、ぐちゃぐちゃだ。
どんなに"特別"でも、"大事"でも、終わってしまう。
泣きながら、あたしは気が付いてしまった。

あたし、自分でも「さよなら」を選んだくせに、直人からの言葉に怯えていたんだ。

「トパーズって、俺たちが連星だって言うなら、それは俺にだって言えることだよ!俺だって、とーこから離れられない!ツライ思いばっかりさせてるってわかっても、それでも、今更"幼馴染み"になんか戻れるかよ!」

あたしを抱きこんで、直人は声を荒げた。

「言っただろ!めちゃくちゃにしてしまいそうだって!とーこ、意味わかってる?」
「わかってるっ!」

わかってる。
もうすぐあたしは直人を置いてイギリスに行く。それでも、あたしは、直人の連星でいたいんだ。
我儘だ。離れてしまうくせに、あたしは我儘だ。

あたしは直人のTシャツを掴んで、精一杯背伸びした。
そして、あたしから、直人の唇を奪う。

「と・・・」
「あ、あたしだって、直人をめちゃくちゃにしたいんだから!」

息を呑む直人が、唇を押さえてまた真っ赤になった。
あたしは直人の左手を掴んで、駅舎から外に出た。
直人もあたしも、何も言わずに歩いていた。
ただ、直人の手もあたしの手も酷く汗をかいていた。
それでも、あたしたちは手を放さなかった。

夏の名残りを惜しむように、庭先で花火を楽しむ声が聞こえてくる。
あたしたちはどちらからともなく立ち止まり、その爆ぜる光を見つめた。
賑やかな楽しそうにはしゃぐ声が、風に乗って聞こえてくる。

赤や青、緑の閃光がほんのひととき光を放つ。
天上の星には、この小さな火は届かないだろう。
それでも、あたしたちの心には静かで確かな火が灯った。

直人があたしの腕をひいた。
あたしは星を見上げるように、直人を見つめた。

草はらの真ん中、あたしと直人の影はひとつに重なる。
ひとつ星のように見える、連星のように。





『わーーーー!本当にトパーズとサファイアだ!たっくん、凄い!』
『拓が凄いんじゃなくて、望遠鏡が凄いだろ?』
『受験生の俺の部屋で騒いでおいて、その言い方はないだろ?まったく、なーに妬いてんだよ、直人』
『なに?どうしたの?』
『もう見ただろ!サンキュ、拓。とーこ、帰るぞ』

たっくんがニヤニヤと笑って『はいはい』と手を振った。
『ちょっとー!もっとゆっくり見てたいのに〜!』
そう言いながら、あたしはたっくんに「ありがとう」とお礼を言って、慌てて直人を追いかけた。
直人はさっさと靴を履き「お邪魔しました」とたっくんの家を後にした。
あたしはその背中を追い掛ける。
直人はいつもの原っぱへ向かっていた。

あの時にも、あたしは直人の胸に少しはいたの?

爆発したあたしの心は、随分欲張りなことを考えてる。
多分、今夜は、それも許される気がした。







2008,2,7up





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