novel top top


君に繋がる空

  
17、星空が見えない −2−





ふとした瞬間に、その姿を探している自分に気がつく。

それは授業中だったり、通学中だったり。

何気なく教科書から顔をあげた瞬間とか、休み時間に有菜が駆け寄ってきた時だとか、体育館でバスケをしてるグループを見た時だとか、いる筈のない姿を探してる。

電車から降りて、中学の前を通り過ぎる時、校舎を見上げる。

教室のベランダから「直人!」と大きな声で呼ばれる。
「待ってて!一緒に帰ろう?」
そうして後ろから駆けてきて、隣に並んで「今夜、星見ようよ」と笑う。
懐かしい幻影。

そんな毎日が当たり前なんだと思っていた。
とーこが、その時間を手放すなんて思っていなかった。
俺がその時間を特別だと感じていたように、とーこも同じように感じていると思っていたから。

"幼馴染"という関係より、特別な繋がり。
揺らぐことなんて、ないって思ってた。
だけど、そうじゃなかった。
揺るがなかったのは、とーこがそうしてくれていたから。
例え、俺の気持ちが有菜の方を向いていても、それでも傍にいようと、とーこが思っていたから。

『とーこと一緒に居るのは"あたりまえ"』
とーこに、そう言ったことがある。
その当たり前が、どれくらい自分にとって大切かなんてわからずに。
今、とーこが居ない。 大切だって気がついた時には、もうとーこは居なかった。

こんな特別な繋がりは、他の誰とも築けない。
そうわかっていたのに。

俺にとって、とーこはどの感情の下にあったんだろう。




ようやくクラスメイトの名前と顔も一致して、気が合う奴らもできた。
授業のペースもわかり、特別教室の場所も覚えた。

それでも、胸の中には埋めることの出来ない穴が開いていて、無意味にとーこを探す瞳にうんざりしたりする。
時間が止まるわけでもなんでもなく、日々の生活は続いてた。
何事もないように、時間は流れるのだと実感した。
誰も、こんな違和感を俺が持ってることなんて気がつかない。

それを言葉にしなくても気がついてくれてた存在は、ここに居ない。

「直人君、有菜部活あるからもう行くね?」
クラスではいつも傍らに有菜が居て、中学の頃と変わらなく笑っていた。
「雄介に宜しく。俺、図書館寄って帰るから。」
「うん!」
有菜は元気に頷いて、だけど何か腑に落ちないとでも言うように疑問符を浮かべたような顔をして「直人君・・・」と続けた。
「直人君、陸上部から誘われてたでしょう?やっぱり陸上しないの?」
人差し指を唇に当てて、首を傾げる。

「・・・しないよ?」
「じゃあバスケは?なんだっけ、ほら、直人君ととーこちゃんの幼馴染の・・・」
「ああ、シンのこと?佐藤慎司?」
「うん、佐藤先輩!先輩ここのバスケ部でしょ?有菜てっきり直人君高校入ったらまたバスケやるんだと思ってたのに。」

有菜がかなり厳しい判定をもらいながらも泉峯を受験した理由は、ここの吹奏楽部が県内でも屈指の名門校だということもあった。
雄介も有菜と同じ理由、それに進学校であるということで泉峯を選んでいた。
俺は特に部活をやろうと思ってここを選んだわけじゃない。
ただ、国立大への進学率がいいこと、それに家からそう遠くないことが決め手だった。
だから、陸上部からの誘いも断っていたし、どの運動部にも顔を出したりしなかった。

確かに、中学の時バスケを始めたのはシンや拓の影響だったけど・・・。

「直人君、運動神経いいのに勿体無いよ?」

俺は有菜の言葉に苦笑してカバンを掴んで椅子から立ち上がった。

「ほら、部活、始まっちゃうって。」
「・・・うん。それじゃ、またね」

一緒に教室から出て、廊下で「バイバイ」と手を振る有菜に頷いてみせた。
音楽室は北校舎だったから、教室の前で有菜と分かれ、俺は中央階段を下りた。

「直人、なんだよ、溜息なんて吐いて」

2階まで下りて来ると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
思わず「噂をすればなんとか・・・」と呟いてしまう。
2階は3年の教室だ。ちなみに3階が2年、4階が1年。

「なんだよ、俺のことなんか言ってたのかよ?」
そう言って首に腕を回してきたのは、高校になってまた背が伸びたシンだった。
シンは高校でもバスケを続けていて、俺が泉峯に合格したと聞きつけてわざわざ家まで押しかけてきた。
バスケ、続けるんだろ?って。

「さっき有菜がシンのこと話してたから」
「有菜?・・・ああ中谷か。あのコ三年でも噂になってるな『萌え〜』って。後輩だって言うと、『紹介しろ』って煩いんだよ。」
「ぶっ、なんだよ、萌え〜って・・・!その言い方、まだ使ってるの?」
「俺は『天然ちゃん』だって言ってんだけどな。」

階段を下りながら、シンの話に思わず噴出してしまう。

「あんま変なイメージ植えつけるなよ?それでなくても有菜の周りそういう奴寄ってくるし」
「今はとーこも居ないし?お前らって、なんかあのコのこと囲ってたよなあ」
「・・・そー・・・か?そうかもな。」
「でもなあ、まさか直人が『天然ちゃん』選ぶとは思ってなかったけど。」

シンはそう言って、回していた腕を解き俺のバックを掴んで奪い取った。

「な!?」
「ちょっと顔貸せよ?お前、どうせ体力有り余ってんだろ?今日一年の実力見るのに試合やるんだよ。一年の人数中途半端だから、お前参加していけ!」
「はい?」
「・・・中谷とつきあうなんて、俺としては納得いかねーんだよ。拓にも聞かれてるし、ちゃんと話聞かせてもらうからな?」
「だ、から、なんの話しなんだよ!」
「うっせ!先輩にさからうんじゃねーよ。」
「シンちゃん、横暴!」
「お前に"シンちゃん"って言われたくないよ!」

くそう。何度でも"シンちゃん"って言ってやる!

結局、俺はそのまま体育館まで連行され、何故か新入部員歓迎試合とやらに借り出されることになってしまった。
中学時代、コートで顔を合わせてた奴が大勢居て、なんとなくデジャヴュさえ感じてしまう。
ボールが弾む音は、走り出したくなる。

「はい、三上連れてきたぞ。」
「マジで連れて来た。」
「三上だ」
「川中の!?」

シンが俺のバックを高々と持ち上げて声を上げると、少しばかりざわついた。
俺が抗議の声をあげかけると、シンが「久しぶりだろ?帰りラーメンおごるからさ」と笑った。
「・・・靴もジャージもないのに」
俺の声に「貸してやろうか?」とシンの後ろから声が上がる。
ああ、あの顔もどこかで会ってる・・・。
マネージャーとおぼしき女子が「上着脱いだ方がいいよ?」と頬を赤らめて言った。
俺はもう肩を竦めて「・・・そうですね」と言うしかなかった。

渋々だったはずが、途中からマジになってた。
制服のYシャツを脱いでTシャツでプレイしてた。
久しぶりのコートの中は、部活が終わってしまってから半分忘れていたスピード感に満ちていて、つい本気になってしまった。
新入部員が8人(シンの奴、俺が来たところで中途半端に代わりないじゃんか)、2年が11人、3年が9人。
新入部員歓迎試合なんて銘打っていたけど、なんだかんだ先輩たちが新人使って楽しんでるって感じだ。
今日は顧問も来ないとかで、だから俺みたいな部外者が居ても咎める奴は居なかった。

本当に、コートの中で走り回るのは・・・楽しかった。

何度目かのゲームの後、壁に寄りかかって試合を眺めていた俺のところへ、シンが満足そうな笑みを浮かべて近づいてきた。

「やっぱ楽しいだろ?」
放られたタオルを受け取り、俺は悔しくて顔を背けて「制服!汗だくなんだけど!」とタオルで汗を拭いた。
「素直じゃないねぇ。直人君?」
くすくすと笑う声に、俺もつられて笑ってしまった。

「俺さー」
シンは俺の隣に座って、同じようにコートを眺めながら呟く。

「直人がバスケ始めたきっかけ思い出しちゃったよ」
その呟きに、俺はタオルを頭から被り「へー」と答える。

内心、心臓が止まりそうなほど驚いてた。
同じことを思い出してたから。

「直人、やっぱバスケやろうぜ?」

正直、こうして汗を流すのは心地よかったし、バスケだって楽しい。
けど。

「・・・途中で、両立できなくなるのわかる。それに、中学の時より、ずっと部活に時間とられるだろ?」
「・・・ばあちゃんのこと、心配か?」
「ああ。もともと心臓悪いからな・・・。いや、元気なんだけどさ。」

高校の部活ともなれば、練習時間も中学の比じゃなくなる。
合宿だ、遠征だとあちこち行ってて忙しいと、シンの家のおばさんが話していた。
弱小チームではない。きっちり向き合わなければ、とてもじゃないけどついていけないだろう。

「まあ、お前の気持ち、変わらないってわかってたんだけどさ。・・・あ〜すっげえ残念だ!」

シンは大きな声でそう言って、壁に寄りかかっていた背中をずるずると滑らせて床に寝そべった。

「また直人とバスケできるって思ったのにな〜。」
「優しいなぁ、シンちゃん」
「だ〜っ!とーこ以外に言われるのは気持ち悪ぃんだよ!」

その名前に思わずぴくりと体が強張った。
シンが頭から被っていたタオルを引っ張って、俺を覗き込んだ。
何かを探るような視線。

「中谷と付き合ってるって本当か?」
「・・・本当」
「だから、とーこは敬稜行ったのか?」
「・・・わかんねーよ。」
「わかんねーって・・・直人、お前っ」
「知らなかったんだよ。あいつが、ここ受けないなんて!」

シンの視線から目を逸らせずに、俺は焦れるような気持ちで言った。
言葉にしたのは初めてだった。

"知らなかった"
"気づかなかった"
"俺から離れるなんて"

ピピーッと笛がなり、コートを走っていたメンバーがスコアーを眺めてその場に倒れこんでいる。
先程頬を赤らめていたマネージャーが「ストレッチ!」と声をあげる。
「今日はこれで終わり!コート掃除は2年ね!」

「直人、聞いていいか?」
俺を見据えたまま寝転んでたシンが、起き上がりながら訊ねた。

「・・・お前、中谷のこと好きなの?」

その質問は、俺の心臓を何故か一瞬ヒヤリと冷たくした。

「・・・え?」
「恋愛感情あるの?誰にも渡したくないとか、触れさせたくないとか、そういう感情」
「そ、んなの・・・」
あるに決まってる。

そう言えない自分に驚いた。

「・・・信じらんねーよ。とーこの周りにあれだけ"俺のもの"って予防線張って。ちょっとでも・・・俺や拓が近づくと独占欲丸出しだったくせにな・・・」

立ち上がって腕を伸ばしながら、シンは思い出したようにくすっと笑った。
天井を見上げながら笑って、だけどすぐに非難の篭った声で言った。

「とーこカワイソ。直人が男排除してたのに、自分は別の女選ぶなんてさ」

ちらりと俺を見て、シンは大袈裟に肩を竦めた。

「そりゃ・・・同じ学校来て笑ってるなんて無理だよな。・・・・んなことなら、お前にエンリョするんじゃなかった。」
「・・・!シン、それ、どういう意味・・・」
「反応すんじゃねーよ。お前、『天然ちゃん』選んだんだろ?」

思わず立ち上がった俺に、シンが苦笑して「お前もストレッチやれよ」と促した。
俺はシンに伸ばそうとしてた自分の手に呆然とした。

「・・・っ」
行き場のなくなった手に舌打ちして、同じようにストレッチをした。

「俺と拓がバスケしてるの見て、『カッコイイ!教えて!』って、とーこが言ったからだろ?お前がバスケ始めたの。」

シンの声が懐かしそうに零れ落ちた。






「ホントに行かねーの?」
着替えを終えたバスケ部員が、行きつけだというラーメン屋の中に入っていくのを見送りながら「また今度奢ってよ」とシンに言った。
シンは「次なんてねーよ」と言いながらも、俺の頭をがしがしと撫でて笑った。

「また顔出せよ?いつでも歓迎するぜ?」
「・・・さんきゅ」

シンが店の中に入ったのを確かめて、俺は駅に向かって歩き出した。
歩きながら、何度もシンの言葉を思い出した。

『恋愛感情あるの?誰にも渡したくないとか、触れさせたくないとか、そういう感情』
『とーこの周りにあれだけ"俺のもの"って予防線張ってた。ちょっとでも・・・俺や拓が近づくと独占欲丸出しだったくせにな・・・』
『とーこカワイソ。直人が男排除してたのに、自分は別の女選ぶなんてさ』
『そりゃ・・・同じ学校来て笑ってるなんて無理だよな。』

電車に乗っている間、とーこの姿を探してしまう。

駅に降り立ち、どこからが空なのかわからない暗闇を見つめた。
今日は月も星も見えない。
ただ真っ暗な闇が広がっていた。
とーこの居ない夜空には、星も瞬いてくれない。



『ねえねえ、シンちゃんとたーくん、凄いね!もう少しでダンクシュートできそうだったよ!』
体育館で俺の制服を引っ張って、目を輝かせてたとーこ。
あれは、中学に入ったばかりの頃だ。
シンと拓に誘われて、バスケ部を見学した日だった。
むしゃくしゃして歩き出した俺の後ろをついてきて、二人並んで帰った。

『カッコイイね!シンちゃんとたーくん、凄い!!』
『・・・俺だって、練習すれば、あれくらい出来るよーになるよ!!』

ムキになって言い返してた。
ちょっとびっくりした顔のとーこが『うん、直人ならもっと凄いかもね!』と笑った。



あの日は・・・降ってきそうな星空が広がっていた。





――17、星空が見えない −2−

2008,2,7up





next

back

星空の下でさよなら top

novel topへ

topへ
















Copyright 2006-2009 jun. All rights reserved.