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「黒田って、マネージャーの!?」
「ああ、うん・・・そう。」
「恵美センパイかよっ!! うあー、いいなぁ〜!」

学校一の美少女を思い浮かべ、俺はぼすんっと枕に倒れ込み、両足をばたつかせて大声をあげた。
自分のことでもないのにはしゃぐ俺とは対照的に、ひとつ上のダチ・・・月人はどこか浮かない顔で椅子をくるりと回転させて机に向かった。
黒田センパイって言ったら、俺たち後輩から見たら憧れの存在だ。
センパイ目当てで部活選んだヤツは結構いるんだ。
屈託ない笑顔。
優しくて、頭もいい。
そんな憧れの先輩が、月人に告白してきたんだって聞いて、テンション上がらないわけない。
はず、なのに、こいつときたら、なんでこんな沈んだ顔してるんだよ?

「・・・まさか、月人、おまえ・・・ふったんじゃ・・・?」

知ってる。
月人が、誰を好きなのか。
それでも、贔屓目に見たって、姉ちゃんと恵美センパイだぞ!?
修旅で北海道に行ってる姉ちゃんに、思わず心の中で「どうしてくれるんだよ!」と毒づいてしまった。
姉ちゃんの心の中には・・・どう考えても月人がいるとは思えなかった。

(もったいねーーーーーーーー!!)

月人は姉ちゃんに特殊フィルターをかけてる。
何度も何度もそのフィルターを外そうと試みていた俺だけど、今日という今日は、姉ちゃんを恨めしく思った。

(だって、だって!恵美センパイ、だぞ!)

「一日だけって泣かれて・・・今週末、映画行くことになった。」

俺だったら、もう何も手がつかないくらい舞い上がって、ウキウキとしてるだろう。
それなのに、こいつは少しも嬉しそうな顔を見せずに、むしろ罪悪感に苛まれているようにさえ見えた。

「・・・姉ちゃんなんか、やめとけよ」

俺の呟きに、月人は何故か空気を和らげて。

「それは、無理だよ。アキ。」

そう言って、姉ちゃんの話をする時お決まりの顔で振り向いた。
めちゃくちゃ幸せそうな、少し照れた笑顔を浮かべて。





青空の向こうで、待ってて  〜 陽 視点・番外編





俺はそんなやりとりを思い出しながら、あの夜、姉ちゃんがにやけるのを呆れながら見つめてた。

いつもと変わらない・・・いや、変わろうとしていたあの夜。

月人が突然逝ってしまった日。
あれから、もう6年になる。

長かったような、短かったような6年。

俺は1浪して希望の大学になんとか滑り込むことができた。
昨年からスタートさせてる就活は、思っていたよりずっと厳しくラスト一年を謳歌できる余裕はどうやらなさそうだ。

姉は・・・姉ちゃんは、月人が居なくなって・・・ツライ思い出しかないここへは、もう戻らないかもしれないと思っていた。
月人を亡くした後、しばらくの間、姉ちゃんはこっちに戻ることを拒んでいたから。
だけど、俺の予想に反して、短大卒業後、東京からこちらに戻ってきた。
今では、役所の窓口で――笑顔で市民に対応している。

月人が居なくなってから、姉ちゃんは誰とも付き合わずにいた。
それまで、月人の気持ちに気づきもしない姉ちゃんにイライラもした。
馬鹿みたいに一途に姉ちゃんを好きな月人に同情もした。
手を貸そうにも、あまりに二人に近かった俺は、まさかこんな別れがあるとも知らずに、結局何もしてやらなかった。
それをどれほど悔んだだろう。
月人の想いを誰より知っていたのは俺で。
それなのに、何もしてやれなかったんだ。

あれから、姉ちゃんは月人だけを想っていた。
近づいてくる奴もいたけれど、月人以上のオトコなんているわけない。
それでなくても、姉ちゃんにはトラウマがあって・・・気軽に男と付き合えない。

姉ちゃんは「そんなことない。」って笑う。
確かに、役所には女性よりも男性の方が多く働いている。
飲み会にだっていくし、高校や中学時代の仲間に誘われればコンパにだって行く。
男友達といえる人はいるし、昔のように強がっているだけではないのだろうと思う。
それでも、誰かと付き合うことはしなかった。
心を傾けることをしなかった。

そんな姉ちゃんの姿は、弟として不安でもあり、月人を忘れずにいてくれることに安堵している自分もいて、とても複雑な気分になるのだ。
こうしている間は、誰も姉ちゃんを傷つけることはないだろう。
でも。
本当にそれでいいのか?

月人を恋しく思う気持ちは俺だって変わらない。
それでも、姉ちゃんは生きている。
あの時のまま、時が止まってしまったわけではないのだから。

時折寂しそうにしている時はあるし、月人が遺したものを愛しそうに見ていることもある。
昔使っていた・・・あの後、俺がやった携帯を、今も大事にしている。
あの時は、とにかく姉ちゃんを支えたくて、携帯をやった。

"果純が笑ってくれてれば、それでいい。"

月人の最期の言葉が宿っているから。
今では、少し後悔してる。
俺がしたことは、姉ちゃんを月人に縛り付けることになっているのではないか、と。

可哀想だと思うだろうか?
俺は、そう思う時がある。

だけど、姉ちゃんは、俺の心配とは裏腹に、とても幸せそうに見えた。
毎日充実しているように思えた。
それが、月人のお陰だということを、俺は知っていた。
月人が、ずっと姉ちゃんを好きだったように、多分、姉ちゃんもずっと月人を好きでいるのだろう。

「それでいいのか? 」

訊ねずにいられず、何度も姉ちゃんに聞いた。

「月人が見ていてくれるから。」

そんな時、姉ちゃんは青空を見上げ、感謝するように笑うんだ。
まるで、月人が姉ちゃんの話をする時に見せてた、あの笑顔のように。



* * *



あれから、月人の居ない四季が巡った。
月人の居ない、6度の目の春。

「月人、ありがとうな」

晴れ渡った青空に向かって思わず呟いた。
雲ひとつない空は、どこまでも月人のようだ。

でも、と心の中で苦笑する。

(悔しいよな。姉ちゃん、攫われちゃうんだぞ?)

長い石畳の階段を、真っ白なドレスを身に纏い笑顔で下りて行く姉ちゃんを見つめた。
時折、隣にある存在を見上げ、何か言葉を交わして微笑んでいる。

(ライバル登場だぞ? 義兄さんは好敵手だ。)

姉ちゃんを見下ろす瞳は、姉ちゃん全部・・・月人への想いもひっくるめて、愛しく思っている瞳。
それでいいと言ってくれる人に出会えたんだ。6年かけてようやく。

今日、姉ちゃんは、家を出る。
ようやく出会えた、姉ちゃんが"笑っていて欲しい"と思えた相手。

色とりどりの花びらを浴びながら、歩いて行く姿に涙がこみ上げる。


先ほど神父の前で誓った二人の言葉。
決められた誓いの言葉のあと、二人で誓った言葉。

「誓います。青空の向こうで見ていてくれる、月人に。」

何を馬鹿なことを! と思うと同時に、泣けてくる自分がいた。

馬鹿な姉ちゃん。
それを許して受け入れてる義兄さん。
彼じゃなければ、きっと姉ちゃんは結婚しなかっただろう。



* * *



「・・・姉ちゃんなんか、やめとけよ」

俺の呟きに、月人は空気を和らげる。
いつもそうだった。

「それは、無理だよ。アキ。」

そう言って、姉ちゃんの話をする時お決まりの顔で振り向く。
めちゃくちゃ幸せそうな、少し照れた笑顔を浮かべる。
本当に、幸せそうに。
そして少しだけ困った様子で。

「自分でも、どうしてこんなに好きなのかわからないのに、どうやってやめろっていうんだよ?」



呆れるくらい姉ちゃんを好きでいてくれた月人。
姉ちゃんも同じ。

戻せない時間。

重なることがなかった想い。
きっと、月人は姉ちゃんとたくさんの季節を過ごしていきたかっただろう。
姉ちゃんの笑顔を、見ていたかっただろう。

それは悲しいことのはずなのに。

何故だろう。月人を想うと、胸が温かくなる。
懐かしさで胸がいっぱいになる。
そして、何より、笑顔の月人が思い浮かぶ。



* * *



(月人、見えてるか?)

俺の隣で、『ああ。』と微笑む月人を感じていた。
それは、俺が勝手に都合よく錯覚しただけのことなんだろうけれど。

ふと目があった義兄さんが、立ち止まって姉ちゃんに何か囁く。
振り向いた姉ちゃんが、俺を見て泣き笑いを見せた。


俺の頭上で、真昼の月が浮かんでいた。




2009,11,15







◇ END ◇

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