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君に繋がる空

  
25、夜空に還す星 −4−







■ ■ ■



おとこのこは おんなのこが ずっともっているながいぼうをみて いいました。

「それ フルートでしょう?ふいてみて!」
おんなのこは ちょっとこまったかおをして くびをふりました。
「なんどふいても ならないの。」
「こんどは なるかもしれないよ?」
おんなのこは くびをふり だけど フルートをかまえてそっとふいてみました。
いままでおとのでなかったフルートが ことりがうたうようにおとをだしました。

「まあ!」

おんなのこは とてもおどろきました。
いままで なんどもふいてみましたが まったくおとはならなかったのです。
おんなのこは おとをだせたことがうれしくて そのままおんがくを かなでました。
ひとつひとつのおとが よぞらにむかって はずんでいきます。
そのおとは やがてひとつのひかりになって ほしにむかいます。

「まほうのフルートだね!」
おとこのこは たちあがって そのひかりのさきをみつめました。
おんなのこは うれしそうにおとをつむぎます。
おとは なないろのひかりになって よぞらににじをかけました。

「いってみよう!」

おとこのこは おんなのこの て をひっぱりました。
ふたりは ほしぞらにむかって またあるきだしました。



■ ■ ■



自分の気持ちに気づかなければ、ここまでとーこを苦しめることはなかったのかな?
とーこの気持ちに気づかなければ、こんなに残酷な自分を知らずにすんだのかな?

向き合ってしまえば、俺たちは自分の感情を隠すことができない。
自分で気づかない傷や思いまで、自分以上に分かってしまう。
長い時間、そうやって過ごしてきたから、言葉にしなくても伝わってしまう。

"直人とずっと一緒にいる"

その為にとーこがしたこと。
俺に向けた"好き"という気持ちと、"痛み"。それを自分の中に必死に隠した。

"とーことずっと一緒にいる"

その為に俺がしてきたこと。
それはそんなとーこの気持ちに気づかない振りをすることだった。

ずっとわかってた。わかっていたのに。
今までは俺がそれに気づかない振りをして。
そして今は、とーこが気づかない振りをする。

俺が・・・とーこを想う気持ちを、とーこは"執着"だと思っている。
有菜の影がちらついては、罪悪感でいっぱいの顔をする。
有菜の為に笑顔を作ろうとする。

それくらい傷つけていた。

とーこが、まだ俺を好きだってわかっても

自分の気持ちにやっと気がついた時には、とーこは苦しさから「さよなら」を決意した時で。
大切な、愛しい人を失う恐怖を知っていたのに、また失う。
自分からは手を放すことなんてできなくて、気がつけば腕を掴む力は増して、何よりも大切にしたいと願うとーこに痛みを与えるだけ。

あの日追いかけて掴むことができなかったとーこの手。
今放したら、もう二度と掴めない気がしていた。

"とーこがここから居なくなる"

漠然とした恐怖。

とーこが俺に"さよなら"したいのは、もう俺から完全に離れてしまうということ。
あの坂本という人と付き合うとか、そういうことじゃなくて、もっと・・・。
何故そう思うのかわからないけれど、直感していた。
"とーこがここから居なくなってしまう"・・・と。

自分の中で引き裂かれた心は・・・泣きじゃくる幼い俺は、感覚が麻痺して動けず、ただ冷たい残酷な自分が表出していく。
傷つけるとわかっている言葉をぶつけてしまう。

「どれだけお前と一緒に居たと思ってるんだよ?俺にお前の気持ちがわかんないとでも思ったの?
俺たちは・・・ずっと、一緒だって言っただろ?」
「いつのことを言っているの?」

返される言葉が震える。
痛みしか与えない、そんな存在になってしまった自分。

背中を向けて歩き出したとーこは、空を見上げてた。 行き先は同じなのに、違う道を選んで。
繋がっている道。だけど、俺の歩く道には、もうとーこは居ない。

あの頃には戻れない。
本当は、気がついてる。
ただ、あんまり近くにいたから。
その大切さに気がつかなかった。
同じ星空の下にいるのに、遠く離れてしまった。
傷つける行動を繰り返してしまう自分の愚かさに、笑いが込み上げる。


笑い声でなく・・・不意に涙が零れて、俺は驚いて立ち止まった。


自分の瞳から、涙が落ちていく感覚に戸惑う。
涙を拭おうと上げた手が・・・熱い。
繋いだ手が、冷たかったはずの手が熱を持つ。
無意識に握り返された指先。とーこの隠そうとした気持ちが、零れた瞬間。

そして、それは内側から急に襲って、俺を叩きのめした。

気がつきたくなかった。


――久しぶりに見たとーこの笑顔。
俺に向けられたものじゃないその笑顔を見て、泣きたいくらい嬉しかった。

ただ、とーこの笑顔が見たかったから。

俺じゃない誰かが、とーこに笑顔を戻してくれたなんて、胸が潰れるくらい痛いのに、それより、とーこの笑顔が見れたことが嬉しかった。

とーこの笑顔を見て、苦しいくらい好きなんだと思い知った。
笑顔を見れただけで、泣きたくなるくらい。

とーこが笑ってくれるなら、それだけでいい。


ガムランボールを握り締め、唇を噛み締めた。

こんなに好きなのに、ただ、とーこを好きだという気持ちさえ、もう信じてもらえない。

せめてこうして遠くから見ていることは許されるだろうか?
俺は、なんで優しくできないんだろう?

この先、とーこの居ない世界が待っているなら――・・・

涙で視界が滲んで、星もとーこももう見えなくなっていた。





* * *





ほとんど眠れないまま朝を向かえた。

とーこの言葉が繰り返される。

「あたしが、誰と付き合っても、誰を好きになっても、直人に関係ない!」
「あたしは・・・直人の持ち物じゃ、ない」
「あたしは、あたしだけのものだよ」

あんな当たり前のことを言わせて、傷つけて。
もうどうしようもないのなら、せめて謝りたいと思った。

許されることなんてないけれど。
伝えたくて。
何故こんなに焦る気持ちになるのかわからなかったけれど、昨日とーこと向き合ってから感じている"とーこがここから居なくなる"という漠然とした恐怖が、傍らにずっと張り付いていた。

「なんだ?もう行くのか?」

ぐずぐずと悩んでいる自分がどうにもイヤで、俺は制服に着替えてカバンを掴んだ。
いつもより1時間半も早く家を出ようとする俺に、とーさんが驚いて声をかけた。
「送ろうか?」
「や、いいよ。さんきゅ」
時計を見る。
7分前。
「走れば間に合うな」
慌てる俺に目を丸くする父さんが見えたけど、俺は「じゃ行ってくる」とだけ言って、駆け出した。
「頑張れよ」
的外れな"頑張れ"だったとしても、今の俺には強く背中を押してくれるものだった。

ずっと遠く、中学の校舎の前を歩くとーこが見えた。
通いなれた道。
分かれることなんてないと思っていた道。

いつもとーこが追いかけてきてくれたから、俺がとーこを追いかけるのは初めてだ。

どうしても、伝えたかった。

「ごめん」そして「ありがとう」。

いつも「なんでもない」って言ってたとーこ。本当は辛くて苦しくて切なかったよな?
知ってたのに、そうさせていたことへの「ごめん」。
そして、俺を好きになってくれて、今まで傍に居てくれて「ありがとう」。

線路から電車が近づく規則的な音が響きだすと、とーこも弾かれたように走り出した。
俺は息を吸い込んで、スピードをあげて走った。
こんなに必死に走ったのは、母さんに一番のメダルを見せようと思ったマラソン大会以来だった。
しばらく体を動かしていなかったから、思うように足があがらない。
中学の校舎の脇を通り抜ける頃には、電車が駅のホームに入って行くところだった。
それでも俺はスピードを落とさず、駅に飛び込んだ。

改札口の目の前にとーこが立っていて、電車のドアが開いた。

「とー・・・・!」

駆け寄ろうとした俺は、電車のドアの向こうの人物に視線で制されて、そのまま立ちすくんだ。
ドアの脇に寄りかかるように立っていたのは、坂本 司。
俺からとーこに視線を移すと、その瞳は慈しみに変わる。
身体を起こし「おはよう、塔子ちゃん」と声をかけ、とーこが「おはようございます、司さん。」と返すと、ふっと笑顔を見せた。
ゆっくりと閉じたドアの向こう、とーこはすぐ隣の椅子に座り、坂本 司はその向かいに立って大きな体を折るようにしてとーこを見下ろした。
心配そうに見下ろす瞳は、電車が動き出した瞬間、ホームに立ちすくむ俺を鋭い視線で一瞥した。

それは警告。

"傷つけるな!"

俺は小さくなっていく電車を呆然と見送った。
自分の中が、空っぽになってしまった。
全速力で走って、呼吸も胸も苦しいのに、何もかもが麻痺していく気がした。



だから、どうやって学校へ来たのかわからなかった。
すぐ次の電車に乗ったのか、いつもの電車に乗ったのかも。

「直人、何ぼーっとしてんだよ!?」
シンの声が聞こえた気がした。
でも、シンだったのかはわからない。
ああでも、引きずるように力強く引いてくれた手は・・・やっぱりシンのものだった気がする。

気がつけば、俺は教室で数学のテストを後ろの席に回しているところだった。

古文とか、現国じゃなくてよかった。

そんな風に思ったことにくすっと笑ってしまい、周囲から怪訝な目で見られた。

誰がどんな想いで書いた文章かなんて、書いた本人にしかわからないじゃないか。
登場人物の気持ちなんて、そいつにしかわからないだろう?

テスト用紙の数字を見ながら、そんなことを考えた。

気持ちがわかったって、もうどうにもならないことがあるんだって、恋の歌を解く古文だって教えてくれない。 誰もそんなことは、教えてくれない。
とーこの笑顔を取り戻す方法も、傷つけた心を癒す方法も。

とーこの居ない世界、それはどんな暗闇なんだろう?



■ ■ ■



にじのはしは ふしぎなはしでした。
どこまでもどこまでも つづいているようにみえるのに あしもとをみると はしはうっすらとしかみえず めのまえにひろがるのは くらやみです。

「なんだかこわいわ」
おんなのこは いいました。
おとこのこも あしもとをみるのは やめました。
そのまま すいこまれてしまいそうだったからです。

「でも みてごらん このはしは ずっとさきまで つづいてるよ」
おとこのこは あしもとをみないようにして あるきました。

おんなのこは ふるえるじぶんのあしに きをとられて まえをみることが できません。

「やっぱり こわいわ」

そうことばにした とたん にじのはしが ぐにゃりとまがり ふたりはゆっくりとくらやみに おちていきました。

おんなのこは めをとじて おおきなこえでさけびました。
おとこのこは「ずっと てをつないでいるよ」といいました。

ぎゅっとにぎりかえされた て に おんなのこは めをとじたまま「うん」とせいいっぱいのこえで うなずきました。



■ ■ ■








――25、夜空に還す星 −4−

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