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君に繋がる空

  
4、泣き出した空





お母さんの大好きだった雪柳が、庭先で揺れている。
ああ、今年は見せてあげれなかったな、って椅子に座ったまま思った。
ばーちゃんに言って、切ってもらおうかな。
開いていたドリルを閉じて、立ち上がろうとした。
「・・・・」
だけど、胸に重たいおもりをつけられたみたいで、ボクは立ち上がることができなくて、そのまま机に突っ伏した。
また鼻の奥がつんとして、目頭が熱くなる。

ダメだ。泣かないぞ。
泣いたら、ばあちゃんが心配する。

そう思うのに、どうしてもボクは悲しくて泣きたくなる。

"寂しいよ"
"寂しいよ"

一人ぼっちってどんな感じだろう。
お母さんは一人ぼっちで逝ってしまった。
お母さんが居ないだけで、こんなに寂しくて不安なのに。
いつかはばあちゃんも父さんも。
じいちゃんが亡くなったのは、ボクが赤ちゃんの頃だったから覚えていない。
こんなこと考えるのは初めてだった。
それは今すぐじゃないかもしれないけど、それでもまたこんな苦しい想いをしなくちゃいけないんだって思うと、寂しくて仕方ない。
さよならすることが、こんなに怖いことだなんて今まで知らなかったから。
誰かが居なくなるということが、こんなに悲しいなんて知らなかったから。

"寂しいよ"
"怖いよ"

何を見ればいいのかわからずに、でも涙が落ちるのが怖くて、ボクは部屋をぐるりと見回した。
そして、ベットの上の絵本を見つめた。

【星にかける虹】

とーこが一昨日、ボクが寝てる間に枕元に置いて行った。
ボクは手を伸ばして、もう何度も読んだその絵本を開いた。



■ ■ ■

そのくには、まっくろなけむりが ひるまもおひさまをかくし もうずっとよるがつづいていました。
おもく くらい よるのやみは おとこのこのこころを おなじいろでそめていました。

おとこのこは ひとりぼっちでした。

だれにでも ひとつ シアワセのほしがある
そうおしえてくれたのは おかあさんでした。
でも そのおかあさんも いまはいません。

おとこのこには たったひとつ。
おかあさんからもらったベルしかありませんでした。
「これはまほうのベルだから さみしいときにならしなさい」
と、わたされたものでした。

このくにの どこかにあるという シアワセのほし。

おとこのこは ひざをかかえて まっくらな そらをみあげました。

■ ■ ■



「おじゃましまーす。」

玄関が開いて、明るい声が家中に響いた。
ぱたぱたと廊下を歩く音が聞こえて、ボクはぐいっと洋服の袖で目を擦る。

とーこだ。

葬儀が終わって一週間、顔も知らないお客様がごった返していた家もまた静かになった。
それまで気がつかないフリをしていたけれど、家の中は悲しみ色でくすんでいて、空気は重く沈んでいた。
父さんは、今日から仕事に戻った。
笑顔を見せてくれるけど、まだ瞳の端が赤かった。

とーこの気配が動くたびに、ほんの少し、空気が明るく軽くなるのがわかる。
「おばあちゃん、これ、おばちゃんところに飾って?」
リビングから響く声。
ばあちゃんが「ありがとう、今年も綺麗に咲いたね」って嬉しそうな声になってる。
「でも、まあ、こんなにたくさん!」
「せっかくだから、いっぱい持ってきちゃった!」
その声に誘われるように、ボクは立ち上がってリビングへ向かった。

ドアを開けると、とーこは両手いっぱい雪柳を抱えていた。
「おばちゃん、この花好きだったよね」
そう言って少し俯き、飾られている写真を見つめた。
お母さんがガラスの向こうで笑ってる。
ふわっとした、あの笑顔で。

「・・・・やりすぎだよ」
思わず呟いて笑ってしまった。
雪柳に埋もれるようなとーこがぱっとボクを見た。
「直人、もう熱大丈夫?」
ばあちゃんに雪柳を渡すと、とーこが心配そうに駆け寄ってきた。
ボクは葬儀の翌日から39度の熱を出してしまったんだ。

「熱、下がった?」
自分の額とボクの額に手をあてて、とーこは少しかがみこむ。
とーこの手があったかで、ボクはほっとして目を閉じる。
昨日の夜から熱は平熱に下がってたけど、今日は一応休んだ。

「も、大丈夫」
「・・・うん、熱くはないみたい。」
ボクはリビングのカーペットの上に座り、とーこはその隣に座った。
小さな白い花びらが床に幾つか落ちている。
「あたしも一緒だったのに」
とーこは脇に抱えていた連絡帳をボクに渡して、拗ねたような顔をして呟いた。
「とーこは頑丈だもんね」
「えー、なんかそれってあたしが化け物みたいだ〜!」

通夜の後、ボクととーこはそっとここを抜け出して、二人で夜空を見上げてた。
春先と言っても、まだまだ夜は寒い。
だけどボクは家に帰りたくなくて。
小さな箱に納まってしまったお母さんを見るのが辛くて。
だから、傍にずっと居てくれるとーこと一緒に星を見てた。
とーこが見せてくれたガムランボールを星にかざして、その不思議な音色を聞いていた。
サラサラと舞い落ちる金属片の音は、星の囁き声のような気がして、ボクはいつまでもいつまでも鳴らしていた。

「頑丈が、一番、だよ」

ボクがぼそっと呟くと、とーこはちょっと苦しそうな顔で笑って「そうだよね、ごめん」と頭を掻いた。
ボクの言葉をとーこがどう受け取ったのかわかって、今度はボクが舌打ちしたくなった。
責めるみたいな口ぶりだったかもしれない。

「とー・・・」
「だから、あたしに風邪うつしなって言ったでしょ!あたしなら一晩で熱なんか下がっちゃうんだから!」

とーこは言って、それからボクの頬にそっと触れた。
「そんな泣きそうな顔しないでよ。」
あたし、気にしてないよ?

とーこはにっと笑った。
イヤになるくらい、とーこはボクの気持ちがわかってしまう。
ボクはとーこが持ってきてくれた雪柳を見た。
「・・・さっき、漢ドしながらあれ見てたんだ。お母さんに見せてあげたいなあって。」
「うん、あたしも、そう思った。」

ばあちゃんがパチンパチンと切りそろえて、花瓶に活けていくのを見つめた。

「直人」
「うん?」
「あたしは頑丈だからさ」
「・・・うん?」
「直人を一人にしないよ。」
「・・・!」

その言葉に、ボクは思わずとーこを見つめた。
とーこはばあちゃんが活け終わった雪柳を見てた。
その横顔があんまりキレイで、ボクはどきんとした。
とーこが、とてもカッコよく見えてボクよりずっと年上の人に思えた。

「とーこ?」

思わず呼びかけると、とーこはくるりと振り向いて、ボクをまたじっと見た。

「エイ!」
「イダ・・・!」
「ひとりじゃない、よ」

不意打ち。
でこピンされて、ボクはおでこを抑えてちょっと泣いた。



■ ■ ■

おとこのこは ひざをかかえて まっくらな そらをみあげました。

さみしくて さみしくて 
おとこのこは ベルをならしてみました。

けれども おとはきこえません。
なんども なんどもならしてみましたが やはりベルはなりません。

けれども ただひとり そのベルのおとを きいたものがありました。

ほしもないまっくらやみで そのベルのおとは やさしくひびきます。
くらやみをあるいていたおんなのこは そのベルのおとをたよりに おとこのこのもとへたどりつきました。

■ ■ ■



雪柳がお母さんの写真の前をいっぱいに飾って、目隠ししてるみたいだった。
ばあちゃんも、いつの間にかリビングから居なくなってた。
背を向けたボクに、とーこは寄りかかってきた。
とーこの体温が背中越しに伝わる。

「ずっと一緒だよ」

ひとりじゃないんだ。

そう思ったら、ボクは泣き出していた。




――泣き出した空

2007,11,16up





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