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君に繋がる空

  
19、空はずっと





にこにこと笑う有菜の前でしばし固まってしまった陽太の背中に軽く触れて、俺は有菜が右手で持っていた大きな籐のバスケットを受け取った。
昨日電話で"お弁当作ってくね"と宣言した通り、作ってきてくれたのだろう。

「今日の昼?」
「あ、うん。早起きしてお弁当作り頑張っちゃった!」
「え!有菜ちゃんお弁当作ってきたの?」
「そう。みんなに食べてもらいたいなぁ〜って。」
「俺らも食べれんの?」
「もちろん!」

バスケットをベンチの上に置くと、陽太は興味津々でバスケットを覗き込みながら「やったっっ!」とガッツポーズを作った。
「有菜ちゃんの料理ってすっげー美味いんだよね。昼が楽しみ!」
先程まで愚痴っていたのが嘘のように、陽太は上機嫌になった。鼻歌交じりでバックからボールを出すと、コートに駆け出していく。
有菜は「佐々木くんって、いっつも元気だね」と小さく笑う。
「有菜が元気にしてくれてるんだよ」と俺が肩を竦めて笑うと、きょとんとした顔をして「有菜何もしてないよー?」と首を傾げた。

「あのね、有菜、直人君の好きなもの知らなかったから、とーこちゃんに聞いたんだよ?」
一瞬、ボールを出す手が止まってしまう。
とーこに聞いた・・・?

「あ、とーこちゃんなんだけど・・・今日は敬稜のお友達とお出かけするんだって。だから来れないんだって。」

窺うように覗き込まれ、俺は「そうなんだ?」と短く答える。
正直、とーこが来れなくてほっとしていた。
会いたいと思う反面、会うのは気まずかった。
"有菜と付き合ってる"こと、とーこはどんな気持ちでいるのか、残酷なほど知りたいと思う自分も居たけれど。

「話し相手のとーこが居ないと、有菜"ツマンナイ〜"かもな?」
有菜の真似をして言うと「つまんなくないもん」と頬を膨らませる。

「雄介も来れないって言ってたし。」
「うん、今日は家族で出かけるって」
「朝、車で出かけて行ったよ」と有菜は言って、膨らませた頬を元に戻し「2人来なくて寂しい?」と首を傾げた。
「まさか」と笑う俺に、有菜はどこかほっとしたように笑った。
「とーこちゃんからね、直人君おにぎりの中身、好きなの《たらこ》だって聞いて。冷蔵庫慌てて覗いちゃった。」
知らなかったなー有菜、と呟きながら、胸の前で両手を合わせて唇にその細くて小さな指をあてた。
「あ、でも、直人君好き嫌いないって言ってた。ホント??」
そんな有菜に思わずくすっと笑って、二つに結わえられた頭をぽんぽんと撫でた。
「大変だったろ?せっかくの休みだったのに。ありがとうな。俺も昼楽しみだよ」

ベンチで見てて?
そう言うと、有菜は「えへへ」と頬を染めウンと笑顔で頷いた。

――また胸がちくりと痛む。

体全部で嬉しいと表現する有菜が可愛いと思う。

『・・・お前、中谷のこと好きなの?』

シンの言葉が突き刺さってる。
その前から漠然と抱いていた想いが、有菜の笑顔の前で確信に変わる。
可愛い、守りたい、だけど。

『恋愛感情あるの?誰にも渡したくないとか、触れさせたくないとか、そういう感情』

シンの声は抜けない棘のようにじくじくと胸に留まったままだった。





先輩たちを待つ間、俺と修と陽太は3人でシューティング練習をした。
2−1でプレスをかけたりしてるうちにマジになって、陽太相手にフェイドアウェイショット(*やや後方にジャンプして、ブロックショットを避けながら打つシュート)を決めたりした。
しばらくしそうして遊んでるうちに、喜多嶋や程田が来て有菜の周りに集まっていた。
みんな卒業以来久しぶりに会えて喜んでいるのがわかる。有菜も「元気だった?」と楽しそうに笑っていた。
俺はなんとなくそんなみんなの様子を視界に捉えながら、レイアップシュートを打つ。

「あいつら、有菜ちゃんに近づきすぎてるっ!」
陽太がボールを叩き落して、ちらりと有菜のほうを見た。
「有菜はアイドルだったからなあ」
修がボールを拾って、陽太の態度に苦笑する。「ほんと、わかりやすい奴だなお前」って言いながら。

「直人、中谷と付き合いだしたってマジだったんだな〜」
急に背後から羽交い絞めにされて、俺は驚いてその人物を確かめようと頭を捩る。
「くそー、中谷来てるよ〜うわーっ直人、ムカつく!」
「有菜ちゃん可愛いよなあ〜」

俺を羽交い絞めしてたのは一年上の笹先輩、身動きできない俺にぐりぐりと拳を押し付けたのはなっち先輩だった。「制裁だ〜!」と髪をぐしゃぐしゃにされた。
「な?俺の言ったとーりだろ?」
苦虫を噛み潰したみたいな顔をした山先輩が近づいてきて、わき腹をくすぐる。
山先輩は泉峯だ。

「なっん、なんですかっ!うわっ!」

3人に揉みくちゃにされて、俺はなんとか抜け出そうともがいた。
本気でやってるわけじゃないからすぐに腕は外れて自由になった。
陽太が大きくジャンプして、修からのボールをリングに叩き込みダンクを決める。

「うわーーーー!佐々木くん凄い〜!」

有菜が大きな目をぱちくりさせて、両手を叩きながら立ち上がった。
仲間たちも「すげえ」と興奮気味に呟く。
「うわ〜ダンクだよっ、陽太ついにできるよーになったんだな!」
「またでかくなってるし」
シンと拓がフェンスの向こうから口笛を吹いて現れた。

「遅いよ!」
俺が言うと二人は「時計止まってたんだよ」と声を揃えて笑う。
こんなところは昔から変わらない。
正反対の性格なのに、言動が被るから不思議だ。

二人は有菜をちらりと見て「こんにちは」と笑顔で挨拶をしたものの、他の奴らと違って傍に行くでもなく「やりたくなったら飛び入り参加OKだから」と声をかけてコートに入った。
「とーこなら、言われなくても参加してきそうだな」
シンは俺の隣でそう言って笑った。





初めは10人だったメンバーも、どこから聞きつけたのか後輩や高校の奴らも入れ替わり立ち代りやってきて、太陽が真上にくるまでコートを走り回った。
2度目の試合の後、有菜がボールを持ってフリースローに挑戦した。
中学の時はいつも指痛めないように気をつけていたから、リングまでボールが届くはずもなく、何度挑戦しても弧を描くところまでいかなかった。
フリースローの得意な修にコツを教えてもらっているけど、多分ボールが届くことはないような気がする。
そんな様子を見ていた俺に、笹先輩となっち先輩が「やっぱ来ないんだ?」と訊ねた。

「誰が?」
訊ねた俺に「羽鳥。羽鳥とーこだよ」と笹先輩は目を細めた。
なっち先輩が肩を組んできた。
なんとなく、嫌な空気を感じて俺は身構えてしまう。
「直人の本命は中谷だったんだな〜。やっぱりっていうか、ちゃっかりっていうか。」

別に悪い人たちじゃないって知ってる。
だけどその言い方はとても下卑たニュアンスを含んでいて、俺は肩に回された腕をなんとなく振り払った。

「やっぱりとか、ちゃっかりって何のこと?」
「直人ってさー鬼畜だよな。」
「まさか散々楽しんで"バイバイ"しちゃうなんてなあ。」

俺は何のことかわからずに「は?」と間抜けな声を上げてしまう。
先輩たちは「しー!」と体を小さくしてジェスチャーして、まるで有菜に聞かせるのは避けたいように小声で言った。

「だから、羽鳥とお前ってできてたんだろ?幼馴染ってたって、所詮オトコとオンナだよなあ。」
「でも、有菜を選んだ時点でスパッと切ったんだろ?」
「賢明だよな。彼女にするなら、やっぱ中谷みたいなコがいいよな」
「なんのこと・・・だよ?」

なんのこと?
そう聞きながら、先輩たちが何について言っているのかなんて、思うより早く理解してた。
オトコばっかの部活で、下ネタなんてよくあることで。
こんな話題だってしょっちゅう聞いてきた。
だけど。

「なあ、羽鳥って今フリーなんだろ?俺のことも頼んでくれよ。」
「有菜ちゃん居るんだから、もういいんだろ?」
「直人がずっと手離さなかったくらいだからな、よっぽどイイんだろ?」
「俺らにもまわしてくれよ!」

耳打ちされた言葉に、何かがブチ切れる音がした。
それは先輩たちへの憤り、自分への怒り。

「何の話、だよ・・・!」
「何って・・・都合のいい幼馴染がいていいよなあって・・・」
「っ!」

気がつけば、なっち先輩の胸倉を掴んでいた。
視線が集まったこと肌では感じてた。
でも、掴みあげる手からは力が抜けない。

「な、なんだよっ、マジになんなよっ」
「じょーだん!直人、冗談だろ!?」

そう冗談だ。
オトコばっかの部活なんて、話題なんて限られてる。
バスケのこと、学校のこと、オンナの事。
半分本気、半分冗談。
笑って「俺だって冗談ですよ」って言えば終わることだ。
だけど、だけど。

「ほら、直人、やめろって。お前らもあんまからかうなよ。今日はオンナノコも居るんだし。」
拓が俺の腕を押さえつけるようにして、なっち先輩との間に割り込んできた。
「中谷がびっくりしてるだろ?」
シンの言葉に、はっとして有菜を見た。
大きな目を不安そうに見開いて、ボールを抱えてこちらを見ている。
「・・・大丈夫だよ。聞こえてないって。」
囁くように言って「ったく、ふざけてるうちに本気になるなんて、シャレになんねーだろ?」と俺と先輩たちとを順番に見た。

「んなこと言ってるから、彼女に振られんダヨ。笹は。」
笑いながら拓が言うと「それ、なんで知ってるんですかっ!」と笹先輩が真っ赤になって言い返す。
場の空気が変わり「商業の情報網は凄いんだぞ?オンナの噂話って広がるんだぜ?」知らなかった?とにっこり笑う拓が、なっち先輩の顔を見て意味深に笑った。
「わ、俺のことはいいですからっ・・・!」
そう言って青ざめて両手を振るなっち先輩に、みんなも笑った。
有菜も少しほっとして肩の力が抜けたのがわかる。

「・・・とーこと俺は、そんなんじゃないから・・・」

俺は吐き出すように言って、立ち上がった。
「お、おう、悪かったな」
「言い過ぎたみてーだな。」
先輩はそう言って表情を固くしながらも笑顔を作った。

「そろそろ昼にするか?ちょっと飲み物買いに行って来る。直人、手伝えよ」
シンに促されて、俺は歩き出した。
「直人君・・・?」
有菜が心配そうに俺のところまで駆けて来て、覗き込んできた。
「有菜、何飲む?買ってくるよ?」
不安そうな瞳に笑いかけると、少し考えて「カルピス・・・かな」と答えた。まだ探るような視線を向けていたけど、俺は「OK」と有菜の頭を撫でた。
「弁当、用意しておいて。」
「うん!」
俺の言葉にぱあっと笑顔になる。そして籐のバスケットの置いてあるベンチに向かって駆け出した。
「転ぶなよ!」といつものように言った俺に、シンが「過保護〜」と呟いた。
並んで歩きながら苦笑する。

「ほんとだな。これじゃあまるで・・・」

妹を心配する兄貴みたいだ。

そう思った瞬間、何かが目の前で弾けた。

言葉にしなかったけれど、それはシンにも伝わったようで。シンはげんこつを俺の頭に落とし「気づくのがおっせーんだよ!!」と唸るように言った。

そういうことなのか、と愕然とした。
大切で、守ってあげたいと思う、愛しいと思う。笑顔で居て欲しいとも。
それじゃあ、とーこは?

「・・・さっきの、アレ、俺たちってそんな風に見られてたのか?とーこが俺の・・・」

先程の先輩たちの言葉を思い出して、立ち止まってしまった。

『まさか散々楽しんで"バイバイ"しちゃうなんてなあ。』
『だから、羽鳥とお前ってできてたんだろ?幼馴染ってたって、所詮オトコとオンナだよなあ。』
『でも、有菜を選んだ時点でスパッと切ったんだろ?』
『賢明だよな。彼女にするなら、やっぱ中谷みたいなコがいいよな』

心臓が冷たい手でぎゅっと締め付けられたような感覚。
足元が崩れる。
ああ、入試の日のようだ。

シンは大きく息を吸い込むと「・・・"都合のいい幼馴染がいていいな"・・・」と呟いた。
反射的にシンに視線を向けると、シンは厳しい表情で俺を見ていた。

「・・・みんながみんな、お前たちのことそう思ってる訳じゃないさ。少なくとも、ずっと傍に居て、お前たちのこと知ってる人間は、そんなこと思わないさ。でもな、そういう噂はヤローたちの間では有名なんだぜ?・・・お前ととーこが違う高校になってからは、特にな。」

知らなかった。

「とーこは知ってる・・・?」

恐怖に似た震えが指先から沸き起こる。
それは体中に広がって、後悔や罪悪感と一緒になる。
体中が凍りつきそうになる。

「いや、知らないだろ。今まで、良くも悪くもお前の"オンナ"って周囲は認識してたわけだし、とーこに直接そんなこと言う奴今まで居なかったみたいだけど・・・お前が中谷と付き合いだしたってことで、これからはわかんねー・・・」
「・・・・」
「それに、お前が振ったオンナの中には有菜ととーこのことよく思ってない奴もいるだろ?拓はその辺から聞いたらしいけどな・・・」

ぎゅううっと、また胸が締め付けられる。

とーこがそんな風に思われていたことも知らなかった。
・・・そんな関係に思わせてしまったのは、俺の所為。
俺がしてきたことは、とーこを傷つけるようなことばかりで。

ただ、俺の傍にいたいと思っていたとーこ。
俺はその気持ちを知っていて答えなかった。
答えないことが、ずっとそのままの関係でいれると馬鹿みたいに信じて。
本当は、とっくに綻びてたんだ。
傍にいることで、"都合のいいオンナ"だと思われていたなんて。

「・・・・直人、もう一回、聞いていいか?」

見上げた俺に、シンはなんとも言えない微笑を浮かべて静かに言った。

「・・・お前、中谷のこと好きなの?恋愛感情か?誰にも渡したくないとか、触れさせたくないとか、そういう感情なのか?・・・本当にそう想う相手、お前のココには他に居ないのか?」

トンと胸を押され、俺はぎゅっとTシャツの胸の辺りを掴んで目を閉じた。

「心配すんな、お前が酷い奴だって知ってるから」

その言葉にはだけど優しさが満ちていて、喉の奥に詰まったままだった俺の言葉を内側から押し出した。

「・・・とーこが好きだ。」

言って、目頭が熱くなった。
初めから特別だったのに、なんで俺は気がつかなかったんだ。

「直人は甘えてんだよ。とーこの計り知れない想いに・・・。」

馬鹿だな、と笑ってシンは頭を撫でた。
どうしようもない情けなさが襲う。
とーこをどれほど傷つけてしまったのか、俺はちゃんとわかっていないだろう。
有菜も傷つけてしまう。

「・・・・・遅すぎ」
吐き気すら感じる自己嫌悪。
呟いた俺に「気づかないよりいいだろ」と苦笑される。
「苦しめよ。どうしても失いたくないなら。」

失いたくない。

傷つけたのは俺、凍りつかせたのは俺。
氷の壁を作ったのも。
手を伸ばしても、痛みだけが増す。

その痛みも全部。

誰にも渡したくない、触れさせたくない。

好きと言う気持ちが、どれほどの苦しみを伴うのか、俺はようやく知った。
もう許されないかもしれない、傍らにいることも。
俺がしてきたことの仕打ちを思えば。
それでも、氷の中で泣いているとーこが俺を求めているなら。


陽だまりのような温かさで、とーこを包みたいと願った。
いや、とーこの笑顔に包まれたかった。





――19、空はずっと

2008,2,12up





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