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君に繋がる空

  
6、まぶしい空





ぬるい風が教室の中に吹き込んできて、それでも少しはマシだなって思う。
ぺろんぴろんと下敷きをうちわ代わりにする音が、あちこちから聞こえてくる。
「こんな暑っちぃのに、夏休みが終わったなんてありえねぇー!」
佐々木陽太が一番後ろの席で大声をあげた。
もう夏休みが終わって1週間。
佐々木は毎日ぼやいてる。

「佐々木、お前だけまだ夏休みでもいいけどな?今日の宿題ちゃんと提出しろよ〜?」
担任の嶋先生はチョークを置いて手を叩きながらのんびりした口調で言う。
「ああ、そしたら、宿題たりないな?もっと出そうか?佐々木」
「そんなあ」
どっと笑い声が起こり、佐々木が呻いたところでチャイムが鳴った。
「ほい、それじゃあ解散な〜。さようなら〜。」
ボクは黒板に書かれた連絡事項を連絡帳に書き写す。
(うわあ、明日からもう運動会の練習だ〜)
ボクは太陽の光が容赦なく降り注いでいる校庭を見下ろして、佐々木じゃないけど「こんな暑いのに・・・」と思わずぼやいた。




「なあなあ、転校生、見た?」
佐々木がランドセルをひょいっと担ぐようにしてボクの席まで走ってきた。
「見た?も何も、朝校庭で校長先生が紹介したじゃない」
斜め後ろの雄介が不思議なものを見るように佐々木を見た。
「や、てーか、そうじゃなくて、あの転校生・・・ええと名前なんっていったっけ?」
「陽太ってちゃんと聞いてるんだかそうじゃないのかわかんないよね。」
雄介は呆れたというように肩をすくめて、佐々木のランドセルをぐいっと押した。
「"ナカタニ ユウナ"って言ってた?」
ボクが尋ねると、雄介は「うん」と答えて連絡帳をランドセルに入れた。
「ユウナちゃんかー!なんか、この学校の女子には居ないようなカンジだよな!」
なんだか妙にうかれてる佐々木に、雄介が笑いを堪えたような顔を向けた。
「・・・・実は、僕ん家の隣に引っ越してきたんだ」
「ええー!?」
佐々木の大きな声に、クラスのみんなが注目する。雄介が「陽太、声でかいよ!」と机に置いていた佐々木の手をぐいっと押した。

佐々木って、面白い奴だ。
去年はクラス違ったけど、そういえば隣のクラスからよく佐々木の声が響いていた気がする・・・。

ランドセルに連絡帳を詰めて帰り支度をしながら、ボクは机の中に封筒が入っていることに気がついた。
「・・・?」

2つあった。
女子の好きそうな花柄と、もうひとつはキャラクターの。

裏返して見るとクラスメイトの児玉と隣のクラスの根本の名前が書いてある。

いつの間に?

「え、直人君、それって・・・」
「え?」

隣の席の斉藤さんが驚いたような顔をして、連絡帳に写す手を止めて俺の手元を見てた。
眉を顰めて。
怒っているようにも見えて、ボクは「どうかした?」と訊ねた。

「それ、読んだ?」
「ううん。今気がついた。」
「なんて書いてあるの?」

じっと手元を見つめられたままで、俺はちょっと困ってしまった。

今読むつもりなんてないよ。
それに、斉藤さんはよくわかってるんじゃない?

・・・なんて、言えないけどさ。

これが初めてではなかったから、これはきっとみんなの前で見ちゃいけないものだ。
前の方に座っている児玉さんが、不安そうに振り返っているのが、その証拠。

「帰ってから読むから。」

そう言ってランドセルに入れると、斉藤さんが悲しそうな顔をした。
なんでそんな顔をされるのかわからなくて、ボクは目を逸らしてランドセルを閉めた。

「さ、かえろ。」
「うん」
「じゃあね、香織ちゃん。また明日。」

雄介は斉藤さんにそう言って、慌ててランドセルを背負うボクをぐいぐいと押した。
教室から出ると、佐々木が「またラブレター?」とにやにやしながら言う。
ボクは「違うって」って呟いた。
ランドセルが妙に重い。

こっそりとボクの机に入れられた手紙。

それはとても気が重くなるものだ。



――最初は、夏休み前は、ボクを慰めてくれる手紙だった。
お母さんの葬儀が済んで、久しぶりに学校に来た日から、『元気を出してね』って。

"お母さんが死んじゃって、『カワイソウなナオトクン』"

元気になんてなれるわけない。

『カワイソウ』って言われる度、ボクは泣きたくなるくらい悲しかった。
だけど、それ以外の言葉がないことも知っていた。
とーこ以外で『カワイソウなナオトクン』っていう目で見ない女子は居なかった。
みんなで『カワイソウなナオトクン』にずっとしておくって決めたみたいに。

でも、その気持ちには感謝してたから、手紙をくれた女子にはちゃんと一人ずつ「ありがとう」ってお礼を言った。
言われた女子は真っ赤になってた。
たいていはそれで終わりだったんだけど。
何度も手紙をくれたり、電話してくる女子もいた。
ボクは手紙に深い意味があったんだって、最初はわからなかった。
仲良くするのはあたりまえだと思っていた。

それが『特別』扱いしてることになってるなんて思いもしなかったし・・・。
『特別』だなんて思ってなかった。
だけど、女子にはそう思われていたんだって後からわかった。

まだまだ頭の中はお母さんでいっぱいなのに。
だけど、慰めてほしいなんて言ったことない。

ボクの前で家族の話をしないっていうルールにも、ボクは気がついてる。
でもさ、そりゃ羨ましいし寂しいけれど、ボクはお母さんと過ごした大事な時間があるし、みんなにだってそれがあって当たり前で。
夏休みに出かけた話とか、家での楽しかったことを話していて、急に「あ!」ってボクの顔を見て「ごめんね?」なんて言わなくてもいいんだ。
そんな気遣いなんて、してほしくない。

同情なんていらないのに。

いっそ無神経なくらいで居て欲しい。
ボクにだって、父さんやばーちゃんが居るんだ。
お母さんの笑顔だって、覚えてる。
傍にはいつもとーこが居てくれる。
でも。
とーこのことを悪く言う女子もいる。

ボクととーこは幼馴染だ。
いつも一緒にいようって、約束した。
みんなと違うのはあたりまえじゃないの?
なのに、なんで?
ボクが手紙の返事をしなかったから?
「遊ぼう」って言われた時に「とーこんちに来る?」って言ったから?
登下校が一緒だから?
放課後、男子と遊ぶとーこが「おかしい」って言う。
本当にそんなにおかしいことだろうか・・・?



夏休みが終われば、少しは変わると思っていたけど。
どうやらそうじゃなかったらしい。
ボクはまだ『カワイソウなナオトクン』でいなくちゃいけないんだ。

溜息が出た。
今では、手紙ってものにたいしてうんざりする気持ちしかなかった。
女子って存在も・・・なんだかめんどくさい。

「直人、今日遊ぼうぜ!昨日はあんま遊べなかったもんな!」
ボクの顔を覗き込んで、太陽みたいな笑顔で佐々木は言った。
ああ、こいつの名前、陽太って、ホントまんまだな、なんてあらためて思って、思わずボクも笑った。
男子って、こういう時いいなって思う。
悲しそうな目で見て、ボクを『カワイソウなナオトクン』にしない。
悲しいけど、でも、そんな目で見られて嬉しい奴なんているのか、ボクには不思議でしょうがない。

「遊ぶ。何する?」

ボクが答えるのと、隣のクラスからとーこが出てくるのはちょうど一緒だった。

「よう!」
「・・・よう」
「・・・?」
「何?」
「ううん」

ボクの顔を見て、一瞬首を傾げたとーこはわざと片手をあげておどけた言い方をした。
また変な顔してたんだろうか?

「今日遊ぶんだけど、とーこ、どうする?」

雄介がいつものようにとーこに声をかける。「いいよ!何する?」と声を弾ませながら、とーこが雄介の隣に並んだ。
ボクの隣で歩いていた佐々木は、気がつくと1組の入り口のところで立ち止まり首を突っ込んできょろきょろとしてる。

「なんだよ!陽太!俺が居なくて寂しかったのかよ?」
「うを!?」

教室の中から修が顔を出して、佐々木の顔をぐいっと押し、にやにやと笑いながら廊下に出てきた。

「いてーよ!修!」と鼻を押さえる佐々木に、修が「転校生だろ?」と人差し指を突きたてる。「朝会でぽーっとしてただろ?」
「してねーよ!」
「陽太の好きなタイプだよな」
「ばばばばかやろっ」

真っ赤になった佐々木をしてやったりといった表情の修に、とーこが「えー、そういう修君だってさ〜」と呟いた。
修は慌てた様子で「とーこ、さっきのこと忘れてないよね?」って、とーこの後ろに回ってランドセルを掴むと、わざと動きを止めた。
「やめてよ、修君。わかってるよっ、もー、この!」
動きを封じられ、じたばたとしていたとーこは、だけどちらりと後ろを見て、自分のランドセルからするりと腕を抜いた。
「うわっ」と情けない声をあげながらランドセルの重みに前へつんのめる修を背に、とーこはまた雄介の隣に並ぶ。

「じゃ、修君、それ運んでね」
「ちっ」
「ちっじゃないよ。よろしくね。」
「うわー修、最低〜」

ボクはそんな修を見て笑っていたんだけど、「・・・直人何かあった?」って雄介に尋ねるとーこの小さな声に振り向いた。

「何?」
「え?うん、なんかいつもと違うかな、って。」

そう言ったものの、とーこはボクをじっと見て「やっぱり、なんでもない」と首を振った。
雄介は意味深な目でボクを見たけど、修が「早く行こう!」って声をかけたから、ボクらはそのまま階段を下りた。



「関君!」

背後から可愛らしい声が響いた。

聞きなれない声に不思議に思って振り返った。
「転校生!」
佐々木が大きな声で言い、修がとーこのランドセルで佐々木を押して「それ名前じゃねーし!」って突っ込む。

「あ、あの、私も一緒に帰っていい?」

肩までのやわらかそうな髪。
その後ろでリボンがふわっと揺れる。
大きな瞳がボクたちをじっと見つめた。
少し不安そうに眉を顰め、口元が緊張してる。
両手をしっかりと胸の前で握り締めて、だけど一生懸命に笑おうとしてるのがボクでもわかった。

「有菜ちゃん!あ、そっか、関君と家がお隣さんなんだったよね?」

とーこが転校生・・・中谷さんに笑顔で話しかけて、階段を上っていく。
中谷さんはほっとしたように両手の力を抜いて、ぱあっと笑顔になった。

――うわ、かわいい。

真っ赤になった陽太の耳が目の端に映る。
もしかしたら、ボクも赤くなってたかもしれない。
赤ちゃんみたいな笑顔だった。

とーこは中谷さんの一段下で立ち止まった。雄介も一緒に中谷さんの方に向かう。

「えっと、羽鳥さん?」
「うん。とーこでいいよ?あのね今日、関君とみんなで遊んで帰ろうって言ってたんだよ。有菜ちゃんは?時間大丈夫?」

とーこが言うと、ちらりと雄介を見て「大丈夫。・・・だけど、いいのかな?」って小首を傾げた。
雄介はくすっと笑って「もちろん、いいよ。」って答えた。

「何するの?」
「まだ決めてないんだけど・・・何する?」
「あ、じゃあさ、今日は学校案内にする?学校って言うか、校庭案内!」

ワンピースだもんね、ってとーこが言うと、中谷さんは自分を見下ろして「うん」って頷く。
それからまた真面目な顔になって。
「あ、じゃ、あのね、はじめまして、中谷有菜です。え、と、よろしくね?」
ぺこっと頭を下げて、ボクたちを順番に見た。

「小林修ね。同じクラス。さっきも自己紹介したよね?」
「で、今はあたしの荷物もち♪」

とーこが歌うように言って、階段を下りだす。

「うん、修君。サッカーが得意な、だよね。」
「そうそう」
「あたしは羽鳥塔子。とーこでいいからね?」

とーこが中谷さんに微笑むと「うん」って凄く嬉しそうに笑う。
雄介と並んで中谷さんも下りながら「よろしくね」なんてちゃんと挨拶してる。

「で、こいつは僕と一緒の2組。佐々木陽太」
雄介がぽけっとして立ち止まってる陽太の頭を叩く。
「佐々木君、ね?有菜です。」
「よよよよろしく」

ボクの隣まで下りて来たとーこはまた振り向いて「で、直人。三上直人。あたしの幼馴染!」ってボクの肩を叩いた。
「イダっ・・・あ、よろしく・・・とーこの馬鹿力っ」
叩かれた肩をさすりながら、でも、とーこの笑顔につられるようにして笑う。中谷さんも笑った。

「よろしくね、直人くん」

どきっとした。
ふわって笑う中谷さんに。

何も知らないんだから、当たり前なんだけど。

久しぶりに、『カワイソウなナオトクン』って目で見られなかった。
それが、なんだか凄く新鮮で嬉しかった。



靴箱の前まで来て、馬鹿みたいに身構えていた自分に気がついて、肩から力が抜けた。

「・・・はー・・・」

隣で、とーこがふーっと息を吐いて目を閉じた。とーこの肩からも力が抜けたのがわかる。

「・・・どーかしたの?」
「ん?なんでもないよ。・・・よかったねえ、直人。」

玄関で靴に履き替えながら、とーこは嬉しそうに呟いた。
妙に重かったランドセルも、急に軽くなった気がした。

「さ、行こう?」
「うん」

ぽんとランドセルを叩かれる。

「とーこちゃん!」
「今行く!」

とーこが校庭で待つ中谷に向かって大きく手を振った。




――まぶしい空

2007,11,29up





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