第70章   第20代/安康天皇 (1) あんこうてんのう
 イケメン男子軽の王 かるのみこ 第20代天皇を継承する予定だったが
  実の妹で絶世の美女
軽の大郎女かるのおおいらつめ と不貞関係が露見し 皇位を次ぐ話は消えました。
  世間の民衆も巻き込んで 軽の王猛反発する動きが 勢いづいていきました。
  すったもんだの結果
穴穂の命 あなほのみこと 第20代/安康天皇に即位されたのでした。  その経緯
  安康天皇は 石上 いそのかみ の穴穂の宮(天理市)にて 天下を治められました。
 大日下の王讒言 ざんげん により死す             讒言とは 人を陥れる目的で 嘘の報告をすること
  安康天皇は常々より大長谷の王 おおはつせのみこ に最適な女性を 探しておりました。
  
そして 偉大な祖父仁徳天皇の血をひく女性から 選ぶことになりました。
  
そし遂に 16代/仁徳天皇の娘 若日下の王 わかくさかのみこ が良いという結論を出しました。

  この若日下の王の兄が 16代/仁徳天皇の皇子 大日下の王 おおくさかのみこ です。
     仁徳天皇の御子
  
家臣根の臣 ねのおみ は 天皇からこの件を任され 兄大日下の王に会いにいきました。

  安康天皇の父
允恭天皇大日下の王は 母違いの兄弟なのです。       「允恭天皇の御子
  安康天皇からすると 大日下の王は 義理の伯父
おじ の立場の人です。
  また 若日下の王は 天皇の義理の伯母おば の立場の人です。
  つまり 安康天皇は 自分の弟と自分の伯母の結婚を 決めていたのでした。
                ええ〜 自分の伯母おば を 弟の嫁にまさかそんな話 聞いたことないです。
                  でも この時代では ごく普通のことだったのかも知れませんね。
                   天皇の決定は絶対です。天の声は神の言葉です。 オイラが ガタガタ言うことではないな。

        
         ふむふむ オイラも 最近 けっこう利口になったな………ボサツマン
 安康天皇の家臣根の臣は 大日下の王 おおくさかのみこ に申しあげた
  「我が天皇は 汝の妹
若日下の王を 天皇の弟大長谷の王に 所望されているが いかがか?」
 
大日下の王は 「
玉蘰 たまかずら の冠」を 敬意の印 しるし の品として献上して 申しあげた。
  
ありがたく思います。誠に 恐縮の極みにございます。仰せのままにいたします」と。
  ところが 根の臣は 献上品の
玉蘰の冠を ネコババしてしまいました。
 
それだけでは足りず 根の臣は
 
「大日下の王は 勅命に逆らい”妹は同族の者の下敷きにはできない”と言って太刀を抜き 怒りました」と
  讒言ざんげん の報告真逆の話天皇に伝えたのでした。
 
  安康天皇/大日下の王殺害
  安康天皇は 根の臣の報告を聞き 大いに怒り軍隊を出動し
伯父大日下の王を殺してしまいました。
  そのドサクサの中 天皇は 大日下の王の
を 強引に自分の きさき に してしまったのです。
         ん! これは 臭い芝居の匂いだ。 天皇の本心は 大日下の妻だったのか?
             天皇
大日下の王無実ですよ。 部下の話を うのみにするリーダーは失格だと 先人は言っている。
              これは
鉄則です。 鉄則は守らねばなりません‥‥‥ボサツマン
 
眉輪の王 まゆわのみこ 7歳悲劇の子
  殺された大日下の王には 眉輪の王 まゆわのみこ という 七歳のひとり息子が おりました。
   大日下の王のは そのひとり息子眉輪の王を連れて 夫を殺害した安康天皇のになりました。
           
    そんなバカな 理解できない話ですが 古事記には そう書いてあるのです……ボサツマン
  ある時 安康天皇は 神の神託
しんたく を受けるため 「神床
かむどこ」に横になり 寝ていました。
  その時
大日下の王の妻)は 何か浮かない表情の顔をして 天皇の側におりました。
 
天皇は妃の表情が気になり
そなたには、何か心配なことでもあるのか」と 聞いた。
  后は 
「いいえ 天皇の”ご愛籠”をいただいて 私には 何の心配もございません」と 答えた。
 天皇は実は 私には 常に心配していることがある。 それは お前の子の眉輪の王が 成人した時
        自分の父を 私が殺したと知ったならば 私に
反逆の心を持つのではないかということが心配なのだ」

  この時
眉輪の王は 丁度すぐそばで遊んでいて 運悪く この話を聞いてしまったのです。
  その夜 眉輪の王は 父上の仇かたき を討ちに 天皇の寝込みを襲い 小刀を天皇の首に打ち刺し殺害した。
  そして
そのまま 無念の死を遂げた父(大日下の王)
家臣都夫良意富美つぶらおおみ の家に逃げ去ったのです。
  この時 安康天皇は 御年56歳で崩御されたのでした。
安康天皇が殺されたことを聞いた大長谷の王 おおはつせのみこ は 怒りで震え叫んだ。
 
なに!安康天皇が 眉輪の王に殺されただと あの小童子わっぱ めが 俺がを取らねばならぬ」。
  大長谷の王 二人の兄黒日子の王白日子の王殺害
  可愛がってくれた大好きだった
安康天皇 その兄の仇討ちを果たす覚悟で
  大長谷の王は 
黒日子の王・くろひこのみこ・に 協力を求めに行き 懸命に訴えました。
   
眉輪の王が 兄天皇を殺しました 黒日子の兄さ 一緒に 仇討ちをしましょうと。
  しかし 黒日子の王は
ぼさ〜としたまま 他人ごとのように無関心の怠慢たいまん な態度でした。
  その態度に激怒した
大長谷の王
おおはつせのみこ は ついに ブチ切れた。
   
兄の天皇が殺された大事件というのに こんな一大事のときに 兄上のそのいい加減な態度は許せん
  大長谷の王太刀を抜き 黒日子の王の襟首をつかみ めった切りにして殺してしまった。

  その足で次に 大長谷の王
もう1人の
白日子の王 しろひこのみこ にも 同じく協力を求めました。
  この兄も 黒日子の王と同じく のらりくらりと いい加減な態度を示してばかり 協力する気はありません。
  二人目の
白日子の王も 俺には関係無いと まったく他人事を装っていました。
  これにも腹が立った大長谷の王白日子の王 外へ引きずり出しボコボコにして 穴の中に埋めてしまった。
  白日子の王は 首まで埋められて 両眼が飛び出して死んでしまいました。
  二人の兄の他人空の態度に 怒り狂った大長谷の王は 二人の兄とも 殺してしまいました。
 
あややや!恐ろしい身内の殺戮さつりく が 繰り返されました。
  そもそも この恐ろしい事件の発端は 安康天皇の家臣
根の臣ねのおみ 讒言から始まったことです。
  まさか こんな最悪の事態になっていくとは
‥‥‥ 讒言から大事件に 発展してしまいました。
  何も罪の無い人が 三人も死んだのです。 人を陥れる
讒言は 恐ろしい結末となってしまいました。
  讒言はやめましょう。 お釈迦さま教え 在家五戒の教え 不妄語戒ふもうごかい を守りましょう。
   
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