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slowly slowly slowly


step by step   − 21 −








ああ、もう、なんなの?
コレってなにかの罰ゲーム・・・?

思わず心の中で呟いた。

ドキドキでズキズキ。
ぐるぐるでへとへとだよ・・・



何度もベッドの上で寝返りを打った。

そのたびに、軟な私の体はぎしぎしと音を立てるから「うぅぅ」と呻いてしまう。
そうすると、ひやりと冷たい掌があたしの髪をかきあげる。
額に触れ、頬をなぞる。
私は得体のしれない安堵感に包まれて、また沈む。

ふっと瞳を開けて、綺麗な横顔にドキンとしては、不整脈だったのかも?と不安になるぐらい勝手に心臓が暴れていた。


もたないよ、このまま死んじゃうよ・・・。

抱き起こされて水飲まされて、何か聞かれて頷いたり首を小さく振ったり。
白衣の唯を見た気がしたり(なんのコスプレ?)、お姫様抱っこされていた気がしたり(え、なんのプレイ?)・・・。
う〜ん・・・。

どこからどこまでが夢か現実か妄想かわからない世界を漂ってるみたい。

全部遠い世界でおきていることのよう。

意識は浅く沈み浮上しては深く沈みこむ、そんなことの繰り返しだった。


私の中で覚醒してしまったモノ。
息づいてしまったヤツが、獣が。
よりにもよって、私を総攻撃してるのだ。


うううう、苦しいよぉ・・・。
なんで?
ちょっと待って!?
おかしいよね?
なんで私が攻撃されなくちゃいけないの?
私が私を攻撃って、おかしいでしょ!?
何もこんな弱っているときに暴れなくてもいいじゃない?

泣き言、弱音。

ああ、このどうにもやるせない感じがツライ。
んんんーーーーー。
ほら、短い休暇にあれこれ予定を詰め込み過ぎて、あまりにもはしゃぎすぎて、疲れ切って、最後に靴ずれまでしちゃって足がとんでもなく痛みだしてさ。
身動きとれなくちゃった時のような。

――そうね、その上助けを呼ぼうと思ってたのに、携帯は電池切れで、気がつけばお気に入りのジャケットにシミまでつけてたことに気がついた・・・感じ・・・?

ずっと前にそんなことがあったわよね?とめちゃくちゃな頭の中を引っかき回して記憶を探る。

助けを呼べる大事なツールも、高かったアイテムも駄目にしちゃって、古い言い回しだけど「とほほ」な気分で。

重たい溜め息を吐いて「こんなことなら家でおとなしくしとくんだった。」とぼやいて、わくわくしてた楽しみだったお休みは終了しちゃう。
痛い足を引きずって・・・も〜どうしてこうなるの!な、泣きたい気分だけが残る。
実は持ち帰っていた仕事があったのに、気がつけば資料すら目を通してなくて。
うわっ、そういえば明日会議だったじゃない!!
どうしよう、どうしよう、何か企画出せって言われてたのに、なんて焦っても、疲れた頭はいいアイデアなんて浮かばせてくれない。
休み前は、楽しいことしてればピーン!とめちゃくちゃいいプランが閃きそうな気がしてた、なんて、なんてお気楽なのよ!私!
・・・自分の浅はかさを呪った。
心臓ばくばくさせながら真っ青になって、ああどうしたらいいんだよう〜と泣きそうになって・・・。

うん、入社したばっかりの頃にやらかしていた意識の低さが招いた、あの時みたいだ。
高揚してた名残りと、焦燥感と。
ごっちゃまぜになった感覚。


私の中にすとんと落ちてきた感情。
唯が教えてくれた。
私が唯に抱いている感情は"恋"なんだって。

ああだけど。
情けない。
こんなに苦しいものだなんて知らなかったんだもの。

自分で処理できない、まだ上手く理解できない感情。
それでも私なりに理解しようとして。
そうすればするほど、どんなに自分と縁遠かった感情だったのかを思い知る。
だって思い浮かぶのは、何故か仕事がらみの失敗。

――・・・・で、あの時の私って、どうしたんだっけ?

ぶつぶつと切れる意識を繋ぎ合わせて、どんよりとした頭で考える。
そう、深刻な事態には陥らなかった、はず。
今のぐるぐる加減があの時に似ているなら、もしかしたら今の私のこの状態を改善するヒントがあるかもしれない。

一縷の望みをかけて引き出してきた記憶。


『あのさ、理子はいったい幾つなわけ?』
(ええと、確か23?になったよね?)

呆れたような呟きと。

『ほら、足、見せて!』
(痛いイタイ、もっとそっとしてよ〜)

長く細い指で私の足を持ち上げながら。

『ほら・・・この間話してただろ?酔っ払ってたから覚えてない?"次はこの企画提案してみる〜!"って喚いてた』
(そうそう!あーーーー思い出したぁ〜!それ企画書打ってある!)

俯いて手当をしてくれてた顔をあげて、私に苦笑して。

『理子らしいよね、ホント』

綺麗な笑顔を見せた人。


唯・・・。
唯だ。
帰宅してへばっていた私が、助けを求めたのは唯だったじゃない。

『馬鹿だな』って溜め息つきながら、私の泣きごと聞いてくれたのは唯。
どうしようもなく落ち込んでた気持ち、唯に丸ごとぶつけて、さ。
それでも、唯は『はいはい』って受け流してくれて。

思い出して、私の胸はまたトクンと甘く疼く。
そして、ずん、と落ち込んだ。

参考にならない。

私って、唯のお姉さんぶってたくせに、結局のところ唯に甘え切っていたわけだ。
唯一、しっかり自分で乗り切ってたつもりの仕事でさえ、励まされたり愚痴聞いてくれたり・・・。
甘やかしてくれてたんだ。ずっと。

私が知らなかった感情の名前。
これが"恋"ならば・・・。

唯が見せたあの微苦笑の意味はなんだろう?
・・・・困惑?

どうしよう、どうしたらいいの?

私の中で唯への想いが変化しても、唯にとって私は"困った理子"でしかない。
その上、私はいつものように唯に甘えて、自分でもわからなかった唯への気持ちを吐露してしまって。

「好きです」って告白したようなもの。
なんとも間抜けに。
・・・まあ、今更だよね・・・。
私が今までどれだけの間抜けさを披露して生きてきたかを思えば・・・。

考えれば考えるだけ、ただただ落ち込んでいく。
情けなさ全開で甘えていた私が、自分の気持ちに気づいてしまって、これからどんな顔で唯と接すればいいんだろう?

こんなにも私の中で一部になっている唯を、切り離すことなんかできるの?
もっともっと、欲しくてたまらなくなってしまったのに。

唯に相談できないのに、私はどうしたらいいんだろう?





* * * * *





いつか聞きたいと思っていた。
でも、一生聞けないかも、と思ってた。


熱の所為だろうとなんだろうと、理子が見せた想いの欠片を見逃すつもりはなかった。


理子が発する一言一言が、胸に響く。
響いて、共鳴させて、想いを溢れさせる。
苦しいくらいに、愛しいのに、それ以上の想いに引き上げていく。
理子自身はまったく知らないでやってることだから、本当に性質が悪い。
だけど、そんな理子が可愛くて愛しくてたまらない。

だから。
理子の中で眠っている感情を引きずり出してしまいたくて。

本当は、まだ繭の中で眠っていたいんだろうと、知っていた。
あそこまで想いを口にしながら、人を焦がしておきながら、「知りたいと」いいながら、怖がってるんだ。
"恋"なんてしらないくせに、恋愛感情に溺れることが怖いんだ。
何もかも手につかなくなるくらい、厄介なものだって感じてるんだ。
本能的に。

待っているつもりだったのに、な。

苦笑してしまう。

こんな弱ってる状態の理子に、認識させるつもりはなかったんだ。
それでも、あんな理子を前にして、我慢するなんてできなかった。

『唯が、好き・・・』

理子が妹とか弟とか幼馴染とか、そういう意味合いでなくくれた初めての言葉。

・・・。
ヤバかった。
止められなくなるかも、と。

でも、ふっと綻んだ口元が、頬が、次の瞬間には強張った。
苦しそうに瞳を閉じて、また意識を手放した理子は、俺の気持ちをまだ知らない。
理子がやっとくれた言葉に、本当はまだちゃんと応えるだけの資格がないって、わかっていた。
そして、理子が「好き」と言った言葉の中に、微かに感じてたもの。

理子は俺から離れようとしてる?

そんなこと、絶対させない。
なんでそんなことを思うのかわからないけれど、俺からは絶対に離してなんかやらない。
ずっと、ずっと、理子だけを求めてるんだから・・・。


「好き、だなんて、そんなものじゃない・・・」

病院の帰り道、信号待ちしながらハンドルから隣で眠る理子に手を伸ばした。
少しだけ倒したシートで、理子は時折眉を顰めている。

頬に触れて、首筋に手をあてる。
まだ熱い。
「・・・・う・・・・ん」
呻き声に頬に触れながら「飲む?」と訊ねる。
理子は小さく頷く。

この熱が全部自分に移ればいいのに。

そう思いながら、後部座席に手を伸ばし、処方された薬の入った同じビニール袋から、買ったばかりのミネラルウォーターのペットボトルを出しキャップをひねった。

「飲める?」

口元に宛がうと小さく唇が開いた。
腕も少し持ち上げているけれど、ペットボトルまでは辿り着けず、諦めたようにぱたりとシートに落ちた。
そっとペットボトルを傾けてみたけれど、理子は大きく息を吐いて反対側を向いてしまう。

少しだけ躊躇って、俺は自らペットボトルに口づけた。
ミネラルウォーターを口に含み、理子の腕を掴んで引き寄せ、苦しそうな息を吐く理子の口をこじ開けるようにして、冷たい水を含ませた。
こくりと小さく喉がなり、それを飲み干した理子は、ほっとしたような表情になる。
そこで信号は青に替わった。

ドリンクホルダーにペットボトルを入れながら、信号とは反対に、俺は真っ赤になっていたと思う。
外で、こんなことできる自分にびっくりだ。

嬉しくて。
でもまだまだ、足りなくて。
だけど全部奪うには、理子には、今の俺はあまりにも情けない。

ズルイと思う。
それでも理子を欲しがるなんて。

理子の隣に立つには、今のままじゃ駄目だ。
ちゃんと、過去を克服しなければ――。
理子の前で、ピアノを弾けるようになるまでは。








2008,10,18




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