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君に繋がる空

  
9、空に引かれた境界線





5月に入ってすぐに、全学年参加の陸上記録会がある。
どうやら人数がソレほど多くないこの中学では、地区の陸上大会に出場させるメンバーをこの記録会で選抜するらしい。
本当なら陸上部が参加するものなんだろうけど、優れた才能を持った人間が陸上部に入部してるとは限らないから、ということらしい。
なんかそれって、陸上を真面目にしてる人間には失礼だよなって思う。

入学当初、散々入部してほしいって言われたけど、俺は修と陽太とバスケ部に入った。
バスケが凄くしたいとかそういわけではなかったけれど、陸上にもそれほど興味がなかったから。

雄介なんかは早速ハイジャンで目をつけられたらしく、体育の下田に呼び出されてる。

「雄介、吹奏楽で行くんだろ?大会。」
「掛け持ちさせられるのかよ?」
「うわ〜きっついなあ」

陽太と修がストレッチしながら、下田にレクチャーされてる雄介の姿を見ながら苦笑した。
雄介は吹奏楽に入部した。
雄介は6年になってすぐに有菜がフルートを習いだしたのに触発され、一緒に音楽教室に通ってトランペットを始めた。
それに引きずられるようにして、とーこまで吹奏楽に入部したのには驚いた。
楽譜なんか読めるのかよ!?って聞いたら失礼な!って殴られそうになった。
とーこは運動部だとばかり思ってたから、意表をつかれた。
有菜に泣きつかれたらしいけど、本人は結構楽しんでるみたいだ。

「直人くーん!頑張ってぇ〜!」
「三上君ファイト!」
「直人く〜ん!!」
生活指導の山口に促されてスタート前に並ぶと、大きな声があがった。
思わず身じろぎしてしまう。
「うえええ、また"直人くーん"だって」
「ほら、手でも振ってやれよ」
「なんだよそれ・・・」
そんな二人の言葉に苦笑して、俺は靴紐を結び直す。
1種目終わるごとに声が大きくなってる気がした。先輩たちの視線が痛い。

「直人君!」
スタートラインのすぐ脇から一際元気な声が聞こえた。
有菜だ。

「頑張ってね!100m、200mって記録更新!400も3位だったし。」
有菜は記録用のボードを握り締めて、興奮気味に話しかけてくる。そっか、記録係なんだ。
頬がうっすらと赤くなって、目がいつも以上に大きく見開かれている。
「直人君凄いね。わかってたけど、ホントに凄い〜!!」
有菜はその後も何度も「凄い」を連発した。

100mは全員参加だけど、他は希望の種目に一つエントリーすればいいはずなのに、担任がほとんど全部の種目に(トラックばっかりだけど)エントリーさせていた。これでラストのはずだけど・・・1500だよな・・・。
さすがにへとへとだったけど、有菜のはしゃぐ姿に疲れが少し消えた気がした。
くすぐったくなるほどの愛らしいその姿に。

「有菜ちゃ〜ん、俺らは?」
陽太が少し拗ねたような口調で身を乗り出す。
「もちろん、佐々木君と修君も頑張ってね!有菜応援してるよう!」
有菜は小さくガッツポーズを作って微笑む。
そして視線を少し離れたほうに向けて、声をあげた。
「ほら、とーこちゃん、応援しなくちゃ!」
「ええ!?」
呼び止められたとーこは、ちらっと俺を見て「そんなの有菜の応援があれば十分だってば。」と言い返して本部に向かう。

「このペンもう書けません〜!」
本部席に行くとシンと拓が居た。3年の運動部は記録まとめをするって言ってた。シンがとーこにペンを手渡す。
「とーこ、ほら」
「シンちゃん!ありがと、って、シンちゃんさっき手抜きしたでしょ?」
「とーこ、"手"は抜いてないよ。」
「走ってたから"足抜いた"とか言うんでしょ?たーくんはいっつもそんなんばっかり!」
「脚力って言ってくれないかな?羽鳥君」
「やな感じ〜!」

言葉とは裏腹。とーこはめちゃくちゃ笑ってる。
いつもの光景。見慣れた。
なのに、ムカつく。
そんな無防備に笑いかけるなよ。

「先輩たちってお前らと幼馴染だっけ?」
「・・・ああ」
「とーこのこと構うよな。いつも。」

修がちょっと可笑しそうに呟く。
同じバスケ部の部長の拓、それにシンは、昔と変わらずとーこに接している。
修と陽太の声が聞こえたみたいに、拓が大きな声でからかうように言う。
「佐々木!小林!直人に負けんなよ!」
「はいっ」
「って、無理ですよ!!こいつ長距離のほうが得意じゃないですかっ!」
シンが続けてニヤニヤ笑って言う。
「バスケ部の誇りにかけて頑張れよ」
「えええええええ」
「酷い先輩だな〜自分たちは適当に手抜いたくせに!」
俺は呆れながら声をあげた。知ってるんだぞ。俺は必死に二人に追いつきたくて、走り回ってたんだから。
「直人!手抜きじゃないぞ」
「足だとか言うなよ!?」
「ほら、ちゃんと並べよ。スタートするぞ!?」
山口に言われて、俺は本部に居る先輩方に舌を出した。

「もう〜!とーこちゃんっ、早く早く、始まっちゃうってば・・・! あ、直人君、大丈夫、一緒に応援するからね!?」
何が大丈夫なのかわからないけど、必死に言う有菜がなんだか可愛くて「ありがとう。頑張るよ」って、俺は思わずくすっと笑った。
スタートラインに並び、手足をぶらつかせてると、有菜の隣にとーこが戻った。

「も〜、とーこちゃん居なくちゃつまんないでしょう?」
「どういう意味よ?」
「えーだって、とーこちゃん居ないと、力でないよね!?」
有菜が俺たちに向かって力強く同意を求める。
とーこがその後ろで両肩を竦めて「なんの力なんだか・・・」と、おどけてみせた。
「そりゃ、とーこが追いかけてきたら必死に逃げるさ!」
「そーそー。」
陽太がぶるぶると震えるフリして答えると、とーこが「ふうん?」と口端をあげた。
「そりゃ〜余程いい記録出してくれるってことだよねえ?期待してるよう?佐々木君と修君は100以外これだけなんだよね?遅かったら追いかけてくからね?マジで。」
とーこが両手を腰に当てて宣言すると、「ぎゃー!」と耳を塞いでいる。
そんなこと言いつつ「最後だから、怪我しないように頑張ってね」と最後はお決まりの笑顔を見せる。
「直人もね」
「ああ」
さり気なく付け加えた言葉に、俺も何気なく答えた。

「よーい」
山口の声とともに パンッ という乾いた音が響いた。
歓声の中、俺は走り出した。







俺が有菜への気持ちを「恋」じゃないか?と思いはじめた日、とーこが俺を好きだと知った。

去年の秋だ。

オリオン座流星群を見ようって、休みの前日、20分だけって約束で日付が変わる前に二人で広場へ行った。
夏にペルセウス座流星群を目の当たりにして、今度はオリオン座!って意気込んで。

それまでも、とーこが有菜のことを話題にしてたけど、同じクラスになってからは・・・6年になってからは特に、俺のほうから話題にしてた。
今思えば、とーこは俺の気持ち、なんとなく気づいてたんだろう。
「有菜の話すると、直人嬉しそうに笑うよね」ってよく言っていた。

俺は流れ星を探すとーこの隣で寝転んで、「好き」という目に見えない気持ちを想った。

「好き」という気持ち、それは有菜へ向けられたこの感情なのかな?
大事だと思う。守ってあげたくなる。
あの笑顔にどきどきして、そして一緒にいると思わず笑みが零れる。

とーこなら、このキモチわかるだろうか?

有菜への気持ち、理解してくれるのはとーこだと思った。
有菜の友達で、俺の一番身近に居るとーこだから。



「有菜って、好きなヤツいるのかな?」
「え?」

寝転んだまま呟いた。
言葉にして、自分で恥ずかしくなった。
(そんなことを聞いてどうするつもりだよ!?)
「いや、なんでもない。」
俺が恥ずかしくなって両腕で顔を隠すと、小さくとーこが息を吸い込んだ。
とーこも・・・妙に緊張してた。

「・・・直人、有菜のこと好きなの?」

直球!
とーこの言葉は心臓を直撃した。
「違うよ」って答える声が裏返ってしまう。
思わず腕で顔を隠した。
「好きなんでしょう?」
「違うよ」
とーこはからかうような声で、俺の腕を掴んで引き剥がそうとした。
なんだよ、どこにこんな力あるんだよ。
「白状しなさ・・・・・・・・!」

腕を引っ張られた俺は、きっと真っ赤だろう。
耳まで熱くなっていた。
恥ずかしさと、言葉にしてしまった問いに、情けなさが重なる。
とーこはしばらく言葉もなくそんな俺を見つめていた。
その視線が痛みに変わる頃、とーこの手から力が抜けて俺の手は自由になった。

頬の熱を冷まそうと、俺は空を見上げた。
チカチカと瞬く星が胸のドキドキと呼応してるみたいだった。
風が草原を渡っていく。
その風を吸い込む。
澄んで冷たい夜の空気が胸いっぱい入り込む。
そうすると少しドキドキがおさまる。

「・・・好き、とか、まだよくわかんない。だけど、とーこと一緒の時とは、なんか違うんだ。」



それまで手紙とか人づてに"好き"と告白されることはあったけれど、初めて面と向かって「好きです」と言われた。
前日の昼休みだった。
呼び出されて、告白された。
隣のクラスの米倉。3,4年は同じクラスだった。足が速くて、リレーの選手とか一緒だった。

あのなんともいえない空気というか間というかは、心臓に悪い。
相手の緊張が俺にも伝染したみたいになって、米倉が俯いている間ずっと心臓がバクバクいってた。

『ごめん』
他になんて言っていいかわからず、それだけ言った。
米倉は『好きな人居るの!?』って聞いた。
『やっぱり、とーこちゃんのこと好きなの!?』って。
とーこのことはもちろん好きだけど、米倉の言う『好き』とは違う。



「とーこと一緒に居るのは"あたりまえ"で、有菜といると胸がドキドキする。この前、米倉に"好きです"って言われた時にも、ちょっとどきっとしたけど。それとも違うんだ・・・。」

とーこは、俺にとってそういう存在じゃない。

例えば
"有菜は俺のことどう思ってるんだろう?"
"俺のこと好きなかな、嫌いなかな?"
って不安になったりする。
でも、とーこが"俺を好きなかな?"なんて心配になったりしない。まして"嫌われる?"なんてこと考えない。
こうして毎晩のように一緒に星空を眺めるのも、塾の帰り道に遠回りして話をするのも、とーこ意外考えられないし、とーことじゃなきゃこんなことしてない。
それはとても"あたりまえ"なこと。
でも、有菜は・・・?

「・・・それってさ、好きってことじゃないの?」

星空から視線をとーこに移した。
とーこは膝を抱えて背中を丸くしてた。

「そうなのかな?」
「・・・・わかんないけど・・・・」

俺は起き上がって、腕をぎゅっと握って顔を埋めるとーこの背中に寄りかかった。
そうすると不思議と落ち着くんだ。いつもなら。

「とーこは?とーこはドキドキすることある?」
ふと気になって、そう訊ねた
俺が有菜にドキドキするように、とーこも誰かにドキドキするのだろうか?
「・・・ないよ、そんなこと。」
小さく呟くとーこの背が、少し強張る。
自分だけ秘密を知られてしまったような気がして、なんだか悔しくなった。
「とーこって好きなヤツ居ないの?」
「いない」

ふてくされたような声。こんな時、とーこはホントのことを言ってないって知ってる。
俺は、ぐいぐいととーこを背中で押して、「言ってみな?協力するから」と笑った。
笑いながら、急に胸がざわざわとしてきた。
(なんだよ・・・とーこ、誰か好きなやついたの?)

「いない」
とーこははっきり言ったけど、重ねた背中からとーこの心臓の音が伝わってきた。
凄く早くて・・・・そう、米倉に告白された時を思い出した。
あの時は、逃げ出したくて仕方なかったのに、今は違う。
俺は掌に握り締めていた、とーこのガムランボールを目の前で揺らした。
(まさか?)
「・・・・とーこ、もしかして、今ドキドキしてる?」

それは確信だった。
(とーこは俺にドキドキしてる・・・!)

「・・・してないよっ」

俺はとーこの正面に移動して、握り締めた腕に触れた。

「ホントに?」
嘘だ。
こんなにドキドキしてるくせに。

俺はとーこの腕をつかんで顔を見ようとした。とーこは腕に力を籠めて抵抗した。
「やめてよ」
「顔、見せてみろ」
ふざけたような言い方をしたけど、とーこが必死に隠している感情を暴きたくて。
もう、とーこのドキドキが伝染したんじゃない。
苦しいくらいに胸を叩くのは、とーこの気持ちを知りたくて、俺の心臓がバクバクしてるからだ。

「うわっ」
「いたっ!」

思い切り引かれた腕に、俺はバランスを崩してとーこを押し倒すようにして草の上に倒れこんだ。
顔を隠していた腕を押さえつけて。

「!」

いつの間に、とーこは"女の子"になったんだろう?
顔・・・体中が熱を持ったように熱くて、赤くなっているのがわかる。
恐る恐る目を開けたとーこの瞳は、それまで見たことがないくらい――怯えていた。
とーこはまたきゅっと目を閉じた。
とーこが小さく見えた。
瞼が震えてる。

「とーこ、泣いてるの?」
「・・・・」

悲しませたくない。そんなつもりじゃないのに。
他の何に怯えても、俺にだけはそんな感情持たなくていい筈だった。

だって、俺たちは――
「・・・俺、この時間はずっと、とーこと一緒だ。とーこと俺は、ずっと一緒だろ?」
これからも、ずっと。

とーこを起こして、肩を掴んで覗き込んだ。
瞳から涙が一粒落ちていった。
ずきんと胸が痛む。そして締め付けられる。
とーこの涙は見たくない。
俺はとーこを優しくそっと抱きしめた。

「泣くなよ・・・・とーこは、俺にとって、特別なんだから・・・」

泣き止まないとーこを覗き込んで、額にキスをした。
なんでキスだったのか、今でもわからないけど。

「泣くな」






「わーーーーーー!直人君!1位だよ!」
「有菜、記録!今は記録だよ・・・!」
多くの歓声に混じって、有菜ととーこの声が聞こえた。
ゴールして、しばらく歩きながら息を整えて、それからグラウンドに座り込んだ。
「・・・・はーーーー疲れた・・・・」
寝転んで空を見上げた。

あの後も、とーこは今までと変わりなく接してきた。
一緒に笑って、ふざけて。
手を伸ばせば触れられる距離。
その心まで、自分に向けられている。
言葉にできないほど、それは大きな安心感。
それでも、有菜が好きだと思ったから、とーこに触れるのはやめようと思った。
だけど、あの日から、確かに自覚した感情もある。

それはとても強く幼い独占欲。

それまでもなんとなく感じてきた感情。

「なお・・・と、お前、はやすぎっ」
ぜーぜーと肩を上下させて、修が隣に寝転んだ。少し遅れて、陽太がゴールする。
「おまえ、ぜってー大会に引っ張り出されるぞ」

それもいいかな、と思う。
吹奏楽が応援に来てくれるらしいから。

とーこと目が合った。
一瞬迷ったような瞳は、だけど幾度となく俺を励ました瞳に変わる。
《お め で と う》
そう言ってる。
俺は頷いて、また寝転んだ。

5月の風が吹きぬけた。優越感と心地よい倦怠感が俺の周りを包んでいた。

突き抜けるような青空に飛行機雲が真っ直ぐに線を引いていく。

それはまるで、俺ととーこに引かれた境界線のようだった。




――空に引かれた境界線

2007,12,15up





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