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君に繋がる空

  
35、そして君に繋がる空  (最終話)







■ ■ ■


おんなのこは わらっていいました。

「こんどは あなたの そのほしにむかって にじをかけるわ」

だから おとこのこも わらってこたえました。

「またあえるように このほしにおねがいするよ」

おとこのことおんなのこは たがいのむねにかがやくほしをゆびさし かおをみあわせてうなずきました。

「またいつか ぼうけんしようね」
「きっとまた いっしょにぼうけんしましょうね」

そして きらきらとかがやくほしのしたで てをふりました。

「さよなら きみとあえて しあわせだったよ」

おとこのこは むねのほしにてをあてました。

おんなのこはすこしづつ たいようのひかりにとけるように うすくなり にじといっしょにきえてしまいました。
おんなのこは ほんとうは ようせいだったのかもしれません。
さみしくて うつむいてばかりいたおとこのこを はげますために てをつないでいてくれたのかもしれません。


■ ■ ■


「"おんなのこ"は妖精だったのかな?」
ボクの問いかけに、とーこは首を傾げた。
「どうかな? あたしは違う気がする。きっと"おんなのこ"から見たら、"おとこのこ"の方が妖精に思えたんじゃないかな?」

フローリングのひんやりとした心地よさを感じながら、ボクらは絵本を真ん中にうつ伏せになっていた。
幾度も読んだ絵本。
その最後のページは、それまでの夜のシーンから明るい夜明けのシーンに変わっていた。

「なんで"さよなら"しちゃったのかな?」
「ずっと一緒に居たら、もっと楽しいのにね?」

ボクの言葉に、とーこも不思議そうに答える。
ボクととーこのように、一緒に居たら、凄く凄く楽しかっただろうに。
ずっといろんな冒険が出来たはずなのに。

「・・・もう会えないのかな? この2人。」

言いながら、心の中で何かが明滅する。

(ボクなら、大好きなとーこちゃんと、いつも一緒にいたいよ)
だけどその声は、あの時のボクには届かない。
心の中に鍵をかけて、感じないように、深く深く沈めた想いだったから。

「ううん。」
もやもやとした気持ちのまま絵本を見つめていたボクに、とーこがむくりと起き上がって真正面からボクを見据えた。

「絶対、また会えるんだよ。」
「絶対?」
「そう。だって、おんなのこは"あなたの そのほしにむかって にじをかけるわ"って言ってるもの」

胸にあるシアワセの星の輝き。
2人で見つけたその星が、道しるべになると。

「だからね"さよなら"は、また出会うための約束なんだよ」
「約束・・・」
「きっと、もっと大きくなって、胸にある星がもっと輝いて・・・」

とーこは両手をいっぱいに広げて立ち上がると、天井を見つめ少し考えて、ぽかんとした顔で見上げるボクを見下ろして笑った。

「そしたら、また虹がかかるんだよ! 今度は空の星じゃなくて、地上で輝くふたつの星に。」

眩しくて。
その笑顔がお星様のようにキラキラと輝いていて、ボクは目を細めた。

「きっと二人は、また会えるんだよ。」

自信たっぷりに言うとーこに、ボクは半分呆れながら、それでもキラキラノ粉がボクにも伝染したように「うん、そうだね」と頷いていた。
そうして、最後の一ページを見つめた。


■ ■ ■


おとこのこは いまは もう さみしくありませんでした。

「シアワセはいつも ぼくのなかに」

おとこのこは えがおでいいました。

きっと またいつか どこかで であえるとしんじているから。
おとこのこは たいようにむかって げんきにあるきだしました。

むねにひかる シアワセのほしといっしょに。


■ ■ ■


ボクを悲しみから引き上げてくれたとーこなら、どんな場所にでも虹をかけてしまうだろう。
そしてどんな暗闇も、照らし出してしまうだろう。
ボクはそう感じながら、そっと胸を押さえた。





慣れ親しんだ香りが、風に乗って運ばれてくる。
遠くを走る電車の音と共に。
不意に思い出した光景に、思わず息を飲む。
永遠に続くと信じていた二人の時間が、胸に迫る。
無邪気な笑顔、そのひとつひとつが目の前に蘇る。

空を覆う星すべてに、とーことの無数の思い出が宿っていた。
幾つもの夜を、ここで一緒に越えてきた。
星に見守られながら。

リン・・・と、微かな音が響く。
その音色に引き寄せられるように、俺はとーこを見つめた。
大きく見開いた瞳が星を見つめて揺れていた。
暗闇の中で、星の光を受けた頬が白く浮かびあがり、そこを流れ星が落ちていくように涙が伝う。
それはとめどなく溢れ、とーこを濡らしていた。
胸の上で握り締めた手の中から、小さく零れる星の音。

振り払われるかもしれない。
だけど。

涙を拭こうと、右手を動かしかけたその瞬間。
こつんととーこの指先に触れた。
ぴくりと、触れた指先が跳ねた。
それは俺だけだったのか、2人だったのかわからない。
胸に直撃したそれは、甘く痺れさせて酷く痛んだ。

意気地のない俺の指先は、その手を掴む事ができなかった。
違う、動かすことができなかった。
ほんの少し触れ合っているその場所から愛しさが流れ込んできから。

見つめていたとーこの横顔が、ゆっくりとこちらに向けられた。
言葉はなくても、聞こえてくる。
ずっと、向けられていた想いが。
ただ"傍にいたい"と、"大好きだ"と、伝え続けてくれた想いが。
そして願う。

"大好きだ"と。
"ずっと傍に居たい"と。

伝わったのかどうかわからない。
だけど、とーこは堪えきれないように星空を見上げた。涙がまた一筋頬を伝う。
俺もつられて星空に視線を移す。

星が一つ流れる。

「あ!」
「見た?」
「流れ星!」

俺は心の中で願いを呟く。
多分、とーこと同じ願いを。

"ずっと一緒に笑っていられますように"

――離れてしまっても、みんなずっと笑っていて。

きっと、イギリスに行ってしまっても、とーこは同じように願うんだろう。



「とーこちゃん、喉渇かない? 飲み物買いに行こうよ」
有菜が突然起き上がって、とーこの腕を掴んだ。
静かに俺と雄介を見て、頷く。
雄介も頷いていた。
有菜の肩が震えているのが暗闇の中でもわかる。

「あ、俺、紅茶。ミルクティー」
「わかってる〜。直人君はコーラでいいよね?」
「俺が行こうか?」

思わず起き上がってそう言うと、雄介の手が俺の肘を引っ張った。
またシートの上に寝転んでしまう。

「大丈夫だよう。ね。とーこちゃん」
「すぐそこだし」

(過保護)
俺にしか聞こえないような小さな声で雄介は囁いて「気をつけろよー。転ばないように。」と今度はちゃんと声に出して起き上がる。

「うわん、はい。気をつける! 行ってくるね」

有菜がいつものようにそう言って、とーこに「行こ!」と笑いかけた。
その後ろ姿を見送ると、雄介も再びシートに寝転んだ。

「ちゃんと、有菜信じよう。・・・・って、多分、最後は助けに行かなくちゃいけないだろうけど」
雄介はそう言いながらくすくすと笑った。
「なんだろうな、結局俺も過保護なんだろうな」
「・・・雄介、俺」
「あ、"ごめん"なら、いらない。俺は、ずっと見てた。傍にいて、感じてた。なのに、お前を疑った。」

それが体育祭前日の事だと、俺はすぐにわかった。

「けど、それは」
「言うな。俺も・・・同じだよ。お前の有菜に対する気持ちが、恋愛としてのそれじゃないって知ってたんだ。お前以上に。」

雄介はぐぐっと腹筋を使って起き上がり、困ったような顔で俺を見た。

「言ったろ? お前がどんなヒドイ奴か知ってるって。」
わざとおどける雄介の顔が、なんだか泣きそうに見えた。
そんな顔させてるのが自分だと思うと、やっぱり情けない。
もう情けなさ全開で、俺は隠すものなんてないんだなって思う。
だから俺は「ありがと」と呟いて、他の言葉を飲み込んだ。

ありがと、雄介。
そして、ごめんな。
お前だって、とーこのこと本気で好きだったんだよな。

俺が俯くと、雄介が呟いた。

「上手く言えないんだけど・・・お前ととーこの2人の間にはさ、凄く強い繋がりあって・・・直人は普段そんなでもないくせに、いざって時に無意識にとーこ守ろうとすんのな。」
「・・・そんなこと・・・」
「気がついてないだろ? でも、いつもそうだったんだよ。」

顔をあげると、雄介の困ったような笑顔が見えた。

「だから間近で見てて、俺、お前たちと一緒に居れて・・・凄く楽しかったし、うらやましかった。」
「俺も、お前がちゃんと俺を見ててくれて、凄く嬉しかったよ? ・・・ヒドイ奴だって、わかっててくれて」
「ホント、俺ってイイ奴。だから、例えお前がとーこに置いていかれちゃっても、ちゃあんと大笑いして慰めてやるから」

な? と笑う雄介に「はいはい」と苦笑しながら答えて、俺は星空を見上げた。
本当にそうなったとしても、こいつは笑ったりしないで俺を誘うんだろう。こんな星空の夜に。

「・・・とーこさ・・・めちゃくちゃ大きな傷抱えてた。どうしようもない気持ちで、身動きとれなくて。」
雄介は静かな口調で、言い含めるようにゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「苦しくて、苦しくて。でもさ、結局直人を求めてるんだなって・・・わかった。
だから、もしも・・・・とーこがお前を選べなくても、それはきっと本心からじゃない」
「・・・」
「離しちゃダメだ。お前から手を離すことはしちゃダメだ。」
「雄介」

真剣な顔でそう言って、雄介は息を大きく吐いた。

「・・・とーことお前は・・・」
「?」

何か言い掛けた雄介を見上げ「何?」と言葉の続きを促す。
だけど雄介は頭を振って「なんでもない」と両手を空に向かって突き出した。
「まだ、安心なんてさせてやりたくないし、な」
雄介はそう言って、俺の背中を軽く叩いた。

「さー、そろそろ行きますか。」
虫の泣き声が足元から聞こえる。
等間隔に灯される街灯の下、ジジ、とセミが短く鳴いて羽根をばたつかせ飛び立つ。

「姫たち、きっとお金持って行ってないよ?」

雄介の言葉に「・・・だよな?」と立ち上がった。
思わず笑みが零れる。
俺たちは並んでとーこたちの後をゆっくりと追った。



ほどなくして、小さな陰が二つ向き合っているのが見えた。
声が、風に乗って届いてくる。

「あたし、直人が・・・好き。ずっと・・・有菜と直人が付き合いだしても、ごめん、気持ちにケリ、つけられなかった――ごめんね、有菜」

その言葉に、俺たちは息を止めて立ち止まった。
とーこがぎゅっと手を握るのがわかる。
俺も掌を握り締めた。
自分で心臓を鷲掴みしたように、胸が締め付けられる。

「ごめんね。有菜。できなかったの。気持ちを捨てることも、封印することも、できなかった。」

二人の間で、どんなやりとりがあったのかわからない。
だけど、俺が考えるより深い場所で、とーこと有菜は互いの感情の下でせめぎあっていたのかもしれない。

「とーこちゃんの馬鹿っ」

有菜がとーこに抱きついて、大きな声で言葉を遮る。
明らかに動揺しているのは有菜だった。
とーこはまるで懺悔するように有菜に頭を下げる。

「とーこちゃんの気持ち、知ってるって言ったの私だよ? 知ってて、それでもあんなことしたんだよ?」
「でも、あたしは・・・ずっと前から二人の気持ち知ってて・・・」
「とーこちゃん!」
「知らないフリして・・・・」

とーこが自分を責める言葉が痛い。
その口元から零れる言葉は、すべて偽りのない言葉。
どんなに大きな傷を負わせたのかが、わかる言葉だ。
俺が負わせたその傷口から、目を逸らしたらいけない。

「とーこちゃん! 私、直人君と、ずっと前に、お別れしたんだよ!?」
「え?」
「付き合ってない。もう付き合ってないの」

有菜が腕を解いても、とーこはそのまま立ち尽くしていた。

「ごめんねって、言わないで。とーこちゃんが敬稜受けたって聞いて、私ほっとしてた。寂しいって思いながら、でも、これで直人君はちゃんと私を見てくれるって、安心したの。二人の間は、私が入り込めるなんて本当はできっこないんだって・・・ずっと知ってたんだもん。
直人君が・・・とーこちゃんを好きな気持ちに気づかないようにって、ずっと思ってたんだもん。」

有菜の瞳から涙が落ちる。
目を逸らしちゃいけない。
俺がつけた傷。

「体育祭の・・・3日前だったかな。直人君に言われたんだ。"有菜と付き合えない"って・・・・。
"自分が本当に誰を好きなのか、やっとわかった"そう言って、直人君は頭を下げたよ。ああその日が来ちゃったって・・・そう思った。」
有菜の告白をとーこは呆然と聞いていた。
知らせなかった真実。

「直人君に"私が立ち直るまで、今までと変わらず傍に居て"って言った。誰にも言わないで・・・・とーこちゃんにも・・・・って。言ったけど、だけど、直人君、本当に言わないなんて、・・・直人君って・・・!」
言いながら泣きじゃくる有菜に、とーこは戸惑いながらも抱きとめて肩をぎゅっと掴んでいた。

「ずっと、私を好きだと思ってたって言うんだよ? ・・・・・酷よね?私がね、亡くなった直人君のお母さんに似てるっていうの。
私お会いしたことないんだけど、とーこちゃんは会ったことある?」
「亡くなる少し前だったけれど・・・だからとても痩せてて・・・苦しそうだったのに・・・凄く・・・やわらかく笑う、優しいお母さんだった。ふわふわとした、そんなイメージで、あたしたちの話を嬉しそうに笑って聞いてた・・・そう、有菜のように・・・」

とーこの言葉がそのまま母さんの残像を浮かび上がらせる。
目の前で母さんが笑う。
"情けないわよ!"と。

「――だから、私・・・とーこちゃんに謝ってもらうような資格ないんだよ。直人君、私を傷つけたこと凄く負い目に思っていたし、私もちゃんとそれを自覚してた。絶対、譲れないって足掻いてた。それなのに、なんで、とーこちゃん、"一度だけ"なんて言うの?どうして、好きなのに、お互い好きなのに、なんで"最後"なんて言うの?」

有菜は眉を顰めて苦しそうに息を吸い込んだ。
とーこの強張った身体が今にも砕けてしまいそうに見える。
とーこが知らなかった本当の事。
俺の本当の罪。

「直人君大好きだよ。・・・だけど、私の好きな直人君は・・・とーこちゃんの隣に居る・・・ちょっと意地悪で一緒にいろんな話をしてる直人君で・・・・・・私」

2人分の嗚咽が聞こえる。
ぽんと雄介の手が肩に乗せられる。
「大丈夫」と小さく呟いて。
体が強張っていた。

「私、も、とーこちゃ、も、馬鹿だけどっ、直人君は、もっと馬鹿だっ。」

そう言って、ぐしゃぐしゃの泣き顔を俺に向け、有菜が攻めるように声をあげた。
俺が頷いて歩き出すと、有菜は唇を噛み締め、吠えるように口を開いた。

「何で言わなかったの? とーこちゃん、イギリス行っちゃうって・・・!」

有菜の言葉が素通りするのを感じ、とーこがゆっくり振り向いた。
驚きに見開かれた瞳に、俺たちが映る。
その瞳が揺れる。

「とーこがイギリスに行くのは、俺、止められないよ。」

俺の言葉に、有菜が噛み付く。

「いいの? とーこちゃん、行っちゃうんだよ?」
「それは、とーこの小さな頃からの夢だから・・・」

目を細め、そう告げると有菜は涙をしゃくりあげた。
「ここからは、直人ととーこの領域だな」
雄介はそう言って、俺の隣を通り過ぎ、有菜の前で立ち止まった。
そして有菜を覗き込んで「ジュース買いに行こ?」と手を引いた。
有菜は雄介を見つめ、ほっとしたようにこくんと頷いて「直人君、とーこちゃん、広場で待ってて。」とわざと怒った顔を作って言った。
とーこちゃんが留学すること、何で言わなかったの! と、瞳が訴えていた。
とーこを手離したら、許さないんだから! とも。

雄介に連れられて歩く有菜から視線をとーこに戻した。
真実を知らされたことと、俺たちに話しを聞かれたことで、とーこの心は混乱していた。
だけど、感じていた。

とーこの氷が融けていく。

「・・・最後のつもりだったの?」

とーこは・・・最後のつもりだったんだ。
苦しくて、辛くて、俺と有菜の間で。

だけど、多分、とーこも感じている。
俺の中にあった何かが、変わったこと。

とーこは振り向かず「・・・うん」と呟いた。

許されてしまう。
そうわかって、心が震えるほど幸せだった。
だけど、そうやって自分の傷を無視してでも、俺を受け入れようとするとーこに胸が痛む。
それは同情なんじゃないか、と。
それを利用しても・・・いいだろうか?

「俺がとーこを好きでも?」

伸ばしたくなる腕を耐えて訊ねた。
このまま振り向かなければ、互いにどんなに好きだとわかっていても「さよなら」だ。
選ぶのは、とーこだから。
そう言いながら、俺を選んで欲しくて。
ずるくても、ちゃんと想いを伝えたかった。
振り向いてくれるなら。

ほんの数秒だったのかもしれない。
だけど俺にとっては永遠のように長く感じた。

氷の融けた、剥き出しの心で、とーこがゆっくりと振り向いた。
その瞳に、不安で仕方のない俺が映る。

「――シアワセのほしをてにいれたふたりは、つないでいた て をはなしました。」

ふと思い出したフレーズ。
ずっと手を繋いでいたのに、いつしか繋ぐ事ができなくなって。
ずっとずっと求めていた手。

「"また、あえるように、このほしにおねがいするよ"
"きっとまた、いっしょにぼうけんしましょうね"
ふたりはきらきらとかがやくほしのしたで、てをふりました。
"さよなら、きみとあえて、しあわせだったよ"
・・・おとこのこは、むねのほしにてをあてました――」

もしも、とーこが「さよなら」を告げても。
絶対、とーこにむかって虹をかけるから。

「でも、その"さよなら"は、また出会うための約束だって、とーこ言ってたよな?」

とーこは俺のシアワセの星だから
胸にあるシアワセの星の輝き。
その星が道しるべになるんだと、小さなとーこが教えてくれた。

『"特別"なんだろ? 離せないんだろ? 無駄なことなんて、何にもないんだよ。きっと・・・傷つけて遠回りしたことも、必要なことだったんだ。』
拓の言葉
『過去は今に繋がってて、今は未来に繋がってんだよ・・・!』
シンの言葉。

俺にとって、とーこは過去も未来も、特別な存在。

「・・・・・・とーこは、さよならするつもりだった?」

歩み寄って、とーこの左手の指先を掴んだ。
恐るおそる。
振り払われはしなかったけれど、とーこの手が強張る。

「手を離すつもりは、ないよ? 俺にとって、とーこは、かけがえのない"おんなのこ"だから。・・・気がつくのが遅くて・・・凄く遠回りして・・・凄く傷つけたけど・・・でも」

少しずつ掴む力を強くした。
そして、そっと指を絡めた。
柔らかな細い指の一本一本を、確認するように捕まえていく。
鼓動が早まり、堰を切った感情が溢れだす。

ぴくんと、とーこの身体が跳ねた。

心に触れる。
凍えていた心に、震えている心に、そっと触れる。

この手じゃなきゃダメなんだと思い知る。
こんなにも温かで、優しくて、持っているすべてで俺を包もうとする、とーこの手じゃなきゃダメなんだって思い知らされる。

それまで力が入らず震えて強張るだけだったとーこの手が。
その左手が俺の手を握り返した。

「もしも、とーこが『さよなら』しても、どんなに離れてても、とーこを見つけるから。」

未だ小さく震えているとーこからは、離れてしまっていた間2人を繋いでいた音色が零れる。

「だからとーこはそれを持ってて。その音を頼りに、絶対に、辿り着くから。」

握り締めていたとーこの右手を持ち上げて、そっと指を開かせた。
指の間から、ガムランボールが現れる。
2人のシアワセの星。

いつもとーこの体温を感じてた。
悲しみも切なさも、みんなとーこが一緒に背負ってくれた。

手を離してしまったから、失いかけた気持ち。見失ってしまった気持ち。

失うのが怖くて、深く沈めてしまった本当の気持ち。
自分の気持ちを封印して、なのに確かめるようにとーこを縛り付けた。
傷ついていると知りながら、それでも手離せずに。
ただ、手を伸ばすだけでよかった筈なのに、傷ついた心は氷で覆われて。

お互い、手を伸ばすことを躊躇ってしまった。

それでも。

繋がれた手は、心に触れる。

夜空を見上げた。俺たちに降ってくる。

「・・・向こう行っても、この空は繋がってるから」

ペルセウスから、流星が放たれる。

「・・・直人。ずっと、好きだったよ。」

とーこが囁くように言葉を紡ぐ。

「好き」

言葉が胸を揺さぶり、震えた。
欲しかったたった一つの言葉。

「・・・もう、失ってしまうと思った」

思わず呟いた言葉に「直人でも不安になることがあるのね」と、とーこが驚いたように視線を向けた。

「・・・今は、何もかも不安だよ」
「あたしも、嬉しいけど、怖いよ」

怖さを知った。
もう失いたくない。
大切なものを失う怖さを知っている。
臆病な自分を知っている。
臆病さゆえに、君を求める。
だけど、君が教えてくれたから。
愛しさを。
失われることのない、心を。

また、一つ。
星が流れる。

流れていく星に、とーこが「さよなら」と呟いた。



『ダイジョウブだよ! とうこがいっしょにいるよ? ほら、てつなごう』
差し出された小さな手。
小さなボクが笑う。
小さな塔子が笑う。
はじまりのあの空から、ずっと繋がっていた手。 見つめてきた星空。



「ずっと一緒だ」

俺の呟きに、とーこは「うん」と手をぎゅっと握った。
「ずっと一緒だよ」

もしもこの手が離れても、俺は何度もこの指先に辿り着く。

どんなに遠く離れても、心はいつもこの星空の下で一つになる。

俺たちには、シアワセの星があるから。


空は繋がっている。
――君へと。





――35、そして君に繋がる空

2008,7,1up





◇ E N D ◇


続編 binary star ― 連星 ―1



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