無量義経 むりょうぎきょう  徳行品第1
 無量義とは 限りなく崇高な教えの意味。 経典には 徳行品第1 説法品第2 十功徳品第3 の三つがある。
  この徳行品第1は 次に説くお経の前書きの役割をもっているので 無量義経の序分じょぶん と云われる。
  ここでは 菩薩衆の代表である大荘厳菩薩 だいしょうごんぼさつ 
  完全円満な徳と慈悲の心を具え
 衆生済度を行う 釈尊 ほ め称たた えています。
  
                              序分ー 趣旨や成立の由来などを記した はじめの分章。

  ある時
 釈尊は 霊鷲山りょうじゅせん 精舎しょうじゃ  盛大な説法会せっぽうえ 開きました。
  
この時に 釈尊は 無量義経むりょうぎきょう を最初に説き 次に 妙法蓮華経の教えを説きました
  この時
 八万人もの大勢の 大菩薩だいぼさつ 衆や 阿羅漢あらかん たちや
  一万二千人もの大勢の
比丘衆/比丘/比丘尼だいびくしゅう/びく/びくに の弟子や優婆塞/優婆夷うばそく うばい など
  国王王子その眷属けんぞく (親族身内) 家来たち 地主 長者ちょうじゃ 金持ち 国民など多くの大衆の他
  
天人 夜叉やしゃ 鬼神きじん など あらゆる世界の生類いきもの たちが
   
数えきれないほど 精舎に参集
さんしゅう していて たいへん美しく荘厳な雰囲気の説法会となりました。
                 八万の菩薩衆 一万二千の比丘衆とは具体的な数字ではなく莫大な数という意味。
 彼らは皆 釈尊の足もとにひれ伏し花を降り散らし帰依きえ の心で合掌しています。
  釈尊の説く教えは
人間だけでなく天地すべての生類を済度さいど する広大無辺な慈悲じひ の教えなので
   釈尊の説法を真剣な態度で説法を聞いて おりました。
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 精舎しょうじゃ
とは 須達しゅだつ 長者が 釈尊の説法の場所として 中インドコーサラ国の地に立てた僧坊そうぼう
 
日本では 祇園精舎の鐘の音……と平家物語に 詠われている。
  
大比丘衆とは 釈尊の十人の直弟子たち  比丘 出家の男 比丘尼 出家の女性
  阿羅漢
とは
 修行の最高段階に達し すべての煩悩を除きつくした境地を得た者。
      「釈尊阿羅漢を説く


 
釈尊の十大弟子 
    
1 
舎利子
しゃりし 舎利弗しゃりほつ ともいう) 2 摩訶迦葉まかかしょう 3 もくけんれん 4 須菩提
しゅぼだい
   5 迦旃延かせんねん  6 阿那律あなりつ  7 優婆離うばり  8 羅睺羅らごら  9 阿難あなん  10 冨楼那ふるな
  世尊の滅後 頭陀ずだ 第一摩訶迦葉が 教団の統率者となった  羅睺羅は 釈尊の実の子だが 早く入滅した。

   阿難は 記憶力抜群で釈尊の教えをすべて記億していたので 結集
のとき中心的役割を担った。

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 経文:
  
 阿耨多羅三藐三菩提 あのくたらさんみゃくさんぼだい を成じょう ぜしむ  微渧先堕  以淹欲塵  開涅槃門  扇解脱風
 
除世悩熱  致法清涼  次降甚深  十二因縁  用灑無明  老病死等  猛盛熾然  苦聚日光  爾乃洪注  無上大乗

  涅槃には 二つある
   有余涅槃 うよねはん 釈尊が現世の肉体のままで悟った境地  無余涅槃 むよねはん 釈尊の入滅後の悟りの世界

 釈尊
  
「大荘厳菩薩
だいしょうごんぼさつ 
菩薩衆の役割とは 「上求菩提/下化衆生」なのです。
  菩薩の本願とは みずか ら上の悟りである仏の境地を目指し 仏道修行ぶつどうしゅぎょう をしながら
  衆生を疾く
はやく 菩薩の境地へ引き上げ 共に仏の悟りの境地を得ることなのです。
  修行を経て 煩悩
ぼんのう を消し去り 心が清らかになり
菩提心ぼだいしん 大智慧違い平等極める力
 
会得えとく た菩薩衆は 菩薩の境地をまだ得ていない衆生に 仏の教えを説いてあげましょう。

 仏
ほとけ  は まず 教おしえ を聞く衆生の 心の煩悩ぼんのう の火を消すのです。
 それは まさに 僅かな水滴が滴したた り落ち 欲望の塵ちり を洗い流すが如くの様であり
 また 苦しみを解き放つ風を扇ぎて この世の悩熱のうねつ を冷却れいきゃく するが如くの様であるのです。
 心の煩悩
ぼんのう の火が消えた衆生は 六根が清浄になったということです。
 このように 仏
ほとけ は まず第一に 衆生の六根を清浄に成るために 教えを説くのです。
 次に 甚深
じんじん な十二因縁の教えを雨の如く降らし 無知死の激しい苦悩に 日の光を注ぎます。
 そして 徐々に 安穏な境地の門を開き入らせ
清らかな尊い教えの世界である 涅槃ねはんの境地へ
 つまり 煩悩が消え去った悟りの境地へと導いていくのです。
 仏の説く
 大乗経だいじょうきょう の教えとは 苦悩の衆生を救済し成仏の道 (悟りの境地)へ導く教えなのです。

  さらに理解できるよう 涅槃の門の入り口 説きましょう。
 仏は 衆生に
最初に 涅槃の門の入り口に 入ることを勧めるのです。
 仏の教えを聞いた衆生は
ずっとこれまで捨て切れなかった心の中の 小さな煩悩が鎮まります
 この衆生は 悟りの道への入場券を手に入れたのです。  あの~ 今 財布もってません スイマセン……ボサツマン
 たとえば
乾ききった砂土の上に 水を蒔くと 砂塵すなほこり は立ちません。
 同じく
衆生が仏の教えを聞くと 衆生の心の中の塵ちり である 煩悩ぼんのう が鎮しず まるのです。
 だが
 衆生にとって 全ての煩悩を消え去るのは 至難のこと故に 仏は教えを説きつづけるのです
                                       「仏の屋敷/智慧の間」:「信仰の方程式
 さて 小さな煩悩が鎮しず まった衆生の心は
感動と歓喜かんき で満ちています。
 感動と歓喜で満ちた衆生の心には
 仏の教えを学び行おうとする意志が 高まっています。
 
衆生の内面に 自発的に湧き出た歓喜の活力が 仏の道を歩み行く エネルギーと成るのです。
 歓喜の心が 衆生をして 仏の道へとつづく始発駅
涅槃の門の入り口に立たせるのです。
 
だが 仏の道の新入生の衆生 無明むみょう(迷い)死などの苦からは まだ解放されていないので
 次に
仏は 新入生の衆生に対し
夕立が降ると一瞬でも苦しい暑さから解放される如く
 あらゆる苦から解放される道
12因縁の法 説き示すのです。
 ボサツマン君 分かりましたか」。        …… ハイ 理解できました ……ボサツマン …… まさか 嘘くさいぞ!

 大荘厳菩薩
だいしょうごんぼさつ  釈尊にむかい (詩の形式)で 感謝申しあげる。
 「ただ今のお話 よく理解できました。 ありがとうございます。
  世尊は
長い間修行を積み ついに大きな智慧を会得成就された
 
ただ一筋に 衆生の救済に尽力を積み重ね 多くの衆生を悟りの境地へ利導りどう してきました。
 
勤め難きを勤め給える世尊を称え 仏の教えに帰依いたします」。
 釈尊
 「
善哉 善哉ぜんざい 大荘厳菩薩よ あなたは 私の努力と偉業を讃たた えて 法への帰依きえ を表わして
 
自分の悟りの目標 自信をもって発表しました。  つまり 悟りの目標を 自分の心に深く刻んだのです。
  あなたは
善行ぜんこう を さらに積みました。 楽しみです。 つづいて 大乗の教えを説きましょう」。
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