第79章   第23代/顕宗天皇(1) けんそうてんのう
  
  兄弟のうち 弟の袁祁の石巣別命の命 おけのいわすわけのみこと 第23代/顕宗天皇として 即位しました。
 
顕宗天皇は、飛鳥の宮(羽曳野市飛鳥)にて 天下を治められました。
  顕宗天皇は
難波の王 なにわのみこ を娶ったが 子はおりません。
                              
アレレ 大魚 おうお 乙女とはどうなったの?‥‥‥ボサツマン
  顕宗天皇祖父母祖々父母              「第16代/仁徳天皇の御子第17代/履中天皇の御子
  顕宗天皇の父は 猪狩りの野原で 大長谷の王
おおはつせのみこ に殺された 忍歯の王 おしはのみこ
  祖父母は
第17代/履中天皇 りちゅうてんのう 黒比売 くろひめ です。
  祖々父母は 履中天皇の親の
第16代/仁徳天皇 にんとくてんのう 石之日売 いわのひめ です。
  このように 顕宗天皇は 優れた皇族の血統を継いでいるのです。
 また 顕宗天皇が まだ少年の袁祁の命 おけのみこ の時代
 
忍歯の王 おしはのみこ が大長谷の命 おおはつせのみこと に 殺害されたので 播磨の国へ兄と共に逃げて
  牛飼いとして働き 大変な苦労をも経験された方です。
  この二人の少年が 大長谷の王の追っ手から逃げる途中の出来事でした。
  逃げ回り 疲れ果てて やっと山城の刈羽井
かりはい に至って 食糧をあさり見つけて食べていた時
  顔面に入れ墨をした老人の
猪飼いかい (宮廷用の豚を飼う部民)が現れ 食物を奪い取られたことが ありました。
  幼いころに 世の中の厳しさに虐
いじめられ 世間の甘いも辛いも 経験豊富な天皇です。
                    
 うむうむ 若いとき苦労した人間は 人の心を理解できるのだ……ボサツマン
 ☆ 顕宗天皇 父の遺骨を探す                               蚊屋野の事件
   天皇は即位すると すぐ 父の遺骨を探し求めました。
  殺された
忍歯の王の忍歯おしは は 八重歯やえば のことです。    押歯おしはとも書く)
  父の忍歯の王は 特徴的な
八重歯があり 堂々たる容貌の 端正な顔立ちの美男でした。
  その父は 殺害後 馬の飼い葉桶に入れられ 草叢
くさむら に埋められてしまったので 目印となるものは無く
  その埋められた場所の盛り土さえも 探すことが困難な状況でした。
  ところが そんな折柄
おりがら 父の遺骨が埋っている場所を知っている ひとりの老女があらわれました。
  「
お父上さまの御骨が埋められている場所を 私は知っています。歯の形でお確かめ出来るでしょう」。
  さっそく この老女の案内のもと 蚊屋野の草叢で 忍歯の王の遺骨を見つけることができました。
  天皇は 蚊屋野
かやの (滋賀県秦荘町)の東の山に 御墓を建てて弔いました。
  そして 大長谷の王の部下だった 猪狩りを計画した韓嚢
からぶくろ の子孫に墓守りを 命じたのでした。
                                                 
韓嚢が起した讒言事件
 
韓袋の子孫は 大長谷の王が起した事件のことも 伝来 聞いて 知っていたことでしょう。
    ならば 当然 忍歯の王 埋められている場所も 知り得ていたと思います。
    古代の農耕民族は その土地からは離れられません。  何か
失態をしでかして ほかの土地に逃げ隠れしても
     すぐに「よそ者」と知れ渡ってしまうのでした。 古代日本では 先祖の失態は子孫にまで 影響を及びました。


  この後 顕宗天皇は 父の遺骨の情報をもってきた老女を 置目の老媼おきめのおうな」と名づけ
 宮廷に召し入れ 特別待遇で手厚くもてなしました。
 その老女の住む家を宮の近くに建てて 毎日のように宮廷にて御馳走を振る舞われました。
  年月が過ぎた頃 この老女は天皇にお願いしました
 
天皇さま 長年 お世話になりました。私も年を取りましたので 故郷へ帰って暮らしたいです
  老女の心を理解した天皇は 老女に世話役を伴わせ 家臣の馬車で 故郷まで送らせることにしました。
  老女が故郷へ立つ朝 天皇は 歌を詠み見送った。
 
置目もや 近江の置目 明日よりは み山隠りて 見えずかもあらむ
 
意味:近江の置目よ 明日からは 遠く山に隠れて 見えなくなり 会えなくなってしまうのだなあ
  この歌には 明日からは「都の置目」ではなく 「近江の置目」になってしまうのだなあ
淋しくなるなあ
  という天皇の 感慨深い気持ちが込められています。

  少年時代に キビシイ他人の飯を食べた天皇だから 人を大切にする人でした。
  その反面 敵対する者には 徹底的に攻撃する冷酷な面ももっておりました。
  若き日 恋敵 志毘の臣
しびのおみ の寝込みを襲い 殺害した行動が その一面を物語っています。
    第80章へ        顕宗天皇 執念の反撃