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雪に捨てたバレンタイン





星空の下で、さよなら  ― 14 ―








こんな仕打ちはないでしょう?




「おわっ!とーこ!お前のボール強すぎ!」
「うるさい!直人、ちゃんとキャッチしてよ!あーほら・・・!関君にボール取られたじゃない・・・!」
「二人とも、さんざんあててくれたね?これから2組の逆襲だからね?」
「直人!とーこ!お前ら何やってんだよ!痴話喧嘩なら家でやれよっ!」
「修君!危ないっ!!」
「修!キャッチしてボール回せ!ぜってー仇とってやる!」
「死んでねっー!」

きゃあきゃあとお昼休みの体育館で歓声が響く。
男子に混じって、あたしは思い切りボールを投げる。

「とーこ、スカート・・・!」
「大丈夫、スパッツはいてる!」
「女じゃねーもん。とーこは」
「直人、いい加減にしないと、あたしが当てるからね?」

いつも、あたしはそんな感じだった。
直人と直人の友達と。

「あー面白かった。」
「また1組の勝ちかよ。だいたいさ、なんで男子のドッチボールにとーこが入ってるわけ?」
「そりゃ、あたしが強いから?」
「陽太〜、女子が入ってるチームに勝てないほうが可笑しいんだってば。」
「中学になっても、とーこは相変わらずだよね」
「・・・関君、それってどういう意味!?」
「そういう意味」
「ええー!?」
「あ、直人君、ボタン取れてる。」
「え、あ、ホントだ。」

あたしの隣で寝転んで笑っていた直人に、有菜が覗き込むように声を掛けた。
有菜が指さした先、直人のシャツに、もう少しで完全に取れてしまいそうなボタンがぶら下がる。

「また、ばーちゃんに怒られるなあ。」
「つけてあげるよ?直人君、脱いで」

にこっと笑って手を差し出す有菜は、とても可愛くて。
真っ赤になった直人は「じゃあ・・・」と、おずおずとシャツを脱いだ。
有菜はスカートのポケットから小さな袋を取り出すと、中から針と糸を取り出した。

「有菜、いつも持ち歩いてるの?」
「偶々、だよう」

あたしは思わず身を乗り出して、器用にボタンをつけるその可愛らしい指先を見つめた。
あっという間にボタンは前と同じ場所に収まり、有菜は「はい」と直人に渡した。
直人は口元を綻ばせ「ありがとう」と言うと、ゆっくりとシャツに腕を通した。
さすが有菜だなあ、と感心するあたしと、何故かズキズキと痛み出す胸に泣きたくなる自分が居た。

「もう一試合する?」

関君がボールを持って立ち上がる。
あたしは笑顔で「うん!」と答えた。

「ねえねえ、今度はバスケにしようよ」
「昼食った後なのに、とーこってホント・・・。」
「バケモノ」
「なーおーとー!!!」

有菜の後ろに走りこむ直人を追いかけながら。

ああ、あたし、直人の一番の友達にはなれたよね・・・?

ふっとそんな風に思った。
直人が有菜に話しかける姿を微笑みながら見つめた。
それは、それ以上にはなれないんだ、という事実を痛いほど感じた一瞬だった。




ほんの一瞬、浮かんだ懐かしい映像。
直人のはにかんだ表情と有菜の笑顔。

何が起きたのか理解するより先に、唇に冷たい感触、そして見開かれたあたしの視界いっぱいに直人の閉じられた瞳が見えた。
知らず握り締めていた直人のシャツ。あたしの手の中で、ボタンの形が感じられた。

こんなのって、酷い。

腕の中に閉じ込められるようにされ、口を塞ぐ為に押し付けられた直人の唇に、あたしの胸はちりりと焼け、頭の中は白い光りが走った。

こんなの、望んでない!

あたしは上手く力の入らない両腕を何とか動かして、直人のシャツを握り締めたまま身体を思い切り押した。
直人は一瞬唇を離したけれど、先ほどより腕の力を増し、角度を変えてまた口を塞いだ。

「やっ」

だ、ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダッ・・・!

少しの隙間もないように抱きすくめられて、あたしは押し返すこともできず、先ほどから掌に感じているボタンを更にぎゅっと握り締めた。
苦しくて、苦しくて、頭がおかしくなりそうだ。

「痛っ・・・!」

口端から血の味がする。
あたしはようやく離された腕に、肩で息をしながら手の甲で唇を擦った。
直人は右手の親指で自分の唇を拭った。
・・・あたしが、直人の唇を噛んだから。

「・・・なんで?なんでこんな事するの?」

声が震える。

あたしは、直人に気持ちを伝えたかっただけなのに。
そうさせてもらえないのは、あたしの所為なの?

直人の行動がわからなかった。

あたしには、何をしてもいいと思っているのだろうか?
好きでもないあたしに、なんでキスなんてするんだろう?
哀れんでるの?
だとしたら、こんな惨めな事ってないでしょう?

直人はあたしを見据えている。あの冷たい視線で。

「なんで、そんな怖い目で見るの?」

少しでも冷静でいたかったのに、涙が瞳の端から零れだすのを感じて、あたしは自分に舌打ちしたくなった。
直人がはっとしたように瞳を大きくしたけど、あたしはすぐに目を閉じた。

「なんで、あたしの腕を掴むの?」
「・・・っ」

言葉にしたかったのは、そんなことじゃないのに、あたしの口からは今までの「なんで?」が溢れていた。

「なんで、ガムランボール持ってるの・・・・なんで、チョコ拾ったりしたの!?・・・・・なんでっ!」

言って、あたしはしゃがみこんだ。
もう頭の中がパニックして、自分の感情も上手くコントロールできなかった。

なんで?
なんで?

それだけが頭の中で渦を巻く。

「とーこ」

また耳元で声がして、あたしは両腕で頭を覆った。
聞いておきながら、だけど、答えが欲しかったわけじゃない。
答えてもらえるとも思っていない。
直人が一瞬見せたあの瞳は、自分でもなんでなのかわかっていない顔だ。
きっと、今、直人も「なんで?」と思っているだろう。
そんなことがわかってしまう、それも悲しい。

なのに、直人はあたしを抱きしめた。
自分もしゃがみこんで、さっきのような無理やりではなく、今度は壊れ物に触れるみたいにそっと。

・・・そう、有菜に触れるときのような、そんな感じ。

「ごめん。」

何が「ごめん」なのか、あたしにはわからなかった。
キスしたことなのか、それ以外のことなのか。
直人は何度も何度も「ごめん」と呟きながら、あたしの背中を擦りながら時折ぽんぽんと叩いた。
なんだか全ての力が抜けて、あたしはそのまま草の上に座り込んだ。
そして、今まで溜め込んでいた気持ちを吐き出すように、泣いてしまった。

どれくらいそうしていたのかわからないけれど、肩でしゃくりあげながら、それでも少しづつ涙が引っ込み、また風の音が耳に届きだした。

「・・・明日、流れ星、見れるといいな。」

ぽつりと直人が呟いた。
またぽんぽんと背中を叩く。
あたしはぐしゃぐしゃの顔のまま頷いた。
直人の心臓の音が、規則正しく聞こえる。

この状況で、なんの話を?と思ったけど、直人らしいといえばそれまでだ。
あたしは思わずくすっと笑った。

気のない女の子には、踏み込んでいかない。
それが直人なんだから・・・仕方ない。

そして、ゆっくりと目を閉じ、深呼吸した。

「・・・直人が、好きだった。」
「うん。」
「ずっと、好きで・・・。」
「・・・うん。」
「だから」
「・・・」
「・・・ちゃんと、失恋させて」

直人の腕を解いて、あたしは顔をあげた。
酷い顔をしているだろうあたしを、直人はしっかりと見た。
その瞳には、もう冷たい剣呑は光りは宿っていない。
ただ、悲しそうに揺らめいて、その中にあたしが映っていた。

「俺にとって、とーこは・・・」

言いかけて、直人はそのまま俯いた。
そして「はーっ」と大きく息をはいて、顔をあげて夜空を見上げた。

「なんでって、聞いたよな?」
「・・・うん」
「チョコを拾ったのは、とーこの気持ちを捨てられなかったから。」

直人はあたしに視線を戻して、言葉を続けた。
唇の端に血が滲む。

「あれが、とーこが初めて本命だって言ってくれた・・・バレンタインチョコだろ?」
「・・・そんなこと言ってない」
「言ったよ。"あたしの好きな人は、あたしを好きじゃない"って。"その人は好きなコ以外からは、受け取ってくれない"そう言って、お前は雪の中に捨てたんだ。その好きな人って、俺だよな?
・・・・それまで、義理チョコだって言っていて・・・そうじゃないって知ってたけど、やっと、自分から言ったんだ。それを捨てられるわけ、ないだろ・・・」

なんで、そんなこと言うんだろう。

「雪の中で探しながらとーこの言葉が何度も頭の中で繰り返されたよ。やっと見つけて・・・しばらくは開けられなかったけど、包みを開けて、中にガムランボールが入ってて・・・拾ったこと、黙ってたんだ。」

直人はジーンズから携帯を取り出して、ガムランボールを揺らした。
あたしは思わず視線を逸らした。

「・・・これが入っていたってことは、とーこが俺から離れようとしてるってわかったよ。試験会場にお前が居なくて、どんだけ焦ったか・・・。」

そういえば・・・関君が言ってた。
『受験の日、試験会場にとーこが居ないって、凄く心配してたんだ。直人。
その後、敬稜受けたって聞いてめちゃくちゃ不機嫌でさ。』

「直人は、有菜を・・・」
「ああ、好きだったよ。」
「そして、有菜からのチョコを受け取った」
「ああ。」
「それだけ聞けば、じゅーぶん」

あたしはようやく直人に視線を戻した。
「じゅーぶん」なんかじゃなかったけど、あんまり直人が辛そうな顔をするから、終わりにさせなくちゃと思った。
もともと、望みがない恋だったのに、あたし自信が吹っ切らなければいけないあたしのキモチなのに、引きずりすぎた。
今更、そんなことに気がつくなんて、あたしって本当に馬鹿だ。
あたしが、自分で、"都合のいい幼馴染"でいたんだ。

「あたしは、直人を好きだった。」
「・・・」
「直人は有菜が好きで」
「・・・」
「あたしは見事に失恋しました・・・って、ずっと失恋してたんだけどね。」
「とーこは・・・・・失恋、したかったんだろ?」
「え?」

言いながら夜空を見上げていたあたしは、直人の言葉に驚いて視線を戻した。

「有菜の気持ちも俺の気持ちも知っていたから」

そこで言葉を切って、直人はあたしの頬に触れた。

「・・・失恋、させてやらない。自分で、嫌いになればいい。俺は、とーこが好きだから。」







2007,8,7


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