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雪に捨てたバレンタイン





星空の下で、さよなら  ― 15 ―








頬に触れた指が、少し震えていた。
その言葉が、どんな意味を含むのか、直人自身は"わかっている"んだ。
その瞳は、揺るぎなくあたしを絡めとる。

直人が、あたしを好き・・・?

ズキンと胸に何かが突き刺さる。

好きな人に「好き」といわれて、胸が痛むなんて。
こんな日が来るとは、思っていなかった。
嬉しいはずの一言が、手の施しようがないくらいに胸に突き刺さる。

他の言葉は、いくつも考えていた。
だけど、その言葉は、あたしに向けられるものじゃないってわかっていた。
その言葉を、有菜に向けて、あたしにはにかみながら、何度話したっけ?
『有菜のことが、好き、なんだと思う。』
その言葉が、自分に向けられないことが、どれくらい痛かったか。
なのに、自分に向けられた「好き」という言葉に、今までで一番、痛みを覚える。

唇が震えて、あたしは口元を手で押さえた。
その手も震える。
身体全部が震えだす。

今更、"好き"と言われて、だからといって、喜べるような心境でも、状況でもない。

直人があたしに執着するのは、家族に対する気持ちのようなもの。
そうじゃなければ、お気に入りの玩具を・・・もう遊んでいなかったのに、いざ捨てる時に、誰かに持って行かれちゃうのはイヤ?
そういうことなの?
子どものときですら、そんな我儘はしなかった。
違う、直人は我儘なんて言ったことない。
大切なものは、どんな時でも守って。
本当に大事なものは、絶対に手放したりしない。
それでも諦めなくちゃいけない時は・・・その時は、躊躇いなく捨てるのに? 誰かのものを欲しがるなんて、しなかったのに?
あのガムランボールでさえ。

真意がわからないまま、直人に両肩を掴んで引寄せられて、益々震えが強くなる。
シャランと音をたてて、携帯が草の上に落ちた。
サブウィンドウの仄かな明かりだけが暗闇に浮かび上がる。

「ど・・・して、そんなこと?」
「・・・」
「友だちとして、好き、とか?だったら、それで・・・」
「まさか」
「幼馴染として?」
「違う」
「からかってるの?」
「どうして?」

どうして?
それはあたしが聞きたい。
どうして、あたしを抱きしめたりするの・・・?
今になって、好きだなんて言うの?

「なにか・・・あたし、悪いことした?」
「なんでそうなるんだよ?」
「あたしが、直人から離れるのが、そんなに悔しい?」
「・・・」

直人は自分の肩にあたしの頭を押し付けるように力を入れた。
「とーこは、俺を好きなんだろ?」と耳元で囁く。

「直人、ズルイよっ!直人が好きなのは、有菜で、あたしじゃないのに・・・!」
「それは」
「それでもいい、なんて、あたしは言えない。もう言えないよ・・・!
隣で笑っていることがどんなに苦しかったか、直人は知らないでしょう!?」
「それでも、とーこは傍にいた」
「も、苦しいの。」

言葉が、溢れる。
感情が暴走する。

「好きだから、傍に居たかった。だけど、一番近くに居たら、苦しくなった。息ができなくなるくらい。」
「・・・」
「直人は、ずっと、知ってたでしょう?あたしが、ホントは、どんな気持ちで居るか・・・馬鹿なことしてたって、笑ってたって、あたしがどう想ってるか、知ってた。」
「・・・」
「・・・有菜のこと、話す直人が凄く嬉しそうで、そんな顔が見れる一番のポジション、あたしは嬉しくて、でもやっぱり辛かった。」

直人はあたしが発する言葉毎に、腕の力を強めていく。
悲鳴をあげるあたしの心が、身体の震えを止めてくれない。

草の上の携帯が光った。
音はならなかったけれど、着信イルミネーションが光っている。
サブウィンドウには【中谷 有菜】の文字。
有菜だ。

「直人、有菜、だよ」

あたしの言葉に、直人はまったく動かなかった。

「直人、出て。有菜、待ってる。」

祈るような気持ちで、あたしは直人の肩に言葉を落とした。
あたしの腕は、思うように力が入らず、直人を押し退けることができなかった。
ずっと痛んでいる胸が、さらにざわつく。
そんなあたしを、直人はもっと強く抱く。

お願い、これ以上、あたしを揺さぶらないで・・・・!

しばらく光っていた携帯も、やがてイルミネーションが消えた。
あたしの胸にまたざくりと何かが突き刺さった。

「あたしじゃ、ダメでしょう?」

その現実は、変らない。

「バレンタインに・・・有菜のプレゼントを渡した時、直人の表情、凄く・・・柔らかくて優しい笑顔だった。
・・・あんな顔、させられるの、有菜だけ。」
「・・・」
「直人は、さ、今まで一緒にバカやったりしてた幼馴染が離れようとしてるから、ムキになってるんだよ・・・」
「・・・とーこ」
「だから、好きだなんて言うんだ。あたしの気持ちに揺さぶりをかけて・・・!」
「とーこ!」
「あたし人形じゃないよ?。傍に置いて、何にも感じない人形じゃない。何をされても、傷付かない、人形じゃないんだよ?」

直人の腕をふりほどき、あたしは立ち上がろうとした。
瞳から、ぽたぽたと涙が落ちていく。

「ムキになってるわけでも、人形にしたいわけでもない。とーこ、そんな風に思ってたの?」

あたしの肩を掴んで、直人はぎりっと指先に力を篭めた。

「そんな風に思うわけないだろう!?ずっと傍に居て欲しいのは、人形なんかじゃない、怒ったり笑ったりする、とーこなんだから。」
「嘘だ!」

言いながら頭を振るあたしは、だけどわかってしまった。

嘘、ついていない。
直人の言葉は、嘘じゃない。
直人は嘘を言わない。
だけど、有菜は?
有菜も、あたしも?
そんな都合のいい話、どう考えたっておかしい。
それを受け入れるなんて、できるわけがないのに・・・!

俯いたまま、酸素が薄くて、あたしは喘ぐように口をパクパクさせる。
言葉が出なかった。

「あの日、本当は、とーこは、どうしたかった?・・・ずっと、幼馴染のままでいたかった?
違うよな。アレが入ってたってことは、とーこは幼馴染から脱却しようとしたんだろ?
それは、さよならする為?それとも、有菜じゃなく、俺を選んだからか?」

搾り出すような声は、ひどく掠れていた。
あたしの肩を掴んでいた、直人の指先から力が抜けていくのを感じたけど、直人が言った言葉の意味を上手く理解できなくて、あたしはそのまま動けなかった。

有菜を選んだのは、直人でしょう?

「どういう・・・?」
「・・・そこまで追い込んでたんだって、試験会場でようやくわかったよ。雄介にも、散々言われたし、な。」

唸るように呟いて、直人はあたしの顔を覗き込んだ。
見慣れた直人の自信たっぷりの表情でなく、冷たく突き放す瞳でもなく、ただ悲しそうにその瞳にあたしを映して。

「だけど」

呟いて、でも、直人は言葉を噤む。
そして、あたしの肩にことんと自分の頭を預けて、小さく息を吐いた。

直人のお母さんが亡くなった後、こんな風に、時折肩に頭を預けてきた。
小さな身体で、悲しみをなんとか受け止めようとして、だけど辛くて寂しくて。
おばあちゃんに見つからないように。
星を見上げながら、そっと。
・・・ガムランボールを握り締めながら。

「・・・・・・・・・俺のことなんて嫌いになればいい。失恋じゃなくて、とーこが俺を振ればいい。」

直人は俯いてそういうと、すっかり力を失くしただ置かれているだけだった指を肩からすべり落とした。
無言のまま草の上に落としていた携帯を拾い上げ、立ち上がる。
肩に感じていた重みがなくなり、あたしは安堵感と寂しさを両方味わいながら直人を見上げた。

「俺は、とーこが好きだ。信じてもらえなくても。・・・だから、俺がお前を振ることはない、よ。悪いけど。」

言って、直人は自嘲的な笑みを浮かべた。
そしてあたしの腕を掴むと、引き上げるようにして立たせた。

「痛かった?」

無意識に、直人に掴まれていた肩に自分の手を重ねていた。
直人は表情を曇らせた。

「・・・大丈夫、痛くない。」
「・・・痛かったよな。ごめん」
「こんなの、なんでもない。」
「なんでもない、か。」

言って、直人はぎゅっと携帯を握り締めた。
金属片の舞う音が、急に消えた。

――こんなのなんでもないよ。
ココロのほうが、ずっとイタイ。
気持ちを伝えて、それで、新しいスタートを切れると思っていた。
そんなに簡単じゃないだろうとは思っていたけれど、自分の気持ちの区切りになるだろうって、そう思っていた。
今まで、あたしが居場所を失うことを恐れて逃げていたことだから、あたしが気持ちをはっきり言葉にしたら、直人はきっと、他の子にしたように、答えを出してくれると思ったのに。
「さよなら」って言って、背を向けて歩いて行くって。
・・・それでよかった。
訳のわからない拒絶でなく、想いを受け入れられないという表現なら、あたしはなんとか前を見て、歩き出せる気がしてた。

「"大丈夫""なんでもない"って、言うんだな。俺にも。」
「え?」

直人が、首を傾げて悲しそうに笑った。

「雄介の言う通りだ。こんな酷い状況でも、とーこはやっぱり、そう言うんだ?」

ぎゅっと携帯を握り締めると、直人は歩き出した。
見慣れた風景に、暗闇に、直人の背中が溶けていく。
「あんま、遅くなるなよ・・・?おばさん、心配する・・・」
振り返らずに、直人はそう言って家の明かりが漏れる木々の中に消えた。

関君の言葉も、直人の言葉も、頭の中でぐるぐると回る。
今、直人から出された答えが、どうしても心の中に入っていかない。
出口を求めて渦巻いていた気持ちは、益々大きな渦になって、あたしを押し流そうとしてるみたいだった。

有菜を巻き込んでしまう。

そう考えて、あたしは顔を歪めた。

有菜が傷付く。

自分が傷付くことより、その痛みのほうが耐えられない気がした。
あたしの想いは・・・出口の見えない想いだからこそ、あたしは永遠に凍らせてしまいたいと願ったのだから・・・。
もう、溶け出させずに、ずっと凍らせておきたかった。
こんな風に、想いが溶け出してしまうことが・・・怖かった。
怖かった・・・?

『とーこは・・・・・失恋、したかったんだろ?』

直人の声が、風の中にまだ潜んでいた。







2007,8,18


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