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君に繋がる空

  
33、君が連れてきた星空 ― 2 ―








■ ■ ■



ひとりぼっちの さみしさも ほしのみえないよぞらも おんなのこと であってから すてきなものに かわったのです。

「"シアワセ"っておもえることが "シアワセ"なんだ」
「"シアワセ"を かんじることができるのは じぶんの こころ」

おとこのこと おんなのこは そっとじぶんのむねに てをあてました。

すると ずじょうでひかっていた いちばんちいさくて だけどいちばんかがやいていたほしが おとこのこと おんなのこめがけて おちてきたのです。
ぱあっと まぶしいひかりが ふたりをつつみました。

むねが じんとしびれるような あたたかなひかりでした。

はじけたひかりが からだじゅうのすみずみまでいきわたるのをかんじ ふたりはおどろいてかおをみあわせました。
そして そのひかりは あけることのなかった よぞらのはしまで てらしだしました。



■ ■ ■



自分の中にあった氷の壁が、大きく音をたてて崩れていく。
崩れていくと同時に、自分自身何故ああも説明のつかない想いや行動を、幾度となく繰り返したのかが繋がり、その解のすべてが一つの感情であったことに愕然とした。
崩れ去った氷壁の中からは、たった一つの想いが――幼かったボクの想いが、とーこを求める狂おしいほどの願いが、何年も変わらずそこにあったのだ。

ソファーに座り、両手を投げ出して天井を見上げた。
目を開いて映し出されるのは、見慣れたクリーム色の天井。
なのに、焦点の合わない瞳は、とーこの姿を映し出す。

無意識にジーンズにねじ込んでいた携帯を取り出して、本当にそれが当たり前のように皮のストラップを辿る。
その先に、今まで留まっていた小さな冷たい感触。
高校に入ってから・・・とーこが俺から離れてから、ずっと触れて居た。
馴染んだ皮の素材の先にガムランボールはなくて。
「・・・っ」
絡める銀のボールが見つからず、指先が止まる。

返したんだから、なくて当たり前だ。
なのにいつものように動いてしまった指先が寂しくて、手を握り締めた。
胸に溢れる想いに、決壊した想いに、溺れてしまいそうだった。


『また、手を繋げばいいの。離してしまっても、また。』

手を伸ばして、強く掴んで。

『――本当に手を離せない・・・大切なものなら。』

大事だよ、と、誰よりも何よりも大切なんだ、と伝えて・・・
それから・・・

『傷つけたのなら、尚更。』

それから・・・

「・・・っ!」

とーこの泣き顔が浮かぶ。
苦しそうな笑顔。
怯えた瞳。

あんな顔をさせたのが、自分だということ。
それを思い出して苦しくなる。

身勝手な感情で傷つけてしまった。
とーこはもう、他の誰かを好きになってるかもしれない。
有菜と俺の間で、苦しんでいたとーこ。
傷つけて、傷つけて。

それでも――気がついてしまった。

とーこが好きという気持ち。

答えはすべて自分の感情の中にあって。
それでいて、正解はない。
とーこが導き出す答えが「さよなら」だとしても、俺の気持ちは変わらないだろう。

願うのは――・・・とーこの笑顔だけ。

ぎゅっと瞳を閉じて、息を吸い込んだ。
瞬間、玄関からチャイムが鳴り響いた。
俺は緩慢な動きで立ち上がると、玄関ドアの前まで行き、そのまま扉を見つめ動けなくなる。

扉越しに。
それがとーこだとわかったから。

「誰?」
訊ねる必要もないのに、扉を開ける勇気もなかった。

「あたし、塔子」
「・・・・」
「・・・・開けるねっ」

躊躇していた俺の目の前で、宣言と同時に扉が開かれた。
なんでもないこと、だ。
少し前の俺たちなら、互いの家を出入りするなんて、なんでもないことだったはず。
でも、今は違う。

もう、とーこから扉を開くことはないような気がしていたから。
だから、錯覚を起こしそうになる。

開かれたんだって。
崩されたんだって。
許されたんだって。

とーこと俺の間にあった冷たく高くとても厚かった氷壁。
それをとーこが壊したんだって。

勢いよく開けられた扉の向こう、肩で息するとーこと視線がぶつかる。
いぶかしむような瞳に戸惑いが揺れる。

そんな・・・簡単に許されるわけない。
今頃自分の気持ちに気がついた俺と違って、とーこの傷は深い。
それなのに、自分のどうしようもなく揺れる気持ちに支配される。
好きだと言い出してしまいそうな、節操のない自分に嫌気が差す。

「何?」
さり気なさを装って、ようやく出た言葉はとても固かった。
「ちょっと、今出れる?」
だけど、とーこは小さく息を吸い込んだだけだった。

「まだ約束の時間には早いよ」
「話があるの」
「ここじゃダメ?」

真剣なとーこの様子に冗談めかした口調で答えた。
嫌ってくれよ。
突き放してしまって・・・じゃなきゃ・・・。

とーこは俺から視線を逸らさずに、にっこりと笑うと「ダメ」とはっきり答えた。

強い真っ直ぐな視線。

こんな時のとーこは絶対退かない。
俺はゆっくりと息を吐いて「わかった」と呟いた。

そのとーこの瞳の奥に、隠しきれない想いの欠片を見つけてしまう。
その想いが、喜びと悲しみを同時に巻き起こす。

とーこは一瞬ほっとしたように息を吐き、くるりと背を向け玄関の外に出た。
ヒグラシの鳴き声がわっと迫る。
言葉もなく、ただ歩き続けるとーこの後ろを少し離れて歩いた。
足元に伸びる影法師。
長く伸びたとーこの手に、そっと自分の手を伸ばしてみる。
そのまま空を見上げる。

オレンジ色の空。

この空の色がとても寂しくて心細かった。
その寂しさを半分にしてくれたのは、この手だった。
涙を止めてくれたのは、いつも。

「どういうこと?」

呟きと共に影法師が止まり、俺は伸ばしていた手を引いてポケットに指先を引っ掛けた。
「・・・・どういうことって?」

微かに強張る肩に、俺は胸が痛み出して再び空を見上げる。

「ごめんって・・・・お母さんに伝言頼んだでしょう・・・それに昨日の夜も言ってた。」
「・・・」
「それと、これは、あたしに返してくれたの?」

サラサラと舞う音色に引き寄せられるように、空から視線をとーこに向ける。
振り向いたとーこの右手でガムランボールが小さく揺れている。

やっと、とーこに帰ったんだ。
流れ星が、とーこの手の中に。

「・・・捨てるなよ。持って行けよ・・・イギリスに」

"シアワセの星"
もう、俺がそれを持つ資格はない。

「・・・酷いことして、ごめんな」

言いながら後ずさる。
はっとしたように、とーこの手が俺に向かって伸ばされる。
俺が影法師に伸ばしたように、その指先が俺の指先に迫る。

「・・・・・・―――っ」

だけど、その指先は俺に届くことはなかった。
伸ばしかけた手が思いとどまるように下に落ちた。

これが、俺の罪。

とーこを苦しめた罰。

「・・・・・メシ、食ってくる。また後で、な」

背を向け、歩き出す。

とーこが俺に伸ばしかけた手のひら。

瞳の中に、変わらぬ想いを見つけてしまった。
ずっと、ずっと、俺に向けてくれていた想いが、変わらずにあると知ってしまった。
自惚れだと言われても。

捕まえてしまえばよかった。
他の誰かに攫われてしまう前に。

だけど、とーこの手のひらは、辿り着かなかった。
俺を選べなかった。


・・・審判を下すのは、とーこだ。


繋がれることのなかった手のひらを俺はそっと握り締めた。


■ ■ ■


よるがつづいていたそら。
そのひがしのはしが あかるくなってきていることに ふたりはきがつきました。

「よがあける!」
「おひさまが のぼるのね」

のぼってきた たいようのひかりは ほしにかけていた にじをすこしずつけしていきました。
そして とりかこむように かがやいていたほしたちも すこしずつ すこしずつ たいようのひかりに とけだしました。

だけど ふたりのむねには ほしがかがやいていました。
それは"シアワセ"をかんじることのできる こころ。
"シアワセのほし"

シアワセのほしをてにいれたふたりは つないでいた て をはなしました。

おわかれのときが きたのです。


■ ■ ■






――33、君が連れてきた星空 − 2 −

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