法話集
文月
「信念を持って生きる」は密教の教えに通じる
「信念」という言葉があります。手元の辞書を引くと「信じて疑わない心、信仰心」とあります。さらに、それぞれの文字についても辞書を引くと「信:誠、嘘を言わないこと、言行の一致すること、疑わない(相手を信じて疑わない、自分を信じて疑わない)、信仰する」とあり、「念:思う、思い、常に心の中に留めている思い、気をつける、注意する、深く思う、心に堅く覚えて忘れない、常に覚えていて心から離れない、詠む、口に唱える、望み、希望」となっています。そこでそれぞれの文字を分解して見ると「信」は人偏つまり「人」と「言」に、「念」は「今」と「心」に分けることができます。
密教では身(身体)、口(言葉)、意(心)を三密(密教以外の顕教では三業)といい、この三つの要素が互いに相応しておのおの調和が保たれた時、即身成仏が可能になると説いています。その意味では、「信念」の「信」は、「人」即ち「身」と、「言」即ち「口」を、そして「念」は、「今」この身このままの「心」即ち「意」を表しており、まさに密教の精神を表している言葉といえます。
この「信念」を持つことの大切さについて、弘法大師が自ら体現された話があります。それは、弘法大師が、それまで日本に一部しか伝えられていなかった密教を真に学ぶべく唐に渡られた時のことです。唐にはインドから伝えられた正統な密教を受け継ぐ恵果和尚(恵果阿闍梨)が青龍寺に居られました。弘法大師が西明寺の志明、談勝ら老僧を含む5、6人の僧に伴われて恵果和尚を訪ねると、余命少ないことを自覚し、その付法の適任者の出現を待望していた恵果和尚は、ただならぬ意気込みをもって受法を願い出た弘法大師を一目見て、その才能を見抜かれたのでしょう。
恵果和尚は、無名の僧であった弘法大師に、微笑みながら「我れ先より汝が来ることを知りて相待つこと久し、今日相見ること大いに好し、大いに好し(私は、以前からあなたが長安に来ていることを知っていて訪れるのを心待ちにしていました、今日こうして会えたことは本当に素晴らしく好いことです)」といわれ、まるで以前からの知り合いのように語りかけられたといいます。こうして弘法大師は受法に入り、恵果和尚は自らの持つ密教の秘法をことごとく授けられました。その受法の様子は「あたかも瓶に入った水をすべて別の瓶に移しかえるが如し」と伝えられ、驚くほど速やかに行われたといいます。本来なら何十年もかけて授かる密教の奥儀を、6月から8月にかけての、わずか3カ月間で伝授されたといいますから、如何に濃密な受法であったかがうかがえます。
密教の受法には漢語や梵語が不可欠であることはもちろん、身体全体で体得することができなければなりません。24歳から約7年間、大自然に密教を学び修行してきた弘法大師にしてみれば、既に漢語はもちろん受法のための資質が備わっていたものと考えられます。しかし、真の密教を学ぶべく信念を持って唐に渡られた弘法大師は、恵果和尚から授かる法の一語たりとも漏らすまいと考えておられたのでしょう。すぐに恵果和尚を訪ねることなく、醴泉寺のインド僧・般若三蔵に師事して梵語をはじめとする受法のための更なる準備をしたようです。もし、この姿勢がなければ如何に弘法大師といえども、わずか3カ月で体得することは叶わなかったことでしょう。信念を持つということは、まさにこのことであり、弘法大師が密教の素晴らしさを堅く信じ、もし受法のチャンスがあれば一語一刻たりとも無駄にできないから、そのための準備は万全にしておこうという考え方に達することができたといえます。
弘法大師が恵果和尚から密教のすべてを伝授され、「早く日本へ帰り、密教を広めるように」と勧められたのは大師31歳の夏でした。恵果和尚がその年の12月15日に遷化されたことを考えると、弘法大師の密教に対する信念がいかに強く、大日如来の三密と感応していたかがうかがえます。
「信念を持って生きる」ことは、なかなか容易なことではありません。それは、私達が現代社会のしがらみの中で生きている限り、さまざまな時代の風潮に影響され、ともすれば自分を見失いかねないからです。自分を見失うと迷い、その結果、例えば形式にこだわり、心の無い生き方を選択しても気付くことができません。しかし、信念の無い生き方はどんなに正しそうに見えても、どこか心許ないものが付きまとい、真の実をかち取ることはできません。逆に、どんなに無意味な生き方のように見えても、そこに信念があれば、たとえ時間がかかっても自ずと道は開けるものです。価値観が多様化している現代社会だからこそ、さまざまな見せかけの価値観に惑わされることなく、「信念」を持って、身、口、意の三密の調和のとれた生き方を目指して修養していきたいものです。
(合 掌)
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