法話集
皐月
再認識したい「心の力」
人の心を目で見ることはできませんが、人に心があることは誰もが自覚できます。しかも、そうした心が大きな力を持っていることは、「××の一念、岩をも通す」といった表現があり、古くから様々なシーンで使われてきたことでも分かります。「××の・・・」としたのは、この「××」の部分が実に様々で、例えば「人の一念」や「思う一念」といったものから、「女の一念」「男の一念」さらには「乙女の一念」まで、そして変わったところでは「猿の一念」や「猫の一念」まであるからです。いずれにしても、様々な時代を生きた先人達が心の力を信じてきた証といえます。
ところで、この表現の原型は「虚仮(こけ)の一念、岩をも通す」という諺です。虚仮とは「虚仮にする」といって「馬鹿にする」という意味で使われます。元々は仏教用語で、「内心と外見が一致しないこと」「真実でないこと」という意味から、「物事の本質に明るくない人」「実の伴わない人」ということになります。つまり「どんなに未熟で実のない人間に見えても、一心に念じる心があれば、その思いが通じる時が来る」という諺です。この言ってみれば精神世界の話に対して、同じような意味を持つ物質世界の話として「雨垂れ石を穿(うが)つ」という諺もあり、一定の場所に落ちる雨垂れは、長い間に下の石に穴を開けるという意味から、小さな力でも根気よく続ければ成功することができるという諺になります。
どちらも岩や石に穴を開ける程の力があるという「心」と「雨垂れ(水)」----もちろん別次元での話ですが、考えてみれば、私達が住む地球は「水の惑星」と呼ばれるように、表面積5億995万k㎡のうち海洋の面積が3億6106万k㎡あり、全体の約70%が水で覆われています。そしてこの水があることにより、地球上の生物が命を繋いでいるといえます。特に人間は、この水から生まれたといっても良く、例えば母親の胎内に命の一歩ともいえる受精卵が誕生した時点での水分は、95%以上といわれています。それが、やがて臓器や骨格、皮膚といった組織として形成され成長するのに伴って、水分の割合も少なくなり、新生児で約75%、子供で約70%、成人した時点で60~65%になるとされています。
そんな水分で形成された人間の身体の中を、神経伝達という形で心や意識が伝わっていることを想えば、何やら関連がありそうな気がすると言えば考えすぎでしょうか。
この事について面白い話があります。サボテンは本体の90%以上が水分といわれますが、工学博士の橋本健先生がサボテンにウソ発見機をつけて実験したところ、サボテンを可愛がっている奥さんが声をかけると機器の針が大きく振れて返事をしている様子だったので、電位の変化を音に換えてみると子供たちの合唱に合わせて「ピューピュー」と歌っていることが分かったそうです。そこで色々とサボテンに質問をしてみると音で答えるようになったというから驚きです。因みにサボテンは、非常に人見知りをするみたいで人の心も読むそうです。まさに水は心の鏡であることを物語るような話ですが、こうした水の不思議として、よく仏様やご先祖様にお供えした仏飯(お茶・お水・御飯)やお供え物を頂くと万病に効能があるというのも、祈る心がエネルギーとしてお供え物に備わるからに他なりません。
このことから私達は心の大切さを悟らなくてはいけません。心は、言葉や行動を媒介にして他に影響を及ぼします。たとえ言葉や行動に出さなくても、心で思うだけで相手にそれが伝わることは、先の水の話でもお分かりの通りです。「言霊」といい、昔から言葉には魂が宿ると考えられてきました。
意に満ちた言葉は、時として本人の意識、無意識に関わらず予期せぬ結果をもたらす事さえあります。その反対に愛に満ちた言葉は、周りを幸せにする力を秘めています。だからといって、ただ美辞麗句を並べれば良い訳ではありません。そこに真心がなければ人の心には伝わらないからです。その意味では相手に対して厳しい言葉であっても、愛に満ちた真心から発せられた言葉であれば必ず伝わるものです。冒頭で述べた「虚仮の一念」ではありませんが、仮に100人の人がいて、内99人が選んだ道があったとしても、もし自らの心の鏡に照らして正しいと信じられる道が他にあるなら、勇気をもってその道を選べる心の強さを持てるよう精進したいものです。
(合 掌)
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