第59章  応神天皇(5) 新羅の赤い神功皇后の母
 …‥ 新羅しらぎ の国に 阿具奴摩あぐぬま という沼が ありました。
  この沼の”ほとり”で
 農作業を終えた若い乙女が 昼の食事の後 うたた寝をしていました。
  その時 太陽の強い日差しが 急に強く光輝き その乙女”ほと”のあたりを 強く照らしだした。
  するとまもなく 女性は「
赤い玉」を生みました。
  その一部始終を 近くで見ていた男が その女性に無理やりお願して 赤い玉を貰った。
  男はたいそう気に入り 常に腰に付けていました。
 その男が ある日 1頭の牛に食糧を背負わせて 谷の間の田んぼへ向かって歩いていた。
  偶然 そこへ
新羅の国主こきにし の息子 つまり王さまの子の天の日矛ひほこ が 通りかかりました。
  赤い玉」を腰にぶら下げた農民の男は ひたすら頭を 低く下げていました。
  しかし国主こきにし の息子 天の日矛
ひほこ は 男の引く牛を見るなり 早合点してしまった。
  この男は牛を谷へ連れて行って 殺して食べるのだろうと勘違いしてしまったのでした。
  
こら 何でお前は 食べ物と飲み物を牛に背負わせて 谷に入っていくのだ? あ!そうか こやつ
   この牛は盗んだものだな それで 谷で牛を殺し 食べるつもりだな。 それ下臣の者 こやつを逮捕しろ
  男が 必死で説明します
  「私は牛を殺そうとしてはいません。谷の田んぼで働く人々の食べ物
飲み物を運んでいるのです」
  押し問答の末 男は腰に付けた
赤い玉国主・こきにし・の子に賄賂わいろ として送り やっと解放された。
 赤い玉をまきあげた 天の日矛ひほこ は その赤い玉が大変気に入り 床の間に飾っていました。
  ある夜のこと 赤い玉は
美しい乙女と変身しました。そして その夜 天の日矛
ひほこ の妻になりました。
  その妻は料理に堪能で 毎回
珍らしい美味しい食べ物を 夫に食べさせていました。
  そのうち
天の日矛は妻への感謝の気持ちを忘れ 我儘わがまま 要求ばかりを言うようになったのです。
  もっと もっと 珍らしい美味しい食べ物を 妻に要求するように なりました。

  心が奢
おご った夫は 毎日 朝から晩まで威張散らし 妻を罵
ののしり 果てには 暴力を振るまでになりました。
  ついに 堪忍袋
かんにんぶくろ の緒がきれた妻は
 
私はもう あなたとは 一緒に暮らせません 私の祖国へ 帰りますと 言って
  小さな船に乗って海を渡り 大和の国
難波
なにわ の地に 帰ってしまいました。
  難波に着いた妻は
阿加流比売あかるひめ の神と成り
比売碁曽のお社ひめごそのおやしろ に鎮座されました。

 ☆
 常世の木の実多遅摩毛理                              「神武天皇と速水の門
 
新羅しらぎ の国に残された夫 天の日矛は 反省して妻を追って海を渡り 難波なにわ へ向かいましたが
  浪速
なみはや の渡りの神は 速水の門の流れを速め 浪を高くして 彼の船をガンとして通しませんでした。
  そこでしかたなく 難波をあきらめて 天の日矛は 多遅摩
たじま の国の港へ船を泊めることにしました。
  そして 天の日矛は そのまま 多遅摩の国へ住みついたのでした。
 この地で 天の日矛前津見比売さきみつひめ と結婚して 多遅摩母呂須久たじまもろすく が生まれた。
 この多遅摩母呂須久の子が 多遅摩斐泥
たじまひね  この多遅摩斐泥の子が 多遅摩比那良岐たじまひならき
 この
多遅摩比那良岐の子が 多遅摩毛理たじまもり なのです。             垂仁天皇と不老不死の実
 
この多遅摩毛理 後に 垂仁天皇の命令で世界を周り ー常世の木の実を持ち帰った人です。

 ☆
 神功皇后 じんぐうこうごう の母と祖先
  この多遅摩毛理の兄弟に 多遅摩比多訶たじまひたか 清日子すがひこ がいました。
 
この多遅摩比多訶 由良度美ゆらどみ と結婚して生まれた子が 葛城かつらぎ 高額比売たかぬかひめ の命です。
  そして この「高額比売
たかぬかひめ の命」の子が 「神功皇后 じんぐうこうごう なのです。
  つまり 神功皇后
の祖先は 新羅人しらぎじん の天の日矛あまのひほこ なのです。

    なるほど 神功皇后には 新羅人の血が流れているのですね!だから 簡単に 新羅や百済の国を征服できたのですね。
    まあ 征服というより 交易こうえき 交渉に行ったような 感じを受けましたもね。         「神功皇后の新羅遠征
    
だって 新羅の国は 馬を飼育して献上する国として 御馬飼みまかい という名前がついたし
    
百済の国は 朝廷料理を献上する国として 「渡りの屯家わたりのみやけ という名がついたのですよ
    この名前のつけ方は どう考えても 召使い的な意味合いを 強く感じるのです。     ‥‥‥‥ボサツマン


 天の日矛は 新羅の国から
多遅摩(但馬の国)へ来たとき 玉つ宝たまつたから をもってきました。
 この玉つ宝
という宝物は 八種類の鏡で 浪や風を起こすヒレ鎮めるヒレなどで 海の沖や岸で
 呪力を発揮する宝物で 航海の宝とよばれています。
 珠を緒で連ねた物が二連
浪振るヒレ 浪切るヒレ 風振るヒレ 風切るヒレ おき つ鏡つ鏡の八種です。
 この
八種の宝物八前の大神やまえのおおかみ とよばれ 安全な航海の宝物として大切に扱われました。
 尚 この八前の大神は 兵庫県
伊豆志坐神社いずしいますじんじゃ に 祀られています。
 
 神うれずく
神の賭けごと
 伊豆志坐大神の娘に 美しい乙女神伊豆志おとめいずしおとめ がいました。
 その美しさの故に 多くの神たちが妻に欲しがっておりました。
 とくに
下氷壮夫したひおとこ  霞夫かすみおとこ という兄弟神の 下氷壮夫は 積極的に求婚しておりました。
 しかし
何回求婚しても すべて 断られていました。
 ある日 兄神は 弟神に言いました、
 
俺が 結婚できないのだから お前なんぞに 伊豆志おとめは目もかけないさ。どうだ賭けをしょうじゃないか。
  
もしも お前が 伊豆志おとめ結婚できたら
俺は上着も袴も脱いで降参して たくさんの貢ぎ物を 差し出すとしよう。
  身の丈と同じくらいの甕
かめ に入ったを差し出そう さらに 山河の産物も 沢山揃えて差し出すとしよう。 
  どうだ だけど お前が出来ないときは 今と同じものを 俺に差し出すのだぞ いいな 約束だぞ」

 弟神霞夫かすみおとこ は 兄に言いました。
 
「兄者 私は あの姫をたやすく 得られるでしょうその賭け 受けて立ちましょう
」と
二人は賭けをしました。

  兄神は まさか あの美しい伊豆志おとめが弟を受け入れるとは まったく思っていなかった。
  
霞夫は まづ 母に相談しました。
  すると母は 藤の葛
かずら を取ってきて 一晩徹夜して上着襪靴
したぐつ と弓矢を 織りました。
 
 弟は 母が作ったその衣装を着て 伊豆志おとめの家に行きました。
  すると 弟が伊豆志おとめの家の前に着いた瞬間 衣服と弓矢がすべて 藤の花に変わったのです。
  
伊豆志おとめは その美しい藤の花に心惹かれ 霞夫の求婚を 受け入れたのでした。
  その後 弟神は兄神に 賭けごとの清算を求めたが 兄は逃げ回るだけで 約束を実行しませんでした。
  兄は 面白くなくて 腹が立って 約束を反故ほご にするつもりです
 も 兄に キツク言いました。
 
兄神らしく 約束を実行しなさい。現世うつしょ の青人草あおひとくさ の如く 約束を破るとは 恥じる行為です」。
  ところが 母に説教されても 兄は 約束を実行しませんでした。
 やがて 約束を守らない兄神は どんどん衰退していきました。
  まるで 青い竹の葉が萎
しぼ んでいくように 海の水が引いて 砂浜が乾き干し上げるようになっていきました。
  また 石が水に沈んでいくように どんどん 兄の人生が衰退していったのでした。
  八年の歳月が過ぎた頃 兄神は自分の間違いに気づき 悲しみ歎いて 母に許しを願いました。
  兄の身体を心配した母は 息子の身代わりとなって 天つ神に祝詞
のりと を唱え懺悔反省を 行っていました。
 すると 天つ神は この母の願いを聞き入れてくれました。
 神託が出ました
弟に心から謝り 約束の品を差し出すならば 元の兄神に戻るであろう」。
 兄は
天つ神の言葉に従い 約束を実行しました。すると ほどなく 兄は元気をとり戻していきました。

 
三国志
諸葛孔明しょかつこうめい の言葉
約束は1日たりとも 違えてはならない
  人間は 約束したことは 守らなければなりません。                           応神天皇記

  
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