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山遊雑記 
村田久氏から学ぶ下嵐江(1/3)
2007 04 09
村田久氏の魅力

 村田さんは、岩手県一関市在住の有名な釣り師であり、文筆家である。私は、源流釣りを初めて間もない2000年頃に、村田さんの著書を知り、最初のエッセー集【底なし淵】を読んで、いっぺんにファンになった。私が良く行く、和賀川水系、猿ヶ石川水系や胆沢川水系の話が沢山出てくるし、その他も良く知る川ばかりなので、一層興味をそそられた。

 村田さんの著書の魅力は、ありきたりの釣り紀行文ではなく、まさしくエッセーであることだ。岩手を舞台にして、釣り人の気持ちはもちろん、歴史、民話、言い伝え、動植物の生体、そして行く先々での人の出会い、岩手の人の生き様など、色々な事を村田さんの感性と優れた文章表現で読み手を引き込む。また、それぞれがバランス良く取り上げられているので、毎回、買うと一気に読んでしまう。それでいて、何度でも読み返したくなる本なのです。

■下嵐江を題材にしたエッセー

 村田さんの本では、様々な話が取り上げられているが、中でも下嵐江の話はとても興味を引く。下嵐江とは、源流ファンならご存じの小出川の近く、石淵ダム付近の地域の事である。2013年には現在建設中の胆沢ダムによって石淵ダムごと消えてしまうのである。
 
【底なし淵】に掲載されている「下嵐江の山人」がとても印象深い。 話はヒャッコ瀬(ハヤ漁)で密漁している老人との出会いから始まる。注意すると
「昔から、下嵐江のヒャッコ瀬は俺のものだ!」
と逆に怒鳴り返されてしまう。その老人は良形の天然イワナを地元の飲み屋に売りに来たりもする。その老人に興味を持った村田さんと友人が色々と探るのだが・・・。かつて石淵ダムの建設により追われた土地を、今なお愛する老人。そして、今建設中(当時計画中)の胆沢ダムにより、全てが失われる哀しさを訴える話は心に強く響く。

【定年釣り師―今日も明日もあさっても釣り日和】では、「猿岩神社」という話が掲載されている。下嵐江出身の老人が最後の参拝に向かう話である。土地を離れても、今なおその地を愛し、敬い、感謝の気持ちを伝える姿が目に浮かぶ。
もう一編、「オロセの黄金イワナ」が掲載されている。「下嵐江の山人」同様、天然イワナを小料理屋に売りにくる老人の話である。その老人が黄金のイワナを持ってきたら高く買ってくれるかと聞いたという。こちらは、かつて下嵐江の奥地が金山だったという噂に基づく話である。黄金のイワナが実在するのではないかという、歴史ロマンを感じさせる。

【山を上るイワナ】では「幻の仙北街道」という話が掲載されている。土地を離れる事になった老人が、最後に仙北街道沿いの沢にイワナを見に行く話である。自分の愛した土地を離れる、追われると云った方が良いのか、もの悲しさがやはり伝わってくる。

これらのエッセーを読んでいるウチに下嵐江についてとても興味が湧き、すっかり虜になってしまったのである。

■下嵐江の歴史
 下嵐江と書いて、「オロセ」もしくは「オロシエ」と読む。下嵐江というのは、石淵ダム近くの一帯の地域で、昭和20年代には村があったが昭和28年のダム完成と共に村は無くなった。 

 この地は、8世紀頃から歴史に登場し秋田と岩手を結ぶ仙北街道の岩手の拠点として知られ、於呂閉志神社が、猿山(猿岩)に鎮座する。「於呂閉志神社略縁起」によれば 広仁元年(810)、嵯峨天皇の勧請と伝えられている。

 キリシタンゆかりの地としても有名である。江戸初期の胆沢の領主はキリシタンの後藤寿安で、水不足に悩む農民の為に水路建設に尽力した名士だが、1624年、キリシタン弾圧の討手により、寿安は南部に追放された(逃亡ともある)。寿安と懇意にしていた宣教師はキリシタンが多く隠れていた下嵐江に逃げたが、下嵐江に住んでいたキリシタンと共に捕まり、全員処刑された。後藤寿安は胆沢地区の発展に寄与した人物として現在も称えられている。

 その後、仙北街道を抱え、また鉱山の町として1700年代、下嵐江は栄えたと云われる。明治以降、秋田と岩手を結ぶ国道の建設が進み、やがて仙北街道は廃れていく。鉱山も既に閉鎖されいたことから、小さな集落になっていたと思われる。水不足に悩まされ続けた胆沢町は、昭和21年、念願の石淵ダム建設にこぎ着ける。結果、下嵐江の村は立ち退きを余儀なくされた。

仙北街道も1962年の岩手県地図にはハッキリと実線で現397号線(当時工事中だったのか、県境は通行不能とある)尿前あたりから県境まで記されているが、1982年には、小胡桃山から県境への破線の道となり、現在は消滅している。そして今、巨大な胆沢ダムにより、下嵐江の歴史が閉じようとしている。
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