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●京焼と清水焼の関係
 京都の焼き物といえば、まず清水焼のことを思い浮かべる方が多いと思いますが、この清水焼も、京焼の中の1つの流れと考えられています。
 京焼とは、広い意味では京都(山城)で営まれている窯で製造された「やきもの」のことを指しており、清水焼をはじめ、粟田口焼、音羽焼、黒谷焼、御室焼、黒谷焼、八坂焼、桃山焼など、京都やその周辺の様々な地域で発展してきています。
 その中でも清水焼は、北は清水寺、南は七条、東は西野山(山科区)、西は大和大路の範囲を中心にした地域の窯が含まれます。
●京焼・清水焼の歴史
 京都は、西暦794年に都が移されたことにより、平安の都として栄えてきましたが、京焼という表現が使われ始めたのは、古くても室町中期の頃だと言われています。
 室町以前には、朝鮮や中国から渡ってきた陶工が、それぞれの国の製陶技術を用いて作陶活動を行ってきたとされています。それらの技術が日本の陶工へ受け継がれ、独自の進化を研究を重ねられて今日の製陶技術として成熟していったのです。

 また、古くから日本文化の中心であった京都には、全国各地から優れた技術を持った陶工たちが集まり、各地で発展してきた製陶技術が持ち込まれてきました。
 京焼に、瀬戸、美濃、信楽、古九谷、古伊万里といった他の地域の流れが感じられるというのもよく聞く話です。
 故に、京焼は、日本(広い意味では世界)の製陶技術の集大成とも言え、京焼に日本の陶芸文化の競演のようすを感じ取ることができると思うのです。