novel top top


君に繋がる空

  
5、揺れる空





寝転んで見上げた星空に、大音響と共に大きな花が咲いた。
あんまり大きな音で、空の星たちが震えたように思えた。
多分、川原であげてるんだろうな。
花火があがった方向とは反対から、太鼓の音と笛の音が聞こえている。
3回目の花火。
いよいよ奉納の剣の舞が始まるんだ。
いつもなら、釘付けになって見上げているのに、なんだか変な感じだ。
ボクは風に揺れる草の先が、舞台でくるくると舞う刀のように見えてじっと見つめた。

「直人」

隣にばたりと倒れこむ気配に、ボクは驚いて、だけどそんなことする人物は一人しか心当たりがないから、小さな剣の舞いを見せる草から視線を上げて、震えの治まった星を見た。

「・・・さっき、花火がここに落ちてきそうなほど大きかった。」
「ホント?そうか、いつも神社からしか見ないもんね。確かに音は凄かった!」

くるりと体を反転させてうつ伏せになると、祭り袢天を着込んだとーこが夜空を見上げていた。
花火は30分毎に上がる。
神社に奉納される舞の進行に合わせて。

「お神輿は?」
「うん、終わった。灯篭置いてきちゃったけど」

今日は夏祭り。
毎年、ボクらはこの日の為に作った灯篭に火を灯し、高学年が担ぐ子供神輿の後ろをついて回る。
今年は、お母さんが亡くなったばっかりだから、ボクはお祭りに参加できない。
喪が明けるまでは、神社の鳥居をくぐったらいけないんだって、ばーちゃんが言ってた。
「こっそり横から入りな?」って父さんはお小遣いを渡して耳打ちしてくれたけど、ボクはお宮には行かずに広場に来てた。
太鼓の音も笛の音も、ボクをわくわくさせるものだったけど、そして剣の舞は一番の楽しみだったけれど、今年は行かないって決めてた。
だけど、やっぱり本当は寂しかったから、とーこが来てくれた事は素直に嬉しかった。

昨日まで雨が続いてたから、星空を見るのは久しぶりだった。
お祭りは毎年雨になることが多くて、とーこは心配してた。

「今年は梅雨明けしないまま夏になるんじゃないかって思ってた」

とーこはそう言って「久しぶりだよね、星。」とボクが思っていたことを口にした。
ボクは肘をついて、とーこを眺めた。
今日は月も出ていたから、とーこの顔はよく見えた。
髪が伸びて、今年は頭の上で団子にしてる。
そういえば、ここのところ髪を伸ばしてるみたいだ。
(女の子みたいって言ったら、すっごく嫌な顔されたっけ)
正体不明のむずむずが胸の中で騒いで、ボクは慌てて視線をそらした。
(これ、なんなんだろ?)

「あ、そうだ!」
とーこが突然起き上がって、足元に転がっているものをボクに一つ渡した。
「ラムネ。買って来た。喉渇いちゃった。」
少し濡れたラムネの瓶を受け取り、ボクも起き上がって草の上に胡坐をかいた。
「おごり?」
「おごり!」
程よく冷えたラムネの蓋を開けようとして、とーこはキャップを押してビー玉を落とそうとした。
「あ、あれ?」
「とーこって、これ前から苦手だよね」
とーこからラムネの瓶を受け取って、ぐいっとキャップを押す。
「わ、わわわ」
しゅわしゅわと音をたてて、ラムネがあふれ出て来て、ボクととーこは慌てて立ち上がった。
とーこはボクからラムネの瓶を取ると、急いで口に運んで飲んだ。
「放り投げたんだ?」
「投げてないよ。ま、ちょっと乱暴に置いちゃったかな?」
ごめんねありがと、と笑って、とーこはごくごくと喉をならしてラムネを飲んだ。ボクも自分の分を開けて(これもやっぱりしゅわしゅわと噴き出した)口をつけた。
お祭りのラムネって、なんでかいつも飲む炭酸飲料より美味しい気がする。
ビー玉が入り口を塞いだから、舌でぐっと押してまた飲んだ。

「遊ばなくていいの?」
「いいよ。明日もあるし。本宮は明日だよ?」
「明日もお神輿あるじゃん。」
「そうだけど」

とーこがビー玉をからんと鳴らす。
去年この中のビー玉がほしくて、二人でラムネの瓶を割って凄く怒られたことを思い出した。
破片は飛び散るし、肝心のビー玉はどこかに転がるし、みんなに怒られるし、お店の人に謝りに行かなくちゃで、二人して泣きべそかいた。
結局、あの時のビー玉はどこにいったんだろう?
くすっととーこが笑ったから「去年?」って聞いたら「うん」って返ってきた。
あ、やっぱり同じこと考えていたんだ。

「あれ、とーこがどうしても欲しいって言ったんだよね」
「えー直人がこれってとれると思う?って言ったんだよ!」
「とーこが欲しそうだったから」
「直人が欲しかったんでしょ」
「違うって」
「まさか割るなんてさ」
「直人の意気地なしとかって言ったの誰だよ?」

大きな声で言い合って、ボクたちはぶーーーーって吹き出した。
どんってまた大きな音がして、ボクたちの頭の上で赤い花が開いた。
胸の奥まで響く低い音が、また星を揺らす。

「・・・・今、聞こえた?」

とーこがポケットから何か取り出して、ボクのほうへ差し出した。

「・・・?何?」
「これ。振動で音がした、気がした。」

あ、ガムランボール。
そう思うのと、手を差し出すのは一緒だった。
とーこがころんとボクの手にガムランボールを転がした。

「次、花火が上がったら耳を澄ましてみて」

ボクは月の光に淡く輝くガムランボールを耳元に持って行き、そっと鳴らした。
シャラシャラと微かな音が、渡ってきた風に流されるように聞こえる。
もう一度、ボクはガムランボールを鳴らした。

「おーい!直人!あ、とーこも。こんなとこにいた〜!」

大きな声で呼ばれて、驚いて振り向いた。
とーこと同じ祭り袢天を着たシンちゃん、それにたー君が、両手に花火をいっぱい持って走ってくる。
その後ろからまだ何人か走ってくる。

「花火やろうぜ!」
「カキ氷買って来たぞ〜!」

あっという間に幼馴染たちに取り囲まれて、ボクは呆気に取られた。
今日はお祭りで、みんな露天であれこれ選んだりゲームをして楽しんでる時間だから。
いつもなら、5回目の花火の音が鳴るまで、誰も境内から出ないのに。
そんなボクの様子を見て、とーこはどんと肩をぶつけてきた。
ボクはとーこを見る。
あ、くそっ、またとーこの背が伸びてる。

「直人、もてもてだね!」
「男ばっかりだけど?」
「とーこもいるじゃん」
「え、とーこって男だろ?」
「うわー!たー君!それ本気で言ってるでしょ!」
「だって、とーこが女子と遊んでるの見たことないよ」
「そうそう。昨日も雨の中サッカーしてただろ?」
「うっ・・・ま、そうだけどさ。あたしだって女子と遊ぶも〜ん」
「そしたら、直人が寂しがるんだろ?」
「そんなことないよ!」

空になったラムネの瓶を草の上に置くと、シンちゃんが数本花火を渡してきた。
「直人、ロケット花火しようぜ!」
「うん」
人気のない方に花火を向け、地面に突き刺した。
ボクらより一足早く、少し離れた場所でロケット花火が放たれパンと弾ける音がした。
それが合図だったかのように、シンちゃんが持ってきた線香で導火線に火をつけていく。
夜空に向かって幾つもの光の筋が走る。
それはちょうど流れ星が空へ還って行くように見えた。

「うわっ」
「きゃー!」

地面に深く刺しすぎた何本かは、空へ還れず、その場で破裂した。
飛ぶことのできないロケット花火は、だけど、ボクらを一番楽しませてくれた。・・・スリルってやつかも。

「今年はさ、カブトムシ、どっちが多く捕まえられるかな?」

ひとしきりはしゃいだ後、ボクたちは袋の奥にあった線香花火に火をつけた。
みんなでしゃがみこんで、大人しくぱちぱちと爆ぜる小さな光を見つめた。
とーこの呟きが、爆ぜる音に重なる。

「ボクでしょ。内緒のポイントがあるんだ」
「嘘、あたしが知らないとこ?」
「うん。」
「教えてよー。一緒に行こうよ〜。」
「ダメダメ、シンちゃんが教えてくれたんだから」
「そ。これはオトコ同士の秘密なんだよ」
「うわーこんな時だけ、オンナの子扱い〜?」

とーこが笑うと、ぼとりと玉が落ちた。
シンちゃんが「そうだ!」と顔を上げた。その瞬間にシンちゃんの玉も落ちる。
かなり大きかったのに、もったいない。

「ねーちゃんがさ、とーこの絵本貸してくれって。なんか英語の夏の課題で使いたいって。訳すって言うんだっけ?」
「うん、いいよ。清美ちゃんにいつでもどうぞって伝えて?」
「でさ、とーこに内容教えようか?って言ってたぞ」

清美姉ちゃんはシンちゃんの4コ上のお姉ちゃんだ。中3で、塾に通いだしたって聞いた。
シンちゃんがちょっと恥ずかしそうに耳の後ろを掻いた。
その耳が赤くなってるのが見える。

「わー!・・・・あ、でも、いい。楽しみにとっておく。英語ならったら、直人と二人で日本語にしようって言ってたんだ」

とーこは「シンちゃんありがと」って笑った。「頼んでくれたの?」ってシンちゃんを覗き込んでる。今年も何冊か英語の本が送られてきたって、シンちゃん知ってるんだ?
「あれ?とーこ、シンちゃんにも見せたの?」
なんだろう、ちょっとムカッとした。
とーこは「シンちゃんのお父さんが配達してくれたんだもん」ってなんでもないことのように言った。
なんでかボクは「ふーん」って凄くイジケタ気持ちになって線香花火に視線を落とした。
大きな玉から、火花がパチパチと飛び出しはじめた。
シンちゃんは「俺、そんなん頼んでないよ!」って慌てて立ち上がった。
「あ!」
「うわっ」
「シン、騒ぐなよ!」
立ち上がった時に隣のたー君にぶつかって、もう少し火花を楽しめたはずの玉が落ちて、他のみんなの玉も落ちた。ボクのも。

「・・・・3,4,5,6・・・・7っと。ちょうど人数分。これでラストだよ」
とーこが線香花火を数えて、みんなに1本ずつ渡した。
「ねえねえ、これ、あたし最後まで落ちなかったら、内緒のポイントってやつ連れてってくれる?」
とーこがシンちゃんに渡しながら訊ねた。
シンちゃんがちょっとむくれた顔で「えー」としゃがみこむ。
とーこはお構いなしで「勝負だよ!」と真剣な表情になった。
シンちゃんが複雑な表情でボクを見た。
ボクもなんだかフクザツな気持ちで線香花火に火をつけた。


大きな玉になって火花が散り始めた時、ひゅっと空気を裂くような音がして頭上で大きな花火が弾けた。

「わっ!」

驚いて空を見上げた。
本日一番の大玉がボクらに落ちてくるように光の筋を垂らした。
振動で、ポケットに入れたままのガムランボールが鳴った。

「あーーーー!」

とーこの声に手元を見つめる。
大きく育っていたはずの玉が、跡形もなく消えていた。

「・・・はい、とーこの負け」

たー君の一言に、何故かボクはくすっと笑った。
だって、とーこがあんまり悔しそうにひっくり返ったから。

不思議な気持ちだった。
"とーこと仲良くしていいのはボクだけ"って思ったから。
(シンちゃんに負けてくれてよかった)
上手く説明できないけれど、とーこがシンちゃんと仲良くするのは、なんとなく嫌だなって思った。


そっと、とーこのガムランボールを握り締めて、また星を見た。




――揺れる空

2007,11,22up





next

back

星空の下でさよなら top

novel topへ

topへ








Copyright 2006-2008 jun. All rights reserved.