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君に繋がる空

  
23、夜空に還す星 −2−





この間、拓に別れ際に言われた言葉を思い出す。

『お前たちがお互いを特別な存在だと感じていたのは、"過去"なのか?それともこの先もなのか?もしも"過去"なら、とーこの"未来"を大事にしてやろう?』

過去以上に、欲しい未来があるのに、どうしたらいいのかわからない。

『二人ともツライだろうけど、一度ちゃんと話したほうがいいぞ?』

携帯を買って、新しい仲間たちと過ごしていても、求めるものは一つだった。
だけど、動けない。
同じ時間を過ごせない。





* * *



「直人君、撮っていい?」
有菜が携帯を取り出して小首を傾げた。
クラスの女子がひそひそと何か囁くのが聞こえたけれど、俺も有菜もそちらは気に掛けなかった。
こんなことは慣れっこだからだ。
「・・・あ〜・・・」
俺は椅子に座ったまま、隣に立つ有菜を見上げた。

期末試験前、掃除を終えたクラスメイトが教室から引き上げていく。
一昨日から部活動は休止となっているので、あちこちでノートの貸し借りや、コピーを頼む姿が見られ放課後の教室も賑やかだった。

「三上、じゃな!」
「ああ」

教室を出て行くクラスメイトに片手を上げて見送った後も、期待に満ちた瞳を向ける有菜を見れず、小さな白い手で持っている携帯を見つめた。

有菜は高校に入ってすぐに携帯を持ち出した。
部活や習い事で遅くなることが多いから、親父さんが心配で持たせたらしい。
ころんとしたデザインのそれには、ローズクォーツやスワロビーズ(というらしい)の使われている、とても有菜らしいストラップが揺れていた。

「ダメだよ、直人写真嫌いだもんな?」
「携帯でもダメ?」
「うん?」

雄介が教室に入ってきて有菜の隣に立ち「どうだろうな?」と苦笑した。
今日は数学の苦手な有菜に、俺と雄介とでヤマかけしてやることになっていた。
雄介は俺の前の席に座り、机の上にカバンを置いた。

「直人君、なんで写真嫌いなの?そういえば、中学の時も集合写真とかしか写ってなかったよね?」
「なんでかな・・・苦手なんだ」
「魂吸い取られるとか言って、断ってたよな?小6の頃。お前いつの時代の人だよ!って陽太に笑われてたもんな」

俺は肩を竦めて「そうだったな」と答えながら数学の教科書を取り出し、机の上に広げた。

「それより有菜、どこがわからないんだっけ?今回結構範囲広いぞ?」
「うわわ、うん、そうだね、ちょっと待って!ノート持ってくる!」

中学の頃と変わらない光景。
そこに足りないのは、とーこだけだった。
きっと、ここにとーこが居たら"仕方ないよね"って顔で俺に笑いかけてただろう。

写真は苦手だ。

一瞬を切り取ってしまうもの。


楽しかった瞬間を 嬉しかった瞬間を 幸せだった瞬間を
そこに残してくれる写真。

手にするだけで涙が零れるから、アルバムは開けないままだった。
小さな頃の俺をどんな想いで写真に収めていったのかわかるから、それを撮ってくれた人はもう居ないから、苦しくて寂しくて。

かあさんと一緒に写った写真。
だけど、そこに残る笑顔は、もう本当に見ることはできないもので・・・

小4の授業で1/2成人式をやった。
20歳成人式の半分、だから1/2成人式。
その授業で、生まれてから10年の自分史を作成することになっていた。
生まれた瞬間から、10歳になったその時まで。
自分が生まれてどう思ったか両親にインタビューしたり、どんな風に赤ちゃんの頃可愛がってもらったのか、そんなことを幼い頃の写真を用いてまとめるという物。

それは、俺にとっては、とても辛いことだった。
父さんやばあちゃんには言えなかったけど、インタビューしている間だって笑いながら聞いていたけれど、本当は泣きたくなるのを堪えてた。
何より俺は、どうしてもアルバムを開くことができなくて。

手が震えた。

『直人のここに、いっぱいおばちゃんの笑顔があるから、アルバム開かなくてもいいね』

そんな俺をとーこは傍で見てたから、震える手からアルバムを取り上げ、抱えるようにしてとーこはアルバムを棚に戻した。
そして笑う。

『心のアルバム。あたしも、ここにいっぱいあるよ?直人のいろんな顔!』


「直人君、どうかした?」

声をかけられて、はっとした。
心配そうに覗き込む有菜が、俺の隣の席に座る。
雄介もバインダーを開く手を止めて「どうした?寝不足か?」と驚いた顔をしていた。
俺は「そーかもな。テスト前だし」と笑った。「直人くん、まさか一番狙ってるの?」と有菜が大きな声をあげたから、俺は「それもいいかもね」と頷いて見せた。





帰り支度を終え、玄関に下りると有菜が俺の袖を引いた。
「ん?」
訊ねる俺に、離れた場所で靴を履き替える雄介をちらりと見た有菜は、小さな声で囁くように言った。

「・・・これが、有菜の最後のお願い。・・・二人で並んでる写真、欲しい」

別れを切り出してから、そんな風に言うことがなかった有菜が縋るような目をして言った。
大きな目に涙が浮かび「・・・どうしてもダメ・・・かな?」と続ける。
有菜の頭をぽんぽんと撫でて「そこまで嫌なわけじゃないよ」と苦笑する。

苦手だけど、拘っているわけじゃない。
中学に入ると、無言で携帯構えられたり、デジカメのフラッシュが飛び込んでくるようなことが多くなった。
それが嫌で意地を張って断っていたところもあるんだ。

本当は、とーこのあの言葉で、とっくに救われていた。

今なら、アルバムだって開けるかもしれない。
目に見えるカタチで残された幸せ。

とーこと二人で、小さかった頃の話を 写真を見ながらできるかもしれない。
――そうできなくしてしまったのは・・・俺。

「雄介!写してくれる?」
靴を履き替えた雄介に声をかけ、有菜に笑いかけた。

「雄介と二人の写メも、有菜撮ってくれる?」
「うん!もちろん!」
「えええ!?直人と二人の!?俺はイヤだ〜!!」

雄介が驚きの声をあげて、俺たちは玄関で笑った。

この一瞬が、一枚の写真だとしたら。
俺の傍らは不自然に切り抜かれてしまっている。

俺は、その大きなハサミで切り抜かれたような空っぽの場所に目を瞑る。
それは、とーこのカタチにくり貫かれて。
他は何も変わらないのに、そこだけが空っぽで。

代わりなんてあるはずがない。
喪失感が襲う。

そんなことに今更気づいたって、痛みが増すだけだった。

携帯のカメラのシャッター音がやけに乾いて聞こえた。





* * *



『ああそうだ、あたし写真使わないで、絵描こうかな!ね、直人もそうしない?』

あの時まとめた自分史。
俺ととーこの二人だけ、写真を使わなかったんだよな・・・。

ルーズリーフの上を動いていたシャーペンの芯が折れ、数式を解きながらまったく違うことを思い浮かべていたことに驚きそのまま動きを止めた。
折れた芯がルーズリーフの上を転がり、数学Tの教科書の端にぶつかって止まった。
しばらく時間が止まったようにその芯を見つめてしまう。

・・・今、何時だ?

シャーペンを転がし教科書の脇に置いた携帯を手に取って、サブウィンドウを覗き時間を確かめる。
A.M 1:13
そして、カーテンの向こう側を思った。

もう寝ただろうか・・・?

教科書を閉じ、机のライトを落としてベッドの端に座った。
携帯を握り締めたまま、ぱたんと倒れるように横になる。
胸の上のあたりで携帯を持ち上げ、親指で支えたままゆっくりと他の指を開いていく。

零れるように指から落ちる音。
シャララン・・・と微かな音が鳴り、携帯の脇で小さく揺れる。
皮製のストラップの先につけた銀の珠。

左手の人差し指で紐を持ち上げるようにして掬い、親指と中指でガムランボールを捕まえた。
きゅっと力を入れて掌に握り締める。
そのまま両手で携帯ごと握り締め、額にぶつけた。

『あたしも、ここにいっぱいあるよ?直人のいろんな顔!』

自分の中にも、いっぱいあったはずだった、いろんな顔のとーこ。
それが見えなくなるなんて、それを失うなんて。

とーこと・・・もっといっぱい写真を撮っておくんだった。

いろんな想い出を一緒に過ごしてきたのに、俺たちの写真は極端に少ない。

「写真撮らせてください!」
そう言ってきた女子の気持が、少しだけわかった気がした。

俺って女々しいんだな・・・。

自嘲の笑みが浮かぶ。

――記憶の中のとーこが、泣き顔だけになってしまったことが――苦しい。

幸せだった過去に縋る俺は、なんて滑稽なんだろう・・・。

ベットから立ち上がり、俺はそのまま家を出た。
二人で見上げたのは、もうずっと昔のことのように感じる。
今は一人で夜空を見上げる。

携帯ごとガムランボールを掲げて揺らす。

この大切な"シアワセの星"を・・・空に還さなければいけないのか・・・?
とーこが望むのは、他の誰かとの未来?
未来を求めることは・・・許されない?

離す事ができるのか?

誰も答えてはくれない。
ただ星たちが瞬く無音の世界に、ガムランボールの音色が零れていた。



■ ■ ■



おとこのこのとおんなのこは ほしにいちばんちかづけるばしょをさがして あるきました。
とけいだいや きょうかいのかねをならすとう そして こだかいおか。
ふたりはおもいつくかぎりの たかいばしょへいき てをのばしたり いのったりしました。
しかし またたくほしたちには て はとどきません。

そうしているうちに おんなのこのあしは そうげんでぴたりととまってしまいました。
ながいながいたびをしてきたおんなのこは とてもつかれていたのです。

おとこのこも とてもつかれていました。
そして とてもおなかがすいていることを おもいだしました。
おとこのはずっと ちゃんとした しょくじをとっていませんでした。

ふたりは そうげんにねころんで ほしをみあげました。

「シアワセってなんだろう?」
おとこのこは たずねました。
「おなかいっぱい たべれること?」
おんなのこも たずねました。

「きれいなようふくをきて あたたかないえがあって?」
「それじゃあ たくさんおかねがあれば しあわせになれる?」
「ぼくたちはシアワセのほしに "おかねをたくさんください"って ねがえばいいのかな?」

おとこのこは ほしにてをのばしながら かんがえました。

めにみえる シアワセ。

それが ほんとうのシアワセ だとは なぜかふたりとも おもえないのでした。




■ ■ ■








――23、夜空に還す星 −2−

2008,2,25up





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