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君に繋がる空

  
28、星空が落とす涙 −2−





「・・・え?」

思わず聞き返した声が震えてた。
ああ、やっぱり、と思う自分に驚く。

『イギリス留学の件、"明日、合否は電話で連絡が来ることになった"って電話があったのよ』
「留学、の・・・」

立ち止まって見据えた先、星空の下に人影が・・・2つ浮かび上がる。
ひとつは・・・とーこ。
もうひとつは?
混乱する頭は、多分冷静になんて物事を見せてくれない。
とーこより背の高い・・・。

『敬稜にしたいって言われたときは驚いたけど、この制度があるからだったのよね。直人君もびっくりしたでしょう?最初聞いたときは』
「!!」

ああ、これだったんだ。
得体の知れない「さよなら」の正体。
高校なんてだけじゃない、もっとずっと遠くへ行ってしまう。
そうか、その試験に合格したら・・・もう手の届かない場所へ行ってしまうんだ・・・。

『坂本 司さんからって言えばわかると思うのよ。』

おばさんはそう言って、俺の言葉を待った。
何か言わなくちゃいけないって思うのに、何も浮かんでこない。

『直人君?・・・・やっぱり居ないみたい?』
私も探しに行こうかしら、というおばさんの声に、ようやく足が動き出す。
「いえ、多分、あの人影・・・そうだから・・・」

とーこは言わなかった。
受験のこと。留学のこと。

やり場のない怒りと動揺。
自分勝手な感情だってわかってるのに、暴走する。

もう、「さよなら」しか残されていないなら・・・

俺に背を向けるカタチで立っているとーこ。向き合うカタチで立っていたのは・・・雄介。
星空の下で、二人は居た。
雄介は俺に気がついて、口を噤む。
視線はしっかりと俺を捕らえたまま。

重くなる足とは裏腹に胸は早くと急かす。
風が後ろから吹いて、耳元の携帯につけてるガムランボールが揺れて鳴る。

その音が合図だったように、俺はとーこの左腕を掴んで引き寄せた。
「!」
「!」
息を飲む気配がする。
自分の胸に抱きこむようにして、吐き出すように呟く。

「・・・俺をダシにして、何やってんだよ。」

酷く冷たい声だった。
自分でも自覚する。
その声につられるようにして、とーこが顔を上げた。

「っ・・・!」

ほら、また。
怯えるような瞳・・・。
震える声は、だけどしっかり俺の名前を呼んだ。
その顔を見るのが辛くて、また強く引き寄せる。
とーこは右手で俺の胸を押しのけようとする。
頭の中でいつものように「もうやめろ!」という声がする。目の前の雄介は非難するように口を開きかける。

わかってる、わかってるんだ。
とーこを解放しろって・・・言うんだろう・・・?

俺は視線を逸らして、繋がったままの携帯を耳元に押し付けた。

「居ました。・・・星、見てたみたいで」
『やあねえ、人騒がせなんだから。ごめんなさいね、直人君』

おばさんはそう言って、2つの伝言を伝えておいてと朗らかに言う。
その声から、俺たちがこんな風になっていることをまだ知らないんだってわかる。

『まだ2人で星見るんでしょう?あんまり遅くならないようにね。明日もあるんだし。』
「・・・はい」

知らず漏れる溜め息は、滑稽な自分を嘲笑うように風に乗る。
行き場のない思いに、思わず草を蹴り上げる。

「った・・・!」
「雄介と会うのに、なんで俺んとこ行くって言ってんだよ!?」

言いながら掴み上げた腕に、とーこが眉を顰める。
視界の端にそれを確認して、慌てて掌に込めた力を抜いた。雄介を見据えたまま。

雄介の気持ちは知っている。
だから、こんな態度をとるべきじゃないってわかっている。
でも、俺はとーこの腕を放すことも、雄介から視線を解くことも出来ずにいた。

「なんで・・・直人が?」
とーこの震える声に、胸が痛む。
「おばさんが、お前に電話が何度もかかってきてるって、俺んとこに電話してきたんだよ!」
「ごめ・・・」
「他のオトコと会うのに、俺を利用すんなよ!」
「そんなんじゃないよ!」

とーこはそう言って、思い切り腕を振り払って俺から逃れるように後ずさった。

逃げればいい。

もう自分ではどうしようもない感情が支配する。
もう手の届かないどこかへ行ってしまうなら、とことん嫌われたっていいんじゃないか?
そんな考えまで頭に浮かんでくる。

逃げないでほしい。

暗く激しい感情の裏側で、苦しいほどに求める感情。
二つの感情に翻弄される。

何度同じ間違いを繰り返すつもりなんだ?
雄介の瞳はそう訴える。
「俺が引きとめたんだよ。話があるからって。とーこの所為じゃない。わかってるだろう?」
溜め息交じりの声に、はっとする。

俺はまた・・・

雄介の言葉や態度は、いつもと同じだった。
中学の頃・・・いや、小学校の頃から変わらない態度。
俺の酷さも、とーこが俺に向ける想いも・・・全部受け止めてきた瞳。

ふと、とーこの視線に気がつき視線を落とす。

嫌悪、怯え・・・

ああでも、やっぱり見つけてしまう。
とーこの瞳の中には、俺が居る。
変わらずに慈しむ深い愛情・・・。
言葉にできない想いが溢れ、瞳を揺らす。

「とーこ、時間割いてもらってありがとう。ごめんな、嫌な思いさせちゃって。」

雄介は俺たちに歩み寄って、とーこを見つめて謝った。
「ホントにごめん」と苦笑して。
とーこは慌てて頭を振って、「謝らないで」と呟いた。
その言葉は優しさと感謝が滲み、2人には確かに友達としての深い絆を感じるほど。
そう、こうやって未来に繋げていくことができたらいいのに。
もう、俺には選択肢がない。
幼馴染としても、友人としても、一緒に居ることが許される未来もあったかもしれないのに・・・。

「ごめんね、関君」
「・・・・・それじゃ・・・明日・・・っていう感じじゃないけど・・・」
「明日、ね。有菜と来てね。」

とーこが自分の言葉にほっと息を吐くのがわかる。
"有菜"という存在が、とーこを支配しているのがわかる。
俺を選ばず、とーこは有菜を選んだ。
そんな簡単なことじゃない。でも、そういうことだ。
雄介は同じことを感じたのだろう。苦しそうな瞳を俺に向け、頭を下げた。


どういう意味だ?

「明日な」

俺が呟くと、雄介は頷く。
「帰る?」
尋ねる雄介に、とーこは小さく首を振り「大丈夫」と答える。
「とーこの"大丈夫"は大丈夫じゃないんだよね。」

雄介は含みを持たせた瞳で笑った。
そしてまた俺を見た。

「ま、よくわかってるんだろうけど、ね。」

わかってる。
雄介に言われた言葉。
『お前の隣で、とーこがどれだけ"大丈夫"なフリしてたか・・・わかってるよな?』
わかってる。
『とーこを選べないなら、もう"さよなら"してやれよ。・・・離れてまで直人に縛られてるなんて・・・』
わかってる。

とーこを選びたいよ。
もうとーこだけだよ。

だけど、やっぱり「さよなら」なんだな。

雄介は通り抜けざま、とーこの肩をぽんと叩いて「おやすみ」と呟いた。
そして俺の耳元で小さく小さく呟いた。
「・・・有菜から聞いたよ、全部」
風で草が揺れる。
多分、この小さな告白は俺にしか届いていない。
雄介は瞳を伏せて俺の肩も叩いた。
指先に力が篭る。
そしてそのまま振り返らずに、駅のほうへ歩いて行った。

有菜から聞いた?
全部・・・

俯いたまま言葉の意味をゆっくりと頭の中で反芻した。
だけど、もう・・・

「電話、マユリって人から、明日の部活は休みだって。・・・・って、今日、日曜じゃん。日曜まで部活だったのかよ?」

沈黙が怖くて話し出した。
こんなことは初めてだ。どんなに言葉がなくたって、どこかで分かり合えていたから。

空を見上げる。
一つ、星が流れる。

「それと・・・サカモト ツカサって奴から、明日、合否は電話で連絡が来ることになったって。」
「・・・」

つっかえずに、言えた。
声が震えるのを誤魔化しながら「で?」と訊ねる。
とーこを見るのが怖かった。
もうすぐ「さよなら」だと思うと、心の奥が冷えていく。
気がつかないフリして言葉を吐き出す。
「で、俺に何か用だったの?」
先延ばしに出来ない、と、諦めが襲う。

なんとかとーこに視線を向ける。
「さよなら」のはずなのに、とーこの瞳に浮かんでいるのは・・・

「とーこ?」
「・・・直人、あたし。」

言葉が、声が震えていた。
「さよなら」と「愛しさ」
何故二つが混在するのだろう?
俺の中で、二つがせめぎあうのと同じ。
苦しくて仕方なくて、それでも、まだ揺れている気持ち。

「今までずっと、直人が」

とーこの声に、最後の枷が外れる音がした。
心の奥底。
踏み込んでいたブレーキ。
踏み込んで、誤魔化して、鍵をかけて。

触れたくて、奪いたくて、誰にも渡したくなくて。
その瞳も、唇も、腕も髪も心も。

「!」

言葉ごと、飲み込むようにして、とーこの唇を塞いだ。
時間が止まる。
こんなに苦しいなんて知らずに、夢中になるなんてわからずに、唇に触れた。
とーこが俺の胸を何度も押したけれど、離したりできなかった。

強烈に駆け抜けていく痺れに、もっと深く繋がりたくなる。
一瞬唇を離し、角度を変えてまた口を塞ぐ。

「やっ」

とーこの否定の言葉を聞きたくなくて、初めて触れた唇に切なくなって、自由を奪うように抱きすくめた。
ずるいとわかっていながら。

「痛っ・・・!」

熱を持った唇に、痛みが走る。
血の味。
親指をあてる。
この痛みは、とーこが胸に受けた痛み。
噛んだとーこの方が、痛みに震えてる。

「・・・なんで?なんでこんな事するの?」

震えた声。

「なんで、そんな怖い目で見るの?」

言われて、俺は目を大きく見開いた。
そんなつもりないのに、怯えさせる瞳をしているのか?

「なんで、あたしの腕を掴むの?」
「・・・っ」
「なんで、ガムランボール持ってるの・・・・なんで、チョコ拾ったりしたの!?・・・・・なんでっ!」

とーこの悲痛な叫びが、ダイレクトに響く。

なんで?
なんで?

その答えを明確に伝えることが出来ない。



また暗闇に落とされる。
星が消える。
最後に目に映ったのは、ペルセウスから放たれた光。

それは、とーこの涙。

シアワセの星が流れて落ちた。



■ ■ ■



おとこのこは ふしぎとこわくはありませんでした。
  おんなのことしっかりつないだ て が こわいというきもちを すべておいはらってくれているのだとおもいました。

それに おちているのではなく すべりだいのように ゆるやかにおりているのだと きがついたのです。
「にじのすべりだいだ」
「・・・にじのすべりだい?」
おんなのこは そうっと めをあけました。

すぐちかくを ほしがながれていきました。
にじのすべりだいは ながれぼしをおいかけるように つづいていました。

「わあ すごい!」

いつのまにか おとこのことおんなのこは ほしぞらのまんなかまで きていたのです。
ふたりは かおをみあわせました。

ほしぞらのなかでとまったふたりは ゆっくりとたちあがりました。
そして こんどはこわがらずに あるきだしました。

まるで ほしのゆうえんちのように くるくるとまわるひかり。
しろいおびをのこす ながれぼしが はなさきでとまって あいさつをしていきます。
ふたりのまわりには てのひらほどのひかりのたまが むすうにうかんでいます。
てをのばすと てのひらのまわりで ちいさなはなびのように ひかりがはねます。

おとこのこは めをみひらいて ひかりのダンスをながめます。
おんなのこは ゆびさきをくるくるとまわして そのゆびさきでひかるたまを あきもせずにたのしみました。

どれくらいそうしていたでしょう。
にじのはしにぶつかったほしのひかりが たかいおとをあげて はじけました。

  そのにじのはしのした ふたりのあしもとには まちのあかりが ほしのようにかがやいていました。

「わたしたちのすんでいる あのまちも そらからみたら ほし のようね」
「もしかしたら "シアワセのほし"は そらにだけ あるものじゃないのかもしれない」



■ ■ ■





――28、星空が落とす涙 −2−

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