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雪に捨てたバレンタイン





星空の下で、さよなら  ― 12 ―








期末試験、判定試験と2つのテストを終えたあたしは、あの怒涛の一週間が嘘のように、とても心穏やかな夏休みを迎えていた。

あの日以来、直人とは顔を合わせてない。

夏休みに入ったとはいえ、朝から昼過ぎ、長い時は丸々一日部活の練習があって、普段よりほんの少し寝坊できるくらいで、毎日制服を着て学校へ通った。

チアリーディングの練習は、入部する前に想像したより遥かにハードで、ダンスだけでもかなりの運動量だ。
モーションの練習では、みんなが一つになるまで繰り返し行った。
パートナースタンツやジャンプ、タンブリングといった、技術的なものについては、付属大学の先輩たちが熱の入った指導をしてくれて、最初の1週間は筋肉痛と痣でくたくただった。
高校の体育館は他の運動部が使うから、一駅先の付属大学まで行く日もあった。
帰宅しても、その日の改善点が先輩によってノートに書き込まれていれて、一人カウントをとって、黙々と練習した。

こんなに何かにひたむきに取り組んだのは、初めての経験だった。
夜になると、ベットに倒れるように眠った。
お陰で、何も考えたりせずに、ひたすら眠れた。

司さんとは、部活のある日は朝の電車が一緒だったけれど、帰りは時間が合わずにバラバラだった。
時には待ち合わせして、一緒にアイスを食べたりはしたけれど。

判定試験の日、学校の近くのお宮でお祭りがあった。
あたしは司さんに、そのお祭りに誘われた。
ようやく試験から開放された敬稜のお祝いであるかのように、翌日から休みに入る浮かれた気分も手伝って、判定試験帰りの敬稜の生徒たちが、多くなだれ込んでいた。
お囃子に載せたはしゃぐみんなの声を聞きながら、ココロから楽しめないあたしが居たけれど・・・。

その帰り道、司さんは宣言通りメガネを外した。

境内から少し離れた公園で、司さんはあたしの目を見て、くすっと笑った。
「・・・そんなに警戒しないでよ。」

優しく宥めるように言って、それから静かに「好きだよ」と囁いた。
ただ、しっかりと目を見つめて、ストレートに。

あたしは、初めて「告白」されたことに、そう言われるとわかっていたのに、動揺した。
嬉しかったし、司さんに見つめられてドキドキした。
誰かに「好き」と言われたのは、とても不思議な感覚だった。
真っ直ぐに自分に向かってくる想いは、ぎゅっと胸を締め付けるような、強くて、甘く、切ないものだった。
あたしの頭の中は一気にイロイロな感情が渦巻いて。

司さんは首を傾げてあたしを覗き込み、指をつっと滑らせるように、唇に触れた。

「!?」

あたしはびくっと身体を強張らせて、驚いて顔を上げた。

「多分、もう一歩踏み込んだら、塔子ちゃんは逃げ出しちゃうね」

くすくすと笑っていたけれど、本当は、"もう一歩踏み込みたい"司さんの本心なんだとわかってしまう。
胸のドキドキが経験不足で逆上せているからなのか、司さんを意識しているからなのかわからない。
わからないけれど、それでも直人の顔がちらつくことが、悲しかった。

「・・・わかってる。塔子ちゃん、決着つけたいんだよね?」

困ったな、と呟く司さんの瞳は、それでもあたしから視線を外さなかった。

「彼、だよね?塔子ちゃんの好きな人」
直人くん、だったかな。

大きく目を見開いたあたしに、でもね、と司さんは視線を落とした。
「引く気はないんだ。」
だから、決着つけて、僕を選んで。
司さんはそう言って、いつものようににっこり笑った。

「あ、たし・・・・・今は、まだ、気持ちに整理つかなくて――」

直人のことも、有菜のことも、自分の気持ちも、何もかも中途半端。
だけど、しなくちゃいけないことだけははっきりしていた。

「司さんの気持ち、嬉しいです。でも――・・・」
「――僕は、もうメガネをかける気はないから。」
僕を選びなよ。

耳元で囁くように言う司さんは、少年ではなくて、大人のオトコの人だった。

その後、司さんはあたしが気持ちに決着をつけるまで待つと言ってくれた。
だから、朝の電車でも、時間が会う日の帰りでも、司さんは心地よい距離を守ってくれていた。

あたしは、そんな価値がある人間だと思わない。
なのに、司さんは真剣だった。

好きだと言ってくれる人を、同じように好きになれたらいいのに、と思う。
何も考えずに、好きになれたらいいのに。

オレンジ色に染まっていく景色を電車の中から眺めながら、そんなことを考えていた。
もう、夏休みも残り1ヶ月をきっていた。




帰宅してすぐに電話が鳴って、あたしは慌てて受話器をとった。

「とーこちゃん、明日だからね?」

有菜が出し抜けに言って、あたしは苦笑した。
あたしじゃなかったら、どうするつもりだったのか。

「あー、明日だったっけ?」

電話機の隣にある卓上式のカレンダーを見た。

8月6日【結果発表】【流星】

「7時になったら、私と雄介がそっちに行くからね。」

シートを広げて、ただ空を見上げる。
それだけのことだけど、それだけじゃない。
今年の流星群は、どんなショーを見せてくれるのか・・・。

「12〜13日くらいがいいんだよね?本当は。新月で月明かりが邪魔しないから。」
あたしが言うと、有菜は「そうなんだけど」と少し声を落とす。

「お盆に旅行に行くことになってるの。」
「そうだったんだ。それじゃ、仕方ないね」
「ごめんね?」
「いいの、いいの。ねえ、それより、本当にオールなの?」
今年は夜通し見るなんて言ってけど、本気なんだろうか。
「だってとーこちゃんといっぱい話したい。7日は部活?」
「休み。」
「だったら、問題ないよね!」
有菜は嬉しそうに言って、「直人くんと待っててね」と念を押した。

受話器を置いて、あたしは時計を見た。
19時。

24時間後に、あたしはちゃんと"友達"として笑えるだろうか?

「塔子?ご飯は?」
母さんの声に首を振って、あたしは顔を上げた。

このまままじゃ、いけない

「ちょっと、行ってくる。」
あたしは直人の家のほうを指さして笑いながら、言った。
「あんまり遅くならないようにね。」
母さんは呆れたように肩を竦めた。

変らなきゃいけない。
もう、終わらせなくちゃ。

玄関のドアを開けると、暗闇に誰かが立っていて、あたしは素っ頓狂な声をあげた。
「ひゃっ!」
「うわっ!」
「関君!?」
それは関君で、彼は慌てて携帯を折りたたみ、ジーンズに突っ込んだ。

「こんばんは、急にドアが開いたからびっくりした」
「あたしも、関君が立ってたから、びっくりした。」

まさか人が居るとは思わなかったから、心臓がバクバクした。
関君も同じようで、あたしたちはお互いの顔を見合わせて二人して胸に手をあてて、息を吐き出した。

「どうしたの?星を見るのは、明日だよね?」
今、有菜も電話くれたの。

関君が一人であたしの家を訪ねてくるなんて、初めてだった。

「・・・とーこに話があって。」
関君は「ちょっといい?」と駅へ続く道へあたしを促した。
「うん」
疑問符を浮かべながらも、あたしはその後に続いた。

「何かあった?」
アスファルトの道路を越えると、駅とは違う方向、舗装されていない砂利道へ入る。
関君はあたしの問いには答えずに、重そうな足取りでそちらへ進んだ。

あたしは無意識に空を見上げる。
月明かりがあるため、淡い雲のような天の川はほとんど見えないけれど、それでも夏の大三角形ははっきりと見えた。
今日だって、見上げていれば流れ星は見えるはずだ。
ペルセウス座流星群はもう始まっている。
前を歩いていた関君が立ち止まり、あたしも立ち止まった。

「関君?」
意を決したように振り向いた関君は、トレードマークの笑顔を消していた。

何か、深刻な事が起きたのだろうか?

「・・・俺、とーこに言いたいことがあって。」

いつも目を見て話す関君が俯いて話す姿に、とてつもない違和感を覚えて胸がざわついた。

「何・・・?」

声が震えているのがわかって、自分でも驚く。

「あの、さ・・・・」
「うん」
「俺・・・」

とても言いづらいことを無理やり言おうとする姿に、あたしは不意に、先程、自分が直人に言わなくちゃと決心した気持ちが重なるような気がして、言葉を噤んだ。

「・・・・俺」
「・・・・」
「俺、とーこのことが・・・」

まさか、と思いながら、その後に続くであろう言葉を考えて愕然とした。

「とーこのことが、好き、なんだ」

あたしは何も言えずに、ただ大きく目を見開いて関君を見ていた。
大袈裟に言えば、今あたしが立っていることが不思議に思えるほど、それはかなりの衝撃だった。

「関くんは・・・・有菜のこと・・・・」

口から零れたのは、そんな一言。

関君はすぐに視線を逸らして、口端を上げた。
「小学校の頃は、ね。そうだね、そんな話し、とーことしたことあったね。」
知らず握り締めた掌がじっとりと汗をかく。

「・・・とーこが・・・直人を好きなこと知ってたから」

生暖かい風が肌に纏わりつく。
喉がカラカラになって焦燥感に駆られた。

「とーこは、有菜と直人の間で、いつも笑ってたから・・・そんなとーこの健気なとこが、ずっと好きだった」
「・・・・健気なんかじゃ・・・ない」

あれは、そんな可愛いものじゃない。
あたしは、ずっと、二人の間を邪魔してたんだから。

「美化しすぎ・・・」
「・・・そうやって、自己否定ばっかりするんだ。とーこは。でも、そんな姿が、俺たちにどう映るか、とーこは知らないんだよ。」
今、好きだって言ったのに。

関君は困ったような怒ったような口調で言って、あたしを見た。

「直人の周りに居た俺たちは、みんなとーこのことが好きだったよ」
「何言ってるの?」

突拍子もないことを言われて、あたしの頭は酸欠状態になってしまったように動きが鈍る。

「あたしのこと、男友達みたいだって・・・」
あの頃のあたしは、こんなにぐじぐじ悩んだりしてなかったから、ううん、もっとサバサバしてて、よくそう言われて・・・。
「みんな知ってるからね。なんでとーこがそんな風にしてたか。だけど、そんなとーこ全部含めて、好きだった奴は多かったんだよ。」
――とーこは、知らなかったよね。直人だけ見てたんだから。

関君は、いつものあの優しい笑顔に戻って、目を細めた。

「だけど、みんな、とーこにはそれ以上近づけなかったんだ。とーこが誰を好きかは明らかだったし・・・何より、直人がそんなこと許さなかったからね。」
「関く・・・」
「いつだったかな、直人に言われたよ。"とーこと俺はずっと一緒なんだ"って。その言葉の重み、一番知ってるのは俺たちだから・・・。」
「・・・・」
「皮肉なもんだよね?直人を好きなとーこを好きだったんだから、誰もその言葉に反論もしなかった。・・・とーこの盲目的な気持ちに、憧れていたんだ、あんな風に好きになって欲しい、どんな自分も受け入れて欲しい・・・って。」

そんな風に思われていたなんて、直人がみんなにそんなことを言ってたなんて、知らなかった。

「あたし・・・直人にとって、都合のいい存在ってことだ・・・」

自分で言って、自分の言葉に傷付いた。

「ソレは、違う」

即座に言われて、あたしは関君を見上げた。

「あたしと直人は、関君が憧れるような・・・そんな関係じゃないよ。・・・それとも、やっぱり、みんな都合のいい女の子を傍においておきたいものなのかな。」
「とーこ!」

関君は咎めるように遮って、それから「ごめんな」と呟いた。
「・・・わかってたんだ、とーこが、きっとそんな風に思うんじゃないかって。」

おかしいな、と苦笑して、関君はまたあたしを見た。
「告白するつもりが、違うことばっかり話してる。」
関君は複雑な表情を浮かべて、足元の草を見つめながら息を吐く。

「とーこが、直人以外の人を選んだって聞いて。俺の気持ち、伝えようと思ったんだ。
・・・驚かせて、ごめんね?」

あたしは無言で首を振った。

「関君は・・・あたしにとって・・・大事な友達だから・・・だから、その・・・・ごめん」

頭を下げると、関君は「うん」と静かに頷いた。まるで答えがわかっていたかのように。

「・・・でも、もう、友達でいれないかもしれないな」
「え?」

顔をあげると、さっきよりももっとつらそうな表情で関君は眉を顰めていた。

「・・・もう一つ。とーこに言わなくちゃいけないことがあるんだ。」

関君の頭上で、星が一つ、流れた。





2007,7,21


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