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君に繋がる空

  
15、雪舞う夜空 ・ 止まった時間





『直人〜、シンちゃんとたっくんが、とーこの作った雪だるまキックして壊しちゃった〜!』

頬も鼻の頭も真っ赤にして、とーこが・・・とーこちゃんが泣いてる。

雪の中に座り込んで。
雪下ろしをしたばかりで、庭先に小さなゲレンデができたから、とーこちゃんも一緒にソリ遊びをしようって迎えにきたんだけど。
よく見れば、雪だるまを作るために雪を転がした跡があって、その雪だるまの成れの果ての塊が無残に転がっている。

『・・・とーこちゃん、泣かないで。ボクがもっと大きな雪だるま作ってあげるから。』

少し離れたところに放り投げられていた手袋を拾って、とーこちゃんに渡した。
手袋はもうびしょびしょだった。
とーこちゃんはボクを見上げて『でも、あたし、もう手が冷たくて出来ない』って真っ赤な手で涙を拭った。
ボクは自分の手袋を外して、とーこちゃんの冷たい手にぐいぐいとはめた。

『とーこちゃんは、そこで見ててよ。ボクがおっきいの作ってあげるから。シンとたっくんでも壊せないくらいおっきいの!』

とーこちゃんは涙を止めて、大きく腕を広げて言ったボクを目をパチパチさせながら見つめた。
雪を抱え込むようにして大きな雪玉を作って、ボクは雪だるまを作り出す。
手袋を外したボクの手は、すぐに突き刺すような冷たさを感じたけど、両手を何度もコートに擦り合わせて大きく重くなってく雪玉を押した。

とーこちゃんの笑った顔が見たい。
とーこちゃんの泣き顔は見たくない。

まるでそれが掛け声のように、何度も心の中で繰り返して。
痛くて感覚のなくなった手をコートの袖の中に入れて、コート越しに雪を転がし続けた。


ただ、とーこちゃんに笑ってほしくて。

――とーこに笑ってほしくて。





何もかも覆い隠してしまうように降り続ける雪。
街灯の明かりの届かない場所では、雪明りだけが頼りだった。
どれくらいの時間が過ぎたんだろう。
靴もジーンズももうびしょびしょだ。

かじかむ指先に息をかけ、まるでその冷たさが呼び起こしたような記憶に苦笑した。
とーこの笑顔どころか、最後に見たのはとーこの泣き顔。
そして、その泣き顔は俺の所為。

・・・そのあと、どうしたんだっけ?

動かせなくなるくらい大きくなった胴体部分が出来上がって、とーこを呼びに行ったら、あいつ顔作ってたんだ。『待ってるの疲れちゃった』って言って。
それで、二人で転がして。
やっと出来上がった雪だるまに、ばんざーい!って大喜びして。
『あぁ!直人の手、血が出そうになってる〜!』そう叫んで、慌てて手袋を外して。
――俺の真っ赤になった手を両手で包んだ。
「ありがと!」って笑いながら。

思い出して、手をじっと見つめる。
とーこの笑顔があれば、なんでもできるような気がしてたあの頃。
ずっと見たかった笑顔を思い出して、痛みが増した。
胸の痛み。
繋がれていることが当たり前だった手。なのに、俺から離してしまった。

とーこがこの雪の中に捨てたのは・・・。

このまま雪の中に思い出ごと埋まってしまう?
今日捨てたたくさんの気持ち。
それと同じだと、とーこは言った。
俺は・・・一人ひとりの想いに応えられないから、抱え切れなくて雪に捨てた。
捨てたくせに、とーこの気持ちは拾い上げようとしてる。

それは頭で考えて答えが出るものじゃなかった。

雪の中で泣いてるとーこが見えたから。
手を伸ばし雪を掻き分けた。
「!」
リボンの端が見えた。雪に浮かび上がる淡いピンク。
「あった・・・!」
思わずその場に座り込んだ。
掬い上げるように手に持って、そのまま雪原に空を見上げて倒れた。

雪が降る。

目を閉じて、とーこが笑うのを待った。
だけど、とーこは笑ってくれなかった。
俺の胸の中で、泣いていた。

「とーこ・・・」

袋を揺らすと、中で小さな球が転がり、いつもは心を優しく包む音色が寂しそうに鳴った。
――俺は、やっと見つけたとーこの袋を開けられなかった。ただ胸に抱いて。






翌日、とーこはいつもより早く家を出た。
なんとなくそんな気がしてた。
多分、寝てない。

俺も早目に家を出た。
話をしたかった。
まだ登校するには早い時間だった。教室はシンと静まり返っていた。
俺が教室の扉を開けると、とーこの視線とぶつかった。
息を止めたのがわかる。その表情に、胸が締め付けられる。
ああ、やっぱり寝てないんだ。

「とー・・・」

名前を呼んで、一歩近づこうとした。
とーこの瞳が揺れる。

「とーこちゃん、直人君!おはよう!」
背中を叩かれて、ゆっくりと振り向く。
「今日早いね。直人」
有菜と雄介が立っていた。邪気のない笑顔で。

「お・・・はよう」
「おはよう、有菜、関君」
「とーこちゃん、昨日の宿題難しかった〜!」

ぎこちない俺と違って、とーこはいつもと変わらない笑顔で有菜を迎えた。
タイミングを失った俺は、自分の席に座る。
雄介が隣に座って、俺ととーこを交互に見て静かに息を吐いた。
「ごめんな?」と呟く雄介に「何が?」と訊ねる。雄介が答える前に、目の前に影が落ちる。
「直人君、ちょっといい?」

見上げた先には、泣き出しそうな顔をした有菜。
「どうした?」と首を傾げると「廊下、いい?」と声を潜める。
俺が立ち上がると、有菜が先に立って廊下へ出た。
ざわつきだした廊下に出て、人気のない特別教室の方まで移動した。
跳ねるようにして歩く有菜は、何もないところでよく転ぶ。今日は緊張してるようで、足元がいつもに増して覚束ない。
「きゃっ」
「有菜!」
思ったそばから転びそうになって、左腕を掴んで引き寄せた。
ふわっと甘い香りが広がる。
近づいた距離の分、有菜は真っ赤になって俺を見上げた。
腕を放すと有菜は恥ずかしそうに俯いて「ありがと」と上目遣いで呟いた。

「気をつけろよ?」
「・・・昨日」
消え入りそうな声でそう言われて、俺は昨日とーこから渡された青いリボンの包みと袋を受け取ったことを思い出した。
それまで、有菜からのプレゼントを受け取っていたことを忘れていた。
昨日バックに入れて、そのままだ。
袋の中身は・・・手袋だって言ってた。

「手袋・・・ありがと」
「ううん、有菜こそ、あの時手袋ありがと。」

そして、有菜はまた俯いて、深呼吸した。
俺もつられて息を吸い込む。掌にじっとりと汗が滲んだ。
教室の方から「おはよー」という声が響いてくる。
ざわめきが大きくなる。この空間だけが日常から切り離されような感覚。

「それで、あのね、あの・・・有菜ね・・・直人君のこと・・・」

ばっと顔をあげ縋るような顔で俺を見て。

「受験が終わったら、有菜と付き合ってください!」

告白と同時に予鈴が鳴った。
有菜は凍りついたように動かずに、俺をじっと見つめる。

「有菜、授業・・・朝学始まる・・・」
「有菜受験頑張るから、合格したら・・・それでも駄目・・・?」
「・・・有菜」
「頑張るから・・・!」

大きな瞳に涙を浮かべて、有菜は笑顔を作ろうとした。
俺は、その表情に弱い。

「・・・いいよ。」
「え!?」
「泉峯受かったら、な。」

言ってから、とーこの泣き顔も脳裏に浮かんだ。
胸がイタイ
なんで!?と、小さなボクが胸を内側から叩いた。

「ホント?」
「・・・あ、あぁ」

言葉はもう口に戻ってこない。

「・・・だから、勉強頑張るんだぞ?」
「うん!頑張る、直人くん、頑張るね!」

頭に手を乗せると、有菜がその手を握った。
俺と目が合うと、嬉しそうに笑った。
「教室戻るぞ?」そう言って振り返った。

「とーこちゃん!」

廊下の角にとーこが立っていた。
とーこは有菜の声にびくっと体を強張らせ、だけど首を傾げて微笑んだ。

「平野ちゃん来るよ?早く!」

大きな声でそう言って、手招きする。
「行こ、直人君!」
俺の手を引いて、有菜は恥ずかしそうに笑った。
「ああ」
まるで足枷がつけられたように動けない俺を有菜がぐいぐいと引っ張った。
重い足取りで教室に戻る俺の前で、とーこが「よかったね」と有菜に囁いた。


それからの1ヶ月近く。
俺がとーこと二人きりで過ごす時間はまったくなかった。
学校に居る間、とーこは今まで通りに振舞った。
昼休みにはバスケをしたり、ドッチボールをしたり。
放課後には、みんなと勉強して。
卒業前の時間、みんなと離れるのを惜しむように。

まるであのバレンタインの夜のことなんて、なかったかのように。

時間だけが過ぎてゆく。

俺と有菜が付き合っているという噂が広がった。
何人かの女子に呼び出されて、訊ねられることもあった。
仲間に冷やかされることも。

俺は否定も肯定もしなかった。


とーこが雪に捨てようとしたあの袋も、そのまま開けられずにいた。
その袋だけが、あの夜が現実の出来事なんだと突きつけていた。

俺は、思考回路を閉ざしていた。
受験のことだけ考えようと。





――だから。





試験会場にとーこが居ないことに気がついて、やっとばあちゃんの言葉は本当だったんだって実感した。

『とーこちゃんが、いつまでも一緒に居てくれるなんて思ってるんじゃないよ?』

俺の中のとーこはあれからずっと、泣いている。
どこかでまだ感じていた、とーこの掌の感触がふっと消えた。

繋がれていた手が、完全に離された。





――雪舞う夜空 ・ 止まった時間

2008,2,2up





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