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君に繋がる空

  
30、空は何も隠してくれない





休日の朝にチャイムが鳴る・・・どころじゃなく、ドンドンと扉を叩かれるなんてこと珍しくて、俺は慌てて玄関に向かった。
施錠されていないドアを開け「はい?」と応答しながら、誰だろうと首を傾げた。

まさか、ドアを開けてすぐ襲われるなんて考えてもいなかったから――

まだ熱せられていない風と共に、俺の視界に飛び込んできた人物。

「よ・・」
陽太?

名前を呼ぶ隙も与えずに、一瞬ぶつかった視線に剣呑な光が宿り、唐突にその一撃は繰り出された。
避けることもできない至近距離で。

「ぐうっ・・・・・!」

腹に重く鈍い痛みと肉のめり込んでくる感触に、屈みこむようになりながら、それでも吹っ飛ばされるのを堪えてその腕を両手で掴んだ。
一瞬、世界が白くなるほどの衝撃。

まだメシ食ったばかりの状態で、これはかなり厳しいって!と頭の中で怒鳴りつけるけど、息が詰まって声が出ない。

「・・・はよ、直人」
「ッ・・・・・てっ・・・ッ、め・・・・じゅっ・・・・ん・・・・・ぎゃく・・・・・」

俺の両手を振り払うでもなく、幾分不機嫌が和らいだような顔で見下ろしながら、陽太は言った。
殴られるようなことは・・・身に覚えがあるだけに、文句を言うつもりはなかったけど、不意打ちされたことへの驚きと痛みで涙目になってしまった。

「わりぃ、手加減なしでやっちまった。」

ちっとも悪いなんて思っていない様子で嘯いて、陽太はゲホゲホと咳き込む俺を支えた。
そのまま俺の体を引きずるようにして、玄関の上框(あがりがまち)に座らせ、自分もその隣に座る。
ジンジンと痛み出す腹は、まるでそこにもう一つ心臓が出来たように血が急速に集まってくるような感覚がする。
隣で「痛ぇ〜」と右腕をぶらぶらさせる陽太を横目で見た。
俺も痛ぇ!と言いかけて、また咳き込む。急激に熱を持ったそこは、徐々に痛みを増幅させる。

でかい図体の陽太と俺が座ると、玄関はいっぱいだ。俺はまだ鈍く痛む腹を抱えて足元を見つめた。陽太の靴が2足もあったら玄関はめちゃくちゃ狭くなるな・・・なんてどうでもいいことを考える。

それにしても、思い切り殴ってくれたものだ。
冷や汗が額や背中に滲み出るのがわかる。
だけど怒りは湧いてこなかった。
むしろ、こうされてどこかほっとしている自分さえいた。

「・・・昨日」
陽太はそこで一度言葉を切って、玄関に足を投げ出して段差も気にせず廊下に向かって寝そべった。
「・・・う・・・ん?」とようやく呻き声を殺して相槌を打った俺に、陽太は暫く何も言わずに両足を爪先だけ左右に揺らした。
それからしばらく無言の状態が続き、俺が「はあ」と小さく息を吐いて痛みを逃すと、陽太の爪先がぴたりと止まり、そこに空白の時間なんてなかったように話し始めた。

「帰り一緒だったんだよ。昨日。バイト早帰りで・・・雄介と有菜ちゃんはレッスンの帰りだとかで。で、そん時に言われたんだ。直人と"付き合ってないって"」
「・・・ああ」

8月に入ったら、陽太は先輩の紹介だとかで海の家でバイトするって言ってたな。
日焼けはその所為か。あんまり日焼けしてるもんだから、一瞬誰かわからなかった。
ちらりと隣に視線を移し、俺を殴った腕を再び見た。
真っ黒に日焼けした腕。拳をぎゅっと握り締めている。
想像もしてなかったんだろう。
陽太の声はいつもの無神経なほどの明るさが消え、どこか思い悩んでいる沈んだ声だった。

「俺、バイト先のチケット・・・お前と来てくれって渡そうとして・・・そしたら、体育祭の前には別れたんだって言ってさ・・・・有菜ちゃん笑いながら話すんだよ。最初は冗談なのかと思ったんだけど、ホントだっていうし。俺、なんかパニクっちゃって・・・」
有菜ちゃんにも何か言った気がするけど、覚えてないんだ。

そう言って陽太は自嘲気味に笑って、起き上がった。

「なんだよ、なんで言ってくれねーの?」
「悪かった」

有菜のことが好きな陽太。
俺と有菜が付き合うことになっても、多分変わらず好きで。
それでも、俺たちの前ではいつも笑ってた。

「・・・隠すことねえじゃん。つか・・・そんなことして、なんか意味あるわけ?」
「本当のこと言わないでて、ごめんな」

それ以外は何も言えず、俺はうな垂れた陽太の頭に向かって謝った。
陽太は「ムカつく」と呟いて両手で頭を囲った。

「すげえ、ムカつく!・・・なんだよ、有菜ちゃん、なんで、んなことしてこじれさせてんだよ?それで誰が傷つくのかって、わからないわけないだろ!?有菜ちゃんどうしちゃったんだよ!?」
「・・・・!」

俺はその言葉に驚いて、まじまじと、大きな体を震わせる陽太を見た。
陽太はその後「うがああああ!」と頭をがしがしと掻きむしり、がばっと顔をあげて俺を睨みつけた。

「なんなんだよ!直人馬鹿じゃねえの!?あんだけ特別扱いしてたくせに?今更有菜ちゃん好きじゃねーとか言ってんじゃねーよ!つうかさ、なんで俺素直に喜べねーの!?有菜ちゃんフリーだってのに、俺、なんか泣かせちゃったし、なんだよ、俺、何してんだよ!?今がチャンスだっつーのに、なんでこんなんなってんの!?俺馬鹿じゃねーの!?」

一気にまくし立てて肩で息する陽太を前に、俺は目をぱちくりさせた。

ヤバイ。
陽太キャパ超えて壊れたか?

一瞬そんな風に思ったけど、その困惑した泣きそうな目を見て悟る。
違う、壊れたわけじゃない。
傷ついてるんだ。
俺たちがしたことに。
有菜が嘘ついたことに。

・・・・あれ・・・?

「・・・?何、お前、有菜泣かせたの?」

違和感を感じてたんだ。
陽太が話し出した時から。
いつも、有菜中心の陽太だったから。
公然となってた、とーこの気持ち、陽太だけは知らない気がついてないってスタンスとってた。俺ととーこは"ただの幼馴染"だろ?って。
いつだって、陽太だけは無条件に有菜の味方で。
その陽太が有菜を泣かせた?

「う〜っ・・・何言ったのかよく覚えてねぇんだ・・・。だって、もう2ヶ月以上経ってんだろ!?・・・俺だって、さすがに、なんか変だなって気がつくよ!お前わかってねえの?泉峯行ってから、心から笑ってねーだろ?体がいっつも強張ってんだよ!警戒してるだろ!俺、難しいことわかんねーよ?だけど、中学の時のお前とは違ぇーんだよ・・・最初は・・・有菜ちゃんと付き合って、そんで変わったのかなって思ってたけど・・・」
「・・・陽太」
「・・・とーこだろ?お前がおかしいの。んで、お前ら2人、ずっと避けてるだろ!?」
「!」
「・・・・っっって!!お前のことは、どうでもいんだけどよっ・・・!その、有菜ちゃんが・・・まだお前好きなのは・・・わかる、けど、それとこれとは違う問題だろ?なんで別れたこと言ってねーのかワケわかんなくなったんだよ。友達にも嘘ついて、付き合ってることにしてるって、なんだよ!?」

一気にまくし立てると、陽太ははあっと大きく息を吐いて、驚いてる俺からバツが悪そうに視線を逸らした。
陽太の混乱するココロが、手に取るようにわかる。

「ああああっ!くそっ、何が言いたんだよ!?俺は・・・!」
「陽太」

俺はまた頭を掻き毟る陽太の肩に手を置いて「ごめんな」と頭を下げた。
「お前のこと、騙してたみたいになって・・・。」
もっと早く安心させることできたのに。
こいつも、とーこも。

「ばっっっかじゃねーの!?」陽太はそう言いながら真っ赤になって「謝んじゃねーよ!」と手を払った。
「有菜ちゃんが、そうしたんだろっ!?」
俺は首を振ってもう一度「でも、ごめん」と呟いた。
「陽太に殴られてよかったよ。・・・なんか、すっきりした。」

まだ鈍く痛みが残る腹に手を当てた。
多分、痣になってるだろう。

俺の言葉に陽太は泣きそうな顔で俯いて「ドSの癖に・・・殴られてすっきりしてんなよ!」と口を尖らせた。
殴っておいてなんだよ、と苦笑する。
「・・・だよなあ?陽太のがM属性だよな?だいたい、なんでボディー?顔じゃねーの?普通。」
溜め息交じりで言った俺の言葉に、陽太は「Mで悪かったな!」とぼやき「顔だと、殴られたって一目瞭然だろ・・・!」と吐き捨てるように言った。
まるでその言葉の後ろに(俺が殴ったて、有菜ちゃんにバレルだろ!)とでも付け足しそうな感じで、ちらりと俺を見る陽太は目の周りを赤くしてキョドッてる。

陽太のどこか滑稽な姿に、いつも救われてるのかもしれない。

「はあああああ、でも、もう俺嫌われたんだ。有菜ちゃんに。あんな泣かせちゃうなんてさ・・・そんなつもりなかったっつーのに・・・何言ったのか覚えてねーし・・・!があああ、絶望的だぁ!!バイトもサボっちまったし!」

玄関先で喚く陽太に、休みでのんびり寝てた父さんがパジャマ姿で廊下を覗いた。ばあちゃんもリビングから顔を出して「ジュースでも飲んできなさい」と間の抜けた声で言った。その声に陽太と俺は思わず顔を見合わせる。俺たちのそんな姿を見て、父さんはまた寝室に戻って行った。

「誰かに思いっきり殴られたいキブンだったんだ。マジで、ありがとうな」
俺はそう呟いて、目を瞑った。

「・・・もう一発殴っとくか?」
陽太の言葉に「エンリョしとく」って肩を竦める。
もう一発食らったら、今日一日動けなくなるだろう。

「俺も、すっきりした。直人殴って。」
陽太はどこか嬉しそうに言った。

「・・・お前、今日手伝えよ?ミニバスのバーベキューあるんだからな!?」
「はあ?ミニバス?」
「川で、親睦会すんだよ。」
「シンボクカイ?」
「橋んとこで。肉、食べ放題だぞ?」

俺の言葉に、陽太は目を輝かせ「マジで!?行くよ!」と身を乗りだした。
今日はミニバスの子どもたちと、その保護者と親睦会・・・とは名ばかりのバーベキュー大会だ。
もちろん、俺はコーチなんて大層な身分じゃなく"お手伝いの高校生"で。
いつの間にか"手伝い"の人数にカウントされていた。
労力を提供するかわりに、肉は食べ放題だとか。
子どもたちの世話係も兼ねてるんだから・・・・ボランティアだ。

「多分、シンと拓も来るから。・・・それとも、今からバイト行くか?」
「肉を選ぶ。バイトは電話入れる。」

ジーンズのポケットから携帯を取り出して、陽太はさっそくボタンを押した。
そんな陽太を背に立ち上がろうとして、痛みに顔を歪める。

「っつぅ・・・」

でも、こんな痛みじゃ、足りない。

昨晩から何度も泣かせているとーこの幻影。
体の痛みより、ココロの方が痛い。

もう、泣かせたくない。

唇に触れる。
痛みは、こうやって薄れてしまうのに・・・心に負った傷は簡単には癒えない。
せめて、この痛みが癒えなければ。
いつも痛みを感じられたら、少しはマシな人間になれるだろうか・・・。

「おら!行くぞ!直人!!」
ばしん!と背中を思い切り叩かれて、俺は膝からがくりと玄関に崩れ落ちた。
「いっ・・・・!」
「なんだよ、ほら、行くぞ!って、どこ行けばいいんだ!?」
涙目でうずくまる俺を尻目に、陽太は勢いよく玄関の扉を開けた。
太陽の光が照らし出す、その笑顔が眩しかった。







「ほら、肉焼けたぞ。」
「やったーーーー!」

川遊びに興じる子どもたちに向かって声をかけたのに、一番善い返事をして駆け寄ってきたのは陽太だった。
結局、俺は調理担当、陽太は子守担当。
大人たちはしっかりアルコールが入って出来上がっていて、何故か俺一人がせっせと肉を焼いてる。
焼けた肉と野菜を紙皿に取り分けテーブルに並べ、また新しい肉を焼いて。

「腹減った〜!おら、お前らももう上がって食えよ!」
陽太は近所のガキ大将のノリで声をかける。
子どもたちも「陽太!」って呼び捨てにしていて、なんだかすっかり同化してる。こいつの凄いとこは、年齢を感じさせないこんなとこか?
「あ、こっちのが肉でけえ!」なんて言いながら小学生と肉の取り合いしてるけど、なんだかんだ、陽太が子どもたちの相手をしてくれてるから、助かってるんだよな。

川風が電車の走る音と幾ばくかの涼を運んできた。
照り返す日差しと、グリルの炭火、その上隣の鉄板からの熱で汗だくの俺は、トングを持つ腕を振り上げて汗を拭った。
体中の水分が、全部奪われてく。喉が渇いた。

「直人兄ちゃん!!」
「うわあああ、凄いの見ちゃった!!」
「らぶしーん!らぶしーん!!」

5年と6年の年子な熊田兄弟と、フリースローが苦手でいっつも最後まで練習してる佐藤くん、6年で家が近所のカズアキが顔を真っ赤にして駆けて来た。
確か鉄橋下のほうまで行ってたよな?
「熊ちゃんどうしたの!?」
「なになに!?」
駆けてくる4人に肉を頬張っていた奴らも不思議そうに立ち上がる。
「あっちでさーこうやってオトコの人がオンナの人ぎゅってしてた!!」
熊田兄弟が実演付きで説明すると、流石に小学生には刺激が強かったのか女の子たちが「きゃー!」と黄色い声をあげた。
だけど誰より反応したのはまた陽太で「なに〜!?どこだ!?少年!」って立ち上がっている。
きゃあきゃあとはしゃぐ一団から抜けてきたカズアキが、俯き気味で俺のTシャツを引っ張った。
俺は「どうした?」ってしゃがんで顔を覗き込む。
カズアキも真っ赤になってて、だけどちょっと複雑な顔して俺を見た。
俺は首を傾げて「カズアキ?」と名前を呼んだ。

「・・・あれ、オンナの方・・・塔子ちゃんだった。」
「・・・え?」
「塔子ちゃん、泣いてたみたいで・・・男の人が抱きしめてた」
「・・・!」
カズアキは言葉を失くした俺にはっきりとした口調で「あれ、塔子ちゃんだった!」と断言した。
「すげえ、ドラマみたいだった!塔子ちゃんすげえ!」と頬を染めるカズアキに、思考回路も体も凍ったように固まった。

「よ〜し、そんじゃ見に行くかっ!」

陽太が一団を率いる声が響いて、俺は弾かれたように「ダメだ!」と声をあげた。
自分でも驚くくらい大きな声が出て、目の前のカズアキが目をぱちくりさせた。
俺は慌てて立ち上がり「肉、焼いちゃうぞ?覗きになんて行ってる間に、ぜ〜んぶ食べちゃうからな!?」と意地悪く笑った。

「え〜」
「え〜じゃないよ。お前らだってそんなとこ覗かれたくないだろ?」
「・・・だけどさー」
「邪魔しねえし!見学だよ見学!」
「出歯亀はやめとけって!陽太」
「早く行こうぜ!」
「陽太!」

思わず声を荒げた俺に、小さな目が一斉に向けられたのがわかる。
大きな声を出すと今朝の痛みがぶり返して、息が詰まったようになった。
腹を押さえた俺をカズアキが「直人兄ちゃん?」と心配そうに見上げた。
カズアキの頭をぽんぽんと叩いて、再び陽太に視線を戻し「やめとけって」と苦笑する。
陽太は「んだよ!つまんね〜!」とぼやいて口を突き出したけれど、俺の視線に何かを感じてくれて「そだな、よし!肉だ!肉食おうぜ!!」と簡易テーブルに戻した皿を手にした。

「直人、じゃんじゃん焼いて!」
「おう。」
「焼きソバも食べたい!」
「おかわり〜」
「ねえ、お父さんたちだけずるいよねっ!」
「ビール飲みすぎぃー!!」
「あ!目黒先生とコーチだ!スイカ持ってる!」
「シン兄ちゃんもだ〜!遅いよー!!」

弾むような明るい声が、遠くに聞こえた。

川を流れる水音以外、俺は他の音を遮断する。


考えるな
考えるな


すぐにでも走り出しそうになる足に力を入れる。


考えるな、何も


頭の中で繰り返す言葉。
噛み締めた唇から、昨日と同じ血の味がした。


いくら命令しても、ココロは独りでに痛み出す。


恋しくて、恋しくて。


想いを断ち切るには、夏の夜は短すぎて。
夜を越えてしまった痛みは、太陽の下に晒される。
空の下で、全ての想いが暴かれる。





――30、空は何も隠してくれない

2008,3,20up





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