「まんだら」という語があります。何処かで聞いたことがあると思いますが、古代インドから伝わった梵語(サンスクリット語)で「曼荼羅(または曼陀羅)」と書き記されます。手元の辞書によると、仏教(特に密教)において悟りの境地や仏の教え、さらには世界観を表すために、諸仏、諸菩薩、シンボルなどを一定の形式に従って描かれた図絵とあります。語源の持つ意味としては「本質をもつもの」となりますが、曼荼羅は、その形態や内容、また宗派によって様々な種類があります。
当山が帰属する真言宗の曼荼羅は「両界曼荼羅」といい、「金剛界曼荼羅」と「胎蔵界曼荼羅(大悲胎蔵生曼荼羅ともいう)」から成り立っています。両方の曼荼羅とも大日如来が中心の仏様として描かれており、金剛界曼荼羅は修行や仏の救済の段階を渦巻き状に表しています。それは、ちょうど大日如来の智慧により、大きなエネルギーが世界を創造していく様を表しており、中央から右回りに回転しながら、大日如来が現実世界に近づいて来るように見えます。
逆に胎蔵界曼荼羅は、宇宙がビックバンによって誕生したかのように、中央の大日如来から外へ外へと様々な仏様が描かれ、人間も人を食べる夜叉や鬼の類も、全て大日如来を母として生み出されたものとして描かれています。これは大日如来の慈悲が、聖なる宇宙を創り出していることを意味しており大悲胎蔵生曼荼羅と呼ばれるのもそのためです。
さて、この曼荼羅の中心仏として描かれている大日如来は、法身すなわち普遍的な真理である法をそのまま人格化した仏様であり、よって密教では大日如来を宇宙の根源的な生命力とみなし、森羅万象を大日如来の現れと説いています。大日如来が、宇宙の根源的な生命力を象徴するものとして私たち人間に最も身近な太陽を、それも陰が出来ないように全ての方向から降り注ぐ光を放つ太陽を表した仏様といわれる所以です。
境野勝悟氏の『日本のこころの教育』という本を読みました。それによると、まだ仮説の段階ですが、人間の心臓を動かしているのは太陽電池であり、太陽のエネルギーを体内に取り込むレーダーのような働きをする物質があるのではないかという研究がされているそうです。そして古代の人々は、この事を感覚的に知っていたというか、太陽のお蔭で自分たちが生かされていると考えていたようだとも述べています。「太陽」のことを「お蔭様」といっていた事からも、自分たち人間の命の源は太陽であり、太陽の恵みによって生きていると自覚していた節が窺えるといいます。
話はさらに展開して、「日本」のことを「日の本」ともいいますが、「日の本」の「の」は格助詞であるから「日が本」となり、つまり「私たちの命は太陽が元」といっている事になると述べています。ここから日本人とは?に触れ、私たちの命の元は太陽であると知って、太陽の恵みに感謝して、太陽のように丸く明るく、元気に豊かに生きる人々であり、全ての人が、共通の太陽のエネルギーによって生きているのだから、それぞれの特質や個性を活かし合って行こうという「和」の心を大切にしている人々ではないかと述べています。
確かに日本人は古来から毎日、朝日を拝んできました。最近では元旦に見られるだけの光景となりましたが、戦前くらいまでは確実に習慣として残っていました。アメリカの雑誌記者として来日し、その後島根県で英語教師として出雲の松江に住んでいたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、次のようなエピソードを残しています。ある日、自宅の垣根の外がガヤガヤと騒がしいので気になり、外を覗いて見ると村の人々が川堀でうがいをし、顔を洗っていたそうです。そして、山から太陽が昇るのを見ると、パチパチと手を打ってお祈りをしていたといいます。この光景を見たハーンは、「世界にこんな素晴らしい国民はいない」と感動し、小泉八雲という名で帰化する決心をしたともいわれています。
そういえば日本の国旗も太陽を意味しているといいます。幕末の頃、自国の船に正式な国旗を掲げなければ攻撃されるため、薩摩藩主・島津斉彬が桜島にあがる太陽を見て「あの爽やかな輝き出ずる太陽の光をもって鎖国の夢から覚めなくてはならぬ。日本の将来は古代から日本人が命の恩として愛してきた輝く太陽のようでなくてはならぬ」といって、白地に朱の日の丸を染め出したものを、日本の船旗として幕府に申請したのが始まりとされています。
日本人と太陽の結び付きを表す話は、これに止まらず例えば母親のことを「おかみさん」といいますがこれは「お日身(カミ)さん」と書き、「カ」は太陽がカアカアと燃える様をいったもので、太陽の身体という意味を有しているといいます。また、挨拶でいう「今日は」の「今日」は、太陽のことであり、「やあ!太陽さん」といった意味合いがあり、今でも太陽のことを「今日様」と呼ぶ地方が沢山あるそうです。さらに「お元気ですか?」の「元気」は、元のエネルギー即ち太陽エネルギーの意味であり「今日はお元気ですか?」は、「太陽さんと一緒に元気で生活してますか?」という意味になるそうです。つまり、国名も国旗も、母親の呼び名も挨拶も、太陽に由来しているというのです。
インドから中国(唐)へと渡った正統の密教が、弘法大師により日本にもたらされましたが、時代を重ねてゆく中で深く日本人の生活に結び付き、思想・文化に強い影響を及ぼしています。太陽を信仰して来た日本人が、太陽を表す大日如来を中心とした密教思想を受け入れ発展させたのも、ある意味で当然の事なのかも知れません。
今年も残すところ、ひと月足らずとなりました。元旦の日の出に祈り、初詣に出掛ける方も多いことでしょう。そこで合掌する際の知識を一つ紹介します。冒頭で紹介した金剛界は智慧の世界を表し、私たちの両手でいうと右手になり「父の手」といいます。また、胎蔵界は慈悲の世界を表し、両手でいうと左手になり「母の手」といいます。真言宗では、この両手を合わせることによって互いに異なる世界が新たな調和を生む世界を作り出すとしています。合掌をすると、ほんの一瞬ですが私たちは無になることが出来ます。それが心安らぐ調和の世界です。どうぞ、良い年をお迎えください。
(合 掌)