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雪に捨てたバレンタイン





星空の下で、さよなら  ― 3 ―








「雨降りそう・・・」
改札を出て、あたしは曇天の空を見上げた。
あたしのココロを表したかのような空に、思わず苦笑した。
「なんで来ちゃうかな」
少し離れた場所から大きな歓声や音楽が聞こえる。
同じ電車から降りた人たちが、みんな同じ方向に向かって歩いていく。
同じような年頃の子達だから、きっと目的地は一緒だろう。
はしゃいだり楽しそうに歩く人たちの中で、あたしは独り取り残されたみたいな気持ちだった。

「ここまできて、あたしも往生際が悪いな。」
そうわかっていても、やっぱり足は重かった。
この間、あんなことがあったばかりで、直人に、直人と一緒の有菜に、顔をあわせるのはとても気まずかった。
それでも。

『とーこちゃん、絶対来てね。雄介が言ってたよ、とーこちゃん来てくれるって!』
昨晩、受話器の向こうで有菜に念を押された。
「でもさ、明日雨だって言ってたよ。」
『うん、あんまり雨酷かったら中止だけど、でも、とーこちゃんに来てほしいの』
「うーーーーーーーーん」
あたしはカレンダーを睨みながら呻いた。

あたしは有菜に弱い。
有菜を好きな直人の傍で、有菜のカワイさを一緒に見てきたから・・・。
違うかな。
直人より先に、あたしの方が有菜に夢中になっていたのかもしれない。


小学校3年生の夏休み明け、有菜がクラスに転校してきた。
あたしたちは隣の席になり、それから仲良くなった。
あの頃のあたしは、クラスの違う直人に毎日毎日有菜のことを話していた気がする。
新しい友人を直人にも教えてあげたくて、有菜がどんな女の子かを話していた。
「笑顔がかわいくて、いい匂いがするんだよ。」
有菜はどこか憎めないカワイさがあって、すぐにクラスにも学校にも馴染んだ。
関君の隣の家だということもあって、あたしと直人、そして有菜と関君と、あたしたちは4人で遊ぶことが多くなったんだ。

『体育祭終わったら、久しぶりに4人で遊ぼうよ』
断る理由が見つけられず、あたしは「晴れたらね」と答えた。

再び空を見上げる。
「『晴れた』とは言いがたい天気だけど。」
苦笑して、くるりと傘を回す。
あたしは意を決して、傘の先をアスファルトでトンと鳴らすと、泉峯に向かって歩き出した。




広い校庭には何色もの旗やボードが飾られ、チームカラーをはちまきにしたり首に掛けたりしたオトコノコやオンナノコが楽しそうに話したり声援を送ったりしている。
思っていたより賑やかで盛大だ。
土曜日に行っているということもあって、ギャラリーも多い。
あたしのような私服の他校生もたくさんいる。
あちこちで、そんな私服の子とジャージを着た子が輪になっている。
それでも、一つの大きな行事を楽しんでいる泉峯の生徒たちと私服のあたしたちとの間には、空気というか温度差がある。
あたしは近づくタイミングが掴めず、遠巻きに眺めていた。

ちょうど借り物競争が行われているようで、参加者が時折応援席やギャラリーの方まで駆けて行くのが見えた。
奥にある校舎を見つめ、あたしは不思議な感覚を味わう。
初めて内側から見る泉峯は、当たり前のことなんだけど、あたしの知らない場所で――直人や有菜にとっては、思い出を重ねていく場所なのだ。
あたしの知らない友人や先輩や後輩、先生たちと。
そんな場所に自分が居ることが不思議だった。

来てはいけない場所に迷い込んでしまったような気持ちになっていると、肩がぽんと叩かれた。
一瞬、あたしは振り返れず、息を飲んだ。

「来てくれたんだ?」
しかし、直人ではない声に、あたしは胸を撫で下ろした。
「関君、あ〜、よかった。」
青いはちまきを首にかけた関君が、トランペットを片手に笑っていた。
「どしたの? そんな不安そうな顔して。」
「来てみたけど、どうやって探そうかなって思ってたの。」
「向こうから見えたんだ。」
白いテントを指さして、関君は答えた。
「とーこでも、そんな不安になることあるんだ?」
「一応ね。」
あたしも関君も、お互い悪戯っぽく笑った。
「応援席行こう? 有菜と直人もいるから。」
「うん、ありがとう」
半分逃げ出したいような気持ちになりながら、あたしは関君の後ろを歩いた。

「それ、応援で使うの?」
「これ? そう。入場行進で演奏したんだけど、応援席でも吹けって。」
トランペットを口元に運びながら、関君は苦笑する。

「雄介! あ、とーこじゃん!」
「ホントだ! 久しぶり!」
応援席が設けられている場所の後方から、あたしと同じようにどこか所在無げな男の子が二人、足早に近づいて来て手を振る。
「陽太! 修! なんだよ、お前らも来たのか!」
「佐々木君、修君、久しぶり!」
駆け寄った彼らは、関君の肩を掴んでバンバンと叩いた。
佐々木 陽太ささき ようた君と小林 修こばやし しゅう君。
中学時代のクラスメイトだ。

「痛っ! 何、何しにきたの?」
「うわーひでえ! 俺ら工業よ? 女子なんて学年に片手しかいないのよ?」
「雄介、誰か紹介しろよ〜!」
「うわ、やっぱりそれが目的?」

3人がじゃれあうのを懐かしく見ていると、佐々木君があたしの前に立った。
「やっぱり、とーこに紹介してもらおうかな! 敬稜って女の子多いいんだよな?」
背の高い、がっしりとした体つきの佐々木君は高いところからあたしを見下ろして「今度紹介して?」と笑っている。
不思議と威圧感がないんは、彼の人柄だろう。
「そうだよな、有菜は直人に持ってかれちゃったし?」
関君が笑いながら言うと、佐々木君が泣き崩れるマネをして「そうなんだよ〜直人ひでえよ、あいつもてるんだからさ〜」とあたしの肩に片手を乗せる。
「よしよし、佐々木君にもいい出会いがきっとあるって!」
あたしは笑いながら頭を撫でる。

「修は? 彼女と別れたの?」
「卒業したら、自然消滅。」
「1コ下だったっけ?」
「そ。あっけないよなぁ。だから雄介、紹介して?」
「修に紹介できるなら、俺もとっくに彼女できてるって」
「だよなあ。しょうがねーな、夏にみんなでキャンプでもするか?」
「もうクラス会?」
「そー。」

そんな話をしながら歩いていると、「とーこちゃん!」という声が響いた。
青いはちまきをリボンの代わりにして、頭で結んでいる有菜がぴょんぴょんと跳ねている。
「有菜ちゃーん!」
ぶんぶんと音がしそうなほど、佐々木君が両手を振る横で、あたしも笑いながら手を振った。

「うわー、佐々木君と修君も〜? えー3人一緒に来たの?」
有菜があたしの隣に来て、佐々木君と修君を見上げた。
「違う違う。」
「そこで会ったの。」
あたしと関君が言うと、修君が「こいつがどうしても有菜に会いたいってさ」と佐々木君を小突いた。
「有菜ちゃん、直人に酷いことされてない? あいつ女の子に冷たいとこあるからさ!」
・・・正しくは、自分が好きな子以外に、だけど。
「そんなことないよ。直人君、いつも優しいけど?」
「そーなんだよな〜。あいつ、昔っから有菜ちゃんにだけは優しかったよなあ。」
佐々木君は言いながら、不満そうに「な?」とあたしに同意を求めてきた。
「あはは。佐々木君はみんなに優しいもんね?」
あたしは笑顔が引きつっていないか不安になりながら有菜を見た。
有菜は可愛らしく笑いながら、「そうだよね、佐々木君、優しかったよね!」と言った。

「有菜、直人は?」
関君が椅子に掛けていたフェイスタオルでトランペットを包んで置くと、きょろきょろと辺りを見回した。
「さっき先輩の代わりに競技に出たの。仮装したんだよ、もう少し早かったら見れたのに〜!」
面白かったの! と、有菜は思い出したのか一人で笑い出した。
「なんの仮装だったの?」
修君が尋ねると、有菜はくすくす笑いながら「白衣の天使」と答えた。
「そ、それは見たかったかも!」
「いや、見たら・・・直人に殺されそうだな」
佐々木君と修君が言うと、有菜は「じゃーん!」とデジカメをみんなの前に差し出し、「もーばっちり! 見る?」と小首を傾げた。
「有菜えらいっ!」
「なーにを見るって?」
少し離れた場所から、不機嫌そうな声がした。

「直人〜! お前の勇姿をだよ〜。久しぶり!」
あたしはその声の方向を見ることができず、無意識に後ずさっていた。
「お前ら、泉峯を漁りに来たんだろ?」
「おう、直人紹介しろよ〜。」
「直人君、さっきのナース姿!! 一番に見せたげるから、早く早く!」
有菜はそう言いながら、自ら直人の方へ駆け寄って行く。

あたしはゆっくりと直人の方を見た。
有菜に照れたような笑顔を見せながら、デジカメを覗き込んで苦笑している。
「俺たちにも見せてよ〜」
佐々木君と修君が走って行く。

直人はゆっくりとあたしの方に視線を向けて、表情を一変させた。

「――っ!」

あたしは、有菜の周りではしゃぐみんなの傍らから、こちらを真っ直ぐ見た直人の視線に言葉を失った。

・・・なんで?

思わず口元に手をあて、目の前にいた関君の後ろに隠れた。
ひゅっと、喉がなった。

「うわっ、直人機嫌悪っ・・・」
関君が呟く声が、遠くに聞こえる。

初めて、あんな冷たい目をした直人を見た。
『ナンデイルノ?』
そんな声まで聞こえた気がした。

それは、今まで、一度もあたしに見せたことがない、向けたことのない――拒絶の表情。

心臓が射抜かれたような気がした。
どくん、と大きく心臓が音をたて、その後は止ってしまったかのようだ。
衝撃で、息が止った。
膝がガクガクする。
傘が手から滑り落ちた。

コワイ

目をぎゅっとつぶり、あたしは立っていられなくて、関君のTシャツの裾を掴んでしまった。
目をつぶっても、直人の冷たい射るような視線があたしに向けられているのを感じる。

なんで?

「随分・・・・。」
関君は何か言いかけて、直人に向かって肩を竦めている。
「とーこ、大丈夫?」
関君に言われ、あたしは掴んでいた手を離した。まだ震えている。
「直人、ここ何日かちょっとおかしんだ。」
気にしないほうがいいよ?
気遣うように言って、関君は落ちた傘を拾い上げると「行こう?」と促す。

・・・あたし、直人に何かした?

今までどんなに喧嘩をしても、あんな表情をされたことがなかった。
どこまでも、感情が削がれた冷たい瞳。
硬く閉ざされた口元。

「とーこちゃんも見て!」
有菜の屈託ない声が聞こえる。

訳がわからなかった。
あたしは直人にそこまで嫌われるような、そんなことをしたのだろうか?

ポツンと頭に何かがあたった。
「雨だ・・・」
関君は言って、空を見上げた。
かなり大粒の雨だ。
地面に大きな染みができていく。
ぽんぽんと傘を開く音がそこかしこから聞こえ、女の子のきゃーきゃーという声が聞こえる。
「とーこ?」
関君があたしの傘を開いて、あたしにさしかけてくれた。
「ありがとう。」
笑顔を作ろうとして、あたしはゆっくり顔をあげた。
「泣いてるの?」
言われて、あたしは自分の頬が濡れていることに驚いた。
「違う、雨だよ。」
言って、傘を受け取った。
「関君、トランペット!」
「ああ」
トランペットを持ち上げる関君に傘を傾けながら、駆け寄った有菜に傘を渡した。
「ごめん! あたし、洗濯物外に干したままなの。今日、誰も家に居ないから、帰るね。」
なんとか笑えたことに感謝しながら、あたしは「有菜、後で見せてね?」と囁いた。
「今からじゃどっちにしてもびしょ濡れだろ?」
修君が呆れたように言った。
「そうだけど、やっぱり気になるし。」
「とーこ?」
心配そうな関君に、あたしは懇願するように「大丈夫だから」と言って「今日はゴメン」と小さな声で呟いた。
「それじゃ、またね」
「とーこちゃん、傘!」
「使って! それじゃ、またね!」
有菜があたしの傘をみんなに差し掛けながら、「気をつけてね!」と手を振った。
あたしは・・・直人の方を一度も見れず、涙を隠してくれる雨に感謝しながら、駅までの短い距離を振り返らずに走った。

あたしがしたことへの、これが直人の答えなんだろうか?
直人の友人で居ることまで、あたしは手放したつもりはなかったのに。

あたしの背中を見つめる、直人の瞳が苦しそうだったなんて、あたしはまったく知らなかった。
今はただ、直人の拒絶が胸を抉り、あたしたちがもう"幼馴染"にすら戻れないことに、愕然としていた。





2007,6,27


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