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君に繋がる空

  
20、星空に沈む





■ ■ ■



「こんばんは」
おんなのこはおとこのこのすがたをみつけると かけよりました。
おとこのは もりからとびだしてきたおんなのこをみて とてもおどろきました。
まるで もりのようせいが ベルのおとに よびだされたかのようだったからです。

「きみはどこからきたの?」
「やまを2つみずうみを1つこえた とおいくにから」
「たったひとりで?さみしくはないの?」

おとこのこがたずねると おんなのこは「さみしかったわ」とうなずきました。
「だけど あなたとであえたから もうさみしくはないの」
「ぼくと?」
「そう。ずっと あなたのベルのおとをたよりに あるいてきたから。それに―」

おんなのこは おとこのこのとなりにすわると まっくらなよぞらをゆびさしました。

「ここは ほしがみえるから」
「え?」




■ ■ ■



草原に寝転んで、星を見る。
新しい木々の葉や草の匂いを含んだ風が山から下りてきて、草を揺らした。

指先に、とーこの髪の感触が残っている。
その感触の残る指で、ガムランボールを握り締める。

星を見ながら思い出した物語。
小さな頃は絵本の中に出てくる"シアワセのほし"をとーこと探しに行くなんて言ってた。
とーこと一緒なら、なんでもできるような気がしてた。

無数に散らばる光の粒に、そのまま吸い込まれてしまいそうになる。
小さな頃は自分が居るこの場所が、この星空の一部だということが不思議だった。
星が瞬く夜空をキレイだと思いながら、いつ星たちの重さに空が落ちてくるかと不安になったりして。


『ねえねえ、この中のどれがあたしのシアワセの星なのかなあ?あの一番大きいのかな!?』
『・・・・・・こんないっぱい星があるから、お空は重くなって星を落としちゃうのかな?』

押しつぶされそうな光の粒に、呟いた言葉。
とーこは驚いたように俺を見てけらけらと笑った。

『じゃあ、流れ星って、いっちばん重くなった星ってことだね!』

思い出して、くすっと笑ってしまう。
どれだけの星を一緒に見てきたんだろう?
思い出すだけで胸が温かくなるのは、とーこと居たから。
泣きたくなるくらい切なくなるのは、それがかけがえのないものだから。

繋がれていた手は、今はない。
冷たい指先。ぎゅっと握り締める。

いっそ、この空が堕ちてくればいい。
とーこの手を離してしまった。
傷つけた。

――有菜も。

このまま、この星空が堕ちてきて・・・・押し潰されて砕けてしまえばいい。
罪悪感で身動きがとれない今なら、それは容易いことのように思えた。

一番重い星が、自分めがけて落ちてきても・・・それがとーこのシアワセの星なら・・・怖くはないのに。





有菜に「ごめん」と告げると、大きな瞳から涙が零れた。
目を逸らさず、じっと見つめたまま唇を噛み締めていた。
「どうしても?」と小さな声で問われ「どうしても」と答えた。
瞬間、泣き崩れてしまった有菜に手を差し伸べそうになって、ぎゅっと手を握った。
とーこの言葉が何度も頭の中で繰り返される。

"有菜のこと、泣かせないでね"

ごめんな、とーこ。
お前の言葉、守れない。

「もう、有菜と付き合えない。・・・自分が本当に誰を好きなのか、やっとわかったんだ・・・」
「・・・・気が ついちゃった・・・んだ・・・!?」
「有菜?」
「とーこちゃ・・・でしょ!?」
「・・・」
「やだ・・・よ、有菜っ 直人君の こと・・・・まだ、まだっ 大好きだもん」
「・・・有菜」
「有菜のこ と・・・嫌いになっちゃったの・・・?」

そんなことない。今だって、有菜のこと大事に思ってる。いつものように笑っていてほしい。

「嫌いなわけない。大切だよ。・・・・だけど、その大切さを・・・・好きという気持ちと混同してたんだ。」

有菜の笑顔は・・・母さんに似ていた。
記憶の中の柔らかな笑顔といつも重なって、守らなくちゃという気持ちが増していった。
しゃくりあげる有菜に「ごめん」と頭を下げた。
それ以外に何もしてあげることができなかった。

「・・・なお と くん・・・、と ・・・こちゃ と・・・?」
しゃくりあげながら呟いた言葉に、首を振る。
「とーこは・・・」
「それじゃ・・・・!私が立ち直るまで、も・・・少し、もう少しだけ、今までと同じ・・・・変わらず傍に居て・・・」

伸ばされた右手が、制服の裾を掴んだ。
「お願い」と俯き、涙が落ちていくのが見えた。

「ちゃんと 笑えるまで・・・今までみたいに、傍に居ていいでしょう?」
「それで有菜の気が済むなら・・・」
「誰にも言わないで?とーこちゃ・・・や、ゆーすけにも。有菜が、自分でちゃんと ・・・今すぐは無理でも・・・言うから。」

それくらいしか、俺がしてやれることはないから「わかった」と頷いた。
そんなことで許されないと思ったから・・・。





* * *




翌日からの有菜は、いつも以上にはしゃいだり元気に装っていた。
俺と目が合うと微かに瞳が揺らぐ。それが痛々しくて、苦しかった。
「今日、一緒に帰ってくれる?パート練習早く終わりそうだから」
有菜の作り笑いに「了解」と笑い返した。
クラスメイトが「見せ付けんなよ」と囃したてた。
CDショップに立ち寄り、取り寄せていた楽譜とCDを買った有菜は、駅につくと緊張の糸が切れたように泣き出した。
その涙が落ち着くまで公園で過ごし、涙がひいてから家まで送った。
駅の前を通りかかった時、待合室から笑い声が聞こえた。
楽しそうな話し声が漏れてくる。

駅の待合室は、夕方になると無人だった。
だから俺もとーこと塾の帰りによくあそこで話をした。
雨風が凌げて、ベンチもある。
何より古いその建物は、何故かとても落ち着くスペースだった。

「そろそろ帰んないとマズイよな。とーこ。」

その言葉に、思わず立ち止まる。
雄介と

「そーだね、明日も早いし。」

とーこだった。

振り返った先で、二人がベンチから立ち上がるのが見えた。
「・・・!」
心臓が急に強く胸を叩いた。
俺は足早にその場を通り過ぎ、駅から離れた。

とーこに会いたかった。
会えないと思いながら、会いたいと願っていた。
混乱する自分にイライラして中学の校舎の影で立ち止まり、フェンスを強く掴んだ。
氷の壁はまた厚くなっている。
もう心まで凍ってしまう。

フェンスに寄りかかって目を閉じる。
雄介と何を話していたんだろう?
どうしようもなく、溢れてくる独占欲。
あの場所は、俺だけの場所だったのに・・・。
離れていたから、チョコを捨てたあの日から全てが凍りついて止まったままのような気がしてた。
とーこの感情も感覚も。
・・・そんなはずないんだ。
離れて見えない間、俺が有菜と付き合ったように、とーこにも時間が流れていたんだ。
当たり前のことなのに、そんなことに今気づかされる。

その時間の中に、俺の居場所がなくなっていくのを感じて恐ろしくなる。
そんな瞬間がくることなんて、今まで考えたことがなかった。
いつだって、とーこの中で俺は一番の存在だったはずだ。
時間も想いも、一番共有してた。

立ち去らなくちゃと思うのに、足が動かない。
会わなかったんじゃない、会えなかったんでもない。
とーこが、俺と会いたくなかったんだ。
俺の存在を消したくなるほど、傍に居たくないほど。

雄介と一緒に居るとーこを見ただけで、心の中が荒れ狂う。
忘れさせてなんてやらない。
忘れないで。
ぐちゃぐちゃの思考。
なんてガキなんだろう。

・・・・!

やっと、とーこが好きだって気づいた。だから、締め出してしまわないで。


目の前を自転車が通り過ぎた。
「・・・とーこ!」
躊躇う間もなく、呼び止めた。
振り向いた顔が驚きで固まった。

有菜を泣かせたばかりなのに。

冷静な自分が嘲るように笑っている。

フェンスから体を起こしてとーこに近づく。
「こんなとこで何してんの?」
とーこの声が、不安で揺れる。
俺は訊ねる声に答えず、カバンを自転車のかごに突っ込むように入れた。
そのまま自転車で走り出してしまわないように、とーこを押しのけるようにしてハンドルを掴んだ。
「乗れよ。」
「・・・いいよ、あたしんちの前においといてくれれば。」
そう言って歩き出したとーこが唇を噛み締めるのを見て、喧嘩した後にいつもそんな顔をしていたことを思い出した。
それは、俺との間に築いた壁をより強固にしようとしているんだとわかる。

「!」

だけど、それは絶望ではなく希望に変わる。

必死に壁を築こうとしている、それは融け出してしまうから。
とーこの氷の壁は俺と一緒に居ると融けだしてしまう。
今までそうだったように、こんな風に近くに居るととーこの気持ちが流れ込んでくる。
そんな関係が特別じゃなくてなんなんだろう?

「意地っ張り」

優しくできない自分に自己嫌悪を抱く。
愛しいと想う気持ちが溢れる。
散々酷いことをしているのに、少しでも一緒に居たいと願ってしまう。
有菜を傷つけても。

「一緒に帰ろう」
「・・・どうしたの?有菜と喧嘩でもしたの?」
「・・・喧嘩なんかしないよ。」

溜息が零れる。
有菜を傷つけたんだよ、今更、自分の気持ちに気がついて。

「じゃあなに?」
「いいから、歩くよ」

もうずっと、とーこと同じ時間を過ごしていなかった。
こんなに長く言葉も交わさず離れているのは初めてだった。
ドキドキと心臓がうるさいくらいに速い。
ああ俺もばあちゃんと同じ心臓悪いのかもしれない、そんな考えが浮かぶほど胸が苦しくなった。
こんな気持ちに今まで気づかないでいたことが信じられない。
ただ並んで歩くことが、こんなに嬉しい。

だけど相反した悲しみも襲う。
取り戻せない時間、とーこが離れてしまったという現実。
自分の中に、こんな荒れ狂う感情があったことさえ知らなかった。
ぎくしゃくした会話。
聞きたいことも聞けない。

何故離れてしまったのか。
雄介とは、こんな風に何度も会っていたのか・・・?

同じ道を歩いていても、心は分け隔てられているのを感じた。
氷が融け出しても、心に触れることはできない。
ジリっと胸が焦げ付く。

玄関の前で背を向けたまま立ち止まるとーこに、思わず手を伸ばした。
掴みたいのはその手だったけれど、髪に触れるのがやっとだった。
こんなに苦しいなんて。
髪に触れて、言葉にすることができない気持ちに支配される。

ごめんな。
いっそ、俺が離れてしまえば、とーこはもっとラクになれるのに。
有菜のことで、傷ついたりしないのに。

離してやれなくてごめん。

だって、ほら、やっと星が見える。

見上げた夜空に、星が戻る。
闇夜だった空が、瞬きだす。


ガムランボールを星にかざす。

星空が堕ちて来ないなら・・・。

蘇る幼い頃の記憶に埋もれて、このまま星の海に沈んでしまえばいい。



■ ■ ■



おとこのこは めをみひらいておどろきました。
そらにはたくさんのほしが かがやきだしていたのです。
いままで まっくらやみでしかなかったよぞらに ふってきそうなたくさんのほしたちが ちかちかとまたたいています。
おとこのこは くびがいたくなるほどそらをみあげ「このなかに シアワセのほしがあるんだ」とつぶやきました。

「このよぞらに にじ をかけることができたら シアワセのほしをみつけられるのに」 「きっと みつけられるわ」

おんなのこは ほしをみつめながらいいました。

「ふたりでさがせば きっとみつかる」
「・・・きみと?」
「そうよ。ひとりより ふたりのほうが ずっとたのしいもの」

おんなのこがさしだした て を おとこのこはじっとみつめました。
それはちいさくてまっしろな て でした。
ひとりぼっちだった おとこのこは おんなのことてをつなぎ たちあがりました。

おとこのことおんなのこは ほしぞらのしたをあるきだしました。
あるいているうちに おとこのこはさみしくてつめたかったきもちが すこしずつ あたたかくなっていくのを かんじていました。




■ ■ ■








――20、星空に沈む

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