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君に繋がる空

  
16、星空が見えない −1−






真新しい着慣れない制服の上着に袖を通して、何かに惹かれるようにして窓の外を見た。
窓の外は眩しい光で満ちていた。
それは新しく始まる高校生活を祝福するかのようだった。
――俺の気持ちとは裏腹に。

その光の真ん中に、とーこが現れた。
眩しそうに空を見上げ、後ろに続くおばさんに笑顔で何か話しかけている。
俺の制服とは違う制服。

あれが敬稜の制服か・・・。

思わず自分の制服を見下ろして、馬鹿みたいに、それがとーこと同じ制服でないことを再確認する自分が居た。
何してんだよ、わかってることだろ?
呆れてしまうくらい情けない行動に自嘲しながら、窓の外を見る。

春風が吹き、とーこの庭先で咲き始めた雪柳が揺れる。
とーこも雪柳に誘われるように顔を上げた。
とーこと俺の視線が、窓ガラス越しにぶつかった。
瞬間、お互いに胸に痛みが走ったように、眉を顰めた。
――本当に驚くくらい同じタイミングで。

俺は視線を逸らした。
逸らした先、ベッドサイドに目が行く。そこには銀色の小さな輝き。

ガムランボール

右手を伸ばして掴み、左手の掌に転がす。
そっと握り締め、そのままベットの端に座って目を閉じた。

あの日の、言葉に出来ない気持ちが蘇る。





* * *


「とーこは?」
試験に向かう電車の中で、雄介が俺に訊ねた。
俺はぐるりと車内を見回してた。
「先に行った・・・?」

前日の放課後「緊張して怖いよ〜!」と泣きそうな有菜に「絶対、大丈夫だから!有菜頑張ったでしょ」と笑ってた。
有菜は朝方まで眠れなかったとかで寝坊して、おじさんに会場まで車で送ってもらうと、雄介が苦笑しながら説明した。
でも、まさか、とーこも同じなんてことはないだろう?
「・・・?」

試験会場、4月から一緒に通うことになると思っていた泉峯の教室。
そこにも、今思えば当然とーこの姿はなくて。
だけどその時の俺は、とーこがそこに居ない理由なんて気がついてなくて。

何で?遅刻とか、とーこに限ってありえないし。
体調崩した?
でも、だとしたら、おばさんが俺に連絡くれるよな?

受験番号の記された席に座って、時計を見つめた。
時計の針が進むたびに、言いようのない不安が襲う。
試験開始まで、もう20分を切っている。
説明が始まるまで、10分。
思わず立ち上がって、廊下へ出た。
慌てて駆け込んでくる人影にとーこを探して、胃が引き攣れる様な感覚が強くなる。

何かあったのか?!
事故?それとも?
なんで家に迎えに行かなかったんだろう。同じ学校を受験するんだから、一緒に来ればよかったのに。

心臓が耳元で動いているような感覚。
何度も時計を見て、祈るような気持ちで廊下に立っていた。
雄介も心配そうに廊下に顔を出し「二人は?」と訊ねた。
有菜もまだ来ていなかった。

「直人君!雄介!」

ざわつく廊下で声があがり、危なっかしい様子で駆けてくる有菜の姿を見つけて、雄介が思わず「早く!」と声をかける。
「上履き、取りに戻っちゃったの。」
有菜は言って「よかったあ、間に合ったよう〜」と肩で息をした。
「受験当日までヒヤヒヤさせるなよ」
雄介はほうっと息を吐いて、じろりと軽く睨んだ。

有菜は、間に合った。
もしかして有菜と一緒かも、という俺の考えはどうやら外れたらしい。
とーこの姿はどこにも見当たらない。

事情を知らない有菜は、教室に入ろうとしない俺と雄介の表情を見て「どうかした?」と首を傾げた。
俺は首を振って「なんでもないよ」と笑う。
これ以上動揺させなくてもいいだろう。
「席について、息整えた方がいいよ。」
俺の言葉に、有菜は「うん」と神妙な顔で頷いて教室の中に入って行った。

「・・・直人、お前何にも聞いてないのか?」
「聞いてない。何してんだよ、あいつ」
「・・・何かあったのかな・・・」
雄介が腕時計を見ながら、眉を顰めた。
「やばい、もう時間だよ。直人、中入らないと・・・」
「俺、ちょっと、とーこん家電話して・・・」
「直人!」

走り出そうとした俺の腕を掴んで「落ち着けよ」と雄介が制止する。
「もう、受験始まるって」

「そろそろ教室に入りなさい」

試験官らしき先生がそう告げて、教室の中に入っていく。
俺たちはどうすることもできず、その後ろから教室の中に入った。

――!?

不意に浮かんだ考えに、俺は教室の中をぐるりと見回した。
並べられた机、俺と雄介の席以外、すべて埋まっている。

――・・・嘘だろ?

学校毎に受験生は一塊になっているから、他の教室になることはない。

『とーこちゃんが、いつまでも一緒に居てくれるなんて思ってるんじゃないよ?』
ばあちゃんの言葉が鮮明に耳元で聞こえた気がした。

「・・・これって、もしかして?」
雄介も同じことに気がついたように、口元を片手で覆った。

「とーこは・・・」
ここを受験しない?

「さあ、説明を始めます。席に着きなさい」
教壇に立つ先生の言葉に促され、俺は半ば呆然として椅子に座った。
席に着いた俺は頭を両手で抱え込んだ。
ざあっと音を立てて体中から血が抜けていく気がした。
自分でも予期せぬ喪失感。
確かに椅子に座っているのに、崩れていくような感覚。

「それでは、今日の説明を始めます。」
集中しなくちゃと思うのに、言葉が頭をすり抜けていく気がした。

・・・とーこ!?

それから後の試験内容を俺は何も覚えていない。
とにかく、今までで一番できなかったことだけは確実だった。


「とーこちゃん、どうしたんだろう?」
有菜が泣きそうな顔で呟いた。
帰り際にぽつりと零した雄介の言葉が、胸に突き刺さった。
「直人にも何も言ってないなんて・・・」

「・・・違う。俺だから、言えなかったんだ・・・」
そこまで、追い詰めてた・・・


家に戻った俺は、リビングから顔を出して心配そうに「どうだった?」と訊ねるばあちゃんに「うん」とだけ答えた。
ばあちゃんの言葉が、何度も頭の中で繰り返されていた。
ばあちゃんの顔を見ることができなくて、リビングにも寄らずまっすぐ自分の部屋へ行った。

部屋の机の上には、参考書と辞書。
それから、バレンタインの夜からずっと机の上の隅に置いたまま、リボンも解いていない袋――。
持っていたバックを椅子の上に置き、恐る恐るその袋を手にした。
リボンを解く指が震えた。
もう一ヶ月も経っているその袋の中には、手作りのチョコレート。
袋の口を下に向けると、シルバーの小さな球が掌に転がり落ちる。金属片が空を舞うような音を奏でて。

「・・・・やっぱり」

ソレが入っているとわかっていたから、開けるのが怖かった。
ずっと身近に感じていた、とーこの気配が急速に奪われていく。
約束も言葉も。

そっと、握り締めた。
いつも、とーこと一緒に俺の傍らにあったボール。
俺の寂しさや悲しみを幾つも吸い取って。
俺ととーこの約束を幾つも聞いてきた。

「・・・捨てるなよ」

呟いて指先に力を篭めた。
しっかりと握っているのに、するりと零れ落ちていく気がして、ますます力を篭めた。

零れ落ちて、見えなくなる。
だけど、それを止める術を知らない。
とーこが俺から離れていくのを。
それが、こんなにツライことだなんて思いもしなかった。

とーこが泣いている。
だけど、俺はそれを止める術を知らない。


敬稜を受験したと聞いたのは、卒業式だった。
とーこは「寂しいよ」と泣きじゃくる有菜を抱きしめて「関君も直人もいるよ」と笑った。
「それに、離れたって友達でしょ?」
そう言って、俺にも笑いかけた。
「有菜のこと、泣かせないでね」
小さく呟いて、とーこは後輩たちに呼ばれて駆けて行った。
ズキンと胸に痛みが走る。

どんな気持ちで、そう言った?
俺は、どうすればいい・・・?




* * *



「塔子、行くわよ?」
窓の外でおばさんの声が響いた。

俺は目を開け、握っていたガムランボールを制服のポケットに入れて立ち上がった。






「直人君、高校でも同じクラスだね!よろしくね」
有菜はクラス発表のボードの前で、にっこりと笑った。
雄介が「高校でも有菜のお守り役・・・ご愁傷様」と苦笑する。

「ひど〜い!有菜、ジョシコーセーらしく、ちょっとは大人になるんだから!」
「ふ〜ん。」
「まあ、いつも通りで頼むよ。張り切りすぎても困るから」
「直人君まで〜。も〜」

人でごった返すボード前から移動して、1年の教室のある3階まで階段を上った。

「雄介だけクラス離れたな。5組だっけ」
「ツマンナイな〜。・・・とーこちゃんも居ないし・・・」
「だな。直人も変な感じなんじゃない?」

雄介の問いに、俺は肩を竦めて見せる。

階段を挟み1〜4組、5〜6組と分かれていた。
俺と有菜は3組だったから、階段を上りきったところで雄介と別れた。
廊下に居る男子が、有菜を見てるのがわかる。

教室の前まで来て、先に中に入ろうとした俺は不意に上着を引かれて振り向いた。
俺の制服の裾を掴み、有菜が上目遣いで見上げていた。

「・・・直人君、バレンタインの翌日、有菜が言ったこと覚えてる?」
「・・・・・・覚えてる」

俺が答えると、有菜はますますぎゅっと裾を掴んだ。
有菜が何を聞きたいのか、わかっていた。

「約束、したよね?」
有菜、頑張ったよ?

有菜の言葉に、俺は「うん」と頷いた。

「・・・それじゃ・・・」
「・・・とりあえず、今度の日曜にどこか行こうか・・・?」

俺が言った言葉に、有菜は裾を掴んでいた手を離して突然抱きついてきた。
「わーい!やったあ!直人くん、ありがとう!」

まだ名前も知らないクラスメイトたちと、廊下に居た1年生がじろじろと見ている。俺は溜息を吐いて苦笑した。






「ただいま」
靴を脱いで、リビングに声をかける。
「ばあちゃん?居ないの?」
返事はない。

・・・お墓に行ったのか・・・。

俺はリビングの定位置で微笑む母さんに向かって歩きながら「ただいま」と声をかけた。
まだ咲き始めたばかりの雪柳が飾られて、写真の前にクッキーが供えられている。
俺は「もらうよ?」と声をかけ、一枚つまむと口の中に放り込んだ。
それは、とても懐かしい味がした。
「・・・これって」
母さんが作ってくれたクッキー?

そんな筈はないのに。
もう一枚、と口の中に運ぶ。
やっぱり母さんのクッキーに似ている。味もカタチも。

「直人、帰ったのかい?」
ばあちゃんの声が玄関から響いた。
「ああ」
俺が答えると、「あ、じゃあ、あたしこれで帰るね?おばあちゃん」と慌てたような声が聞こえた。
「せっかく来てくれたんだから、ばあちゃんと久しぶりに話しをしようよ。」

俺が顔を出すと、ばあちゃんがにこにことその腕を引いているのが見える。
「・・・とーこ」
俺の声に、とーこはびくりと体を震わせた。
だけど、ばあちゃんの目の高さに膝を折ると、覗き込むようにして話した。

「あ、のね、おばあちゃん、あたし早速宿題いっぱい出されちゃったんだ。だから、今日はもう帰るね」
「そうかい、残念だねえ・・・。でも、今日は本当にありがとうね。」
「ううん。それじゃ」

俺は何も言えず、ただ二人のやりとりを見つめてた。
玄関のドアを閉めるとーこの手は、小さく震えていた。

「とーこちゃんは、毎年忘れずに来てくれるね・・・」
ばあちゃんは母さんの遺影の前でそう言うと、瞳の端を指で拭った。
「・・・じゃあ、雪柳もこのクッキーも・・・?」
「とーこちゃんだよ。今、お墓参りにも付き合ってくれたんだ。・・・・今日は、お前の母さんの、命日だもんねえ」


『・・・・・教えてもらいたかったな。』

いつだったか、とーこはそう言った。
母さんのクッキーを教えて欲しかったって。
あれから、練習したんだろうか?

「・・・母さんのクッキーじゃん・・・」

胸に込み上げた気持ちに、涙が零れそうだった。





――16、星空が見えない −1−

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