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step by step   − 8 −







一人で映画を観るのも、買い物をするのも、苦痛に感じたことはなかった。
腕を組んで歩く人たちを気にすることも・・・・正しくは気になることもなかった。
一人で出かけることには慣れていたし、友人たちと出歩く楽しさも知っていた。
最近は、それぞれが忙しかったり家庭を持ったりで、友人たちと出歩くことは少なくなったけれど。
まあ、昔から・・・・唯と二人で出かけることが、何よりも楽しかったのだけど。

それにしても、だ。
こんなに一人で出歩くのがつまらなく思えたのは初めてだった。
「寝不足の所為かもしれない」
歩きながら、昨日の風に耐えた桜を見上げた。
ところどころ花びらが落ちて、枝に残る花は、綺麗と感じるよりどこか憐れに感じた。
そこに綺麗なまま取り残されてしまうのは、どんな気持ちなんだろう?
大好きなはずの桜をそんな風に思う自分に、驚いてしまう。
いつまでも、いつまでも、そのまま咲いていて欲しいと、願っていたのはつい昨日だったのに。

そっと視線を外すと、溜め息が出た。
「期待してたのに、つまんなかったな〜」
パンフレットも買わずに映画館を出て、何をするでもなく歩き回る自分に苦笑する。
映画を観る2時間を長いと感じたのは久しぶり。
ずっと前・・・大学時代にデートに誘われて、B級ホラー映画に連れて行かれた時みたいに欠伸がでた。
残念ながら、彼は私が可愛く怖がると思っていたらしく、原作はここでどんでん返しがあって、犯人は誰だとか、アングルが悪すぎて恐怖心が沸かないだとか、そんなことを私が言ったから、彼はすっかり興ざめした顔でランチを食べていたっけ。
「若すぎたのよね、私も。」
そんなもう6年も昔のことを思い出して、今日はあの日よりもっと最悪だと感じた。
映画館から出ると、もうすぐそこに夕闇は迫っていて、私は早く夜明けが来ないかな(夜明けどころか、これから夜になろうかって時に、私何を考えてるんだ・・・?)と思いながら、お気に入りのショップを覗いて廻った。
いつもはそれだけで、なんだか心がウキウキしだすのに、やけに霞んで見える。
そうして、バックの外側のポケットに入れてある携帯を取り出して開けると、待ち受け画面を眺める。
「・・・・・」
メールも電話もない。
呼び出し音が鳴らないのだから、そんなことはわかっているのに、何度も見てしまう。
映画の最中も、着信音はオフにしていても、何度もサブウインドウの小窓を覗き込んだ。
映画に集中できなかったのは、つまらなく感じたのは、本当はその所為だったのかもしれない。
何よりも、神経を携帯電話に集中していたのだ。
エンドロールが流れ、場内に明かりが灯ると、すぐに着信をオンにした。
「・・・・何してるんだか」
自分に嫌気がさして、思わず呟く。
携帯で時間を確かめて、うんざりした。
まだ、さっき画面を見てから3分しか経っていない。

そんなに頻繁に携帯を見るなんて、私どうかしてる。
それでも見ずに居られない。
誰からの電話を待ってるの?
誰からのメールを待ってるの?

私がバックに携帯を戻すと、背後から声がかけられた。
「彼、来ないの?」
まだ10代じゃないの?というくらいのオトコノコが、私の顔を覗き込んで不必要に微笑んでいる。
私は小さく会釈して、通り抜けるように歩き出す。
やだなぁ、そんなモノ欲しそうな顔してたんだろうか?
「おねーさん、キレイだよね!なんだか寂しそうにしてるから、気になったんだ。」
オトコノコは楽しそうに私の後ろをついてきて、背中越しに話しかけてくる。
「寂しそうに見えるってことは、君も寂しいんだ?」
私は言いながら、バカ!相手なんてしなきゃいいじゃない!と自分に舌打ちしてしまう。
オトコノコは反応が返ってきたことに、勢いづき、ますます距離を縮めて耳元で囁く。
「うん、寂しい〜。だからさ、おねーさん、僕と遊ぼうよ。今夜の予定、キャンセルされちゃったんだ」
「残念だけど、おねーさん、少年に興味ないんだ。」
私が振り返りもせずに言うと、オトコノコは急に腕を掴んで顔を覗き込んだ。
「少年だけど、おねーさんを楽しませてあげることはできるよ?」
切れ長の瞳は、妖しく揺らめき、微かに唇を舐めた舌先が、いかにも遊びなれていることを感じさせた。
「・・・・・・・楽しませてもらいたいのは、君にじゃないの。」
呟いた言葉は、自分でも驚くくらいはっきりとしていて、思わずにっこりと笑えるくらい。
ああ、そうか、私・・・!
「うっわ!すげーエロい・・・!」
私は何か答えが出かけていたのに、場違いな――どこをどうしたら『すげーエロい』という、そんな言葉に繋がるんだろう?と頭に疑問符を浮かべ、また、答えを出し損ねた。
だけどその一瞬、オトコノコの手から力が抜けたのを感じて、私は考えるのを止めて、腕を振り払った。
「それじゃあね」
言って手を振ると、オトコノコは慌てて携帯を取り出して、また追いかけてきた。
「ちょっ!おねーさん、携番教えてよ!」
「イヤです。」
「そんなこと言わないで!なんか運命感じた!」
「感じない、感じない。こんなんで運命感じてたら、身が持たない。」
すたすたと歩く私に「ひえー」とか「たまんねー」と呟くオトコノコに、まったくもって理解できずに頭を振る。
「っと!ここに番号入れとくから!」
言われて、見慣れた私の携帯ストラップが目の前で揺れて、一瞬思考回路が停止して立ち止まった。
「あっ・・・!たしの・・・!」
「で、今僕の携帯にかけてっと。はい、これで、おねーさんの番号ゲット!」
オトコノコの携帯が一瞬うるさく鳴り響くと、私の携帯を「ん」とバックに差し戻して、悪びれる風もなく笑顔を見せる。
「暇な時でいいから電話してよ。僕、おねーさんのこと気に入っちゃった。」
「なっ・・・・!」
「だってさ、何度も携帯見つめて切なそうな溜め息吐いてたじゃない?僕でもじゅーぶん寂しさ埋められるよ?」
おねーさん美人だし。遊びなれてそーだもん。
私はもう、言葉も出なくて、なんだかぐったりした気持ちで俯いた。
「残念だけど、忙しくて。オトコノコと遊ぶ暇ないんだ。」
それでもそれだけ言うと、苦笑して歩き出した。
「おねーさん!」
私が振り返ると、オトコノコはウインクして携帯を押すフリをして「待ってる!」と言い、人込みの中へ消えて行った。
「・・・私って、そーんなに寂しそう?」
思わず言って、涙が零れそうになった。
急に惨めになるなんて、一体私はどうしちゃったんだろう?
今朝泣きすぎた所為で、涙腺が壊れてるんだわ。
・・・・映画はちっとも泣けなかったけど・・・・。
私はキッと前を見据えて、歩き出した。
声をかけられるような、そんな隙を与えていた自分が悪い。

「・・・・・・・楽しませてもらいたいのは、君にじゃないの。」

自分がさっき言ったフレーズが、頭に甦って、自分の中ではっきりと浮かんだ顔に胸が痛んだ。



それは急に心臓を高鳴らせ、私は息を止めて目を見張った。
唯が呆れたように私を見つめて・・・微笑む。
『だから一人で歩かせらんないんだよね・・・』
溜め息交じりのその声は、それでも優しく。
いつもはそう言って仕方なそうに肩を抱く唯が、今日は居ない。
正体不明の胸の痛みは、どんどん強くなる。

ヒールを鳴らして、地下鉄の階段を降りた。
ホームに着くと携帯がなった。
「・・・さっきの?」
私は無視して地下鉄に乗った。
画面も見ないまま、私は携帯の電源をオフにして、ドアに背中を預けた。

「君からの電話じゃない・・・私が待ってるのは・・・」

それが唯からの電話だったなんて、私は知らなかった。







2006,8、7




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