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step by step   − 7 −







そっと、花びらが貼り付いた窓を開けて、私は息を吐いた。
知らず指が震えて、むしゃくしゃして、大きな声を張りあげたい気持ちになった。

唯、今すぐ来てよっ!

声にしようと、本当に口を開けかけたけど、さすがにそんなことはできず、私はその場に座り込んだ。
気持ちをくすぶらせたまま、春の風を身に受ける。
こんな気持ちの時は、いつも唯に来てもらって、そして話を聞いてもらって。
それで笑ったり、怒ったりして。
いつの間にか落ち着くのだ。

――何かが、自分の中で変わろうとしていた。
この数年、ずっと悩んでいたことが、あまりにも目の前で、着地点を定めていることに戸惑う。

これは、違う。
きっとこれは、違うの。
これは、弟を奪われる姉の気持ち。
自分だけの愛しい存在だった唯が、知らない誰かに愛を傾けることへ嫉妬。
私が一番でなくなってしまうことへの恐怖。
なぜなら、私たちには、本当はなんの繋がりもないのだから。
『幼馴染』
ただそれだけのカテゴリーでしかなく、それ以上にはなれないのだ。
唯を失う恐怖は、計り知れないもので、私はどうしようもない焦燥感にまた叫び声をあげたくなった。
何度同じようなことを考えているんだろう?ついさっきも、ひとしきり考えて泣いたばかりだというのに。

嫉妬している。
嫉妬!?
誰に?
唯に?
私じゃない誰かを選んだことに?
それとも唯が想いを寄せる誰かに?

初めて知る感情の嵐は、私の思考を奪っていく。
苦しくて、目を閉じれば唯の姿ばかり目に浮かんで、でも必死に目を開けていても、考えるのは唯のことだけ。
自分自身にイライラしてしょうがない。
まだ見ぬ唯の彼女が、どんな人なのか気になって、でもその気持ちはどこかどろどろとしたイヤな感覚で、自分を嫌いになりそうだった。
こんなどろどろした感情をみんな持っているのだろうか?
私は、誰かのことで、こんな風になる自分なんて考えられなくて、コントロールの効かないキモチを持て余して不安になった。

恋なんて、面倒だと思ってた。
誰かを想って眠れない夜を過ごすだとか、ただ電話やメールがないだけで不安になったり、大好きなはずの人を疑ったり、恨めしく思ったり。
学生時代、恋に振り回される友人たちを、溜め息混じりに慰めた。
理解できない。
馬鹿馬鹿しいとは思わなかった。
ただ、理解できない。
「好き」という気持ちに、双方向性なんてあるのだろうか?
そもそも、「両思い」なんて、どうやったらなれるというのか?
同じだけの気持ちを傾けて、愛し愛されている人なんて、どれほどいるというの?
「待って」という私の願いに、本当に「待って」くれた人なんていない。
私が「恋」に気持ちを育てるまで、待っていてくれた人なんていない。
自分の気持ちを押し付けるばかりで、私の気持ちなんてどうでもいいの。
それでも、みんなのようにときめきたいと、どこかで思っていたのだろう。
恋愛という言葉の前では、私はいつだって疑問符ばかりで、そんなときめきがなくたって、私を理解し大切に思ってくれる存在がいたから。

恋なんて面倒。
それじゃあ、今、私が悩んでいるのは何?
恋より面倒なものが他にもあったのかな?
弟に対してこれだもの、私「恋」なんてしたら、どうなっちゃうんだろう?

ああ、でも。
今ならわかる。
みんなそんな誰かを求めて居たんだ。

丸ごと自分を認めてくれる存在

それが私にとっては、唯という人で、他の人にとっては「恋人」という存在なんだって。
「恋人」に求め、そして自分も相手を受け入れたいと思うのだろう。
・・・・ああ、でも、きっと私の考えてることなんて、きっと凄く子どもじみた考えなんだろうな。
恋をまともにしたことのない人間だもの。
26年かかって、そんな乙女チックなこと言ってるなよ!と笑われるだろう。

くすっと笑い、そして知らず抱いていた自分の腕に、指が食い込んだ。
なんて大事な存在なんだろう。
いままで、それに気づかずにいた。
「妹」だったり「弟」だったり、私はそうやって大事な答えを誤魔化してきたのかもしれない。

唯はそんな私でも受け入れてきてくれたんだ。
笑ったりしないで。

「せめて、温かく見守ろうよ!」
言葉にすると、声が震えて随分弱々しく聞こえた。
唯が好きな人なら、私も好きになりたい。
本当の姉弟じゃないけど、そんな風に生きてきたのだから。
唯にとって、私はそんな存在じゃないのかもしれないけど、私にとって大切な人であることには変わりない。
今までより、ほんの少し――いや、もしかしたらたくさん・・・距離を置かなくちゃいけないかもしれないけど。
一生大事な人であることは、間違いないのだ。
それくらい、唯は私にとって・・・・一部なのだから。

「・・・・せめて、唯が安心できるように、私もちゃんと好きな人みつけなくちゃ。」
唯にしたら、私は恋愛もまともにできない「お姉ちゃん」で、心配でたまらないだろう。
「ああ、今日が休みでよかった・・・。こんなんで仕事、行けないもんね。」
鏡に映った自分の姿に、ぎょっとした。
目の回りが赤く腫れて、涙と鼻水でぐしょぐしょ。
寝不足と、考えなれないことを考えていたせいで、目つきだけはイヤに鋭くて、何度もかきむしった頭は生乾きのままだった髪をぐしゃぐしゃにしていた。
「・・・・なに、これ、バケモノみたい・・・・」
言って、思わず笑い出した。
唯がよく言ってたっけ。
『理子放っておくと、バケモノみたいになってるから。とりあえず寝なさいよ。考えるのは起きてからにしな。』
「こーゆーことね!」
言って唯は、私が眠るまで付き合ってくれるのよ。
だから、私はこんなバケモノの私と出会うこと、そうそうなかったんだわ。
鏡の中の酷い顔の私に、そっと呟く。
「これからは、私が自分でちゃんとこのバケモノを封印しなくちゃいけないわね」
それくらいできないで、唯の彼女に会わす顔がないもの。

「とりあえず!」
鏡から目を逸らし、私は大きく伸びをした。
「シャワーでも浴びなおしますか。」

それから溜まった洗濯と掃除をしよう。
そして映画、観に行こう。
眠いけど、眠くない。
布団にじっとしていても、きっとまた涙が溢れてくるはずだ。
明日は、休日出勤して、企画書を仕上げよう。
紺野課長が明日には帰ってくるから、報告とこれからのプランの打ち合わせも入る。
その前に仕上げておいたほうがよさそうだ。
課長、何か言いかけてた。
何か大きなプロジェクトでも立ちあげるのだろうか?
そうだ、お祝いもしようって言っていたっけ。
パジャマを脱いで、思い切り出したシャワーを浴びながら、頭を振った。

私にはやらなくちゃいけないこともあって、今度は一人でバケモノ退治もしなくちゃいけないんだぞ!

でも、シャワーが洗い流してくれるからと、安心したように私の涙はまた溢れてきて、涙って本当に枯れないんだな、なんて頭のどこかで考えていた。
涙の理由をちゃんと考えてるつもりだったのに、鈍感な私は、また大事な答えを出し損ねていることに気づけなかった。

目を閉じたから。
唯が誰かを愛していることに、ショックを受けて、一番大事な答えを引き出せないまま。







2006,7,18




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