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雪に捨てたバレンタイン





星空の下で、さよなら  ― 13 ―








流れ星は、白く細い光りの筋を残し、一瞬で消える。
気がついた時には、もう、消えるほんの少し前で。
その時に慌てて願い事を唱えても、もう、遅い。
いつだって、あたしたちは、願いを口にすることさえ難しくて。
ただ夜空に残像を追いかけて見上げる。
それが宇宙に漂うチリだとわかった今でも、幼い頃の想いが夜空を見上げさせる。




「・・・でも、もう、友達でいれないかもしれないな」

関君が告げた言葉と、月明かりの中で歪む笑顔は、酷く悲痛で、あたしも思わず顔を顰めた。
先程告白されたことより、ショックが強いなんて言ったら、関君には失礼だろう。

でも、あたしにとって、関君は紛れもなく友達だったから・・・。
いつも優しい笑顔を見せる関君が、こんなにつらそうな表情なのは、自分の所為かもしれないと思うと、どこまでもやるせない気持ちになった。

「・・・そ、れは・・・どういう?」

あたしが問いかけると、関君はまた自分の足元を見つめた。
静かに草の上を渡る風の音と、虫たちの鳴き声。
そして、多分互いの胸の鼓動が聞こえていた。

「・・・体育祭の日」

ぽつりと呟いた声は、溜め息と共に零れ、一度大きく息を吸い込むと、今度は緊張した硬い声が響く。

「あの日から・・・直人変ったでしょ?とーこ・・・俺の後ろに隠れたよね。・・・・・あの時、とーこの手、震えてた。」

あたしは無言で頷いた。
関君が何を言おうとしているのか、まったくわからない。
ただ、あの日直人があたしに向けた冷たい視線を思い出して、両手を握り締めた。

「ごめんね、とーこ。あれ・・・俺の所為だ。」
「・・・?・・・なんで関君の所為なの?」
「前の日に、直人に言ったんだ。とーこのことが好きだって・・・直人は昔から知ってたけどね。――もう、直人に遠慮しないって――」

続けざまに衝撃が襲うから、あたしは制服のブラウスの胸のあたりをぎゅっと握り締めた。

確かに、あの日から直人はあたしを友達としても拒絶した。
好きになってもらえなくても、大切な"幼馴染"という存在で居れたはずで・・・理由もわからずに、拒絶されたあたしは、あの一瞬で打ち砕かれた。
でも、それは関君が直人に告げたことと結びつかないと思う。
直人にとって、あたしは確かに都合のいい人間かもしれないけど、それとこれは別の問題だと思うから。

あたしをとられたくないから?
そんな馬鹿げている。

頭の中で重い鐘が叩かれたような、ぐわーん、という奇妙な音が鳴り響く。
一瞬、耳に聞こえていた風の音も虫の鳴き声も消えた気がした。

想いだすだけで、心臓が凍りそうになる。
それくらい、あたしにはあの瞳は怖かった。
あれは、あたしに対しての拒絶だ。

「俺が口出しすることじゃなかったけど、とーこを見てると切なくて。
だから、直人に、もう、とーこを解放・・・」
「・・・な・・・に?」

視線をあたしにしっかりと戻した関君が、はっとしたように言葉を飲み込み、口を噤んだ。

「関君?」

背後から吹き上げた風に髪を攫われ、あたしは右手で髪を押さえた。
耳元で、シャラランという音が鳴る。

「!」

振り返ろうとしたした時には、腕を掴まれていた。
きつく握り締めた手に思い切り引かれ、あたしはよろけながら、もう片方の手の中に握り締められた携帯電話が見えた。
ガムランボールが揺れて鳴る。

「・・・俺をダシにして、何やってんだよ。」

声につられるように、顔を見上げた。

「直人・・・!」

思わず声に出して、そのまま勢いよく直人の胸にぶつかった。
慌てて、あたしは空いている右手で直人の胸を押して離れようとした。
直人は握った腕を放さずに、そのまま携帯を耳元に持っていくと、不意に話し出した。

「居ました。・・・星、見てたみたいで・・・・はい、わかりました・・・・うん・・・・はい・・・・はい。」

直人は溜め息を吐いて携帯を器用に片手で閉じると、ジーンズのポケットに突っ込んだ。
それから草を蹴り上げて、またあたしの腕をぎゅっと掴んだ。

「った・・・!」
「雄介と会うのに、なんで俺んとこ行くって言ってんだよ!?」

あたしが顔を顰めると、少しだけ腕の力を抜いた。
直人は言いながら、でも関君を見据えている。
関君も、あたしに一瞬「ごめんね」と口元を動かし申し訳なさそうに苦笑した後は、直人を見据えていた。
多分、あたしが家から出てきたのは、直人に会うためだってわかったんだろう。
あたしは二人の間に立っていたから、視線が頭の上を行き来しているのを痛いほど感じていた。

「なんで・・・直人が?」
「おばさんが、お前に電話が何度もかかってきてるって、俺んとこに電話してきたんだよ!」
「ごめ・・・」
「他のオトコと会うのに、俺を利用すんなよ!」
「そんなんじゃないよ!」

あたしは掴まれていた腕を思い切り振り払うと、直人から一歩後ずさった。
酷い言われようだ。
直人は目を細めてあたしをちらりと見たけど、すぐに関君に視線を戻した。
敵意、とまではいかないけれど、瞳の奥底に憤りが感じられる。

「俺が引きとめたんだよ。話があるからって。とーこの所為じゃない。」

関君は「わかってるだろう?」と直人に言いながら溜め息を吐いた。
その姿には少しも萎縮した様子はなく、むしろいつも通りの関君の姿だった。
直人も肩を竦めて、目を閉じた。

「・・・雄介には言ったはずだけど?」
「俺も直人に言ったはずだよ?」

顔を上げた直人は真っ直ぐに関君を見て、それからあたしを見下ろした。

「・・・」
「・・・なんだよ?」

言葉にならなくて、あたしはただ直人を睨みつけるしかできなかった。
どうして、直人とあたしの距離は、こんなに離れてしまったんだろう?

「とーこ、時間割いてもらってありがとう。ごめんな、嫌な思いさせちゃって。」

あたしの目の前まで関君は歩いてきて、あたしの目を見て「ホントにごめん」と苦笑した。
あたしは慌てて頭を振って、「謝らないで」と呟いた。

好きだと言ってくれたこと、今まで優しくしてくれたこと、あたしにとって関君は大事な友達だから。
でも、そう言われるのは、本当は一番ツライんだって、あたしは知ってる。
それなのに、あたしは友達で居て欲しいと思っている。
謝るのはあたしの方だ。

「ごめんね、関君」

あたしは頭を下げた。
この優しい人が、あまり苦しまないようにと願いながら。
まだ、体育祭の日のことで、何か伝えたかったようだけど、直人とあたしのことならば、それは関君が気に病む必要はないのだから。

きっと、いずれ、こうなる運命だったんだ。

運命なんて言葉、本当は好きじゃない、けど。

「それじゃ・・・明日・・・っていう感じじゃないけど・・・」
「明日、ね。有菜と来てね。」

なんとか明るく言えて、あたしはほっとした。
直人も「明日な」と呟いた。
こんな状態で、星を見るような気分じゃないだろうけど、何も知らない有菜を悲しませたくない。
多分、ここに居る3人は、みんな同じ気持ちだ。
今、あたしたちが繋がっているのは、有菜という存在に頼るところが大きいのかもしれない。

関君はあたしを見て「帰る?」と小さく尋ねてくれた。
あたしは頭を振り「大丈夫」と答えた。

「とーこの"大丈夫"は大丈夫じゃないんだよね。」

くすっと関君は笑った。
そして直人を見て、視線で何かを告げていた。

「ま、よくわかってるんだろうけど、ね。」

風に乗って、言葉は夜空に舞い上げられた。
関君は通り抜けざまにあたしの肩をぽんと叩いて「おやすみ」と呟いた。
ざざざっと風が押し寄せて、あたしたちを置いていく。
関君は振り返らずに、そのまま駅のほうへ歩いて行った。

あたしは深呼吸してやっとの思いで直人のほうに向き直った。
直人は両手をポケットに入れて、俯いていた。
それはとても寂しそうに見えて、あたしは視線を逸らした。
さんざんあたしが惨めになるような状況に落とされているのに、そんな風に見える自分自身にも、直人にも腹が立った。

「電話、マユリって人から、明日の部活は休みだって。・・・・って、今日、日曜じゃん。日曜まで部活だったのかよ?」

直人は面倒くさそうに言いながら空を見上げた。
また一つ、星が流れる。

「それと・・・サカモト ツカサって奴から、明日、合否は電話で連絡が来ることになったって。」
「・・・」

お母さん、急ぎの内容でもないのに、なんで直人に伝言頼むの・・・。

あたしは眩暈がするような気がして、頭を押さえ髪を握り締めた。
あたしが星を見始めると、いつも時間なんて忘れてしまうから、まして直人と一緒だと――去年までなら、だけど――遅くなることが多いから、お母さんの行動を責められない。
――自業自得だ。
あたしと直人がもうお互いに"幼馴染"と気軽に言えない状況だなんて、お母さんは知らないんだから。

「で?」

直人はゆっくりあたしに視線を戻した。
瞳には、またあの冷たさが戻ってきている。
寂しそうに見えたのは、きっとあたしの弱い心が見せた幻想だったんだろう。
こんな風に、あからさまな『迷惑』と言いたげな表情を見たくないだけの。

「で、俺に何か用だったの?」

あたしは奥歯をぎゅっと噛み締めた。
今、言わなくちゃ、あたしは前に進めない。
こんな状況にはうんざりだ。

だけど、流星が降るこの星空で、込み上げてくる涙はなんでなんだろう。
思い出すのは、楽しかった頃で、愛しかったことばかりで。
想い出の中で過ごすことなんて、できないのに、わかってるのに。

「・・・」
「とーこ?」

想い出に引きずられそうになる。

「・・・直人、あたし。」

言葉が、声が震えていた。
それでも、ちゃんと言わなくちゃ前に進めない。
言って、それから、直人と本当の「さよなら」をしなくちゃ。

「今までずっと、直人が」


その先は言葉にできなかった。
咄嗟に直人が抱きしめたから。

「!」

――唇を塞がれたから。






2007,8,2


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