novel top top


君に繋がる空

  
22、夜空に還す星 −1−





「なんだ、直人。お前、けーたい買うの?」
大音響でCMソングが流れる大型電気店。その携帯売り場で見本を手にしてた俺は、背後からの声に「うん」と頷いた。
振り返らなくても、声と俺の肩に腕を載せる仕草で誰かわかっていたからだ。

「あーこっちの携帯会社とココって、どっちがいい?新機種はめちゃくちゃ高いし、機能も似たり寄ったり。料金内容とかサービスとか、ホントのとこどう?どれ選んでも実はあんまり変わらない?」
「俺は店員じゃないっての!」
「え?だって、拓持ってるだろう、電波とかどう?」
ディスプレイされてる棚の上に貼られている各携帯会社の煽り文を指差して言う。
拓は「せめて振り返れよ!」と言いながらも「俺のはさ・・・」と自分の携帯を取り出した。


6月の半ば、ばあちゃんが倒れた。
もともとあまり心臓がよくなくて・・・軽い発作を起こした。
俺も父さんも家に居た時だったから、大事には至らなかったし、すぐに病院に運べたから大騒ぎにならなかった。普段穏やかで静かな場所だから、救急車がサイレンを鳴らして来ようものなら、ちょっとした騒ぎになってしまう。
・・・もう10年近く経った今でも、家に何度も救急車が来るのを見てたご近所さん――特にとーこの家は、驚くだろう。
3日ほど様子を見るために入院したものの、今はいつもの元気なばあちゃんに戻っている。
そんなことがあって、父さんも出張でよく家を空けるから、すぐに連絡がとれるように俺も携帯を持っておこうと思ったんだ。

日中は、とーこん家のばあちゃんが気に掛けてくれているけれど、いざという時に必ず連絡がつくようにしておきたかった。


「こっちの方がな〜安いんだよ。断然。でもな・・・・電波の状態がイマイチなんだよ。兄貴がココつかってるから、俺もそうしたんだけど」
「・・・街中はどれも変わらない?」
「問題は俺たちの住んでるとこだよ」
「なるほど・・・」

いつの間にか俺の隣に並び、一緒になってあれこれ確認する拓に視線を向ける。
左手に教習所のロゴが入ったファイルを持っている。

「・・・拓、車の免許取るの?」
「取るよ。じきに18だし。今日から路上だったんだぜ?誕生日一ヶ月前から通えるから。」
「それは知ってる。受験は?」
「だから、それに打ち込む前に取っちゃおうかと思って。」
「余裕だな。もうすぐ期末も始まるってのに」
「期末前に携帯売り場うろうろしてる奴に言われたくないね」

拓はそう言って俺を小突き「それに、足ないと不便だしな」と付け加えた。
田舎じゃ一家に1台ではなく、子どもと年寄りを除いて、一人1台自家用車を持ってるのがほとんどだから、拓の言葉に素直に「そうだよな」と頷いた。俺が車持ってたら、いざと云うとき、すぐにばあちゃんを医者に連れていける。

「免許取ったら、河川敷のコート行こうぜ。大学の先輩達が練習してるんだ。日曜とかさ。受験の息抜き、付き合えよ。」
「拓、本当にバスケ好きなんだな」
「直人だって、なんだかんだバスケは好きなんだろ?」
「まあな。」
「頼みたいこともあるんだけど、まあ、これはまだ先でいいか」
「なんだよ?拓が頼みごとなんて・・・なんか怖いな」
「・・・・」

俺が苦笑しながら答えると、拓は俺をじっと見て何か言いかけて口を噤んだ。

「・・・?どうした?」
「ん・・・」

普段さり気なく接してくる拓は、実は一番周囲を気に掛けてるって、俺は知っていた。
シンは面倒見の良い兄貴タイプですぐに熱くなる。
そんなシンとは対照的に、どこか冷めた印象を与える拓だけど、それは冷静に物事を判断しようとしていたり、熱くなったシンをサポートしてたりするからで。

だから、黙り込んだ拓の瞳が迷っているのを感じて首を傾げた。

何を迷っているんだ?

「拓?」
「体育祭の後、またもててるらしいじゃん?」
「は?」
「シンが言ってた。」

拓にしては珍しい。
本題を切り出すタイミングを計っているのがわかる。

「・・・直人・・・とーこと話してる?」
覗き込むようにした俺に、拓は探るような目つきで静かに見据え「あれから、話したか?」と問いを重ねた。
「っ・・・」
言葉を飲み込み、視線を拓から目の前に並ぶ色とりどりの携帯に移す。
「やっぱり・・・」と溜息混じりに呟いた拓は「今、時間あるか?」と目の前のファーストフード店を指差した。
俺は両手を下ろしたままぎゅっと握り締め・・・何も言葉が浮かばず「いいよ」と息を吐いた。
窓ガラスの向こうは、あの日と同じ雨が降っていた。





駆け出した背中が震えていたことを知っていた。
その背中を掴んで引き止めることができなかった。
今までのことを謝って、俺が好きなのはとーこだって、やっと気がついたって、伝えることができなかった。

俺がとーこの瞳に"怯え"を見たように、とーこは俺に何を見たんだろう?

雨脚が強まる中、とーこの後ろ姿を見ていた俺に「追い返して満足か?」と雄介が呟いた。
「直人の視線だけで、とーこはあんな風になってしまうんだ。それだけ、とーこにとって直人の存在がでかいってことだろ・・・?」

あんな目をさせるつもりなかった。
もう傷つけたくないと思うのに、何も出来ない自分が虚しい。
自分で距離を作っていたときは、抱きしめることだってできたのに、距離を埋めたいと感じた時には手を掴むことすらできない。





男二人でファーストフードに入る・・・と言ってもとっくに昼は過ぎていたし、特に腹がすいているわけでもないので、俺はコーヒーをオーダーする。拓も同じようで俺たちはコーヒーの二つ載ったトレーを持って2階へ移動した。
休日の所為か、昼の時間が随分過ぎている時間帯にもかかわらず、家族連れが多く賑やかだ。
俺たちは窓際の席に向かい合って座り、お互い居心地の悪さを感じて苦笑した。
「雨じゃなきゃ、そのへん歩いてでもよかったんだけどさ」
そう言った拓だけど、わざわざ座って話したいと思う内容なんだと気がつき、俺は胸のざわつきを抑えられず、コーヒーを口に運んだ。

「中谷有菜とは・・・別れた?」
「・・・・」

携帯を眺めている時に見せた悩むような表情から一転して、拓はずばっと切り出してきた。
話すと自分の中で決めたのだろう。そうなると容赦ない。
どういった内容に話が転がっていくのかまだ見当をつけられない俺は、すでに最初の質問で身動きがとれず、机に置いたカップの中を覗き込んだ。
それに、その質問にはまだ答えることができないんだ。

「だんまり・・・か。らしくないな、直人がだんまりなんて。」

そう言いつつ、拓はそのことにはそれ以上突っ込まず「・・・それじゃ、もう手遅れか・・・」と椅子の背もたれに寄りかかって腕を組んだ。

「何が手遅れなんだよ?」
訊ねる声が緊張で震えるのがわかった。
多分・・・聞きたくない内容。
頭の中が警鐘を鳴らす。

手遅れ――・・・

「敬稜って、俺らの学校から行った奴って今まで居なかったよな」
「とーこが初めてって聞いた。確かに乗換えとか不便だし、敬稜と同ランクならあるからな・・・」
「・・・でもな、俺らより遠くから敬稜通ってる奴が居るんだ。山むこうから、だぞ?」
「そうなんだ・・・?」

まだ結びつかない。
それが、何故、手遅れなのか。

「2年なんだけど。・・・商業でもちょっと噂になるような奴で。」
「それって、男ってこと?」
「そう男、だ。"イケメン"の。って、まあ、お前ももてるけどな〜・・・なんていうか、こんな田舎には居ないタイプだな。まあ実際田舎に来たのは最近らしいから。中3の2月までは東京に居たって話だし。」

「相変わらず、商業の情報は凄いな・・・怖い怖い」
「イイオトコのことは、女の子は放っておかないからな」

めちゃくちゃ中途半端な時期に田舎に引っ込んだんだな。"家庭の事情"ってヤツなんだろうか。受験とか大変だったんじゃないか・・・?
そんなことを考えながら、「その人が?」と先を促した。
拓はちらりと俺を見た。その視線はどこか挑戦的な光が宿っていた。

「とーこ、行きも帰りもそいつと一緒だよ。ここんとこずっと。」
「・・・へー・・・」

その後は言葉が続かない。
顔が強張るのを感じる。

「東京じゃ、有名な私立中学だったとかでさ、まあそんな時期に転校して来たってことで、かなりいろんな噂あったらしいよ?年上から同級生まで、大体がオンナ絡みの噂ばっかだけど。ほとんどがただの"噂"だろうな。第一、今敬稜に居る奴らの話からは、そんな噂まったく結びつかないらしいから。・・・・って、本当のことは知らないから、あんまりこういうこと言うべきじゃないんだけど。」

噂なんてそんなものだ。
本当のことなんて、本人にしかわからないんだから。

「で・・・ここからは、噂とかそんな目に見えないものじゃなく、俺が実際見て感じたこと、な。」
「・・・・」

わざわざ前置きをして、拓は一つ息を吸い込んだ。

「何度か見かけた。っても、6月入ってからだな。二人で電車乗ってるとこ。・・・なんていうか・・・とーこが"女の子"してて驚いた。俺だって、とーこが女だってわかってるけど、なんだろうな・・・多分あいつがとーこを"女の子"扱いしてるからなんだろうな。俺たちは、昔からとーこのこと知ってるから、結構無茶なことやっても"とーこなら大丈夫"って思って・・・。」

拓はコーヒーを口に運び、またちらりと俺を見た。
だけど今度は小さく舌打ちして「やめとけばよかった」と呟いて眉を顰めた。

「・・・やっぱきつかったか?」
「え?」
「わかってないのか?」
「何が・・・?」
「顔、真っ青だ」

言われて、俺は片手で顔を覆った。
まだ、感情がついてこない。
だから、拓に自分がどんな状態なのかを指摘されて愕然としてしまう。

「・・・とーこ、は・・・」

自分の口から出た言葉に、俺自身が一番驚いた。
頭は拓から知らされた新しい情報を把握しようとしてて・・・恐ろしく鈍くなっていたから、自分が何か話せるとは思っていなかった。
ちょうど、頭と体が切り離されたみたいに、俺は不思議な気持ちで自分の言葉を聞いていた。

「・・・・笑って、た?」
「何?」
「とーこ・・・笑ってた?」
「直人?」

空虚な声が、まるで他人の声のように聞こえる。

「とーこは、そいつと居て・・・笑ってた?」

俺はもう、とーこの笑顔が思い出せなかった。
俺の中に居た、いつも俺を引き上げてくれるような笑顔のとーこは、もう居ない。
ずっと、氷の中で泣いてるとーこしか見ていない。

かろうじて、無理して作った笑顔は思い出せた。
だけど、その壊れそうな笑顔は、やがて怯えに代わり誰かの背中に隠れてしまう。

「・・・笑ってたよ。ほっとしたような柔らかな顔で。」

その言葉は、安堵と絶望を同時にもたらして俺は「そっか・・」と呟く声もどこか遠くで聞いていた。
無意識に、ポケットに入れたガムランボールに触れようとして、その指先が震えていることに気がつく。

二人の星。
このガムランボールは、俺ととーこのシアワセの星だった。
とーこは、そうわかっていて雪に捨てたんだろうか。

――苦しくなる。

俺がどう思うか、俺が何をしてきたのかばかり考えてた。
何故?どうして?
でも、本当は「これからどうしたいのか」を考えなくちゃいけなかったんだ。

とーこの"今"に、俺は居るのかな?
"未来"には・・・・?
俺が知ってるのは、全部"過去"のとーこだ。
本当に欲しかったのは、とーこの"今"で、これからも一緒の"未来"。
"過去"の俺たちは――とーこも・・・そう願っていたはずなのに。

「・・・俺は、とーこを笑わせることができなかったんだ。」

ようやく同調した頭と体が悲鳴をあげそうだった。
とーこが笑えたのは、俺と離れたから。
俺じゃない誰かが、とーこの氷を融かした。

閉じ込めておくことなどできないのに、俺は、本当は、とーこを閉じ込めておきたかっただけかもしれない。
痛みを伴う、あの場所に。





――22、夜空に還す星 −1−

2008,2,22up





next

back

星空の下でさよなら top

novel topへ

topへ
















Copyright 2006-2009 jun. All rights reserved.